163.ギルドの影(1/2)
雪をかき分けて街道沿いに向かうと、期待していたとおり、そこでは二台の雪馬車が荷下ろしを終わらせようとしていた。荷下ろしを手早く終わらせたかったのか、旅館にあまり近付いていないのも都合がいい。
「よっしゃ! あれでどうにか!」
逃走手段の存在に金髪の少年が喜びの声を上げる。しかし俺にとってはそれ以上に嬉しいことがあった。
レオナ達が全員無事に揃っている。早く出発できるようにするためか、皆して荷下ろしを手伝っているようだ。そのおかげか、あともう少しで出発の準備が整いそうな状況だ。
「あ! カイ!」
真っ先に俺に気付いたのはルースだった。防寒着を着込んだまま作業をしていたせいか、顔が紅潮している。
「よかった……ごめんね、カイが戻ってくるのを待ってる余裕がなくって……」
「言ったでしょ。カイはうちのパーティで一番強いんだから、一人でもちゃんと脱出できるはずだって」
そう言うレオナも少し嬉しそうだ。
「そうそう。雪馬車の所有者と話は付いてるから、後は荷物を全部下ろしたら出発できるからね」
「ほんとか? そいつはよかった。ところで……」
ふと横合いに目をやると、二、三人の男が縛り上げられた状態で雪の上に転がされていた。服は切り裂かれたり焼かれたりと散々な有様だが、肉体には傷を負っていないようだ。
違和感溢れるこの奇妙な異物については、エステルが説明をしてくれた。
「私達を不審に思って様子を見に来た人達です。今のところこっちにはあまり注意が向けられていないみたいですけど……」
「気付かれるのも時間の問題か」
男達の置かれている状態から察するに、雪馬車にやたらと人が集まっていることを怪しんだ数人が様子を見に来て、レオナやクリスやルビィに叩きのめされ、縛り上げられた上でルースが最低限の治療をしたといったところか。
旅館内が大混乱の最中にあるとはいえ、ほんの数人にしか嗅ぎつけられていないうえ、他に情報が漏れていないのは幸運の一言だ。
「ところで、どうしてステファニアと一緒なの?」
レオナは俺の後ろにいた三人を見て不思議そうに訊ねた。どうやら浴場で打ち解けたときに名前くらいは聞いていたらしい。
俺はこれまでの経緯を簡潔に説明した。もちろん、成り行きで行動を共にしていたという経緯も含めて。
一分と掛けずに事情を伝え終えたところで、今度はクリスが口を開く。
「三つほど質問をするからイエスかノーで答えてくれ。一つ、君たちは本当に犯人ではないんだね。二つ、真犯人に心当たりは。三つ、この成り行きでの行動をまだ続けるつもりなのかな」
クリスは一本ずつ指を立てながら、有無を言わさぬ勢いで立て続けに問いかけを投げつけた。
流石、クリスの立ち回りはこなれている。俺がわざわざ皆と合流するまでステファニア達と行動を共にした理由を察し、《真偽判定》スキルで確かめておきたい項目を無駄なく突き付けてくれた――三つ目の質問だけは俺の考えになかったものだったが。
俺にとってステファニアは仲間でもなければ依頼主でもない。旅館を脱出するまでは仕方ないとしても、脱出してすぐに置き去りにして振り切ってしまっても文句を言われる筋合いはない関係だ。
それをあえて行動を共にし続けたのは、彼女達をクリスに引き合わせて《真偽判定》で情報を引き出したかったからである。
ハイデン市に帰ったら、すぐにこの事件をギルドに報告しなければならない。そのときに提供できる情報は多ければ多いほどいい。それによって事態の収拾が早くなれば、巡り巡って俺達にとっても得になるのだから。
「答えられないのならボク達にも考えがある。そうだね? カイ」
「……」
ステファニアは数秒だけ押し黙り、凛とした態度で返答を口にした。
「最初の質問はもちろんノーです。次の質問はイエス……証拠はありませんが疑わしい集団を知っています」
「後ろにいる二人も同じかな。声に出して答えてくれ」
「……ああ」
「当然! お嬢の言う通りだ!」
そこまで聞いたところで、クリスはさり気なく俺に視線を向けて小さく頷いた。
どちらの返答にも偽りはない。事実誤認の可能性はあるが、少なくとも三人とも、自分達は有力ファミリーの代表者殺害の犯人ではないと確信し、真犯人に心当たりがあると思っている。
