145.宴の気配
――結論から言うと、他の皆との合流はすぐに達成できた。皆吹き飛ばされたときに大なり小なり痛い目を見たようだったが、幸いにも大怪我だけは誰もしていなかった。
ちなみに、ココだけは大蛇と戦うことも突風に巻き込まれることもなく、完全に無傷だった。俺達を呼ぶために入れ違いでここを離れていて、事前に掛けてあった《ディスタントメッセージ》で呼び戻されている間に全てが終わっていたからだ。
そういうわけで体力的に余裕のあったココに手伝ってもらって、散らばった魔石の回収――大蛇も魔獣なのでかなりの数だった――を済ませてから、ようやくお互いが巻き込まれた事態を説明し合うことになった。
「……とまぁ、こういうことがあったんだけど。あんな魔獣に心当たりはないか?」
光のドームの中で起こったことを説明し、例の巨大な鳥の魔獣について意見を求める。
しかし、結果は全員が否定。一人残らず首を横に振った。
俺も含めて十一人もいるのだから一人くらいは知っているかもしれないと期待したのだが、残念ながら誰も心当たりはなかった。本当はBランクのクリスや魔物に関する豊富な知識を持つアーサーすら、俺が出会ったあの鳥の魔物が何なのか分からないらしい。
「東方地域の魔物に関してはそれなりに知識があるつもりだが、そのような魔物には出会ったことがないな。他の地域から流入してきたのかもしれん」
「やっぱりそうですか……」
「やっぱり?」
レオナが怪訝そうに聞き返してくる。
「この辺りの魔物が荒野に逃げた理由だよ。ほら、これ……」
俺は崩壊した巣の残骸から大きな羽を引っ張り出した。あの鳥の魔物のものではない。それよりも少し小さくて色も地味だ。
「グランホークの羽だ。多分、ここは元々グランホークの塒で、あの魔物に奪われたんだな」
「つまり、巣を奪ったときに子供が怪我をしたってこと?」
「個人的には逆だと思う。元々棲んでいた場所を何かの理由で追われて、ここに逃げてきたんじゃないか? それで、ここに棲んでいた魔獣は規格外の余所者から避難して山を下りたんだ」
そう考えれば、普段魔獣が現れないはずの荒野が魔獣で溢れかえっていた説明もつく。
魔獣は他の魔獣を食べて魔力を得る。つまり、別の土地から来た強力な魔獣は抗えない力を持つ圧倒的な捕食者だ。あの鳥の魔獣に他の連中を追い払う意図があったかどうかは知らないが、結果的にそうなったとしてもおかしくない。
「それだと、乱入してきたから雛が襲われたって線も否定しきれにゃいよね。別にどっちでもいいんだけどさ」
「まぁ……それはそうだけど」
ココの指摘には反論のしようがない。この山に乗り込んだ際に先住の魔物の抵抗を受け、雛鳥が負傷し他の魔獣は逃げ出した、というパターンも充分にありうる。そしてどちらだろうと俺達には関係のないことである。
気になることがあるとすれば、大量の魔石を礼としてばら撒けるような強大な魔獣が、わざわざこの土地にやって来た原因だ。どんな理由があったのかは分からないが、俺達にまで火の粉が飛んでこなければいいのだが。
「それとだな」
アーサーが納得のいかない顔で首を捻る。
「この蛇の魔獣共がどこから湧いて出たのかも謎だ」
「荒野に逃げなかった魔獣もいただけじゃないんですか?」
「いや、そういうことではない。この種の魔獣がこの時期に活動していること自体に違和感がある」
アーサーが言うには、ここに棲息している蛇の魔物は普通の蛇と同様に冬眠するのだそうだ。なので、いつ雪が降ってもおかしくない今の時期に行動するのは極めて不自然らしい。
巨鳥の魔力の影響で今更目を覚ましたのでは、という仮説を提示してはいるものの、アーサーは渋い顔を崩していない。何らかの懸念事項があるようなのだが、それが何なのか話してはくれなかった。
分からないことが多すぎるこの状況に、アルスランの一言が収集を付けた。
「原因を考えることは我々の役目ではない。ここで推理を練るよりは、一刻も早く帰還して王と司令官に報告をした方がいいだろう」
その提案に誰も反対をしなかった。俺達はすぐに荷物を取りまとめて、拠点の要塞へ戻ることにした。
魔石の収穫は、巨鳥の魔獣がくれた分と蛇の魔獣の大群から回収した分を合わせて五十六個。更にここへ来る途中で倒した魔獣の分も加えると、合計で八十八個の大収穫である。
ついさっき教えられたことなのだが、俺達が倒してきたマッドウルフやアーサーが止めを刺したグランホークの魔石も、アーサーが要塞から連れてきた人員が回収して預かってくれているらしい。
この八十七個の魔石をどう分配するかは拠点に着いてから話し合う予定だが、単純計算で一人当たり八個は受け取れるはずだ。
