135.再会(2/2)
その後すぐに、俺達は通路の隅で話をすることにした。ルースの仕事仲間が好奇心丸出しで事情を聞き出そうとしてきたが、説明は後でということで押し切らせてもらった。
ルースと顔を合わせたのは三ヶ月ぶりのことだが、もう何年も会っていないような気分になってくる。真っ白な癒し手の衣装に身を包んだ幼馴染は本当に別人のようだった。
もちろん悪い意味ではない。しばらく会わないうちに一気に大人になってしまった――そんな気持ちだ。
「本当に、癒し手になったんだな」
カードを手に入れた日のやり取りをおぼろげに思い出す。ルースは《ヒーリング》と《調合》を引き当てて、優しい私にぴったりだとのたまって、癒し手になるしかないと冗談めかしていた。
あのときは、気心の知れた幼馴染だからこその言動で笑い合っていた。村が盗賊に襲われていたことすら知る由もなく。そして俺はまだ新藤海ではなく、アデル村のカイという世間知らずな男でしかなかった。
三ヶ月の間に俺は様々なことを経験してきた。とても濃密な時間だったという自信がある。けれど、三ヶ月で変わったのは俺だけではなかったらしい。
「うん。仮とはいえ成人になったわけだから、自分の才能を活かした仕事がしたいなって思って……村を出たのはカイのすぐ後だったかな。復興の仕事で村に来た冒険者の紹介で、癒し手のフローレンスさんに弟子入りしたの」
「それってさっきの部屋でめちゃくちゃ張り切ってた人か?」
「あはは……多分そう。普段からあんな感じなんだよね」
花咲く娘というよりは生花顔負けのドライフラワーの花環みたいなインパクトの老人だ。もちろん人名が体を表すわけはないのだが。ルースは語源をたどれば『仲間』だし、カイは色々な意味がありすぎて特定できないくらいである。
それはともかく、ルースには癒し手という仕事がよく似合っている。あのときはからかって笑ってしまったし、今も本人には直接言えないけれど、本音ではそう思っていた。
「カイの方はどうなの? 冒険者、うまくやってる?」
「もちろん。絶好調に決まってるだろ」
冒険者としてこれまでに積み重ねた経験を、ルースに語り聞かせる。当然ながら他人に話せないことは伏せた上で。依頼の詳細を冒険者以外に漏らしたら拙いことになりかねないし、犯罪組織と戦うことになるかもしれないなんて言ったら不安を煽るだけだ。
仮とはいえCランクになれたことを語りながら、俺は喜びを覚えている自分に気がついた。
一人前のランクに達したことにではない。この程度はまだまだ通過点だ。
その通過点に達したという成果――それをルースに自慢できることが、何故かとても嬉しかった。
「凄いなぁ……ずいぶん差が付いちゃったかも」
「ルースはまだまだこれからだろ」
「うん、でもね」
少しだけ、ルースは言い難そうに言葉を濁した。
「カイは私がいなきゃダメなんじゃないかなって……そんな風に思ってたところもあったからさ。《前世記憶》で変わっちゃったから……」
「俺は俺だ」
ルースの言葉を反射的に否定する。自分でもびっくりするくらいの即答かつ全否定だった。
けれど、ルースはそんな俺の全否定を全肯定した。
「うん、知ってる。《前世記憶》で変わっちゃったからだ、本当のカイはこうじゃないんだ……なーんて言い訳が浮かんできてさ、情けないなって思ったんだ。私が取り残されてるだけなのにね」
「……ルースも変わってきてると思うぞ。自分でぶん殴って自分で治すヤブ医者コースかと思ってたけど、馬子にも衣装ってのは本当だな……ぐえっ」
ルースが俺の首に腕を回してぎゅっと締めてくる。あのときと同じ懐かしいやり取りだ。
しかしあのときとは何もかもが違う。《ステータスアップ》をセットしているせいかあまり苦しくなく、薬草の香りが入り混じった匂いが鼻孔をくすぐる感覚は、あのときにはなかったものだ。
