128.ギルド(2/2)
「聴取はこれで終わりだ。時間があるなら世間話でもしないか」
「……構いませんよ」
偏見かもしれないが、ハイデマリーは俺とプライベートな話をしたがる相手だとは思えない。恐らく世間話を装って非公式に伝えたい何かがあるのだろう。
ハイデマリーはさっきまでよりも態度を柔らかくして――それでも誤差みたいなものだが――ゆっくりと話し始めた。
「聞いた話だと、君は盗賊の類を人一倍嫌悪しているそうだな」
「盗賊が好きな奴なんて本人達以外いないでしょう」
「それはそうだが、私が言いたいのは程度の話だ。それほど嫌っている割には盗賊討伐の依頼を正式に受けた履歴がなく、これまでの討伐実績が全て事後報告だという点には理由でもあるのか?」
ハイデマリーの言うとおり、俺は今まで依頼を受けてから盗賊を退治しに向かったという経験がない。その理由は至って単純である。
「盗賊を退治するために冒険者になったわけじゃありませんから。報酬を稼ぐことと昇格することが最優先なので、盗賊の討伐みたいにいつ終わるか分からない依頼は優先度が低いだけです」
依頼票を見る限りだと、盗賊退治の依頼はターゲットを追跡したり、隠れ家を探し出したりする過程も込みの依頼になっている。報酬額は大きいが手間と時間が掛かるのは明らかだ。
「普段は違う依頼を受けて、偶然盗賊と遭遇したら逃さず討伐して報酬をもらう。今はこれで充分だと思いますけど」
「Cランクまでならその通りだ。しかし更に上を目指となると、たまには遠回りをしなければ目的地にたどり着けなくなるものだ」
「Bランクに昇格するためには貢献度が必要っていう奴ですよね」
「なんだ、もう知っていたのか」
色々な人から何度も聞かされた話だ。冒険者としての実力、いわゆる戦闘能力や旅慣れの度合いだけで昇格できるのはCランクまで。Bランク以上に昇格するためには社会やギルドへの貢献を評価される必要もある。
知識としては知っているが、今のところそれを気にして依頼を受けることは殆どない。まだCランクに正式昇格もしていないのに気が早過ぎるだろう。
「そういうのを気にするのはBランク昇格が視野に入ってからにしようって決めてるんです」
「方針が定まっているのはいいことだ。事件調査を担う身としては、犯罪者の類を積極的に始末する冒険者が増えてくれる方が嬉しいんだがな」
「正式昇格したら考えておきます」
「期待しているぞ」
ハイデマリーは本気とも冗談ともつかない笑みを浮かべた。
実のところ、彼女がギルド内で何の役職を担っているのか、俺はよく把握していない。少なくとも、俺達が廃都市でタルボットに襲われたような案件の調査を担当するのは間違いないが、盗賊討伐に関係する仕事もしているのだろうか。
「ところで、いわゆる『犯罪組織』なるものが、大きく分けて二種類に分類されるのは知っているか」
唐突にそんな質問を投げかけられ、俺は小首を傾げた。問いの答えも分からなかったが、それ以上に質問の意図が掴めなかった。
「山賊のように街の外で活動する集団と、地下組織や裏社会と呼ばれる街の中で活動する集団だ」
「要するにアウトドア派とシティ派ですか」
「ふふ、面白い言い回しだな。次からはそう表現することにしよう。我々調査員の間では、この二つには明確な『差異』と『共通点』があると考えられている。何か分かるか?」
俺に言わせればどちらも同じようなものだ。どこに巣食っていようと善良な人間を食い物にする犯罪者であることは変わらない。共通点の塊だ。あえて違いを挙げるとすれば、野盗の類は市民登録が削除されているので、その場でバッサリ斬り殺してもお咎めなしということくらいだろう。
その点、転生前の世界でいうマフィアやギャング、ヤクザのような連中は少し面倒だ。れっきとした市民であることに変わりはないので、見つけたからといって殺してしまったら逆に殺人の罪に問われてしまう。
