125.代理決闘(2/2)
とてつもない力で振り下ろされた大剣が地面を打つ。その衝撃で草地の表面が弾け飛び、間欠泉のように土砂が宙を舞った。
グロウスター領で戦った奴らと比べて明らかに破壊力が違う。俺が皆の協力を得てスペルを重ね掛けしたように、あちらも数人がかりで一体の黒鎧を可能な限り強化しているようだ。
「……けど!」
技術がなく、本能と直感だけで戦っているのはあのときと変わらない。
返す刃で放たれた一撃を双剣で受け流し、無防備な胴体に渾身の蹴りを叩き込む。潤沢な魔力を注ぎ込んだ《リインフォース》によって強化された脚力が、黒鎧を軽々と蹴り飛ばした。
《ワイルドカード》の現在のコピー状態は《上級武術》だ。力比べならともかく技術で対抗できる局面なら到底負ける気がしない。
蹴り飛ばした黒鎧を全速力のダッシュで追いかける。畳み掛けるように追撃を繰り出そうとした瞬間、大剣が濃密な土埃を斬り裂いて、斜め下からぶち上げるように振り抜かれた。
「うおっ……!」
双剣の腹で大剣の刃を防ぎ、両腕をクッションにして衝撃を受け止めようとするも、殺しきれなかった勢いで高々と宙に放り出されてしまう。
放物線を描くように宙を舞い、そして為す術もなく落ちていく。
防御自体には成功していたので、強化スペルの恩恵もあってダメージは殆どなかったが、空中に吹き飛ばされてしまってはどうしようもない。カードを切り替える余裕もなく、着地のために姿勢を変えるのが精一杯だ。
そして今度は俺が追撃に晒される番だった。猛獣のように荒れ狂う黒鎧が俺の着地に合わせて横薙ぎの一撃を繰り出そうとする。
普通なら間違いなく確殺の斬撃だ。しかし俺は一秒にも満たないタイミングを見切り、空中で大剣の鍔を蹴って跳躍し、ギリギリのところで横薙ぎを跳び越えて回避した。《上級武術》の技量と《軽業》の身のこなし、そして《リインフォース》を始めとするスペルの効果を総動員した、曲芸一歩手前の回避運動だった。
「カイ!」
耳に届いた声はレオナのものか。一旦間合いを取り、素早く視線を巡らせて周囲の状況を確認する。
こちらの立会人は、レオナとエステルにマイナーズ姉弟、そして神官長のベルナデットと数人の神官達。そして十人余りの町人と無関係な冒険者が、中立の観客として遠巻きにこちらを眺めている。
あまり派手に立ち回るのは止めた方が良さそうだ。いくらだだっ広い草地とはいえ、大きく動き過ぎたらレオナ達を巻き込んでしまうかもしれない。
「黒鎧のことだ、周辺被害なんて気にしねぇんだろうな」
その予想を裏付けるように、黒鎧が形振り構わず大剣を振りかざして突っ込んでくる。
今度は正面からの斬り合いを繰り広げる。大剣を回避し、受け流し、隙を見つけては装甲の隙間を狙って反撃する。常人なら戦えなくなるほどの創傷を与えてもなお、黒鎧の猛攻はまるで緩まなかった。
踏み込みをするたびに地面が窪み、大剣の切っ先が掠めるたびに草地が派手に掘り返される。
念入りに強化された黒鎧はこうも凄まじいのかと思わずにはいられない。グロウスター領で戦った黒鎧にこれほどの強さの個体がいなかったのは、エノクにとって黒鎧は使い潰す予定の失敗作に過ぎなかったからだろう。
「くっ……!」
大振りの一撃が外れた隙に再び距離を取る。
痛みを忘れた黒鎧とまともに斬り合っても意味はない。それは骨身に沁みている。俺がやりたかったのは奴に掛けられた強化の内訳を確かめることだ。
「……やっぱりな。そうだと思った」
鎧の隙間から与えた傷がどんどん塞がっていくのが見えた。防御が甘く、ダメージが蓄積しやすい欠点を補うため、継続的に回復し続けられるスペルを掛けているようだ。
手下を使いこなすことが武力という信条を持つ、武門の息子――その売り文句は伊達ではないらしい。
「カール・ハーディング! 禁止されてるのはスペルの使用でいいんだな?」
返答はない。黒鎧を警戒しながら目をやると、カールは愕然とした表情で固まっていた。
「おい! 聞こえてるのか!」
「……はっ! な、なんだ冒険者!」
「スペルカードは唱えなければいいんだな?」
「そうに決まってるだろ! 唱える以外に何があるんだ!」
「二言はないな? 言質は取ったぞ」
黒鎧が大剣を引きずりながら凄まじい速度で迫り来る。
実体化させた《上級武術》の表面を撫で、《ワイルドカード》のコピー状態を銀色のスペルカードに切り替える。
周囲の誰かが驚きの声を上げたのを聞き流しつつ、コピーしたスペルカードを双剣と融合させ、振り下ろされる大剣に叩きつけた。
