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153.混沌たる戦場

 《軽業》スキルに物を言わせ、城塞の壁面を駆け下りていく。今拠点の中にいるのは、少数の無事な冒険者とイスカンダル王達の部下を除けば、瘴気にやられた大多数の面々と戦闘能力のない癒し手だけだ。


 そんなところに――レオナやルースがいる場所にあの大蛇(まもの)を向かわせるわけにはいかない。そう心に決めて、壁面の起伏を蹴る足に力を込める。


 ところが、先に落下している大蛇の魔獣が突如として空中で身を捩ったかと思うと、遠心力を込めた尾で城塞の外壁をぶち抜いた。


「まさか……!」


 咄嗟(とっさ)にブレーキを掛けようとするが、間に合わない。大蛇の魔獣は城塞の内部にぶち込んだ尾を支点に体を支えると、全身の強靭な筋肉をフル活用して首を振るい、俺めがけて叩きつけるように牙を打ち込んだ。


「このっ!」


 間一髪、壁面を蹴って空中に逃れる。牙に砕かれた壁の破片が頬を掠めて血が滲む。不意打ちこそ辛うじて回避できたが、このままでは空中で無防備に追撃を食らってしまう。


 素早く姿勢を変え、左手に実体化させた双剣の片割れを、大蛇の鱗の隙間に突き立てて落下を食い止める。


 ――()()()()()と言っても、固い表皮を貫通してダメージを与えたわけではない。人間で例えるなら、指の薄皮に斜めに刺さった棘のようなものだ。


 大蛇の魔獣が激しく身を震わせる。俺を振り落とそうとしている――のではない。壁面で思いっきりのたうち回り、何とその勢いのままに巨体を宙に躍らせた。


「うおっ……!」


 落下を再開する大蛇。俺もまた、それに巻き込まれる形で空中に投げ出されてしまう。


 表皮に突き刺さったままの剣を手放し、《軽業》スキルを駆使して空中で体勢を整え、地面を転がって衝撃を分散させながら着地する。万全なら無傷で済んだところだったが、右腕が折れていて使えないせいで分散がうまくいかず、体中に軽い打撲の痛みが走った。


 少し遅れて、大蛇の巨体が轟音を立てて地面に激突する。しかしあちらは落下の衝撃がまるでダメージになっていないのか、平然と鎌首をもたげて舌を出し入れさせ始めた。


 見上げるほどの高さから、無機質な蛇の瞳が俺を見下ろしている。


「ええい、本当に厄介だな」


 《エレクトロウォール》をコピーしたままの《ワイルドカード》を左手の手元に実体化させる。するとそれを見て取ったかのように大蛇の全身が高熱を発し、瞬く間に炎に包まれた。仲間のやられ方を見て学習したとでもいうのだろうfか。


 ――まさかこいつが。確信的な直感が脳裏を過る。


 イスカンダル王は言っていた。姿を消したナーガの男は四体の魔獣のどれかと融合しているのだろうと。そして目の前にいるこの個体。身を隠して隙を伺った周到さといい、地上の連中に狙いを定めた目敏さといい、こちらの戦術を一目で把握した理解力といい、他の個体と比べて明らかに知能の高さを感じさせた。


 だとしたら、俺は()()()()()のかもしれない。


 屋上から飛び降りたのは標的を切り替えたからではなく、蛇紋の魔石を持つ俺を誘い出す罠だとしたら。この状況はきっと奴の狙い通りの展開に違いない。迂闊(うかつ)にも一対一に戻された挙句、逃げるという選択肢を実質的に奪われてしまったのだから。


「……大人しく殺されるか、皆を見捨てて逃げるか選ばせてやるってか? 笑えない冗談だな」


 もう一振りの双剣の片割れを実体化させ、《エレクトロウォール》のカードを融合させる。それと連動して、燃え盛る大蛇の表皮に引っかかったままの片割れもまた、《エレクトロウォール》との融合状態に姿を変えた。