三人が三人とも「自分達の中に犯人はいない」と心から信じているのなら、やはり彼らはこの騒動の原因ではない考えていいだろう。
「最後の質問ですが、これ以上借りを作るつもりは毛頭ありません。ここから先は私達自身の手で何とかします。ですが、どう考えてもこの雪馬車に乗せてもらう以外に手段はありませんから……」
ステファニアの合図でカルロスが懐に手を入れる。
俺とクリス、そしてレオナが咄嗟に身構えるも、取り出されたものは武器ではなく掌に乗るサイズの小袋だった。
カルロスは俺達ではなく、雪馬車の御者席に乗っている中年夫婦に向き直ると、小袋からつまみ出した硬貨を二枚、夫の方に手渡した。
「運賃だ。これでハイデン市まで頼む。ただし、我々の行先について決して他言は無用――そういう意味を込めた代金と認識して頂きたい」
「き、金貨……!? は、はい! 喜んで! うちの駄馬も十人くらいなら余裕で引っ張れますので!」
農夫の男は金貨の力に速攻で屈して乗車を承諾した。
渡されたのはどちらもピカピカの千ソリド金貨だったから、日本円にして十万円相当の現金を無造作に支払ったことになる。
冬に雪馬車を走らせてまで稼がなければならない貧乏農夫にとって、金貨の輝きはあまりにも攻撃力が高すぎる。俺も生まれが寒村だけあって痛いほどに気持ちが理解できた。
「雪馬車の所有者に同乗を許していただけました。ハイデン市までの間ですが、どうぞよろしくお願いします」
ステファニアは涼やかにそう言いながら俺達に一礼した。
俺だけでなく他の面子も文句は言えなさそうな顔をしている。成り行きではなく、同情でもなく、純粋な交渉の結果として同行することになったのだ。雪馬車の所有者が承諾したうえ、貸し切りで乗せてもらう契約をしていたわけではない以上、俺達にあれこれ言う権利はない。
「急ぎましょう。流石にこちらの行動を気取られてもおかしくない頃合いです」
「それぞれ一台ずつの割り当てだと、こっちの馬車は定員オーバーだ。重量はともかく狭すぎる。悪いけど一人か二人はそっちと同じ荷台に乗せてもらうぞ」
「ええ、構いませんとも」
話はまとまった。これ以上ここでぐだぐだしている暇はない。
俺とクリスがステファニア一行と同じ雪馬車の荷台に乗り、残りのメンバーがもう一台の雪馬車に乗るという割り当てで分乗し、暴動が巻き起こる旅館から一目散に退散する。
大型品種の馬が力強く雪を蹴散らし、俺達を乗せた大きなそりをぐいぐい引っ張っていく。馬車ほどの速度はないが、雪道を歩くのと比べれば何十倍も速くて、何百倍も楽だ。
「間に合った……」
ステファニアが気の抜けた顔で長々と息を吐く。地下組織の人間とは思えないくらいに緩い表情だ。年相応の少女と何も変わらないようにすら思える。
出発さえしてしまえばこちらのものだ。後で気が付いたとしても追いつく手段はない。仮に雪馬車を調達して追いかけたとしても、雪馬車同士なら差は縮まらない。差を縮めようと思ったら積み荷を軽くするしかないが、それはイコール追手の数が減るということであり、撃退は極めて容易である。
追手がよほど特殊なスキルを持っていれば話は別だが、そんな希少カードの持ち主がヤクザ者の手下なんかでくすぶっているとは考えにくい。そんな才能があるなら、もっと安全で名誉ある働き口はいくらでもあるのだから。
風が雪原の表面の細やかな雪を巻き上げて、遠くの風景を覆い隠す。それによって旅館の姿が見えなくなった頃に、俺の隣に座っているクリスが口を開いた。
「いい機会だ。ここなら盗み聞きをされる心配もないから、もう少し詳しい話を聞かせてくれないかな」
「お前! それがお嬢に物を頼む態度――」
噛みつかんばかりに身を乗り出した金髪の少年を、ステファニアが片手で押し留めて元の場所に座らせる。
そういえば彼の名前は何と言ったか。ステファニアが一度だけ名前で呼んでいた気がしたが、ちょうど先を急いでいたタイミングだったので記憶からすっぽり抜け落ちている。
「分かりました。その前に一つ質問をさせてください。これを知っているといないのとでは説明のしやすさが段違いですから」
「もちろん構わないよ。何のことだい?」
ステファニアはゆっくりと呼吸を整え、そして一音一音はっきり発音しながら、予想もしなかった言葉を口にした。
「――盗賊ギルドという組織をご存知ですか」