130.遠征の誘い
――その日の夜、買い物を終えて帰ってきたレオナ達と合流してから、改めてアルスランから話を聞くことになった。
場所はギルドハウス近辺の小料理屋。雰囲気としては居酒屋に近く、値段帯の割に量が多いという評判もあって、今日も仕事上がりの冒険者が大勢やって来ている。
参加者は俺達のパーティ――俺とレオナ、エステルとクリスに加え、『クルーシブル』からデミライオンのアルスランとデミキャットのココ、そしてデミバードのアイビスで合計七人だ。
人数が多いので、八人掛けの大きなテーブルを俺達だけで専有し、体格の大きなアルスランが二人分のスペースを使っている。
「カイには先に概要を伝えてある。詳しい話は食事を摂りながらにしよう」
ということで、それぞれ好きなメニューを注文した結果、テーブルの上がちょっとした晩餐会のようになる。
圧巻なのはアルスランの前に並んだ山盛りの肉料理だ。隣に座るココの皿も、肉の割合こそ負けていないものの、料理の量は目測でも三倍近い。俺が注文した料理と較べても倍以上ある。
アルスランと一緒に食事をしたことはこれが初めてではないが、何度見てもこの物量には圧倒されてしまう。
「……えっと」
俺がアルスランの注文した料理に気を取られている横で、レオナが別のところを見て何やら言い難そうに言葉を濁している。
視線の先にはアイビスの夕食。どう見ても鳥肉料理だ。
アイビスは腕が翼になっていて、途中の関節から鉤爪のような指が生えているという、いわゆる始祖鳥のようなスタイルのデミバードだ。首から上に関しては、髪の毛に混ざって飾り羽が生えている以外は普通の人間なのだが……。
「それって……良いんですか? 何ていうか色々と」
「ストレートな反応は好きだよ、私。けどデミアニマルはこれでも人間だから、デミバードも鳥を食べるしデミタウロスも牛を食べるんだよ。デミライオンはライオンも食べるんだよね?」
唐突に珍妙な発言を振り向けられ、アルスランは困ったように目を細めた。
「いや、それは流石に」
「あ、やっぱり?」
「そもそも、自分達に近い獣を食べることを忌避するデミアニマルは少なくない。デミタウロスの多くもそうだろう」
「なるほどー。まぁ、私は鳥肉大好きですけど。大きな鳥が小さな鳥を食べるのは珍しくないんで」
初めて会ったときから何となく思っていたのだが、アイビスはあまり頭で考えずにとりあえず喋ってみるタイプなのだろうか。
何はともあれ、当初の予定通りに夕食を摂りながら、デミライオンの魔獣狩りについて詳しい話を聞くことにする。
「デミライオンは強さを重んじる部族だ。かつては魔獣を単独で倒すことが男子の成人の条件だったほどだ。現代においては正式な成人の儀式ではなくなったが、今も部族内では魔獣を倒した経験が多いほど高く評価される風潮がある」
遠い昔、百年以上前は大陸全土に魔獣が生息していて、デミライオン達が魔獣を狩る機会も多かったらしい。
統一戦争が始まり、魔石という魔力資源の需要が青天井に跳ね上がった時代には、デミライオン達は国の取り合いには関与せず、魔物を狩って手に入れた魔石を他国に供給することで大いに繁栄したという。
最終的には、当時のデミライオンの『王』が後の初代皇帝と協定を結び、敵対国への魔石供給の中断を決定。この見返りとして、デミライオンの『王』は貴族に匹敵する地位と王の称号の使用継続を認められることになった。
「しかしながら、統一戦争の間に数え切れないほどの魔獣を狩ってきた反動というべきか、我らデミライオンが暮らす土地には魔獣が殆どいなくなってしまったのだ。統一戦争以降は人間の生息圏全体で魔獣が見られなくなってきているが、それに輪をかけて減り過ぎてしまった」
「えっ、でも大規模な魔獣狩りは毎年しているんですよね」
エステルの素朴な疑問に、アルスランは何度か深く頷いた。
「魔獣と戦い強さを示す文化はそうそう捨てられなかった。しかし現実問題、それを実現するためには故郷を出るしかなく、人口の減少すら懸念されるようになってしまった……そこで考案されたのが『狩猟遠征』だ」
『狩猟遠征』は数代前のデミライオンの王が始めた制度で、魔獣との戦いを希望する者を一つの大遠征隊として編成し、多数の魔獣が棲息している土地へ赴くというものだという。