電流が刃を伝わって黒鎧の肉体を痙攣させる。だが期待したほどには麻痺させることができず、すぐに反撃が繰り出される。
ギリギリでそれを回避したつもりだったが、切っ先が脇腹を掠め、焼けた鉄を押し込まれたような感覚が走った。《上級武術》によって高められていた回避の技術が元に戻ったせいだ。
「次っ!」
別のスペルカードの効果を乗せて、鎧越しだろうと構わず刃を打ち付ける。氷が瞬く間に黒鎧の半身を包み込み、動きを封じ込めていく。
が、強化に強化を重ねられた黒鎧を抑え切るには、少々強度が足りなかった。黒鎧は獣のような声で叫びながら力任せに暴れ、半身を覆う氷の拘束を次々に粉砕した。
それでも距離を取って傷を塞ぐだけの時間は稼げた。双剣に融合させたスペルカードを《ヒーリング》に切り替え、鮮血を吐き出し続ける脇腹の傷に深々と突き立てる。
「ぐ……うっ……!」
大剣の傷を双剣で上書きし、融合によって付与した治癒効果で塞がせる。
すぐに癒えるとはいえ、腹の中に刃を突っ込んで動かす感覚は正直言って吐き気がする。
「ふぅ……こりゃ普通に唱えた方がずっとマシだな」
俺の主観だと、戦況はこちらに不利だ。黒鎧に掛けられた自動治癒スペルの効果がどれくらい続くかにもよるが、長期戦になるほど状況が悪くなる。
だが、あちらにとっては俺の方が信じられない存在のようだった。
「な、何なんだアイツは! あのカードは!」
カールの表情からは余裕の色がすっかり消え失せ、焦りと混乱で苦々しく顔を歪めている。
「ふざけるな! ふざけるな! ふざけるなッ! 早く殺せ!」
黒鎧が命令のままに突っ込んでくる。
短期決戦は臨むところだ。次の一撃で決着を付けてやろう。
「なるべく使いたくないカードだったんだが……切り札の使いどきだな」
次に融合させたスペルは金色のカード、SRスペル。かつて一度実戦で使い、その後に依頼を受けていない間に一度だけ試してみたのだが、その一回で『決して安易に使うことはできない』と確信した組み合わせだ。
双剣の表面がひび割れたような形に変わり、その亀裂状の模様から光と高熱が溢れ出る。
黒鎧が大剣を振り下ろす。俺はそれを左の双剣で真っ向から受け止めた。
「――ぐうっ!」
薄く細い双剣の刃から凄まじい熱量が解き放たれ、灼熱の爆発が巻き起こる。その爆発で無傷だったのは双剣のみ。大剣は根本から砕けて吹き飛び、俺の左手は高熱によって一蹴のうちに焼けていた。
SRスペル《メガ・エクスプロージョン》――アルスランの切り札の一つだ。普通に唱えれば夜の暗闇を吹き払い、周囲を真昼のような明るさで照らし上げる強烈な爆発呪文。
その力を込めた双剣は、使い手の安全すら度外視した破壊を引き起こす。
「おおおっ――!」
右手の双剣を黒鎧の首筋に叩きつける。装甲に阻まれて刃は全く通らないが、《メガ・エクスプロージョン》の破壊力の前では裸も同然。超高熱の爆発が首どころか頭部までも吹き飛ばし、黒鎧を首なしの死体へと変貌させた。
爆音が収まり、どこかに重い何かが落ちる音がした。吹き飛んだ首が草地のどこかに落下したのだろう。
「これで決着だな。もういいよな? それとも、まだやるか?」
決闘の勝敗が付いたことを確認するため、カールに顔を向ける。カールは情けなく腰を抜かして玩具のようにこくこくと頷いていた。
「それじゃあ……《ヒーリング》!」
さっそくスペルを唱えて両手の傷を癒やす。指の一本や二本は吹き飛んでいるかと思ったが、幸いにも十本ちゃんと揃っている。これなら充分に《ヒーリング》を掛け続ければ綺麗に治るはずだ。
強力ではあるが、もう二度と使いたくない組み合わせの融合である。使った側まで深手を負うし強く魔力消費もかなり大きい。これなら普通に唱えて運用した方がマシだ。
以前、エノクのゴーレム相手に使ったときは、刃を突き立てたときにエネルギー全てをゴーレムに注ぎ込めたので、俺が爆発に巻き込まれることはなかった。しかし今回はそういう形には持ち込めず、刃の表面でエネルギーが開放されたために、ここまで手酷い反動を食らってしまったというわけだ。
「そうだ。カール・ハーディング、ひとつ聞いていいか?」
「はっ、はい……!」
まるで鬼か悪魔にでも出くわしたような反応だ。いくらなんでもビビりすぎではと思わずにはいられなかった。
しかし、これから聞き出そうとしていることを考えると、多少怯えてくれていた方が好都合かもしれない。あえて凄みを効かせながら、なるべく冷静な態度で詰問を続行する。
「今の決闘の相手、一体どこから連れてきたんだ。返答によってはこのまま第二戦にもつれ込むぞ?」