明確な差異とはそのことかとハイデマリーに問いかけてみると、そうではないとあっさり否定された。
「野盗が獲物を襲うかどうかの判断基準は、安全に狩れる相手かどうか、労力に見合う収入が期待できるかどうか、それだけだ。目の前の獲物を狩ったことによる社会的な影響を考慮するケースは少ない――皆無ではないがな」
喩えるなら野生動物のようなものだ、とハイデマリーは笑った。俺も心の底からそう思っている。
「だが、地下組織はいわば都市から養分を吸い上げる寄生虫だ。冒険者ギルドでは取り扱わない犯罪的欲求を金と引き換えに実行する。禁制品の販売だの、犯罪の域の暴力の行使だの、違法賭博だの……とな。しかも本物の寄生虫とは違って、宿主から末永く吸い取れる環境を整える努力も厭わない」
今の説明で、二つの『犯罪組織』の明確な違いはよく理解できた。
例えばどこかの町で疫病が発生し、他の町から馬車で薬を輸送しているという状況だとしても、典型的な山賊は浅はかにも馬車を襲って薬を奪う。自分達で使うにせよ売り払って儲けるにせよ、薬を奪うことがもたらす社会的な影響を考慮することはまずない。そこまで配慮できる山賊はレアケースだろう。
逆に、その町を拠点としている地下組織が治療を妨害したらどうなるか。住民は倒れ、産業が衰退し、地下組織が儲ける土台が崩れてしまう。もちろん他所に逃げられる状況なら話は別かも知れないが――
「彼らの最大の共通点は縄張りを大事にすることだ。盗賊も他の盗賊と狩り場が重ならいように気をつけるし、地下組織は俗っぽく表現するなら地域密着型だ。他所の縄張りを侵せば、その先に待っているのは殺し合いだ」
「縄張り……ですか」
「具体的には、ハイデン市の地下組織とカンティの町の地下組織は全くの別系統で、ごく稀に金銭的な取引をする程度の間柄だ。どちらも弱小だから大した脅威にはならないがな」
ハイデマリーの話を聞いていて、一つ気になることがあった。
犯罪組織は縄張りを重んじる。ならばあいつは――タルボットはどうなんだ。奴はハイデン市の近くだけでなく、遠く離れた複数の土地でも悪事に手を染めている。もしもカール・ハーディングが連れていた黒鎧が奴の提供だとしたら、カンティの地下組織にも喧嘩を売っていることになる。
そして、最も違和感があるのはカナート山の麻薬工場の一件だ。
あの事件は、近隣の村々から追放された連中が外部の犯罪者集団と接触した結果だったと聞いている。どちらが先にコンタクトを取ったのかは知らないが、どちらにせよ『タルボットは山で隔離された十数人に繋がる情報網を持っている』ことだけは間違いない。
インターネットはおろか電話や電報すら存在しないこの世界で、片田舎の更に山奥の出来事を把握してビジネスに繋げる情報網。タルボットがそんなものを持っているというのか。
「気付いたようだな」
俺の表情の変化を読み取ったのか、ハイデマリーが口の端を上げた。
「タルボットは各地域の犯罪組織の縄張りを無視した行動を取り、縄張りに囚われることなく広範囲の情報を獲得し、それでいて組織の後ろ盾がなければ不可能な犯罪を実行している。本来なら有り得ないことだ」
「どうやってそんなことを……いや、まさか……」
過去に一度だけ耳にした噂話の記憶が蘇る。これまで記憶の片隅にも上らなかった単語だが、ハイデマリーと話していたら頭に浮かび上がってきた。理由は見当がつく。その噂を聞いたのが以前ハイデマリーに呼び出された直後だったからだ。
俺が遠くで起こった事件を知り、それを解決するための依頼を受けることができるのは、冒険者ギルドが存在するおかげだ。裏を返せば、タルボットにも同じ後ろ盾が――ギルドの存在があったとすれば色々と説明が付く。そして噂に語られるそのギルドの呼び名は――
「盗賊ギルド――犯罪者の相互扶助組織……まさか本当に実在して……」
