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139.らしからぬ軽挙

『た、大変! 大変なことになっちゃったの!』


 頭にきんきんと響く甲高い悲鳴が応接室に響き渡る。その瞬間、室外で待機していた兵士達が血相を変えて飛び込んできた。


「慌てるな。彼の仲間のスキルだ」


 緊急事態かと身構える兵士達をアーサーが制し、アンジェリカがそのまま交信を続けるよう身振りで示した。事情を知らない人から誤解を受けかねないのは《ディスタント・メッセージ》の欠点のひとつだ。


 部屋の主の了承を得られたので、俺は混乱するアイビスから事情を聞き出しにかかった。


「大変なのは分かったから落ち着け。順を追って事情を……ああ、いや、一分しか持たないんだから出来るだけ手短に!」


 俺にまでアイビスの混乱が移ってしまいそうだ。《ディスタント・メッセージ》の向こうでアイビスが早口で一言二言まくし立てたかと思うと、落ち着いたトーンの少年の声がそれに取って代わった。


『代わってください。僕が説明します』

「ベリルか?」


 《ディスタント・メッセージ》越しに聞くのは初めてだが、マイナーズ姉弟のベリルの声で間違いない。


『簡潔に説明します。拠点が巨大な鳥の魔獣に襲撃されました』

「なっ……!」

『より正確には、拠点付近で出発の準備をしていたデミライオンのパーティが攻撃を受けたんです』


 それにしたって穏やかな事態ではない。魔物を狩りに来たのに魔物に狩られるなんて悪い冗談にもほどがある。


 だが、アイビスがここまで取り乱すような事態だとは感じなかった。確かに物騒ではあるものの、不幸にも返り討ちに遭ってしまったのと大差ないだろう。そう思った矢先、ベリルは納得せざるを得ない理由を口にした。


『その人達を守ろうとして、ローラという人が……覚えていますか? アルスランさんの友人の女性です。その人が魔獣に連れ去られました。アルスランさんは周りの制止も聞かずに一人で追跡を……』

()()()か」


 俺はアイビスが言う『大変なこと』の意味をようやく理解した。


 魔獣うごめくこの地帯、単独行動はどう考えても危険だ。昨日、俺たちが無傷の勝利を収めることができたバイコーンですら、標準的なCランク冒険者が単独で挑めば十中八九討伐に失敗するレベルの代物である。


 アルスランらしからぬ軽挙だ。普段ならもっと地に足の着いた判断をして堅実に動くはずなのに。これではアイビスが慌てふためくのも当然だ。


「そっちの皆はどうしてる? ルビィとココは?」

『姉さんとロックサンドさんは一足先にアルスランさんを追いかけていきました。僕とアイビスさんはそちらの皆さんとの合流待ちです』

「分かった、すぐに戻る。必要になりそうな準備をしておいてくれ」


 ベリルに指示を出して《ディスタント・メッセージ》の交信を切る。


 改めてレオナ達に事情を説明したりはしない。さっき兵士達を誤解させたとおり、《ディスタント・メッセージ》は周囲にも会話内容が聞こえるからだ。


「巨大な鳥の魔物か。この辺りなら恐らくグランホークだな」


 同じく交信を聞いていたアーサーが口を開く。


「しかし山から降りてきて人間を襲うだと? 聞いたことがないが……アンジェリカ、お前はどうだ」

「初耳だな。これまでの記録にはないはずだ」


 アーサーの問いかけに答えながら、アンジェリカはデスクの引き出しから丸められた羊皮紙を取り出して投げ渡してきた。


「貸してやる。グランホークの生息地周辺の地図だ。機密情報は記載されていないから安心して持っていけ。それでもデミライオン共が持っている地図よりは格段に詳細だろう」

「ありがとうございます」


 引き出しの中には同じような羊皮紙の束がいくつも収まっていた。辺境防衛の任務のために用意された資料の一種のようだ。


 詳細な地図は部外秘の機密資料扱いされると聞くが、司令官本人が貸していいと言っているのだから、これは部外者が見ても問題ない資料のはずだ。俺はありがたく地図を借りていくことにして、大急ぎで要塞の外に出た。