「お前を放っておくわけにはいかねぇんだ。精々ここで悶えてろ」


 柄を握り魔力を込めた瞬間、大蛇に刺さった剣から強烈な電撃が迸り、夜の闇を眩い閃光が引き裂いた。


 《ワイルドカード》の融合はカードとカードの合体だ。つまり双剣にスペルカードを融合させるということは、厳密には《始まりの双剣》というカードそのものを書き換えること。()()()()に変化を発生させることだってできる。


 着地の前に双剣の片割れを魔獣の体表に残したのもこの布石だ。本当は《フリジッド・ウィンド》か《フローズン・ソリッド》と併用するつもりだったのだが、そこは臨機応変な対応だ。


 大蛇が感電しながらのたうち回り、燃え盛る体を地面にこすりつける。電撃の発生源を必死に剥がそうとしているのだろう。俺はその隙に《ワイルドカード》を金色のスペルカードに切り替えて、地面に左手を突いた。


「《クリエイト・ゴーレム》!」


 魔力残量がごっそりと吸い上げられていく感覚と共に、目の前の地面が隆起して巨大なゴーレムが形を成していく。そして五体が完成するや否や、炎の大蛇に巨大な拳を振り下ろした。


 大蛇の魔獣も燃え盛る体を負けじと絡ませる。お互いに巨大なせいで人間とアナコンダが格闘しているかのような縮尺(スケール)だ。


「よし、今のうちに……」


 怪獣映画のワンシーンじみた取っ組み合いに背を向けて、拠点の入り口付近を目指して走り出す。


 現状は皆を奴の人質にされているも同然だ。向こうに被害が及ぶかもしれないというシチュエーションが、こちらの行動に大きな制約を与えている。せめてそれだけでも解消しなければ上手く立ち回れそうにない。


 皆の避難の時間を稼げればそれでよし。このまま倒しきれたら御の字だ。魔力が足りないのでゴーレムの無制限自動修復はオフにしてあるが、作成時に込めた魔力である程度は自己修復できる。そう簡単にやられたりはしないだろう。


「無事か! みんな――」


 ランタンの光の(もと)に辿り着き、そして絶句する。


 まるで地獄のような光景だった。


 オレンジ色の輝きの中を漂う生臭い血の臭い。幽鬼のように武器を振るうデミライオンの群れ。そして彼らの攻撃をかわしながら細剣を振るい、的確に斬り伏せていくクリスの姿――何もかもが想像だにしないものばかりで、思考回路が軋みを上げて停止する。


 クリスは普段よりも明らかに動きが鈍く、回避しきれなかった攻撃で白い肌を裂かれながらも反撃を繰り返している。対するデミライオン達も様子がおかしく、口々に苦悶の声と謝罪の言葉を叫びながら攻撃を繰り返していた。


 そして少し離れたところでは、数人の癒し手がランタンの明かりを頼りにデミライオンの手当てを行っている。


 状況が全く把握できない。一体何が起こっているというんだ。


 混乱する俺の視界に、背後からクリスに迫るデミライオンの姿が映った。


「クリス!」


 咄嗟(とっさ)に《スプリンター》をノーモーションでコピーして駆け出し、クリスを抱きかかえて地面を転がる。背中に熱いモノが走ったような気がしたが、それを気にかけている余裕はない。


「カイ……無事だったんだね」


 ぐったりと脱力したクリスを抱き起す。俺が来たことで緊張の糸が切れてしまったのか、立ち上がることすらままならないようだ。


 肩に回した手に、血とも汗ともつかない湿った感触が伝わった。


「何がどうなってるんだ。どうしてあいつらがお前を襲ってるんだ!」

「詳しい説明は省くよ……彼らは呪詛で操られているんだ……」

「……! 呪詛だな、分かった」


 それだけ聞けば俺にだって察することができた。あの蛇だ。食堂に群れを成して現れた、咬み傷から呪詛の文様を発生させる奇妙な蛇。


 原因が分かってしまえば対処もできる。《解呪》をコピーして双剣の片割れに融合させ、望まない戦いを強いられているデミライオン達に斬りかかる。狙うは呪詛の文様。軽装で露出が多いため外からでも確認しやすい()()に刃を振るう。


