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136.狩猟開始

 アイビスが語る城塞放棄の原因――その情報の発生源は要塞に勤める指揮官の一人からの意図的漏洩(リーク)なのだという。要塞の兵はこの情報を外部に漏らさないよう命令されている、という情報もセットで噂になっているが、どこまで本当なのかは判断のしようがなかった。


 真偽不明のこの噂は瞬く間にデミライオン達の間に広まり、彼らに動揺を――


「何という幸運だ! そのような強敵と戦えるかもしれないとは!」

「是非とも討ち取って帰らないとな」

「いやぁ、参加を決めて良かった。これだから止められん」

「我らの王に感謝を!」


 ――もたらさなかった。むしろ盛大に燃えていた。


 一夜明けた時点で既にほぼ全員のデミライオンがこの噂を知っていて、そして例外なく歓喜と興奮に打ち震えている。俺が知っていた唯一のデミライオンであるアルスランは、思慮深く落ち着いた雰囲気の人物なので、同族達の盛り上がりぶりは正直意外だった。


 これがデミライオンの標準的な性格だというなら、今までの俺の認識はやはり相当偏ったものだったのだろう。


「勇敢なる戦士達よ!」


 早朝の拠点前で、勇壮な衣装に身を包んだデミライオンが狩猟の参加者達を煽り立てる。毛並みの色からしてイスカンダル王とは別の重役のようだ。


「いよいよ待ちに待った魔獣狩りの日がやってきた! 噂によれば十年に一度あるかないかの大物が潜んでいるというではないか! 好機を逃すことなく存分に戦果を挙げてもらいたい!」


 デミライオン達の歓声が地面を震わせる。俺達のメンバーからも、ルビィとアイビスが元気よく声を上げた。強さを示したがっているルビィとお調子者のアイビスらしい反応だ。


 魔獣狩りの舞台は、辺境要塞の前に広がる荒野。そして遥か向こうにそびえる岩だらけの山脈。魔獣の存在という要因もあるんだろうが、人が住んでいないのも納得の過酷な環境である。


 もっとも、昔はこの向こうにも人間の国があったと聞いている。俺の勝手な想像に過ぎないが、滅亡の原因とこの環境が無関係とは思えなかった。乱開発の結果だとか、異常気象だとか、原因は色々と思い浮かぶ。


「では、打ち合わせ通りに頼む」

「任せて。ちゃっちゃと見つけてくるから」


 目的地の荒野に到着したところで、アルスランの要請を受けたアイビスが、翼の形をした腕をはばたかせて空高く舞い上がった。


 一口に荒野と言っても、平らな土地が延々と続いているわけではない。高低差はあるし丘陵やちょっとした谷だってある。植物だって雑草や人間の背丈未満の低木ならそれなりに生えている。よくイメージされる平坦な荒れ野は数ある荒野の一部に過ぎない。


 そんな地形に棲息する生物――この場合は魔物だが――を探そうと思ったら、遮蔽物のない上空から探すのが一番だ。


「地上からの目視確認はお願いできるか」

「《遠見》で充分ですか?」

「ああ、やってくれ」


 俺は《ワイルドカード》をノーモーションで《遠見》に切り替えて周囲を見渡した。


 ゴブリン討伐のときにそうしたように、俺も《ワイルドカード》を使えば空中からの探索ができる。しかし、今回は空中と地上の二段構えで探索した方が効果的だということで、空中は本職(デミバード)に任せて地上を担当することになっていた。


 総勢百人前後の狩猟参加者が広大な荒野に散らばり、それぞれのやり方で魔獣を探し始める。全体的な傾向としては、俺達のような十人前後のチームが五、六組で、残りは少人数や単独行動を選んだようだ。


 これは軍事行動ではない。依頼を受けての討伐でもない。あくまで魔獣との戦いを望む個人の寄せ集めであり、全員で組織的な連携をするというのはそもそも主旨から外れている。


「今度は、あのでっかい岩の上から見渡してみますか」


 《ワイルドカード》を一時的に《軽業》に切り替えて、ちょっとしたビルほどの高さのある大岩を軽やかに駆け上がる。位置も高さも申し分ない。この付近では間違いなく最良の監視スポットだ。


 一番上にたどり着いたところで、俺はそこに先客がいることに気が付いた。


 デミライオンではなく普通の人間(ノン・デミ)の男だが、デミライオンに負けず劣らずの体格を持つ偉丈夫だ。鍛え抜かれた肉体の上に鎧を身に着けた無骨な容貌だが、不思議と清潔感のある雰囲気の男だった。


