13.出会い(1/3)
悲鳴が聞こえたのは廃街道の方角だ。俺はすぐに森を抜け、人気のない廃街道に戻った。
そこで俺が目にしたのは、十人近い男達が二人の少女を取り囲んでいるという、明らかに擁護不能な光景だった。男達はとても一般人とは思えない粗暴な見た目をしている。村を襲った野盗とそっくりだ。
ひとまず茂みに身を隠して状況を確認する。念のため《ワイルドカード》を《双剣術》に切り替えることも忘れない。
《双剣術》のレアリティはRだが、双剣を扱う技術に限ればSRの《上級武術》の上を行く。《上級武術》があらゆるジャンルの武術で恩恵を受けられる万能スキルなのに対して、《双剣術》は狭く深い特化スキルというわけだ。
一応、《上級武術》にしかない特殊な効果もあるのだが、盗賊が相手だと多分発揮されないだろう。
「あんた達、それ以上近付いたら容赦しないからね」
黒髪の少女が前に立ち、メカニカルな雰囲気の槍を構えて男達を威嚇する。その後ろに金髪の少女が隠れ、ぷるぷると震えながら様子を窺っていた。どちらもカイと同じくらいの年齢だろうか。
「ひゃははは! 容赦しないって言われてもなぁ」
「あんたらが魔力を使い切ってるのは確認済みなんだよ」
「レアな属性武器も自慢の呪文も、魔力がなけりゃ意味がねぇよなぁ」
「魔力がない分はカラダで活躍してもらわねぇと。俺達相手にたっぷりとな」
「おう、そりゃあいい!」
男達が口々に喚き散らす。ここまでゲスな言動がよくできるものだと逆に感心してしまうくらいだ。
黒髪の少女が今にも男達に飛びかかりそうだったので、無謀な行動をされる前に横槍を入れることにした。
「あんたら何してんだ?」
全員の視線が一気にこちらへ注がれる。
「なんだ、ガキかよ。びっくりさせやがって」
「男に用はねぇんだよ。さっさとママのところに帰りな」
「財布だけは置いていってもいいぜ?」
男達は最初こそ警戒心むき出しだったが、俺の姿を確認するとすぐに調子に乗った態度に戻った。ただ一人を除いて。
「げぇ! お前は!」
「どうしたサイモン。知り合いか?」
「ほらこの前話したでしょ! 『飛斬のジョー』を殺したガキですよ!」
何やら俺のことを知っている素振りだったので、記憶の糸を手繰り寄せてみる。俺が誰かを殺したというなら、それは村を襲った野盗の一件なわけで、村人以外でそれを知っているのは……
「あ、そういえばこんな奴もいたな」
サイモンとか呼ばれているこの男、あのときの野盗の中にいた気がする。やたら後ろで粋がっていて、リーダーが死んだら真っ先に逃げ出した奴だ。
「そうか、お前がジョーを殺ったのか」
一番体格の良い男が前に出る。大男と言ってもいい。人を見かけで判断するのは良くないと言うが、この見た目で山賊以外の職業を連想するのは無理だろう。
「駄目! 早く逃げて!」
黒髪の少女が声を張り上げるが、それは出来ない相談だ。逃げてと言われて逃げるくらいなら、最初から姿を現したりなんかしていない。
「あいつは俺の兄弟分だった。この『巨斧のガザン』が兄弟の仇を取ることが、奴への何よりの手向けに……」
「雰囲気作ってるところで悪いんだけどさ、盗賊団の内部事情には興味ないんだよね。そういうノリに付き合う気はこれっぽっちもないんで、さっさと終わってくれないかな」
思わず本音がストレートに漏れてしまった。大男のこめかみにピキピキと青筋が浮かぶ。挑発のつもりは少ししかなかったのだが、想像以上にクリティカルしてしまったようだ。
「そうか、殺されたいってことはよく分かったぜ」
大男の手に巨大な斧が出現する。大男の背丈よりも更に長い柄に、二つの刃がついた大戦斧。あれがこの男の装備カードらしい。