昨日の三十七個と合わせて合計百二十五個、一人当たり十二個前後。これまでに入手している十四個を加えれば、Cランク正式昇格に必要な魔石四十個のうち二十六個を集めた計算になる。
予想以上の成果だった。参加二日目にして、正式昇格までの折り返し地点に差し掛かってしまった。この調子なら今週中には必要な数を全て集めきれるかもしれない。
「そういえば、さっきふと思ったんですけど」
山を降りて裾野の荒野に差し掛かったあたりで、ルビィがあまりにも素朴で根本的な疑問を口にした。
「荒野の魔獣は巨大な鳥の魔獣のせいで山から逃げてきたんですよね。ということはですよ? 原因がいなくなったら山に帰って荒野からいなくなっちゃうんじゃないですか?」
「……あっ……」
言われてみれば。どうして今まで思いつかなかったのか不思議なくらいだ。
とんでもないことをしてしまったのではと焦ったが、アルスランとアーサーがすぐにそれを笑い飛ばした。
「いずれそうなるだろうが、すぐには変わらんだろう」
「魔獣といえど生物だからな。脅威が去ったと確信するまではそうそう戻らんさ」
本当にそうならいいのだけれど。雛鳥の治療をする以外の選択肢なかったとはいえ、自分の魔石集めが滞るだけならまだしも、デミライオン達の魔獣狩りまで台無しにしてしまったのでは面目が立たない。
魔獣うごめく荒野を抜けて、辺境要塞とデミライオンの狩猟団に事の次第を説明する。
事情を聴いた担当者からの返答は、どちらもアルスランやアーサーと同じ、魔獣の撤収にはまだ時間が掛かるというものだった。要塞側は厄介事が減ることを喜ぶ反応で、デミライオン側は絶好の狩場が減ることを残念がる反応だったのが対照的であった。
――そして最後に、ローラの父親でありデミライオン達の重役であるザファル将軍に報告をする。ザファル将軍は娘の無事を喜び、俺達に一人の父親として飾ることのない礼を言ってきた。
「正直、意外でした」
全ての事後処理が終わり、夕飯を食べるために拠点の食堂――元は兵士の食堂だった部屋に向かう道すがら、俺は率直な感想をアルスランに漏らした。
「俺達がしたことは、デミライオンの価値観からするとローラさんに恥をかかせたことになるんでしょう? ザファル将軍からあんな風にお礼を言われるなんて全然想像してなかったです」
だから少し気持ちがふわふわしていた。
ザファル将軍を始めとするデミライオン側からどう思われようと我を通す……そういうつもりでアルスラン達を追いかけたのに、蓋を開けてみれば善行をしたのと同じように礼を言われてしまった。
拍子抜けというか不意打ちされた気分というか、とにかくふわふわだった。
そんな俺に対して、アルスランは優しい態度で答えを返してくれた。
「確かに狩猟中の不覚をパーティ以外の人間に助けられるのは恥だ。我々の殆どはそう考えている。だがそれは己の未熟こそが恥なのであり、助けられたことを恨むのは恥の上塗りだと戒められているのだよ」
「そうだったんですか。でもローラさんからは睨まれた気がしたんですけど」
「ははは。確かにそうだった。ローラに代わって詫びさせてくれ」
アルスランは困り顔と笑顔の混ざったような形に、獅子の顔をくしゃりと歪めた。こうやって笑い話にできることを嬉しく感じているようだ。
「彼女もまだまだ若く未熟だ。誰しも若い頃は理性で物事を考えられなくなるときがある。そして親になれば、どんな形であれ子供が無事に帰ってくれば心の底から嬉しく感じるものだ……」
「……俺だってまだ若いつもりなんですけどね。精神はともかく肉体的には」
冗談交じりにそう言うと、アルスランは愉快そうに笑った。
「君は心も体も若々しいだろう。羨ましいくらいだ」
「それはどうも。ところでさっきから気になってるんですけど……」
俺は廊下の向こうに目をやった。
廊下の奥――食堂の方が何やら騒がしい。怒鳴り合いではなく、歓声や笑い声らしき音が聞こえてくる。料理と酒の匂いがここまで漂ってきていた。
「まぁ、いわゆる宴会だな」
「昨日はあんなことしてませんでしたよね。ローラさんの無事でも祝ってるとか」
「そのつもりで騒いでいる者もいるかもしれないが、名目は別だな」
アルスランは顎下のたてがみを撫でた。
「遠征狩猟において、最初に魔石獲得数が百の大台に達したパーティが現れた晩は、ああして盛大に祝う風習になっているのだ。そのパーティの大収穫にあやかるという意味も込めてな」
「へぇ……あれ? 確か俺達って今日で魔石……」
ぽん、とアルスランの手が肩に置かれ、申し訳なさそうな声が投げかけられる。
「主役は我々だ。申し訳ないが同胞達の馬鹿騒ぎに付き合ってはくれないか」