 俺が岩山の頂上にたどり着いたのを見るなり、先客の男は豪快に声をあげた。


「お? おお! お前は!」


 まるで俺を知っているかのような口振りだが、俺の方はこの男に全く見覚えがない。清々しいくらいに初対面だ。


「……どこかで会いましたっけ」

「いや、すまん。こちらが一方的に見知っているだけだ」

「はぁ……」


 こちらとしてはそれ以上話を膨らませるつもりはなかったので、男のことは無視して周囲の観察に集中することにする。


 再び《遠見》をコピーして視力を高め、真上からでは見逃してしまいそうな場所を重点的にチェックする。上位スキルの《千里眼》があればもっと楽に事を済ませられるのだが、希少な上に有用なのでギルドショップの下取りにも出ておらず、人づてに名前と効果を聞いたことがあるだけだ。


 今回の狩猟を成功させて、Cランクへの正式昇格条件を満たせるだけの魔石が集まれば、ギルドで十回分の昇華(ガチャ)する(回す)ことができる。R(レア)以上一枚確定の十連なら、高レアを引き当てられる可能性も高くなる。


 そういう意味でも、魔獣狩りを首尾よく達成できるかどうかに今後の活動が大きく左右されると言えるだろう。


「……だから、どうかしたんですか」


 小難しい考え事に思考回路を割いてみたものの、横合いから絶え間なく向けられる視線から気を逸らすことはできなかった。


 絶好の監視ポイントを先取りしていたにも関わらず、先客の男は周囲の光景にめもくれずに、ずっとこちらに視線を送り続けている。はっきり言って異様だ。誤解を恐れずに言えば身の危険すら感じてしまうほどだ。


「確認なのだが、君は冒険者のカイ・アデルで間違いないか」

「見知らぬ人に素性を訊ねられて答える奴がいると思います?」

「ははは! まったくその通りだ! 俺はアーサーと言う。これでもCランク冒険者の端くれで、今回はザファル将軍の紹介で参加させてもらっている」


 ザファル――確か出発前に演説をして参加者を煽っていたデミライオンがそんな名前だったはずだ。見るからに『偉い人』な雰囲気を漂わせていたが、将軍というならそれも納得である。


「で、君はカイ・アデルで相違ないか」

「……そうですけど、だからどうしたんですか」

「実力派の新人がいると聞いていてな。いつだったか、ギルドで見かけたときに顔を覚えていた。そんな相手がいきなり現れたものだから、こんな偶然もあるものかと思わず声をかけたわけだ」


 先客の男、アーサーはそう言って豪快に笑った。褒められているのに全く嬉しくないのは初めての経験だ。敵から称賛されたときの方がまだ喜べるかもしれない。


 俺はアーサーを半ば無視して周囲の観察を続行した。


 もうしばらく偵察を続けて、何もなければさっさと大岩を降りてしまおう。そう決めた直後、荒野の中でも比較的大きな樹木の木陰で、奇妙な風体の獣が寛いでいるのが目に映った。


 ぱっと見ではただの馬のようだが、その頭からは二本の湾曲した立派な角が生えている。もしやあれはおとぎ話に聞いた二角獣(バイコーン)ではないだろうか。だとしたら魔獣だと考えて間違いないだろう。


「……見つけた」


 俺はすぐに《軽業》をノーモーションでコピーして大岩を駆け下りた。アーサーに声をかけようという発想は全く浮かんで来なかった。


 じろじろ見られて気分を害していたというのもあるが、そもそも魔獣狩りの参加者でなおかつ別パーティなのだ。魔獣を狙い合うライバルのようなものだから、獲物がいたと教えないのは当たり前の行動だ。


「さっそく魔獣を見つけたのか! さすがは噂の新人だけあるな!」

「そんなこと言われても嬉しくは……って、うわぁ!?」


 《軽業》で岩肌を駆け下りる俺の横を、アーサーは全く同じ速度で()()()()()

 命綱も何もない正真正銘の自然落下で、体さばきで空気抵抗を調節して器用に速度をコントロールし、俺に親しげに話しかけながら落ちている。もはやちょっとした衝撃映像だ。


 そして俺が軽やかに着地するのとほぼ同時に、アーサーもまた()()した。墜落の衝撃を全て脚で受け止める強引極まる着地だったが、これっぽっちも堪えていない様子で、アーサーは涼しげに口を開いた。


「なに、獲物の横取りはしない。マナー違反だからな。だが、よければ君の戦いぶりを生で見せてはくれないか!」

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