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127.ギルド(1/2)

 ハイデン市に到着した次の日、俺は皆に丸一日の自由行動を提案した。クリスとルイソンが返ってくるのを待つ必要があるのと、俺だけにちょっとした野暮用が発生してしまったためだ。ついでに、ルビィのリクエストを受け入れるかどうかも先送りさせてもらうことにした。


「で、今日は何をする予定なんだ?」


 久方ぶりに山葡萄亭で朝食を摂りながら、レオナとエステルに何気ない話題を投げかける。


 こうやってのんびりと朝を過ごすのは随分と久しぶりな気がする。


 グロウスター領での長い戦いと事後処理を終え、俺だけが帝都に寄り道をし、帰ってきたらすぐにゴブリン討伐の依頼を受けた。グロウスター卿の依頼を受けてから今日に至るまでの間に、山葡萄亭で朝を迎えたのは三日あるかどうかだ。


「これから二人で服を見に行こうと思うの」

「服?」


 思わず意外そうな反応をしたせいで、レオナからムッとした視線を向けられてしまった。


「私だってそういう買い物くらいするってば」

「あー……別に変な意味じゃなくってだな」

「レオナも私も暖かいところの生まれですから、こっちの冬に合った服は持ってきてないんです」


 つまり冬服を買いに行くということか。確かに二人の普段の服装は、これから更に冷え込む東方地域の冬には耐えられそうにない。


 女子二人のショッピングに男一人で同行する勇気はないが、地元民として最低限のアドバイスはしておいた方が良さそうだ。


「だったら雪に備えた靴も買っておいた方がいいな。もう少しして年が明けたら一気に積もるぞ」

「そういえば、こっちは膝より高く雪が積もるんだっけ……服のついでにブーツも見ておかなきゃね」

「いや、さすがにそこまで降るのは珍しいな」


 帝国を構成する東西南北と中央の五区域のうち、まとまった降雪があるのは北と東だけだ。毎年のように町が雪で埋まる北方ほどではないが、東方もそれに次ぐ寒さと降雪に見舞われる地域である。


「後は手袋だな。()()()()とか()()()()になると悲惨だぞ」

「手袋とブーツね。ありがと、参考になったわ」


 本当に、ここ最近は経験しなくなっていた素朴な会話だ。アデル村で幼馴染のルースと交わしていた日常会話を思い出して、何だか懐かしくなってくる。


 ――けれど、それも一旦ここまで。朝食が終わってすぐにレオナ達と別れ、俺は冒険者ギルドの東方支部に足を運んだ。


 俺を含めた一般の冒険者はあまり意識しないのだが、普段俺達が利用している()()()()()()と、これから訪れる()()()()()は厳密には別の部署である。


 ギルドハウスは一般の冒険者を対象とした業務を行う場所だ。依頼と報酬に絡むあれこれを始めとして、冒険者専用のカードショップや貸金庫、仕事中に発生したトラブルの報告窓口などが設置されている。


 また、ギルドハウスは一般市民から依頼を受け付ける窓口でもあるので、それなり以上の大きさの町にはかなりの確率で存在する。もちろん小規模なところには高ランクの冒険者が少ないので、高ランク向けの依頼は都会のギルドハウスに回される。この手続きも重要な仕事の一つだ。


 それに対して、ギルド支部は地域一帯のギルドハウスを統括する役割を担っている。ギルドハウスの収入と支出をチェックしたり、ギルドハウスに報告されたトラブルの調査を行ったり、問題を起こした冒険者の処分を決めたりと、まさに裏方の名が相応しい。


 こんなに違うものがどうして混同されるかというと、大抵の支部は所在地のギルドハウスと隣接しているか、あるいは同じ建物にあるからだ。俺もつい最近まで思いっきり混同していた。


