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155.望まぬ戦い(2/2)

 《アイスシールド》が細かな破片を散らして消滅する。打撃先を失ったメカニカルなスレッジハンマーが空を切り、扉の木枠を盛大に叩き潰した。


 それとほぼ同時に、俺とレオナがスレッジハンマーの使い手――ルビィに飛び掛かる。真っ先に手を弾いて武器を手放させ、足を絡めとって転倒させて二人同時に左右の腕を押さえつける。


 大広間から廊下に転がり出ながら、呪詛に操られて暴れるルビィを二人掛かりで抑え込む。ろくな打ち合わせもしていなかったのに驚くほどタイミングが合った動きだった。


「……っ! カイさん……私……!」


 薄暗く冷たい廊下に、今にも泣きだしそうな声が反響する。操られた体は戦闘能力の高さそのままに激しく暴れていたが、首よりも上は心の底から辛そうに顔を歪めていた。


 その表情(かお)を見た瞬間、戦いに集中していたせいで意識から消えかけていた『犯人への怒り』が沸々(ふつふつ)と湧き上がってきた。


 俺が痛い目を見るのはまだいい。それは我慢できる。けれど、まだ子供も同然の子が望まぬ戦いを強いられて、罪悪感に押し潰されそうになっているのを見せつけられるのは、とてもじゃないが耐えられなかった。


「ごめんなさ……」

「気にすんな。それよりどこを咬まれたか分かるか? すぐに《解呪》するからな」


 ルビィは自分の意に反してもがきながら、ふるふると首を横に振った。念のため本人にも確認してみたが、やはりレオナのいう通りだったか。


 本人も把握していないとなると、手段は二つ。うち一つは無理やりにでも解毒剤を飲ませることだが、こうも暴れられると容易ではない。もう一つは、俺の口からは少し提案しづらいものだ。


「それなら脱がして探す?」

「……同性だからって躊躇(ためら)いないな、お前……」

「しょうがないでしょ。第一、薬を飲ませてもすぐには効かないからね。だからあんなに怪我させてまで無力化してたんだから」

「ああ……くそっ、そうか」


 《解呪》以外の方法で呪詛の影響を断つには、『一夜の瘴気』の作用を緩和させる薬を飲ませて、体の自由を少しでも取り戻させるしかない。


 しかし服用した薬が体に吸収されて効果を発揮するまでは、どうしてもタイムラグが発生する。その間は呪詛によってコントロールされっぱなしだ。今の状態でルビィに解毒剤を飲ませても、しばらくこのまま押さえつけなければならない。


 最上階で繰り広げられている激戦の衝撃が廊下を揺らす。天井も壁も軋みを上げていて、事あるごとにパラパラと破片が落ちてくる。この調子だといつここも崩落に巻き込まれるか知れたものではない。


「恥ずかしいかもしれないけど、ちょっと我慢してろよ」


 俺は左腕でルビィの半身を抑えながら、治り掛けの右手で《ワイルドカード》を切り替えて双剣に融合させ、素早くルビィに斬り付けた。


「……っ!」


 切っ先がルビィの肌を着衣ごと浅く切り裂く。だが融合させていた《ヒーリング》の作用で痛みもなく傷は塞がり、《ヒーリング》修復されない着衣の隙間から白い肌が露わになった。


 続けて二、三回斬り付けたところで、背中寄りの脇腹に文様が浮かんでいるのを見つけ、すぐさま解呪に取り掛かる。


「《カース・ブレイキング》!」


 呪詛の文様が消滅し、ルビィの体の抵抗が急激に収まっていく。文様がこれ一つなのは不幸中の幸いだった。


「……くっ」


 立ち上がろうとしたところで軽い立ちくらみを覚える。魔力が底を尽きかけているらしい。レア以上のスペルなら一回か二回、恐らくその程度で打ち止めだ。やはり《クリエイト・ゴーレム》でごっそり持っていかれたのが大きかった。


 そのゴーレムだが、今のところ目論見通りに足止めを果たしてくれているようだ。破壊されればスペルが解除された感覚が即座に伝わるし、万が一の場合は追跡するよう命令を加えてあるので、逃げられたなら盛大な足音ですぐに分かる。


