133.辺境要塞(2/2)
要塞周辺の検問所を抜けて、馬車は要塞前に設けられた広く平らな土地へと進んでいく。演習場か、あるいは物資集積所だろうか。どちらにせよ、今はデミライオン達が乗り付けた馬車の駐車スペースとして利用されていた。
「本当にデミライオンばっかりだ……」
馬車を降りて要塞に向かう間に、種々多様な外見のデミライオンが次々と視界に入ってきた。
首から下はほぼ人間で頭だけにライオンの要素を持つ者。アルスランと同じように獅子の頭と毛皮に覆われた屈強な肉体を持つ者。それよりも更に獣らしさが強く、太股より先が本物の獣と同じ関節構造をしている者。そして、ココみたいに耳や尻尾といった申し訳程度のライオンのパーツだけを生やした者。
デミアニマルの外見は本当に個体差が強い。二足歩行の獣にしか見えない個体と、安直な擬人化にしか見えない個体。どちらも同じデミライオンであり血縁関係にあるというから驚きだ。
一般に、デミアニマルの界隈では動物要素が強いものをケモノ寄り、人間要素が強い者をヒト寄りと呼ぶらしい。それを聞いて思い出したのだが、そう言えばアルスランはココのことを『ヒト寄りのデミアニマル』と呼んでいたことがあった。
それでも全員に共通する特徴がある。全体的なシルエットは人間そのもので、身体が動物の形状をしている奴は一人もいないという点だ。
「……にしても、みんな妙に厚着だな」
「デミライオンは南方の民族なので、寒さが苦手な者が多いのだ」
俺の呟きにアルスランが律儀に注釈を加えてきた。まぁ確かにライオンと言えば熱くて乾燥した地域にいるイメージが強い。
「みんな揃って寒がりなんですね。アルスランは違うみたいですけど」
「東方に移り住んで長いからな。何度も冬を越せば慣れもするさ」
要塞の前の集合場所に到着したところでレオナ達とも合流する。レオナは少し前に調達した冬物の上着を着込んでいて、全体的な輪郭が普段よりも少し膨らんで見えた。
間違いなく似合ってはいるのだが、ペンギンの雛みたいに膨らんだ女子高生を彷彿とさせられてしまう。
「おっと、ここにも寒がりが」
「何の話?」
デミライオンの人混みの中ではぐれないように、アルスランを中心に集合して待機する。宿泊場所となる砦へ移動するのは、要塞側とデミライオン側の代表者が会見を済ませてからだ。それまでは寒空の下で待ち続けるしかない。
レオナは不機嫌そうな顔をしていて、エステルは何故か半目で眠たそうに視線を泳がせている。エルフが冬眠するという話は全く聞いたことがないが、今にもこてんと横になってしまいそうな雰囲気だ。
ルビィとベリルの姉弟は好奇心を隠すこともなく周囲を見渡している。ただし、ルビィは「皆さん強そうです!」なんて口走っているあたり、ベリルとは好奇心の種類が全く違うようなのだが。
「ねぇ、カイ。アイビスがどこ行ったか知らにゃいか?」
「あれ? そういえば……」
ココにそう言われて、デミバードのアイビスの姿が見当たらないことに気がついた。小柄なので人混みに飲まれてしまったのだろうか。そんなことを考えながら周囲を見渡していると、大きな羽音がバサバサと近付いて来るのが聞こえた。
デミライオン達の注目を浴びながら、アイビスが歩くような低速飛行で人混みを飛び越してくる。
「どこ行ってたんだ?」
「ちょっと顔見知りがいたからさ。せっかくなんで連れてきたのよ。あ、多分カイ達は会ったことないけどね。私とアルスランの知り合いだから」
そんな会話を交わしていると、デミライオンの女性がアイビスを追いかけて近付いてきた。アルスランのように獣人らしい獣人ではなく、ココと同じく人間の身体に動物の要素を付与した外見をしている。