俺もルースも少しずつ確実に変わっている。きっとそれは良いことなのだろう。一抹の寂しさを感じてしまうのは仕方がないとしても。
「そういえば、冒険者の仲間に《前世記憶》のことは話してあるの?」
「いや……まだ。いつまでも秘密にはしておけないんだろうけど、やっぱり話しにくくてさ。《前世記憶》に偏見を持ってる人も多いって聞くしな」
偏見を抱かれるのは仕方がないことだ、と自分でも思う。こちらの世界の人間にとって、生前の世界の人間は、掛け値なしの正真正銘の異世界人だ。そんなモノが突然近くに現れて戸惑わない方がおかしい。
カイだって俺自身がそうなったのでなかったら、根拠のない不安や疑念を抱いてしまっていただろう。
「実際、普通の人だったのに《前世記憶》をセットしたら悪事に手を染めるようになったとか、そういう噂もあるわけで……まぁ、本当かどうかは知らないけど」
「カイはカイでしょ。私が昔っから知ってるカイ・アデル。それでいいじゃない」
こんな風にルースと話していると、Cランク冒険者のカイ・アデルではなく、ただのアデル村のカイに戻っていくような気分になってしまう。それはとても心地の良いことなのだけれど、同時に『元に戻れなくなるのでは』という不安もある。
だから俺は、少し強引かもしれないが、話題を冒険者らしい方向に持っていこうとした。
「そうだ。時間があるときにでも、パーティの皆に紹介しようか。気が合うかどうかは……まぁ、保証しかねるけど」
「いいの? カイの恥ずかしい話のネタとか、たくさん思い出しておかないと」
「やっぱ止めとくか」
「えー、なんでよー」
気の抜けきった会話を続けていると、ルースの仕事仲間の癒し手見習いが、曲がり角の向こうからひょっこりと顔を出した。
「ルース、そろそろ休憩終わるよ」
「あ、うん。すぐ行くから。ごめんね、カイ」
「冒険者さん、彼女お借りしますね」
「もうミランダ! 違うってば!」
仕事に向かうルースの背中を見送ってからその場を離れる。石造りの廊下の空気が一気に冷たくなったような気がした。
薬草の残り香を惜しみながら部屋に戻ろうとした矢先、鮮やかな羽毛に包まれた翼が俺の肩をばさばさと叩いた。
「アイビスか?」
何気なく振り返ると、底抜けに意味深な顔をしたアイビスと目が合った。まるで噂話の絶好のネタを見つけたと言わんばかりの表情である。
「いやはや。アデルさんも隅に置けないですなぁ。パーティのメンバーだけじゃ飽き足らず、他所の子にまでコナをかけるなんて……あぎゅっ」
頬を思いっきり引っ張るとアイビスが珍獣のような声を上げた。アイビスはジタバタともがいているが、聞き捨てならない発言が二箇所ほど聞こえたので、そう簡単には離してやらない。
「俺が、いつ、レオナや、エステルに、粉かけたって?」
発音を切る度に頬をつまむ指に力を込める。
「いやでも、女の子ばかりに男が一人ってそういう……痛い痛い痛い!」
「事実無根だ馬鹿。それに、さっきの奴は同じ村の出身の幼馴染だっての」
思う存分頬を痛めつけてから指を離す。こんな根も葉もない噂が広まったら、これから色々とやり辛くなってしまう。流言飛語は広まる前にシャットアウトするのが一番だ。
まぁ……過去にただの一度もそんな感情を抱いたことがなかったと断言してしたら、クリスの《真偽判定》で嘘付き判定を食らってしまうのだが。
「で? それだけ言いに来たのか? ていうか、さっきはレオナ達と一緒にいたんじゃなかったか」
「イタタ……って、そうそう、思い出した。凄い話を聞いたから、手分けして皆にも教えようってことになったの」
アイビスは赤くなった頬をさすってから耳を疑うようなことを口にした。
「屋上の大穴、この近くに棲んでる魔獣に襲撃されてぶっ壊された跡なんだって。それもたった一匹にやられたとか何とか。信じられないよね」