表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
123/191

123.決闘貴族(3/3)

 神殿の外側を周り、裏口から神官の待機部屋に案内される。そこで依頼主の女性神官――神官長のベルナデットから詳しい事情を聞くことになった。


「依頼を受けて頂いて感謝します。そちらの方々はお仲間でしょうか」

「はい、そうで……奥の二人は違います」


 レオナとエステルだけでなく、何故かルビィとその弟までついて来ていたことに、今更ながら気がついた。


 愛想笑いを振りまくルビィの隣で、弟が申し訳なさそうに縮こまっている。二人まとめて追い出されてもおかしくないわけだが、神官長のベルナデットはさして気にする様子もなく本題に入った。


「カール・ハーディングの目的は私です。具体的に何が彼の関心を引いたのかは分かりませんが、以前からしつこく求婚を受けているのです」

「求婚……ですか」


 淡々と事情を語るベルナデットの態度からは、満更でもないとか、嫌いではないだとか、そんな感情は微塵(みじん)も感じられない。むしろ、カールのアプローチを心の底から疎ましがっているのがひしひしと伝わってくる。


 礼拝堂でのカールの言動を思えば、ベルナデットの苦々しい反応も納得せざるを得ない。あれは惚れた異性の元に通うとかいう殊勝な態度ではなかった。難癖つけて奪い取ろうとしていると表現した方が正確だ。


「これまでずっと断り続けてきたんですね。いっそ出入り禁止にするとか、そういうことはできなかったんですか?」

「現実的に困難でした」


 やれるものならとっくにやっていると言いたげに、ベルナデットは深く溜め息を吐いた。


「イースタンフォート領のハーディング家は武門の家系として知られています。長兄は己の肉体を鍛え上げることを良しとし、次兄は魔術戦を重んじ……あの末弟ですら『部下を率いて使いこなすことが武力』という思想を持ち、常日頃からそのように生きています」


 カールの主義は、武将の仕事は前線で戦うことではなく兵隊を指揮すること、というものらしい。それ自体は納得だが、あれではただのチンピラ集団だ。


「そんな家柄ですから、イースタンフォート領では実戦を想定した訓練が日常的に行われ、治療のための癒し手も抱えているのですが……それでも不足する場合に備えて、周辺の町から癒し手を集める手筈を整えているのです」

「この神殿からも……ですか。察するに、寄付金名目で資金提供を受けているってところですね」

「ええ、その通りです」


 人は霞を食べて生きていけるわけではない。神殿で働く人々もそれは同じ。利用者からは寄進として活動資金を集めるし、大きな団体からまとまった額の寄付金を受け取ったりもする。当然のことだ。何もおかしなことはない。


 だが、今回ばかりはそれが裏目に出てしまったようだ。


「イースタンフォート卿本人はこのことを知っているんですか?」

「分かりません。ですが圧力を掛けられたこともありません。あくまでカール・ハーディング個人の行動なのでしょう」

「それでも出入り禁止にすることはできない、と」

「現実問題として、イースタンフォート卿からの寄付金がなければこの神殿は現状維持すらできません。こちらに正当性があるとしても、領主の面子を潰す形で解決を図れば、寄付金を打ち切られる恐れがありますから」


 確かにこれは厄介な問題だ。

 客観的に見れば、迷惑を掛けているカールが全面的に悪い。出入り禁止にしても神殿が非難される理由はない。しかし逆に、父親であるイースタンフォート卿が出入り禁止を理由に寄付を打ち切ったとしても、法的には何の問題もない。


 あくまで寄付金は善意の資金提供である。義務として支払っているわけではないのだから、個人的に不快感を覚えたからという理由で取り止めるのも本人の自由だ。


 もちろん息子の不祥事と寄付金を切り分けて考えてくれる可能性もあるが、その確証が取れない限り強硬策には訴えづらいのだろう。


「イースタンフォート卿に問い合わせたりは?」

「軍事演習のため長期不在とのことで、私達のような部外者は当分連絡が取れません。当主代行の御長男は『判断を保留する』とだけ……」

「……なるほど」


 話を聞きながら振り返ってみると、ルビィ含めたこちら側の女性陣が露骨に不快そうな表情を浮かべていた。本人達にその気はないのだろうが、俺まで無言の圧力を掛けられている気分になってしまう。


「それで、俺はあの男を追い払う間の護衛をすればいいんですか? 例えば、こう、取り巻きの連中が腕力に訴えたときとかに備えて」

「はい、それが主な依頼内容になります。加えてもう一つ――」









 手短に打ち合わせを終え、予備の神官服に着替えた上で、ベルナデットに付き従って礼拝堂に向かう。わざわざ着替えたのは、冒険者を雇ったことを隠して相手を刺激しないようにするためだ。


