124.代理決闘(1/2)
「ベルナデットさんの言うとおり、うまくいきましたね。代理人を認めさせることまで予定通りだ」
「断られることはないと思っていました。そもそも、あちらも自分の部下に戦わせるのですから、代理人を立てるのはお互い様です」
決闘の実施が決まった後、俺達は一旦神殿の待機部屋に戻って決闘の準備を済ませることになった。これは防具などの装備はもちろんのこと、決闘に備えて充分な強化を施すための時間でもある。
「しかし……まさかあそこまで苛烈な内容を提示してくるとは思いませんでした。私が言える立場ではないと思いますが、本当によろしいのですか?」
「構いませんよ。命懸けなのはいつも同じです」
先程カールと取り決めた決闘のルールは、ルビィとの決闘よりもずっと血生臭い方式だった。これと比べればルビィとの一戦なんて遊びのようなものだ。
第一に、カールとベルナデットのギブアップ宣言を除き、決着はどちらかが昏倒するか死亡したときに限られる。
第二に、戦闘開始後のスペルの使用は禁止だが、開始前にありったけの強化スペルを掛けておくことは許される。それも本人だけでなく同行者のスペルも使用可能だ。
「とはいえ、強化系スペルのストックは意外と少ないんだけどな……」
実体化させた《ワイルドカード》の表面を撫でて《リインフォース》に切り替えた瞬間、待機部屋に集まっていた面々の間にどよめきが起こった。
何も反応していないのはレオナとエステルの二人だけで、偶然居合わせていた神官達までもが驚きの表情を浮かべている。とりわけルビィ達兄弟の驚きようは物凄く、愕然としているという表現がぴったりだった。
「な、何ですか今の! Cランクになったら、そんなことができるんですか!?」
「おおお、落ち着いて姉さん。きっとそういう効果のカードなんだよ。どういう効果なのかは全然分からないけど……!」
そういえば、共闘する冒険者とサブマスター以外の冒険者に《ワイルドカード》を見せたのは初めてかもしれない。冒険者でない人に対して見せたのも、敵前で発動させたのを除けば、アデル村の復興にフル活用して以来だろう。
「それ隠してるんじゃなかったっけ。こんなに大勢いるのに、普通に使っちゃってもいいの?」
レオナが少し意外そうにそう言った。
「なるべく隠すようにはしてたけど、そろそろ気にしてても仕方がないなって考え直したんだよ。Dランクまでの小規模な依頼ならともかく、Cランクより上の依頼を受けるとなると、こんな風に大勢と関わるのも珍しくなくなるだろ」
《ワイルドカード》の効果を冒険者としての活動の軸にしていくなら、これまでのように出来る限り秘密にしておくというのは、どうしても足枷になってしまうに違いない。
喩えるなら、変身するためにいちいち姿を隠すヒーローだ。アメコミでも日本の特撮でも、彼らは常に苦労と隣り合わせで戦っていた。そういうスタイルにロマンがあるのは否定しないが、冒険者としてはどう考えてもマイナス要素だ。
「なるほど。そろそろ名前を売り込む時期ってことね」
「そうとも言う。Cランクより更に上を目指すなら、知名度を上げておかないと難しそうだしな」
そもそも《ワイルドカード》の存在をなるべく隠すようにしていた原因は、低ランクのうちから注目を集めすぎると動き辛くなるというギデオンのアドバイスだ。仮とはいえ一人前になったのだから、いい加減に潮時だろう。
「どんなカードなんですか、それ!」
混乱が収まってきたルビィが、興味津々といった様子で食いついてくる。
「説明は後でな。それより皆、戦闘に使えそうなスペルは持ってないか?」
この場に居合わせた人達に協力を要請してみると、すぐに二、三人の神官が申し出てくれた。
結局、協力してくれることになったのは数人だけだったが、もちろん他の面々が協力を渋っているわけではない。恐らく、彼らは戦闘向けのスペルカード持っていないのだ。
戦闘に使えるようなスペルカードは基本的に全てR以上のレアリティに分類されている。アンコモン以下のスペルも《ライト》などが存在しているが、切った張ったの殺し合いに直接貢献してくれるカードはない。
だから、神殿中の神官をかき集めても、戦闘向けスペルを持っている人はごく少数。数人いるだけでも御の字である。