「カイさん、その、私……」

「お前のせいじゃない。間違っても気に病んだりするなよ。レオナ、運ぶの頼めるか――うわっ!」


 突然、大きな外套がばさりと投げかけられる。それの飛んで来た方に目をやると、アルスランが安堵の表情で佇んでいた。


「全員無事のようだな」

「アルスラン! そっちから来たってことは、ココと会いましたか?」

「うむ。同胞を窓から避難させてから……」

「ちゃんとついて来てるよ」


 白い毛皮の巨体の後ろから小柄なデミキャットがひょっこりと姿を現した。

 窓から避難させたというのは、要するに窓から放り出したということだろう。それしか手段がないとはいえ、被害者にとっては本当に踏んだり蹴ったりだ。


「俺達も逃げましょう。上で規格外の連中が戦ってますから、この階もいつまで持つか……」

「そうだな、急ぐとしよう」


 不可抗力とはいえ服を駄目にしてしまったルビィを外套で包み、大広間に戻って負傷者達の脱出作業に取り掛かる。


「ねぇ、カイ。アーサーの手下ってあんなに多かったっけ」


 レオナが窓から地上を見下ろして首を捻る。地上では何人もの兵士が右へ左へ駆け回り、窓の下にベッドのマットレスなどをかき集めていた。


「辺境要塞からの増援だな。もうすぐ到着するとかアーサーも言ってたから」


 何にせよ安全性を確保してくれているのはありがたい。これならむき出しの地面に落ちるよりも格段に安全だ。


 しかし脱力しきった人体はとてつもなく重く感じてしまう。体重が重いデミライオンともなると相当なもので、《瞬間強化》を使わない俺の素の身体能力では持ち上げることすらままならない。


 《瞬間強化》持ちの俺とレオナとルースがどうにか一人ずつ()()させていく傍ら、アルスランは身長二メートル近いデミライオンを両肩に担ぎ、まとめて地上へと送り出した。


「最後は我々だな。先に行くぞ」


 アルスランは両脇にベリルとアイビスを抱え、誰か一人背中に掴まるよう促した。それに応じて背中にしがみついたエステルと共に、アルスランの巨体が窓から飛び出そうとする。


「ま、待って」


 その直前にアイビスがアルスランを止め、翼状の腕を俺に向けて伸ばした。


「《ディスタント・メッセージ》……念のために、ね?」

「……助かるよ。できれば頼らずに済ませたいけどな」

「ええー、ちゃんと活用してよー……」


 軽口を叩く余裕が戻ったことに安心する。アイビスがお調子者でいられなくなったらそれこそ絶望的な状況だ。


「じゃ、この子はあたしが。君らはまだ元気みたいだから自力で行ってね」


 アルスラン達が着地したのを見届けてから、ココがルビィを両肩に(ファイヤーマンズ)担いで(・キャリー方式で)軽やかに飛び降りる。同じ《軽業》スキル使いとして言えば、あれなら二階くらいの高さからであれば余裕で着地できるだろう。


 残るは俺とレオナ、そしてルースの三人。みんな着地にタイミングを合わせて《瞬間強化》を使えば、たとえ着地地点が普通の地面でも無傷で済むはずだ。


 それでも一応、この高さから飛び降りる意志の確認だけはしておくことにする。


「行けそうか?」

「怖いから抱いて降りて、とか甘えた方が良かった?」

「カイって昔から奥手だから困るだけだよ」


 ……ちょっと待て。何故そこでお互いに笑顔を向け合う。


 二人で戦っている間に親密になってきたのかもしれないが、それにしたって俺をネタに笑い合えるくらい打ち解けているのは驚きだ。


 まぁ俺としては、左右から同時にからかうのは勘弁してくれとしか言いようがないのだが。


「ったく。平気ならさっさと行くぞ」


 心配する必要もなさそうなのですぐに飛び降りる。クッションとして用意されたマットレスの助けも借りて、三人とも何の問題もなく着地することができた。


 後は安全なところに移動するだけ――そう思った矢先、ルースが何の前触れもなく倒れそうになり、すぐ隣にいたレオナに支えられた。


「大丈夫?」

「ご、ごめん。急に体が……」

「魔力が尽きかけてるんだな。俺もさっきそうなりかけたよ」


 先に落ちた面々は辺境要塞本隊からの援軍と一緒に撤収を始めている。レオナとルースが少し遅れてそれを追い、俺も最後尾について後ろを警戒しながら歩き出そうとする。


 ――そのとき、嫌な感覚が背筋を駆け抜けた。


 首筋からどこか遠くに繋がっていた目に見えない糸が、力尽くで断ち切られたような違和感。決して感じたくなかった、嫌悪を抱かずにはいられないこの感覚。ゴーレムが破壊されて繋がり(リンク)が断ち切られたその瞬間。


「急げ! ヤバイ奴が来る!」


 肉声(こえ)だけでなく《ディスタント・メッセージ》をも通じて叫ぶ。振り返った俺の目に飛び込んできたのは、炎の塊としか思えない大蛇の魔獣がとてつもない速度で迫り来る光景だった。

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