 赤い血が迸り、毛皮ごと斬り裂かれた文様が霧散する。


 するとデミライオンは糸の切れた操り人形のように地面に崩れ落ち、ぴくりとも動かなくなった。別に死んだわけではない。動けないながらもしっかり苦悶の声を漏らしている。


 左腕だけで一人二人と立て続けに斬り伏せて、瞬く間にこの場を制圧する。この程度なら普段のクリスであれば苦戦することもなく蹴散らせはずだが、やはり全力を出せない理由があったのだろう。


 クリスの手当てをしようと振り返ったところで、癒し手の一人が大急ぎで駆け寄ってきた。


「助かりました! すぐに腕と背中の治療を!」

「背中?」


 今更になって気付いたのだが、背中に浅い傷ができて血が流れ出ている。クリスを庇ったときに武器が当たっていたらしい。妙な熱さの正体はこれだったか。


「俺の怪我は後回しでいい。とにかく事情を説明してくれ。可能な限り手短に」

「わ、分かりました」


 癒し手の青年は早口でこれまでの経緯を話し始めた。カイ(おれ)よりも明らかに年上だったのに、つい(おれ)の感覚で接してしまったが、不思議と違和感は覚えられなかったようだ。


 デミライオン達を操った呪詛は『肉体の自由を失った人間を操る』効果の呪詛だと推測され、『一夜の瘴気』で身動きが取れなくなった者だけが被害に遭い、解毒剤を服用した者や瘴気にやられていない者は操られていないらしい。


 つまり『一夜の瘴気』は、この呪詛に最大限の効果を発揮させるための()()()()()に過ぎなかったわけだ。


 被害者はあるタイミングで一斉に暴れ出し、要塞内に少なくない被害を与えた。その後、拠点内にいた面々は『重傷を与えて拘束してから解毒剤を飲ませる』という手段で事態の収拾を図ったのだそうだ。


 ほんの少しでも体の自由を取り戻せば体を操られることはなくなる。ハイリスクな作戦だが、殺してしまうよりはいいと考えたのだろう。


 そもそも彼らは癒し手だ。治療を必要としている連中を、自分達の安全のために殺してしまうなんて到底許容できなかったに違いない。


「なるほど……状況は大体把握できた」


 アーサーとイスカンダル王はこの事態に何も言及しなかった。つまり、連中が暴れ始めたのは二人が屋上に来た後ということだ。まるで絶好のタイミングを見計らったかのように。


「クリスさんには本当に迷惑をかけてしまいました。解毒剤を服用したとはいえ瘴気の影響で満足に動けないはずなのに……」

「レオナとルースは? 二人ともどこにいるんだ」

「よ、要塞の中にいるはずです。まだ避難できていない人や、操られたままさまよっている人がいるからと……」


 それを聞いて焦燥感が沸き上がってくる。操られた連中への対処が危険なのはもちろん、いつ崩落してもおかしくない建物に残っているのも危険だ。


「分かった。ひとまずここを離れて、どこか安全そうな場所に身を隠してくれ。馬鹿でかい蛇の魔獣が襲ってくるかもしれないんだ。それも人間並みに賢い奴が」

「ええっ! 安全な場所って言われても、一体どこに逃げたら……」

「それはボクが探すよ」


 少し回復した様子のクリスが、後ろから近付いてきて俺の肩に手を置いた。


「レオナ達を助けに行くつもりなんだろう? だったら早い方がいい」

「……ここは任せてもいいのか?」

「もちろん。とはいえ、これ以上戦う気はないよ。色々と限界だ。皆で大人しく隠れておくから、後のことは託させてくれないか」


 それは暗に、戦いの迅速な終結を願う言葉でもあった。身の安全を自力で守れるうちに事態を解決してほしい――そんな思いがさり気なく込められている。


 俺のコンディションも万全ではない。右腕は使えないままだし体のそこら中が痛みで悲鳴を上げている。状況だって困難なままだ。大蛇(ナーガ)との戦いを一時放棄してまでやるべきことなのかという躊躇(ためら)いもある。


 それでも俺は、俺自身の直感に従うことに決めた。


「……行ってくる。ここの皆のことは頼んだ」

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