開催時期と頻度は何度か変更されてきたが、現在では一年に一度、年明けから一ヶ月以内に開催されることになっているらしい。
これによって、強さを示したいという欲求が定期的に満たされ、なおかつ故郷を捨てて戦いの旅に出る者が激減し、デミライオンの領土に安定がもたらされたのだそうだ。
「戦いを求める感情を抑えられないのなら、いつどこへ向かうのかを全て統一してしまえばいいというわけだ」
「あたし達デミキャットにしてみれば、そこまでして危険なことがしたいのかって話だけどにゃ」
『な』が『にゃ』に転化する独特の訛りのある喋り方で、ココが横合いから茶々を入れる。
「魔獣にゃんて一月に一回は目にするし、大物に襲われて村ごと移転するのもよくあることだし。住んでる土地を交換して欲しいくらいだね」
「故郷の者達が聞いたら心底羨ましがるだろうな。世の中ままならんものだ」
デミキャットとデミライオン、どちらもネコ科の特徴を持つデミアニマルだが、文化風習はまるで違うらしい。
そういえば、デミキャットは帝国西方でデミライオンは南方に住んでいると言っていた気がする。普通の人間でもそれだけ離れていれば暮らしぶりも違ってくるだろう。
説明が一段落したタイミングを見計らって、今度は俺が質問してみる。
「話を聞く限りだと、デミライオンの内輪の行事みたいに聞こえるんですけど、俺達が参加していいものなんですか?」
「身内の紹介であればな。冒険者ギルドを介した繋がりであれば尚更だ」
一つ目の理由は最初に話を持ちかけられたときにも聞かされたが、二つ目の理由は初耳だった。
「今年はどこに魔獣が多いのかといった情報を冒険者ギルドから提供してもらっている。その恩義もあって、冒険者仲間は参加しやすくされているのだ」
「なるほど……ココとアイビスもその縁で参加するんですね。他のメンバーは不参加なんですか?」
「他の者は別件を抱え込んでいたり、自分の故郷に帰らなければならなかったりと忙しくてな」
故郷――その言葉を聞くとアデル村のことを思わずにはいられない。新年くらいは顔を合わせに帰った方がいいかもしれないという思いと、結果を出すまでは戻らないという意地が混ざり合って、何とも言い難い感情が浮かんでくる。
他の皆はどうなのだろうか。クリスは少し前に帝都の家に戻って父親と会っていたし、エステルは両親が騙されて盗られた土地を買い戻す目標を掲げ、最初の目標として十年で二百万ソリドを稼ぐまでは帰らないと聞いている。
そしてレオナは……実のところレオナの過去や出身地については全くと言っていいほど知らない。訊く機会がなかったというのもあるが、やはり話題にしづらい事柄だ。
そもそも俺だって《前世記憶》を持っていることはまだ皆には話していないのだから、皆が隠し事をしていたとしても完全にお互い様である。
「『狩猟遠征』に報酬は出ないが、手に入れた魔石は全て持ち帰ることができる。現金収入が必要なら後で魔石をギルドに引き取ってもらうといいだろう」
「それで構いません。ぜひお願いします」
「ああ、こちらとしても有り難い。それと、あと二人か三人ほどなら同行させられる余裕があるから、心当たりに声を掛けてみてはくれないか」
……ふと違和感が脳裏を過る。
俺にしてみれば、これは魔石を一気に手に入れられる絶好の機会であり、アルスランの提案は『気を利かせて誘ってくれた』という意外の何物でもない。だからアルスランが『有り難い』なんて言う理由はないはずなのだが。
ひょっとして、冒険者を十人くらいは連れてくるように、といった内輪での要請があったとかそういう事情なのかもしれない。
話が纏まったところで、クリスが何気ない一言をぽつりと漏らした。
「デミライオンは強さを重んじるって言うけど、アルスランはそんな風には見えないよね」
「だな、俺もそう思う。強いんだけどそれを誇示しないっていうか……」
俺はレオナのことを知らないだけでなく、アルスランのこともよく知らない。冒険者同士の関係とは案外そういうのが普通なのかもしれない。過去にどこで何をしていたか詮索することなく、今の在り方だけで付き合う間柄――
レオナとの距離感もそれくらいが丁度いいんじゃないだろうか。俺は何となくそんなことを思った。