ココは小柄な体格で身軽な印象を受けるが、こちらの女性は大柄で筋肉質な体型だ。もっとも、大柄と言っても女性としては体格が良いという程度で、背丈は俺と大差ない。アルスランと比べれば子供も同然だ。
「王牙の! あんた今までどこで何してたんだ!」
デミライオンの女性は肩を怒らせながらアルスランに食ってかかろうとする。俺達のことは視界にも入っていないようだ。
「王牙の?」
「私の氏族名だ。デミライオンに家族名はないので、王牙のアルスラン、というのが君達でいうフルネームに当たる」
アルスランは俺の素朴な疑問に簡潔に答えてから、デミライオンの女性への応対を始めた。
氏族とは共通の祖先を持つという繋がりで集まった一族のことで、生前の世界でいう中世日本の源氏などが該当する。
家族で代々受け継ぐ名字がないというのはカイ・アデルにとっても新藤海にとっても妙な感じだが、生前の世界にもそういう国があったと聞いたことがある。今となっては確認する手段はないのだけれど。
「久し振りだな、ローラ」
「また抜け抜けと。久し振りなのはあんたがいつまでも帰ってこないからだろ。その調子じゃイスカンダル様に挨拶もしてないんじゃないか?」
「伯父上か……昔はともかく今となっては立場が違いすぎてな」
「立場に差が付いたのは、あんたが里を出て行ったからだろうに。里にいればイスカンダル様の右腕になってたはずだって、うちの爺さん達も嘆いてたよ」
よく話が見えないが、二人の力関係は何となく理解できた。アルスランも故郷に関して何かしらの事情を抱えているらしい。人間ならそれくらいの過去があって当然だろう。
ローラという女性はしばらく文句を言い続けていたが、しばらくしてから俺達の存在に気がついて、取り繕ったような笑顔を浮かべた。
「ええと、冒険者さんかな」
「あ、はい。東方支部の――」
初対面なのでお互いに自己紹介を交わし合う。ローラはデミライオンの戦士ではあるが冒険者ではないとのことで、生まれ育った南方領域を出るのも今回が初めてらしい。
俺達の名乗りが終わったとほぼ同時に、群衆の一番後ろがにわかに騒がしくなり、瞬く間に二つに別れて道を作り出した。一人の堂々たる獣人が、デミライオン達の歓声や陶酔の声を浴びながら、その道を通って要塞へと歩いていく。
俺から見ても見事なデミライオンだ。アルスランと同等の体躯に雄々しい獅子の顔立ち。そして何よりも目を引くのは黄金の毛並みだった。
普通のライオンのような明るい黄褐色とはまるで違う、輝かんばかりの黄金色。カリスマ性とでも言うのだろうか。他のデミライオンにはない神秘的な雰囲気を漂わせている。
「彼こそが王牙のイスカンダル。我らデミライオンの王だ」
「王牙の――それって」
アルスランと同じ氏族名。つまりアルスランもデミライオンの王と同じ氏族。
ローラとの会話で漏れ聞こえた『立場が違いすぎる』『里にいれば右腕になっていた』というのは、ひょっとしてそういうことだったのだろうか。
王牙のイスカンダルが要塞の正門の前に立つ。門の内側から合図の鐘が鳴り響き、金属で補強された分厚い門扉が鈍い音を立てて開かれていく。その向こうでは砦の兵が儀礼用の装いで整然と隊列を組み、デミライオンの王を迎え入れる準備を整えていた。
先頭に立っていた要塞側の司令官らしき人物が悠然と前に進み出る。
こちらもまた、人目を引く容姿をした普通の人間だ。イスカンダルとは正反対な細身の女性。しかしその顔立ちは凛としていて、大勢の兵士を率いるに相応しい人物だと自然に感じさせる。
女性は相対したイスカンダルの巨躯を見上げ、堂々と名乗りを上げた。
「よくぞ参られた。私が東方辺境要塞司令官、アンジェリカ・ハーディングだ」
――俺にとってあまり好ましくない家名を添えて。