「覚悟するがいい! これまでに九十九人の血を吸ってきた大戦斧! お前が百人目の――」
戦斧を両手で高々と掲げた大男の首に、無骨な片手剣が突き刺さる。
「だから付き合う気はないんだってば」
大男の首を貫いたのは、俺が投げつけた双剣の片割れだ。
俺が剣を出現させてぶん投げたことには大男も気付いたようだったが、重い大戦斧を両手で持ち上げていたせいで、回避することも武器で防ぐこともできなかったのだ。
盗賊――弱者を食い物にする犯罪者に掛ける情けなんてない。
正々堂々戦ってやるつもりはもっとない。
俺はすぐに走り出し、倒れ込む大男の首からすれ違いざまに剣を抜き去って、呆然としている下っ端の盗賊達に飛びかかった。
「ひ、ひいっ!」
「こいつやりやがった!」
持ち直す暇は一秒も与えてやらない。混乱に乗じて、手近にいた盗賊を右の剣で斬り伏せる。隣の盗賊は刀身で顔を守ろうとしていたので、左の剣で手首を切り落として守りを崩してから、横の一閃で喉を切り裂く。
――怖いくらいに冷静だった。
野盗や盗賊を退治して当然というカイの常識と、弱者を踏みにじる連中が許せないという海の価値観が合わさったところに、《ワイルドカード》がコピーしたカードから与えられる技術が加わった結果がこれだ。
ひょっとしたら《ステータスアップ》の効果で精神力が二割増しになった影響で、流血や殺し合いでも動じないようになっているのかもしれない。
盗賊ががむしゃらに振り下ろした一撃を左の剣で受け流し、右の剣で返り討ちにする。怯んでいる相手を見つけては、両方の剣で防御を許さず切り捨てる。
「……凄い……」
金髪の少女がぽかんとした顔で呟いた。凄いのは俺じゃない。俺がセットしているカードの方だ。
基本に忠実な戦いをしているだけで、いつのまにか盗賊の大半が息絶えていた。これがカードの与えるスキルの恐ろしさだ。ド素人の俺がレアカードをセットしただけで、十人近い盗賊を一方的に蹂躙できてしまう。
戦いの才能がない盗賊と、コピーとはいえレアリティの高い才能を得た俺とでは、十人がかりでも覆せない差が生まれるのだ。
戦闘向きのレアカードを持っている奴がいればまた話は違ったかもしれないが、そんなカードを持っているなら、盗賊になんてならずに戦闘の専門家として稼いでいるはずだ。
「ぐはぁ……!」
最後に立っていた盗賊を斬り捨てる。残るは頭を抱えてうずくまっている、サイモンとかいう盗賊だけだ。
「ひぃっ、た、助けてくれ……見逃してくれぇ……」
こいつは村を襲った連中の残党だ。村を焼き、何人かの命を奪う片棒を担いだ悪党だ。小さな村だけあって、殺された人達は親戚同然の存在だった。そんな人達を殺したのだから、こいつだって――
「ちょっと待って!」
剣を逆手に持ち替えて振り上げたところで、黒髪の少女に制止される。
心を満たしていた殺意が蒸発するかのように薄れていく。
熱くなっていた気持ちが冷えたというか、冷え切っていた心に熱が戻ったというか、とにかく不思議な感覚だ。さっきまでの自分が熱くなり過ぎていたのか、それとも冷酷になり過ぎていたのかもよく思い出せない。
「何で止めるんだ? 盗賊だぞ?」
「盗賊だからよ。ひょっとしたら賞金が掛かってるかもしれないじゃない。証言させる生き残りがいた方が便利でしょ」
「……それもそうか」
名前も知らない少女の提案に納得させられてしまったので、俺は振り下ろす寸前だった剣を収めた。
可哀想だからとかいう理由なら、そのまま背中を突き刺していたところだった。しかし賞金を貰うための証人にするという現実的な理由で説得されたら、多額の借金を背負う身としては納得せざるを得なかった。
それにしても、とっさにこんな考えが出てくるなんて。この少女とは話が合うような気がした。