 余計な会話を交わすことなく、全速で拠点に駆け戻る。


 不気味なくらいに静まり返った拠点の入り口を通り抜け、物資置き場になっている大ホールに差し掛かったところで、大荷物を背負ったベリルが声を上げて俺達を呼び止めた。


「カイさん!」

「誰もいないみたいだけど、一体どうしたんだ」

「私から説明しよう」


 背後の廊下から獅子頭のデミライオンが悠然と姿を現した。今もデミライオン(かれら)の顔立ちの見分けは付かないが、この声には聞き覚えがある。昨日の朝、狩猟の開始宣言をしていたデミライオンの高官だ。確か名前は――


「ザファル将軍」


 俺が名前を思い出すより先に、クリスがその答えを口にした。


「他の者は既に狩猟を始めている。ここに残っているのはイスカンダル王を始めとする高官と、外部から招致した癒やし手だけだ」

「狩猟? ローラさんが攫われたのにですか?」


 拠点に集まっていた百人近いデミライオン達は、捜索でも奪還でもなく、当初の目的である魔獣狩りに出発したのだという。仲間が魔獣に攫われてしまったというのに。


 ザファルは当たり前だと言わんばかりに頷いた。


「たとえ()()()のことがあろうとも、集団全体を動かして救助に向かうことはない。それが狩猟遠征の掟だ。これは武勇を示すための戦い――そのような無様を望む者は我らの里には一人もいない」


 レオナが言い返したそうに表情を歪めたが、俺は片手でそれを制して、高いところにあるザファルの顔を見上げた。


「助けに行きたい奴だけが行けってことですね」

「そうだ。君のような他部族の人間には理解しがたいかもしれないが、我らの一般論としては、狩猟を共にする者同士の助け合いまでは当たり前に受け入れられる。だが、そうでない者の救援は侮辱に近い。戦争のような部族存続の危機に立ち向かう場合は例外としてな」


 ザファルは内容の冷徹さに反した柔らかな声色で語っている。俺達とは異なる価値観だと理解したうえで、理解を求めるよう説得するかのような語り口だ。


「それでもアルスランは助けに行ったんですよね」

「奴は昔からそうだった」


 今度は困惑と心配が入り混じった声のように聞こえた。


「だからこそ奴は里を出たのだが……それ以前にローラはアルスランの……」

「幼馴染。違いますか?」


 ザファルの小さな目が見開かれ、そしてゆっくりと細められる。それは無言の肯定だった。


 脳裏にローラの姿と彼女に対するアルスランの態度が思い浮かぶ。限りなく人間に近い外見をしたデミライオンの女性と、普段とはまるで違う雰囲気のアルスランの言動――


 ああそうだ。今なら分かる。あのときのアルスランは一昨日の()()()()|だ。


 幼馴染(ルース)と再会した嬉しさと、予定外の形で再会することになってしまった気まずさ。お互いの変化への戸惑いと、変わっていない部分への安堵感。そして、古い関係に戻りたいと思ってしまう自分の弱さに抗う意地と悪あがき。


 だからこそ理解できる。俺がアルスランの立場だとしても迷わずそうしていたに違いない。


「俺は二人とも助けに行きますよ。何せ部外者なものですから、仲間を助けない価値観ってのは理解できないもので」


 柄にもなく嫌味を込めて言い捨てる。多少怒らせても構わないつもりの言葉だったが、ザファルは気分を害するどころか安堵すらしているように見えた。


「そう言ってくれると信じていた。ローラは私の娘なのだ」

「……は?」


 一瞬、彼が何を言ったのか脳が理解しきれなかった。

 体格のいい普通の女性に耳と尻尾が生えた程度のローラと、アルスラン同様の獣人然としたザファル。二人に血縁関係があるというのか。ひょっとして母親似なのか。それとも隔世遺伝なのか。


 いや――それ以前のもっと根本的な問題として。


「だったら! 助けに行かなきゃいけないでしょうが!」

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