「あの」
さっそく神官達の協力を得て決闘の準備を急いでいると、ルビィの弟が遠慮気味に手を挙げた。
「あんたは……」
「ベリルです。ベリル・マイナーズ。スペルは持っていませんけど、《魔力共有》なら使えます」
《魔力共有》――かつてグロウスター領での戦いのときに白い少女のヘルマと錬金術師のエノクが使っていたスキルの一つだ。
そのときに俺のコピーのストックに加わったので効果は把握している。カードのレベルに応じた人数の魔力残量を共用のリソースにすることができるスキルだ。例えば俺とベリルだけを対象とした場合でも、俺が《リインフォース》に二人分の魔力を注ぎ込めるようになる。
「《魔力共有》でスペルをたくさん使えるようにしますから、その代わり……」
ベリルは躊躇いながらも協力の条件を口にする。
「百ソリド、貸してください。本当に宿代がないんです」
「ああ……そういえばそういう話だったっけ……」
そもそもルビィがこの依頼を是が非でも受けようとした理由がそれだった。
百ソリドといえば一般的な宿の一室分の宿泊費だ。二人分には足りないが、一人分の宿代はどうにか捻出できるのか、姉弟で一室に泊まるつもりなのか、どちらかだろう。
ベリルが協力に見返りを求めるのは至って正当な要求だ。パーティメンバーではなく依頼主の関係者でもない、単なる『居合わせただけの他人』なのだから、無償協力を求める方が非常識というものだ。
「いや、それは止めとこう」
けれど、ベリルが提示した条件は個人的に好ましいものではなかった。
「現金の貸し借りは嫌いなんだ。だから宿代は貸さない。代わりに百ソリドの報酬であんたを雇うよ。これでどうだ?」
「……! ありがとうございます!」
深々と頭を下げるベリル。少し遅れて、ルビィも慌てて礼を言った。
そんな様子を、レオナとエステルは何とも言えない表情で見つめていた。いや、レオナはどちらかと言うと、俺に対して呆れやら何やらが混ざった眼差しを向けている。
面倒臭い奴だという自覚は当然ある。個人的な理由から来る意味のない拘りだとは理解している。それでも俺は、こういう風に立ち回りたかった。
「――それじゃ、行こうか」
出来る限りのスペルをありったけの魔力で重ね掛けしてから、神殿を出て町の外に向かう。
身体の内外に、普段とは比べ物にならないくらいの力が渦巻いているのを感じる。これほどの強化スペルを重ね掛けして戦うのは初めての経験だ。慣らし運転をしていないのは少し不安だが、いつもと違う部分は戦いながら慣れるしかない。
「よく来たな、冒険者!」
町の外の草地でカールとその取り巻きが待ち受けていた。彼らの背後には二台の馬車があり、その片方は荷台に何か大きなものを乗せていて、なおかつ布で覆い隠されていた。
カール本人も含めて誰も決闘の準備をしていないように見えたので、挑発を兼ねて問いかけを投げてみる。
「そちらは誰が決闘を代行するんだ? 本人が戦うっていうなら構わないぞ」
「焦んなよ。準備はとっくにできてるさ」
カールの合図で、取り巻き達が馬車の荷台に掛けられていた分厚い布を取り払った。そこにあったものは、まるで携帯式の牢獄のような金属塊だった。
牢獄の柵状の扉が開け放たれる。まさか猛獣でも連れ込んでいて、そいつと戦わせるつもりなのだろうか。そう思い、ライオンやトラのようなモノが出て来ることを想像していたが、牢獄から現れたのはまぎれもない人間だった。
ただし――
「なっ……!」
「つい最近買い付けたとっておきの兵力だ。ここで使うつもりはなかったんだが、相手がCランク冒険者だっていうならしょうがねぇ。出し惜しみ無しで殺らせてもらうぜ」
全身を覆う、限りなく黒に近い濃紫色の鎧。生気の感じられない佇まい。肉体に食い込んでいるかの如き刺々しい装甲板。
俺はあれを知っている。嫌というほど理解している。
「……黒鎧……」
「やれ! 正式な決闘だ、ぶっ殺しても構わねぇ!」
「カール・ハーディング! どうして手前ェが! そいつを連れてるんだ!」
黒鎧が荷台を蹴って飛びかかってくる。その踏み切りの衝撃で荷台がバラバラに吹き飛び、馬車に繋がれていた馬がパニックを起こす。
俺は即座に双剣を実体化させ、黒鎧が振り抜こうとする人間離れした大剣の腹に叩きつけた。