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166.ミーティング・タイム(2/2)

 真っ先に手を挙げたのは、医療の専門家のルースだった。


「ちぎれた腕や損傷が酷い腕を治す手段はたくさんあるけど、完全に喪失した腕を復活させる方法は、東方一の癒し手のフローレンス先生ですら知らなかったみたい。そういう研究をしている人達のことは把握していて、紹介状も書いてくださったんだけど……」


 これは以前にも伝えられた情報だ。受け取った紹介状も大切に保管してある。その怪しげな研究とやらを頼るかどうかは、今日の話し合いの結果次第になるが。


「……ただし、あくまでそれは()()()()()()()()を取り戻す場合の話。別の手段ならもっと研究は進んでるの。倫理的に問題はあるけどね」

「例えば?」


 進行役のクリスに促され、ルースは更に言葉を続ける。


「一つは他人の腕を繋ぎ合わせる手法。かなり特殊なスキルが必要らしいから、ごく限られた人にしかできないうえに、繋いだとしても大抵はすぐに亡くなってしまうんだって。それを抑えるためには別の希少スキルで調合した薬が必要とか何とか」

「……拒絶反応……」


 俺の隣に座るレオナがそう呟いた。すぐ近くにいた俺以外には聞こえないくらいに小さな声で、他の皆は気付きもしなかったようだ。


 拒絶反応――体内に入った異物を排除しようとする免疫機能。他人の腕を繋ぎ合わせても、人体はそれを異物とみなして攻撃してしまう。カイ・アデル(今の俺)の記憶と知識に免疫や拒絶反応という概念はなかったが、腕を移植するほどの外科手術スキルが存在するのなら、経験則という形で拒絶反応の概念が存在していても不思議ではない。


「もう一つは移植しても大丈夫な腕を人工的に造って、それを繋ぎ合わせる手法。本人の腕と同じものを造るのは机上の空論でしかないけど、錬金術の人工生命体(ホムンクルス)の要領で()()()()()を造る研究は成果を上げているって聞いたことがある」

「詳しいんだね。医術と錬金術は親戚のようなものだと聞いたけど、そういうことかな」

「ええ。でも、フローレンスさんは錬金術師が好きじゃないみたい」


 錬金術師と言われると、どうしてもあの男が――錬金術師のエノクが思い浮かぶ。奴の所業はそれはもう酷いものだった。世の錬金術師の全てがあんな風であるはずはないが、それでも思い浮かべずにはいられない。


 ひょっとしたら、フローレンスさんも錬金術師というものに嫌な思い出があったのかもしれない。それを確かめる術は今の俺にはないけれど。


――だが。エノクの所業のような技術力があるのなら、移植用のホムンクルスの腕を造ることだって不可能ではないように思える。もちろんエノク(あいつ)に教えを乞うことだけは絶対にありえないので、頼るにしても他の錬金術師を探すことになるが。


「ルースの案は移植と。他には何かあるかな」

「はい、次は私が」


 今度はエステルが小さく手を挙げた。


「私、エルフの森にいる親戚とは数年に一度しか会わないんですけど、親戚の一人に片腕を失くしている人がいるんです。その人は(つた)を使って腕を補ってました」

「蔦?」

「植物の蔦を編んで作った(かご)とかありますよね。生きた植物でそれと同じように腕の形を編み上げて、植物を操るスキルで動かして腕として使うんです。凄く器用でしたよ」


 なるほど、要するに植物の義手か。その発想はなかった。魔法があるこの世界ならではの材料と操作方法だ。


「ただ、どうしても専門のカードが必要になるのが問題ですね」

「カイならカードさえ目にしてしまえば《ワイルドカード》でコピーできるけど、それだと腕を補っている間は他のカードが使えなくなるのが痛いかな」


 俺もいい考えだとは思うのだが、デメリットはクリスの言う通りだ。戦闘で右腕と他のカードのコピーを両立できないのは流石に不便だと言わざるを得ない。これまでと比べて純粋な戦力ダウンになりそうだ。


 しかし色々と応用の利きそうなアイディアではある。例えば植物ではなくゴーレムと同じ原理で造るとか、細い金属の糸で造るとか。色々と試してみる価値はありそうに思える。記憶に留めておいた方がいいだろう。


「ところで、カイ。手持ちのストックの《クリエイトゴーレム》で同じことはやれそうかい?」

「俺も考えてみたけど、多分難しいな。あれ、大きな奴を造るのには向いてるけど、小さいのを造るのには不向きみたいなんだ」


 スキルやスペルの応用も無制限というわけではない。例の旅館から脱出するときに《ワールウィンド》では落下の衝撃を殺しきれなかったように、本来の使い方を大きく逸脱するのは難しい。


「なるほどね。さて……現時点で上がっている情報は二つか。医術的、もしくは錬金術的な手法で造った腕を繋ぎ合わせるか、スキルやスペルで義手を造って操るか。どちらも実行するには大きな課題があるね」

「前者は繋ぎ合わせる腕が本当に造れるっていう保証がないことで、後者は専門のカードを手に入れないと《ワイルドカード》を回さないといけないってところだな」


 実現可能性では後者の方が大きいように思えるが、できることなら専門のカードを引き当てて、《ワイルドカード》を使わずに実現したいところだ。


 俺が使うことのできる百二十個の魔石を全て昇華に回しても、手に入る三十枚の中に目当てのカードがある可能性は極めて低い。スキルとスペルの総量は膨大だし、戦闘や冒険者稼業には役立たないカードも数多いからだ。


