134.再会(1/2)
両陣営の会談は代表者だけが要塞の中に入って行われ、俺達と他のデミライオン達は屋外で待機することになった。
そのまま寒い思いをさせられ続けるのかと思ったが、三十分としないうちにデミライオン側の伝令が外に出てきて、支城の使用手続きが終わったので移動するよう伝えてきた。
中でどんなやり取りがあったのかは知らないが、待っている連中を寒空の下に放置しないように、使用許可の手続きを先に終わらせてくれたのだろうか。
「さて、行くとしようか」
アルスランに促され、他のデミライオン達と一緒に当面の宿泊場所になる廃要塞へ向かう。
その道すがら、大勢のデミライオンが思い思いの態度でアルスランに話しかけてきた。
素直に再会を喜ぶ者。ローラと同様に長期不在を責める者。狩りの成果を競う勝負を持ちかける者。故郷へ戻るよう訴えかける者――反応は千差万別だが、彼らにとってアルスランが重要な人物であることは間違いないようだ。
同族への応対が一通り終わったところで、アルスランは世間話でもするかのように、自分と氏族についての話を語り始めた。
「代々デミライオンの王は、王牙氏から各氏族の長の推挙と合議によって選ばれる。明確な条件があるわけではないが、壮健無比な肉体を持つことと、見栄えの良い獅子の貌を持つことが望ましいとされている」
「それならアルスランもぴったりじゃないですか?」
エステルの無邪気な褒め言葉に、アルスランは困ったような微笑を浮かべた。顔がライオンだから表情は読み解きにくいけれど、どうやら照れ臭さを感じているようだ。
「皆からもそう言われていたよ。けれど私は王の器ではない。他人のためではなく自分のために生きたいと願う男だ。故に冒険者として生きる道を選んだわけだが……」
アルスランは自分自身をそう評しているが、俺はそうは思わなかった。アルスランにはこれまでに何度も手を貸してもらってきた。他人のためでなく自分のために生きている人がそんなことをするだろうか。
もちろんそれは赤の他人である俺からの認識であり、偏見にも等しいということは充分に自覚している。あくまでアルスランの自己評価の問題だ。
「……ああして伯父上が立派に王を務めている姿を見ると、やはり私が選ばれなくてよかったと心から思うよ」
その言葉に嘘はないように感じられた。本人が納得しているのなら部外者には何も言うことはない。
寒々とした山道をしばらく歩いた先に、古びた要塞がそびえ立っていた。辺境要塞と似通った様式でサイズが一回り小さく、解体予定だからか防柵が綺麗さっぱり取り払われている。
当面はこの要塞が宿泊場所になる。先行していたデミライオン達を追って中に入ろうとしたところで、入り口のところに立っていた獅子顔のデミライオン――たてがみがないので女性だ――に呼び止められた。
「外部参加者の方ですね。アルスラン様のご紹介ということなので、こちらの用紙のみにご記入をお願いします。他の書類は必要ありません」
「何の用紙なんですか?」
「誓約書です。形式的なことしか書かれていませんが、きちんと書面に残しておかないと『中央』がうるさいもので」
内容は万が一の場合は自己責任というお決まりの誓約や、デミライオンと魔石の配分で揉めたときは王の仲裁に従うという約束事の承認を求めるものだった。俺達は伝統行事に便乗して魔石を稼ごうとしているわけだから、これくらいの誓約は受け入れて当然だろう。
俺達のメンバーのうち、外部参加者扱いでないアルスランを除く八人が誓約書にサインをして、ようやく要塞の中に足を踏み入れる。
「へぇ……意外と住み心地良さそうだな」
防衛目的で建てられた建物だから居心地は良くないに違いない、と勝手に決めてかかっていたが、意外にもそうではないようだ。町の宿屋と比べれば快適さでは劣るものの、石造りの古いホテルと呼べる程度には住環境が整っている。
「貴族が見栄を張り合った結果だよ」
クリスが呆れ混じりにそう答えた。
「辺境要塞は複数の貴族が交代で担当しているからね。次の担当者に引き渡すときに、住環境が悪いと『そこまで気を遣う経済力がなかった』って思われるんだそうだ」
「だから思いっきり金を使って住み良くしてるってことか?」
「この補助要塞の建て替えもその一環かもね」
解体予定の補助要塞でこれなら、辺境要塞の本体は一体どんなことになっているのだろう。貴族同士の意地の張り合い、あまり理解できない世界だ。
宿泊場所は要塞に配備されていた兵が寝泊まりしていた部屋のようだ。一部屋に二段ベッドが二つある大部屋なのだが、遠征狩猟の参加者は兵士の数分の一程度なので、一人一部屋の贅沢な割り当てになっている。
割り当てられた部屋に荷物を置いてから、これからの行動について少し考えを巡らせる。
「狩猟は明日から、か……今日は何して時間を潰そうかな」
悩みながら部屋を出たところで、レオナとエステル、そしてココとアイビスの四人が俺の部屋の前を通り過ぎていった。
「どこに行くんだ?」
「ん、今のうちにどこに何があるのか見ておこうと思って」
「いわゆる探検って奴かにゃ」
なるほど、実益を兼ねた暇潰しというわけか。しばらくはこの要塞を拠点に過ごすことになるのだから、内情を把握しておいた方が色々と便利だろう。
俺も四人に倣い、下見も兼ねて要塞のあちこちを見て回ることにした。
割り当てられた部屋のある階からは一階よりも最上階の方が近かったので、まずは階段を昇って最上階に足を運ぶ。
最後の階段を昇ったところに、何故か『最上階使用禁止』の看板があった。理由はすぐに分かった。最上階の一部の外壁が天井ごとごっそりと崩落して、青い空が鮮やかに広がっている。
「ああ……だから建て替えることになったのか」
そういうことかと一人で納得する。確かにこれでは防衛施設として失格だろう。到着したときに気が付かなかったのは、崩落箇所が入り口の正反対の部分だったからだ。
最上階には何もないので、今度は上の階から順番に見て回る。そうして一階まで降りていったところで、他の面々とは雰囲気の違う集団が視界に入った。
白い装束の集団が大広間で忙しなく何かの準備を進めている。
「あれは……癒し手か?」
魔獣狩りで負傷者が多発することを見越した備えだろうか。
リーダーと思しき高齢の女性がよく通る声で指示を飛ばしている。しわくちゃの顔なのに背筋がしゃんと立っていて、肉体的な衰えがまるで感じられない。
「加工用の道具はちゃあんと使いやすいように並べときな! 材料は忘れないうちに分類してしまっとく! 準備に手ぇ抜いたら後が面倒だよ! デリアとミランダとルースは休憩! ちゃっちゃと回しな!」
まるで竜巻の中心のような老人だ。仕事の邪魔をしたらいけないので離れようとしたところで、休憩のために部屋を出てきた面々と鉢合わせた。
そこに混ざっていた一人の少女。見間違えるはずがない。忘れるはずもない。この世界に転生してから、当たり前のように顔を合わせてきた兄弟同然の幼馴染。故郷のアデル村に残してきたはずの――
「ルース!?」
「え、カイ?」
カイ・アデルの幼馴染のルースがそこにいた。真っ白な癒し手の装束に身を包んで。