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126.ハイデン市へ

 結局、カールから聞き出せた情報は『人材をよく売り込みに来る行商人に紹介された商品』『錬金術の実験の産物とは聞いていたが、どうやって作り出されたのかは知らない』『そもそも人間なのかどうかも知らなかった』という、何とも不確かなものだった。


 証言が本当かどうかは分からない。責任逃れのために嘘を吐いている可能性もある。それに黒鎧(ディアボロス)がエノクの手を離れて()()しているのは不愉快で不安にさせられるが、これ以上俺にできることはない。


 現状、俺が勝手にカールの身柄を拘束したり、暴力的な尋問なんてやらかしたら、逆に俺の方が犯罪者になってしまう。さっきみたいに軽く脅して多少の情報を引き出すのが関の山だ。


「でも通報するだけでよかったの? 気になるんでしょ」


 役所への報告を済ませて神殿へ帰る途中、レオナは心配とからかいが入り交じった態度で俺の顔を覗き込んできた。


「いいんだよ。役人には通報したしギルドハウスにも報告してきたんだ。ちゃんとした専門家が取り掛かるはずなのに、俺みたいな門外漢が勝手に動いたりしたら、それこそ傍迷惑ってもんだろ」


 調査の依頼を受けたならまだしも、勝手に調査だの何だのをやり始めるのは、一介の冒険者の役割じゃない。報告は全て済ませたのだから、後は協力要請が来たら応じるだけだ。


 もちろん、知りたいことは山ほどある。


 誰がカールに黒鎧を売りつけたのか。そいつとエノクはどんな関係なのか。つい先日、この町の近くでタルボットと遭遇したのは何か関係があるのか。何もかもが分からないままで、もやもやした感情をどうしても抱いてしまう。


「けど、まぁ……無関係じゃいられないだろうなって予感はしてるよ」

「私もそう思う。カイは他の誰よりも深く関わってるもの。協力要請が来たら私も手伝うから、置いて行かないでね?」

「ああ……助かるよ」


 巻き込まないようになんて考えるな――そう念を押されてしまった。


 きっと後でエステルからも同じことを言われるのだろう。ひょっとしたらクリスからも。傍から見た俺は、一人で責任を背負い込んで自滅するような奴にでも見えるのだろうか。


 ……転生前(まえ)の末路を考えると否定しきれないのが悲しいところだ。


 神殿に帰ると、神官長のベルナデットがにこやかに迎え入れてくれた。カールは取り巻きを連れて逃げ帰ったので、心の落ち着くような静けさが神殿に戻ってきている。


「ありがとうございました。これで当分は神殿も静かになるはずです」


 そう言って、ベルナデットは約束通り《解呪》のカードを見せてくれた。これで《解呪》が《ワイルドカード》のストックに加わったから、これからは自力で呪詛を解くことができる。


 そして――


「こちらも使ってやってください」


 ベルナデットは《解呪》に加えてもう一枚のカードを見せた。

 SRスキル《捕食者の瞳》――神殿の神官長という肩書にはまるで似つかわしくない名称のカードだった。


「生物の身体的状況を見抜くスキルです。本来は名前のとおり命を奪うためのスキルなのですが、体の不調も把握できるという効果を癒し手の仕事に活用しているんです」


 解呪を受けたときに《ヒーリング》で治した傷を見抜いたのも、このスキルの効果だったというわけか。


「いいんですか? その……俺が使うとなると、本来の使い方ばっかりになると思いますけど」

「もちろん構いませんとも。私は個人的な忌避感で正しい用法を避けていただけですから。生まれ持った祝福に背く道を選んだ不信心者の、せめてもの罪滅ぼしと思ってください」


 生来の祝福(カード)がそれぞれの性格に合致するとは限らない。成人するまでカードの内容が分からないという制度にはこういうデメリットもある。


 そもそも俺が愛用している《始まりの双剣》も、幼馴染のルースの祖父が自分の選んだ人生に合わないからと死蔵していたものだ。生まれ持ったカードに使わないものがあるのは決して例外的なことではない。


 専門的な職業に就くためにはカードが必要不可欠だが、専門的なカードがあるからと言ってその職を選ばなければならない理由はないのだ。逆に、代々続く家業を継ぐために大枚(はた)いて後天的にカードを購入することだってある。