「相互扶助が目的かどうかは不明だがな。盗賊の名を冠するのが正確なのか否かも分からん。だが少なくとも、広域犯罪ネットワークとでも呼ぶべきモノが存在する可能性は高いだろう」
「ひょっとしたら、自爆して身体が真っ二つになった状態で逃げ延びられたのも、盗賊ギルドの助けがあったから……」
グロウスター邸の地下通路でタルボットが自爆した後、俺は亡骸を確認することなく探索を再開した。この後に、グロウスター邸に潜んでいた盗賊ギルドの一員が瓦礫を掘り起こして瀕死のタルボットを回収し、命を救っていたとしたら。
証拠はないが生存の理由としては充分に可能性がある。エノクのやっていた人体実験に必要な技術を考慮すれば、下半身を失って瀕死のタルボットを延命させることもできるのではないだろうか。
後は俺が斬り落とした右腕を補ったように下半身を補うことができればいい。もちろん、腕と半身では複雑さが違いすぎるけれど、現実離れしている点ではどちらも似たようなものだ。
「冒険者ギルドは慈善団体でもなければ治安維持組織でもない。存在意義は冒険者の利益と育成。盗賊ギルドが実在したとしても、討伐依頼を申し込まれない限り関わりを持つことはない……特定の条件を満たす場合を除いてな」
「盗賊ギルドが組織的に冒険者を敵視する場合……ですね」
「その通り」
ハイデマリーの声色が再び重みと鋭さを増した。
「現在は盗賊ギルドの実態を調査中だが、冒険者を害する組織であれば総力を上げて叩き潰すことになる。容易な調査ではないので、結果が出る頃には君もベテランと呼べる冒険者になっていることだろう。実力あるCランクには優先的に特別依頼が舞い込むはずだ。記憶に留めておいてほしい」
「……覚えておきます」
なるほど、これが言いたかったがための世間話か。将来的に必要になるかもしれない作戦の前振りとして、俺に話を持ちかけておきたかったのだろう。
全ての話を終えて立ち去ろうとするハイデマリーを、俺は咄嗟に呼び止めた。
「待ってください。現時点で盗賊ギルドが……タルボットが俺に報復を仕掛けてくる可能性はあると思いますか。俺が標的になるのは構わないんですけど……」
「故郷に残した家族でも心配になったか。安心するといい」
ハイデマリーは軽く俺の肩を叩いた。
「アデル村からの依頼には当面の間の警備も含まれている。確かBランクが率いる大規模パーティが復興と警備に当たっているはずだ。そうでなくとも、冒険者の身内に対する報復はAランクを動員した徹底的な再報復に乗り出す事案だからな。冒険者ギルドを舐めるとどうなるか、犯罪組織なら身に沁みて理解しているさ」
俺がギデオンから四十万ソリドを借りる条件の一つが、復興に絡む仕事を全て冒険者ギルドに依頼するというものだった。当然、そのための資金源は借りたばかりの四十万ソリドである。
サブマスターが仲介し、莫大な依頼金を受け取った包括的依頼。この状況で報復を許せば冒険者ギルドの面子が丸潰れになるということか。
胸の隅に引っかかっていた不安がようやく消えてなくなった。多額の金銭と組織の面子。とてつもなく現実的でロマンの欠片もない理由ではあるが、だからこそ中途半端な理想論よりも安心できる。
「……さてと、俺も帰るか」
小会議室を後にして、東方支部がある棟からギルドハウスへと移動する。
今頃レオナとエステルは服屋を巡っている頃だろうか。夕方までは帰ってこないと思った方が良さそうだ。久し振りに一人で依頼を受けて小銭稼ぎをするのもいいかもしれない。
そんなことを考えながらホールを歩いていると、聞き慣れた少女の声が話しかけてきた。
「やぁ、ただいま」
振り返ると、暖かそうな上着を着たクリスがひらひらと手を振っていた。
その後ろには、これまた暖かそうな天然の毛皮を身に付けた――もとい、生まれつき身体から生やしたデミアニマルの大男が二人。
「クリス、もう戻ってたのか。それにルイソンと、アルスランまで!」