137.最初の戦果
「いや、見せてくれって言われても……」
俺は困惑しながら、自称Cランク冒険者のアーサーに向き直った。
「別に隠れてるわけでもないですし、勝手に眺めてればいいんじゃないですか? もちろん邪魔になるようなら追い払いますけど」
「礼儀の問題だ。無許可の観戦は君の仲間達の気分まで害してしまうかもしれないだろう」
とっくに俺の気分は害されているのだが、指摘はしなかった。そんなことよりも優先しなければならない用事がある。せっかく見つけた二角獣が移動してしまわないうちに、少し離れたところで待っている筈の皆に報告しなければ。
「聞こえますか? 魔獣発見しました。位置は――」
事前に掛けてもらっておいたアイビスの《ディスタント・メッセージ》でアルスランに情報を伝えながら、二角獣を発見した方向へ走り出す。合流はせずに《ディスタント・メッセージ》で報告しつつ現地へ向かうのも事前の打ち合わせ通りだ。
このスペルにはグロウスター領の事件でも世話になったが、相変わらず便利な効果である。まだ通信機器が発達していないこの世界で、遠く離れた相手に言葉を伝えられるアドバンテージは計り知れない。
ひょっとしたら、アルスランはこれ目当てでアイビスを誘ったのかもしれない。俺だったら迷わずそうしているだろう。
ちなみにこのスキル、俺の《ワイルドカード》のコピー先のストックには入っていない。グロウスター領の一件でも見せてもらっていないからだ。
冒険者にとって、強力なカードは自分を売り込む材料でもある。他の使い手が少なければ少ないほど希少価値が上がり、自分を高く売り込むことができる。なのでコピーされると分かったら、とっておきのカードは決して見せないようにするのが普通の判断だ。
まだ《ワイルドカード》を知らない相手に嘘の理由を言って見せてもらうという手もなくはないが、同業者にそれをするのはバレたときのリスクが大きい。よほど切羽詰まった状況でもない限りやらないと心に決めている。
『カイ、君は少し迂回して進んでくれ。バイコーンは魔石十個程度の魔物で七人もいれば充分に討ち取れる相手だが、逃げ足が極めて速いことでも有名だ。保険として挟撃の準備をしておきたい』
「了解、きっちり迎撃します。七人ってことはアイビスは上空待機ですか」
今回のメンバーは、俺とレオナ、エステルとクリス、マイナーズ姉弟に『クルーシブル』からの三人で合計九人だ。七人で攻める前提ならそういうことだろう。
『万が一取り逃した場合の追跡を頼むつもりだ。念には念を入れておきたい。聞いたところによると、十人がかりで取り囲んだにも関わらず逃げられたこともあるという難物だからな』
「なるほど」
魔石の個数で成功確率を計る経験則で分かるのは、あくまで直接戦った場合の討伐成功率である。相手が逃げに徹したときに追いつけるかは別問題だ。そもそも普通の人間はただの馬にすら追いつけないのだから。
「それじゃあ、後で合流しましょう」
《ディスタント・メッセージ》は累計一分程度しか持たないので、節約のために接続を一旦切る。
バイコーンが体内に持つ魔石の数は推定十個。いつもの経験則でいうと、一人なら成功率三割以下の強敵だが二人で挑めば八割以上で成功し、三人以上であれば安定した討伐が可能な水準だ。
背丈よりも低く乾ききった灌木の合間を縫って疾走する。アーサーはその後ろを涼しい顔で追いかけてきていた。
「気を付けたまえよ。瀕死の魔獣は死力を振り絞るものだ。返り討ちに遭う心配も必要だが、取り逃がして無駄骨に終わるのは本当に虚しいぞ」
頼んでもいない忠告を聞きながら、皆の戦いが見える距離にまでたどり着く。
象ほどの大きさがある二角の巨馬に猛烈な攻撃が叩き込まれていく。燃え盛る槍の穂先に氷の散弾。急所を狙ったボウガンと鉄爪。眼球を突き潰す細剣。そして豪快に振るわれる戦斧と大剣――
もう俺が手を出さなくてもいいんじゃないかと思った矢先、満身創痍のバイコーンが急に魔力を滾らせたかと思うと、目にも止まらぬ勢いで走り出した。
バイコーンの逃走経路は包囲網に生じた一点の穴。即ち俺が走り寄っているその方向。
「――来たか!」
実体化させた《軽業》の表面を撫でて《上級武術》に切り替える。バイコーンの速度を考えると、攻撃のチャンスはすれ違いざまの一瞬だけ。それなら重視すべきは威力よりも確実性だ。