「すいません。東方支部から呼び出しを受けたんですけど」

「ええ、話は聞いてるわ。小会議室に行ってちょうだい」


 ギルドハウスの受付のパティに話を通して、受付カウンターの奥の扉からギルドハウスの更に奥へと足を踏み入れる。


 ハイデン市のギルドハウスと冒険者ギルド東方支部は、半ば一体化した隣接する建物を使用している。それぞれの建物の一階が繋がっていて、職員専用の通路を通って行き来できる仕組みだ。


 そういうわけもあって、ハイデン市では市内のギルドハウスと東方支部がほとんどイコールで結ばれて認識されている。冒険者からも一般市民からも。


「失礼します。カイ・アデル、到着しました」


 きちんと名乗ってから小会議室に入室する。

 俺がこの建物に来たのは初めてじゃない。Dランクに昇格した直後、タルボットに襲撃された件で聴取を受けたときにも、この東方支部に呼び出された。そこが厳密にはギルドハウスではなかったと認識していなかっただけで。


「よく来てくれた。まさか同じような案件でまた会うことになるとはな」


 室内で俺を待っていたのは、最初のタルボットの一件で聴取を受け持っていた女性だった。確か名前はハイデマリーだったと思う。相変わらずキツそうな雰囲気を漂わせている女性だ。


「召喚を受けた理由は分かっているか?」

「はい。タルボットと黒鎧(ディアボルス)のことですね」

「理解が早いのは良いことだ。向こうのギルドハウス経由で概要は聞いているが、やはり本人から詳しい事情を聞いておかなければな」


 ハイデマリーからの要求を受け、二つの依頼で遭遇した出来事をなるべく詳細に報告する。


 今日一日を自由行動にした理由の一つがこれだ。自爆して死んだはずのタルボットの復活と怪しげな犯罪への関与。エノクが()()していた黒鎧(ディアボルス)を取り扱う行商人。どれもギルドの調査員の関心を引く出来事ばかりである。


 ハイデマリーは手元の書類をめくりながら俺の話を聞いていたが、やがて書類の束を閉じると、疲労感の籠もった長い息を吐いた。


「ああ、いや、失礼。君に問題があったわけではないんだ。お互いに面倒な案件に巻き込まれたものだと思ってね」

「そうですね……まさかこんなに何度も書き込まれることになるとは」

「まさか君、タルボットと運命の糸で繋がれているんじゃないだろうな」

「止めてくださいよ、縁起でもない」


 自分でも『ひょっとして腐れ縁になりつつあるのでは?』と思いかけているのに、第三者からそんなことを言われたら余計に否定しづらくなってしまう。


「ははは、冗談だ。大方、タルボットが精力的に活動しているから出会いやすいとか、その程度の何てことはない理由だろう」

「気になるのはそこなんです。いくら何でも行動範囲が広すぎると思いませんか。あいつが何を目的にしているのか知りませんけど、たった二ヶ月程度の間にあんな広範囲を行ったり来たりするなんて……」


 タルボットの出現場所は広範囲にバラけている。ハイデン市から東南に馬車で一週間のカナート山。西に馬車で四日のグロウスター領。徒歩半日未満のブルック村。そしてハイデン市から程近い廃都市――


 この世界の()()において、街道のみを走行し宿場町で定期的に馬を変えるという条件下であれば、馬車は一日にメートル法換算でおおよそ百キロメートルの距離を移動できる。可能な限り急がせればその倍も不可能ではない。


 単純に直線距離で考えると、ハイデン市からグロウスター領までは東京から大阪くらいで、カナート山までは東京から広島くらいだろうか。もちろん街道はまっすぐではないので、実際にはその半分程度しか離れていないはずだが。


「何を言う。君だって全く同じ期間に同じ場所を訪れているだろう。だからこそ何度も遭遇するわけだからな」

「それはギルドがあるからですよ。ギルドから依頼の情報を貰えるから無駄なく移動できてるんです」

「ギルドか……ああそうだ。その通りだとも」


 ハイデマリーは意味ありげに微笑むと、書類の束を手元でくるくると丸めて、胸の前で腕を組んだ。


「聴取はこれで終わりだ。時間があるなら世間話でもしないか」

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