 カールは礼拝堂の中央に陣取って我が物顔で(くつろ)いでいたが、ベルナデットがやってきたことに気がつくと、にやにやと笑って近付いてきた。


「よう、ベルナデット。遅かったじゃねぇか」

「神官長というのはいつも忙しいものですから」


 嫌味を理解していないのか、それともわざと聞き流しているのか。カールは嫌な雰囲気の笑いを浮かべたままベルナデットの肩に手を伸ばした。


 その手を自然に払うベルナデット。妙にこなれた対応だが、いつもこんなやり取りをしているのだろうか。


「今日はどんなご用件でしょうか」

「つれねぇな。いつも言ってるだろ? お前はこんな犬小屋みてぇな神殿にいていい女じゃねぇんだ。お前にはもっと相応しい肩書がある」

「それがあなたの伴侶と言いたいのでしょう?」


 カールはそのとおりだとばかりに笑ってみせた。


「何度も申し上げていますが、一考にも値しません」

「まぁそう言うなよ。うちの家は兄弟のうち最も『武力』に秀でた者が後を継ぐしきたりだって、お前も知ってるだろ。一対一(タイマン)馬鹿や研究馬鹿の兄貴共じゃなくて、人脈と統率力を『武力』にしてる俺が跡継ぎになるに決まってるんだ。お前も勝ち馬に乗った方が後々楽になるぜ」

「それを踏まえた上で何度もお断りしているのですが?」


 二人のやりとりを傍から眺めていて、これは確かに面倒だとしみじみ実感した。カール・ハーディングという男からは相手の意志を()み取ろうという思いがまるで感じられない。自分の都合と要求を一方的に押し付けているだけだ。


 偏見に限りなく近い憶測だが、カールにとって赤の他人は『手駒』のような感覚に過ぎないのかもしれない。己が優位に立つための盤上の駒。都合良く動かせて当然の存在として。


「その割には()()()が感じられねぇんだよなぁ」


 カールは前のめりになりながら、にやけ面でベルナデットの顔を覗き込んだ。


「これも前から言ってることだけどな、本当に嫌なら()()()()()()()()()()で筋を通せば、俺だって潔く納得するんだよ。分かるよな? 俺達のやり方でだ」


 ――これだ。先程の打ち合わせで教えられた、カールの常套句。

 イースタンフォートの流儀、即ち()()で我を通せという錆びついた常識。カールは自分が圧倒的優位に立てるこのルールを、ベルナデットと神殿に押し付けているのだという。


 ベルナデットがこれを受け入れたことは一度もないそうだが、カールは決闘を受け入れないことを『拒絶の意志はない』と意図的に歪めて解釈し、何度もしつこく迫り続けているらしい。


 もちろん法的な根拠なんてない。単なる嫌がらせのためのこじつけだ。こういうことを延々と繰り返して、ベルナデットが折れるのを待っているのだろう。


 だが、これは裏を返せば()()()()のやり方で要求を叩き潰す突破口にもなり得るのだ。


「分かりました。決闘、お受けしましょう」

「そうそう、決闘を受けないってことはだな……は?」

「聞こえませんでしたか? 決闘をお受けします。こちらが勝てば綺麗さっぱり諦めていただけますね」


 当然のようにそう告げるベルナデットを前に、仕掛けた側のカールが逆に動揺しているようだった。


「いやいや待て待て。お前が俺の手駒と戦うってことか? 遠回しに自殺でもして俺から逃げるつもりじゃねぇだろうな」

「まさか。私に戦う能力はありません。ですが古来決闘には、戦うことができない者は()()()を立てても良いという決まりがあるはずです。ハーディング家の流儀においてもそうであることは既に調べさせて頂いています」


 打ち合わせ通りの展開だ。カールが『まさか本当に決闘を受けるはずがない』と思い込んでいることまで、見事にベルナデットの読み通りである。


 俺はベルナデットに促されて前に進み出て、カールに向けて丁寧かつにこやかに一礼をした。


「はじめまして、カール・ハーディング殿。ベルナデット神官長から決闘代行の依頼を受けたカイ・アデルと申します。Cランクに上がったばかりの若輩ですが、どうぞよろしく」

「し、Cランク冒険者……!?」


 カールは露骨に狼狽して後ずさった。冒険者ギルドの内輪では、Cランクはまだまだ上には上がいるという程度だが、世間からすればその身一つで魔獣を打ち倒すとてつもない存在と認識されている。


 俺にそれだけの実力が備わっているのかは分からないが、プレッシャーを与えるには充分過ぎる肩書だ。


「ど、どうしますカール様」

「うるせぇ、お前らが怯んでどうする!」


 取り巻き達の表情からも余裕の色が消えている。もしもあの中に高ランクだった元冒険者がいれば、こんな威嚇は全く通用しなかっただろう。しかし、俺はその可能性はかなり低いと踏んでいて、実際そんな奴はいないようだった。


 理由は至って単純明快。高ランクに至るほどの実力と実績を持つ冒険者なら、引退後にこんな男の腰巾着には収まらないと思ったからだ。仮にBランク以上の冒険者だったなら、三男坊の取り巻きなんかじゃなく、現当主の側近あたりの高い地位すら狙えるのだから。


 皮肉にもカール本人が言っていたとおり、もっと相応しい肩書がある、ということである。


「い、いいだろう。その条件で決闘だな。だが後悔するんじゃねぇぞ? これまでにない戦力を()()()()ばかりなんだからな!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