血まみれの頭を振り乱し、双角で邪魔者を蹴散らそうとするバイコーン。その動きを見切ってぎりぎりのところをすれ違い、右手に握った双剣の片割れで喉首を切り裂いた。
バイコーンの巨体が鮮血をまき散らしながら転倒し、クラッシュしたレーシングカーのように派手に地面を転がっていく。
「ふぅ……確かに、こいつは一人じゃ手に余る代物だな」
標的が動かなくなったことを確認してから、双剣の実体化を解除して痺れの残る右手を揉みほぐす。
双剣の柄を握り込んでいた部分がうっすらと内出血を起こしている。首を斬り付けた瞬間に凄まじい負荷が掛かったせいだ。あまりの勢いに危うく剣を取り落としてしまうところだった。
満身創痍でこれほどのパワーとスピードだ。万全な状態での一対一なら相当苦戦させられたに違いない。
「どうやら上手くいったようだな」
「ええ、何とか」
アルスラン達が駆け寄って来たのが見えたので、首尾よくバイコーンを倒せたことを報告する。
「まずはバイコーン一頭。結構いい滑り出しじゃにゃいかにゃ。ていうか、今日の成果はこれで充分かも?」
「ボクとしては二十個か三十個は回収しておきたいかな」
「うげ、働き者だにゃあ……」
クリスとココが成果を確認する後ろでは、ルビィが疲労困憊といった様子のベリルを立ち上がらせようと急き立てている。ベリルの得物は装備カードでも何でもない普通のボウガンだ。しっかりバイコーンの急所に当てているあたり、それなりに腕はいいようだ。
周囲を見渡した後で、俺は割とどうでもいいものが見当たらなくなっていることに気が付いた。
「あれ? あいつどこ行った……?」
アーサーの姿が見当たらない。バイコーンとの戦闘直前までは付いてきていたはずだが、ちょっと目を離した隙にいなくなっていた。
他の皆が「さっきのは誰だ」と聞いてこないあたり、かなり早い段階で姿を消してしまったようだ。
俺は少しだけ首を捻って、すぐに気にするのを止めた。きっと勝手に満足して勝手に離れていったのだろう。あちらの身の安全なんかは考えるだけ時間の無駄だ。大岩からノーダメージで飛び降りたあたり、強力な身体強化系のカードを持っているのは間違いない。
「魔石は十二個だった。もう一度確認しておくが、魔石の分配は期間中の獲得数を全員で等分するということで構わないな」
アルスランの確認に全員が首肯する。遠征狩猟に出発する前に決めておいた条件だ。全員が受け入れてここにいる。
「あの、カイさん」
新たな獲物を探しに歩き出したところで、エステルがこっそり話しかけてきた。動き回ったせいか頬がほんのりと赤らんでいる。
「前に戦ったナイトウルフは確か魔石十一個でしたよね。あのときより強い魔物を倒せたってことは、私達も強くなったって思っていいんでしょうか」
「まぁ……そうかもな」
「今回は数の暴力でしょ」
相槌を打った直後に、レオナがさり気ない態度で横やりを入れてきた。
二人の言っていることはどちらも正しい。俺はそう思っている。俺達は間違いなくあのとき――Dランク昇格試験のときよりも強くなっているし、今のメンバーで挑めばナイトウルフも簡単に倒せるだろうという予感もする。
そもそも、あのナイトウルフはアルスランと俺で一対一のリレーをして戦ったようなものだから、チームワークを駆使して挑めばもっと楽だったのは当たり前だ。
これをどう言葉にして二人に伝えようか考えている間に、上空のアイビスが次の獲物を発見したと《ディスタント・メッセージ》越しに報告してきた。
――結局、俺達は日没までの間に三十七個の魔石を手に入れた。一人四個、つまり昇華一回分の配分なので上々の成果だろう。
一日目の狩猟を成功裏に終え、夕食を済ませてから部屋に戻ったところで、俺は一通の手紙が扉に挟まっていることに気が付いた。
「……なんだこれ」
開封前に《鑑定》を始めとしたスキルでチェックしてみるが、不審な点はどこにもない。ごく当たり前の封筒が仰々しい封蝋で閉じられているだけの、極めてありきたりな手紙だった。
差出人の名前は外には書かれていないが、封を切って手紙を開いてみると、一行目に見落としようがないほどハッキリと綴られていた。
「東部辺境要塞司令官……アンジェリカ・ハーディング!?」
それは明日早朝に要塞へ来訪するよう要請する手紙であった。