「ところでレオナ。確か君、前に心当たりがあるようなことを言っていたと思うんだけど、何か知っているのかい?」

「……一つだけ、あるといえばある、かな」


 レオナはしばらく悩んでいたが、やがて躊躇(ちゅうちょ)を振り切った顔で口を開いた。


「リビングアーマーって知ってる?」

「自律的に動く鎧の総称だね。原理は様々で、スペルを掛けて動かしているものもあれば、レイスやスペクターのような実体的肉体のない魔物が憑依したものもあるそうだけど……今その話をするということは」

「ええ。私の故郷に、リビングアーマーを希少なスペルに頼らず人工的に造る研究をしている連中がいたの。右腕だけでも作れるなら、スペルを使う必要のない義手が作れるかもしれないって思って」


 素直な驚きを抱きながら、レオナの話に耳を傾ける。

 カイ(おれ)のリビングアーマーに関する知識はとても浅い。外国の妖怪について中途半端に聞きかじっているのと同レベルの認識しかなく、実在していたこと自体に少なくない驚きを感じるほどだった。


「とてもいい案だとは思うけど、それならどうして話すのを躊躇ったりしたのかな」


 そんな俺の代わりに、クリスが必要なことをしっかり質問してくれる。


「研究メンバーに反帝国主義者がいたからよ。地元の面倒に皆を巻き込みたくなかったの。ひょっとしたらとっくに検挙されて投獄済みかもしれないけどね」


 反帝国主義者。その単語を聞いた瞬間、会議室の面々が納得の声を漏らした。以前の依頼で関わった事件の原因を思い出すまでもなく、どう考えても厄介事の気配しか感じられなかった。


 念のため、もう少し詳しい事情について確認しておくことにする。


「メンバー全員がそうだったってわけじゃないんだよな」

「そこまでは知らないわよ。私は全然関わってなかったから。知ってるのは、少なくとも一人はそういう奴がいたってことくらいだけね」


 まぁ確かに、そんな奴がいると分かっているところに好き好んで関わろうだなんて、よほどの物好きでもない限り思わないだろう。


 クリスは三つ目の案を白墨(チョーク)で書き記してから俺に話を振ってきた。


「それなりに出揃ったと思うけど、君としてはどの案を採用したいと思う?」

「うーん……クリスは何かアイディアあったりしないのか?」

「ボクはまた後で中央に戻って()()()()に当たってみるよ」

「そうか、それなら……」


 少し考えてから、俺なりの今後の希望を皆に伝える。


「まず魔石を昇華しよう。それで解決できるカードが出たらそれでよし。もしも駄目だったら、次は何かの依頼のついでに帝都へ行って情報を集めたい。あそこは帝国全土の流通と情報の中心みたいなものだからな。それでも駄目だったら、帝都のギルドハウスで依頼を受けたついでに西へ――レオナの故郷に行きたいと思う。これでどうだ?」


 我ながら欲張りな()()()()である。けれどこれなら、全ての案を破綻なく一つに纏めて試すことができる。


 長距離移動を『依頼のついで』としているのは、この体でもCランク冒険者としてきちんと働けることをギルドに示す必要があるからだ。


 最初は『中央に向かう必要があるCランク向けの依頼』を東方の支部で見繕い、次は『西方に向かう必要があるCランク向けの依頼』を中央の支部で見繕えば、ギルドに依頼遂行能力を示しつつ、右腕を補う方法を探し続けることができるだろう。


「なるほど。ボクもいい考えだと思う。皆はどうかな」


 クリスに意見を求められ、パーティの全員が口々に賛同の意志を述べる。


 ――これで決まりだ。確実な解決法とは言えないものの、幾つもの対策を順番かつ立て続けに試していくことができれば、何かしらの糸口くらいは見つかるに違いない。そのついでにCランクに相応しい依頼をこなして借金を返済していければ言うことなしだ。


 会議室を片付けてギルドハウスのメインホールに戻ろうとしたところで、長いこと聞き役に回っていたベリルが、ミーティングと関係のない質問を直接俺に投げかけてきた。


「例の石はもうギルドに預けたんですか?」

「ああ。これまでのことを報告したとき、ついでに」

「よかった。妙なことが起こりやしないか、ずっと不安だったんですよ。ほら、ナーガの呪いとか掛かってそうじゃないですか」

「まぁな……使っちまうのは何が起こるか分からないし、かといって手元に置いとくのも気味が悪いからな」


 蛇紋の秘石――ナーガの男が命に代えてでも取り戻そうとした謎の魔石。あれは分配の対象にはせず、所有魔石数のカウントからも除外して、普通の魔石とは完全に別枠の『薄気味悪い正体不明のアイテム』として持ち歩いていた。


 あんな代物の調査や解析は俺達の手に余る。専門家に預けてしまうのが一番だ。


 もちろん、無害だったり何かしらのメリットがあるようなら返却してもらう約束になっているので、そのときはありがたく使わせてもらうつもりではあるけれど。

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