「考えてみたら、自分に合わない祝福(カード)が渡されるって、何だかもったいないですね。やっぱり生まれたときから内容が分かっていた方がいいんでしょうか」

「いいえ、私はそうは思いません」


 軽口同然の雑談に、ベルナデットは真剣な声色で、しかし柔らかな微笑みを浮かべたまま答えた。


「もしもそうだったとしたら、私は《捕食者の瞳》を活かしきる人間として……つまり殺害行為に長けた人間となるべく育てられていたことでしょう。私には耐えられそうにありません」

「……そうですね、失言でした」

「お気になさらないでください。あくまで『私はそう感じている』というだけのことですから」


 生まれ持った祝福(カード)、つまり才能の内訳が最初から分かっていたなら、周囲の人間はそれに適した人間に育てようとするに決まっている。それを不健全と思うか効率的と思うかは人それぞれだろうが、少なくとも俺は願い下げだった。


 考えてみれば、この世界の機構(システム)は恐ろしいくらいに悪用の余地がある。祝福(カード)に見合った人間になるよう赤ん坊の頃から教育するのはまだいい方で、赤ん坊の祝福(カード)を国が取り上げて計画的に再配布する制度すら実現できてしまう。


 そして、現代の帝国の制度と法律は()()()を封じるかのように整備されている。カイ(おれ)は田舎育ちなので世界の歴史には疎いのだが、ひょっとしたら統一以前にはそういう国が蔓延(はびこ)っていたのかもしれない。


「カイ・アデル様の安全を祈らせてください。神官(わたし)にできるのはそれだけです」


 ベルナデットに見送られ、カンティの町を後にする。

 クリス達とはハイデン市のギルドハウスで合流する約束なので、帰路は駅馬車に乗ってハイデン市まで直行だ。迷惑を掛けてしまった詫びも兼ねて、町の商店で売られていた南方の品を土産として買って帰ることにした。


 それと、帰りの道すがらに食べるための南方の果物も一抱え。


「やっぱり甘くて美味しいですね、これ。ちょっと形は変ですけど」

「うん、病みつきになるかも。形は変だけど」


 八人乗りの大型馬車に揺られながら、レオナとエステルは奇妙な形の果実を美味しそうに食べている。カンティの町に到着した直後から目を付けていたが、何だかんだで購入する機会を逃していた品物だ。


 冒険者なんていう色気もへったくれもない仕事柄、普段はこういう表情を目にすることは滅多にないのだが、何というか実に女子っぽく見える。


「こっちも凄く甘いですよ!」


 その反対側の席では、マイナーズ姉弟のルビィが別の果物を頬張っていた。こちらは女子というか小動物みたいだ。


「すいません、騒がしくって」


 弟のベリルの方は果物には手を付けずに縮こまっている。

 何とも居辛そうな雰囲気だったので、馬車の雰囲気とはあまり関係ない話題を投げかけてみることにした。


「二人は、いつ頃から冒険者をやってるんだ?」

「つい最近です。今年成人したので、僕らも冬の出稼ぎに出ることになって……あ、僕と姉さんは双子だから歳は同じです」


 成人したばかりということは二人とも十六歳か。今の俺(カイ・アデル)と同い年ということになるが、前の俺(新堂海)の記憶の影響か随分と年下のように感じてしまう。


「俺も冒険者になってまだ三ヶ月、いや二ヶ月ちょっとだ。年齢も冒険者歴もあまり変わらないんだから、そんな(かしこ)まった喋り方なんてしなくてもいいのに」

「これは癖みたいなものなので……って、ええ!? 二ヶ月でCランクになったんですか! 信じられない……!」


 目を丸くして驚くベリル。それを聞いたルビィもにわかに騒ぎ始めた。


「そういえばお返事聞いてません! 戦い方、教えてください!」


 にぎやかな客車を牽きながら、馬車はのんびりとハイデン市へ向かっていく。

 ゴブリン討伐の依頼と、予想外に発生した黒鎧(ディアボルス)との戦闘。どちらも決して楽な戦いではなかったが、Cランク正式昇格への道程はまだ道半ば。ハイデン市に戻れば次の依頼を探すことになる。


 けれど今は、ハイデン市までの旅路をささやかな休息と思うことにした。

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