122.決闘貴族(2/3)
「ルールはどちらかが血を流すか降参したら負けでいいですね?」
「それと、降参は仲間がしてもいいってことにしてくれ」
成り行きで依頼をかけて決闘することになってしまったが、条件だけはきっちりと固めておく。
俺自身は降参するつもりなんて毛頭ないが、勝利ルートはなるべく増やしておきたいところだ。具体的には、本人は無傷かつ諦めていないが、弟がタオルを投げ入れてギブアップさせるという勝ち筋も作っておきたかった。
「いいですよ。それじゃあ表に出ましょう!」
少女は明るい色の髪を後頭部で括り、率先して表通りに出ていった。
その背中を追いかけながら《ワイルドカード》をこっそりと《上級武術》に切り替える。大人げないのは承知の上だが、やるからには全力だ。手加減はしても手抜きをするつもりは毛頭ない。
決闘の場はギルドハウスの前の大通り。早朝なので人通りの邪魔にはならないと思いたい。ギャラリーはギルドハウスにいた暇な冒険者達。自分達の依頼はいいのかというツッコミはこの際なしだ。
「さて! 決闘とくれば名乗るのが礼儀ですね。私はルビィ・マイナーズ! いざ尋常に勝負!」
明るい髪色の少女――ルビィの手元で装備カードが展開される。本人の身長と同程度の柄に、冗談みたいに大きな鉄塊がついたスレッジハンマー。鉄塊部分が妙にメカニカルな形状をしていて、今にも分解変形しそうな印象だ。
俺も双剣を展開し、一定の距離を保ってルビィと対峙する。
「カイ・アデル。アデル村のカイだ」
「勝負です、カイ・アデル!」
ルビィは猛烈な勢いで距離を詰め、スレッジハンマーをとてつもない速度で振り下ろした。長い棒だけを振り回しているかのような軽やかさに反応が遅れ、間一髪のところで回避する。
目と鼻の先を掠めていった戦槌の頭が地面を打つ。凄まじい衝撃がギルドハウスの窓や壁までも激しく震わせた。
それに驚いたのも一瞬のこと。ルビィは軽々とハンマーを跳ね上げて、下方からの追撃を繰り出した。重いものを持ち上げる予備動作すらなく、ハリボテを振り回しているのも同然の早業だ。
「嘘、外した!?」
驚きたいのはこちらの方だ。戦槌の使い手とはつい先日にも戦ったばかりだったが、あのときの傭兵くずれとはパワーもスピードも比べ物にならない。
「なるほどね、装備カードの効果か。見た感じ、振り回すときに重さを感じない武器ってところだな」
理屈としては《滑空の三日月刀》と同じだ。使い手の腕力で武器を動かすのではなく、武器そのものが動くことで使い手への過剰な負荷をなくしているのだろう。その上で腕力が上乗せされるのならいよいよ手が付けられない。
「というか、流血させた方が勝ちなのに打撃武器ってのはどうなんだ。内出血は対象外だぞ。潰れるくらいにぶん殴るつもりか?」
「むむ、それもそうですね……だったらこれでどうですか!」
スレッジハンマーの頭部分が展開し、瞬く間に片刃の戦斧へと形を変えていく。ただの斧よりもハルバードに近い形状だ。
これほどの多機能と高性能、R程度では収まらないに違いない。ルビィが決闘に自信を抱いているのも納得の切り札である。
「行きます!」
疾風のように振り抜かれる戦斧を、最低限の体捌きで回避し続ける。
《上級武術》が与える見切りの技能が『双剣ではこの攻撃は受けきれない』と告げている。恐らく肉体に作用する常時発動スキルがパワーとスピードを底上げしているのだろう。刀身を当てて逸らすことは可能だが、普通に回避するのと変わらないので意味がない。
しかし、現状に焦っているのはむしろルビィの方のようだった。攻撃を一発回避するたびに驚きの表情を深め、より一層激しい攻撃を繰り出してくる。
「どうしてっ! 当たらないんっ! ですかっ!」
「こんなもん当たってやれるかっての。マジで死ぬぞ」
「ちゃんと考えてやってます! 神殿で治せる程度にしますから!」
こんなもの掠っただけでも腕を持っていかれかねない。出血した方が負けというルールなのに過剰にも程がある攻撃だ。
仮に腕が吹っ飛んでも《ヒーリング》を使えばちゃんと繋ぐことはできるが、だからといって腕を斬り落とされるのは心底ごめんだ。そんなことを喜べる特殊な趣味は持ち合わせていない。
いつの間にかギャラリーの数が増えていて、野次やら声援やらが四方八方から飛んできている。
「逃げてばかりじゃ勝てませんよ!」
「知ってるよ。そろそろ読めてきたところだ」
「え……?」
ハルバードが薙ぎ払いを繰り出したタイミングを見切り、滑るような歩法で一気に間合いを詰める。
刃を返そうとしてももう遅い。間合いを取る暇も与えず肉薄し、間髪入れずに刃を首筋にあてがった。
「降参、してくれるか?」
「うっ……」
ルビィがハルバードの実体化を解除したのを見て、降参の意思表示と判断して俺も双剣を引っ込める。
「……初めて負けました……」
ギャラリーの反応は半々で、激しい斬り合いを期待していた連中は残念そうにしていて、技巧を見たがっていた連中は満足そうに立ち去っていく。勝手に見ていた連中の反応に興味はなかったが、ルビィを斬らなかったことに文句を言った奴だけはきっちりと睨みつけておいた。
たったそれだけでビビって引っ込むくらいなら、野次なんて飛ばさなければいいだろうに――そんな呆れを抱きながら、ギルドハウスに戻って依頼の受諾手続きを済ませることにする。
「ま、待ってください!」
「ギブアップしたんじゃなかったのか?」
食い下がるルビィの言葉を聞き流しながら手続きを進める。
結果に対する抗議なら全力で無視するつもりだったが、ルビィが口にした一言は予想外のものだった。
「私に、戦い方を教えてください!」
「え?」
次の瞬間、一台の馬車が暴走一歩手前のスピードで外の道路を駆け抜けた。通行人が軽いパニックに陥ったのがギルドハウスの中からでも見て取れる。
まさか馬が暴れでもしたのかと思っていると、外で待っていたエステルがギルドハウスに駆け込んできて、俺の袖を強く引っ張った。
「さっきの馬車、神殿の方に走っていったみたいです!」
「何だって!」
まさか来客がこんなに早く到着したのか。他人を訪問するには早すぎる時間帯だが、有力貴族のわがままな息子なら、相手の事情も考えずに押しかけることは充分にありえる。
直後に依頼の受付が完了したので、俺はルビィへの返答を放置して神殿へと駆けつけた。
想像したとおり、先ほどの馬車は神殿の前に停まっていた。早朝なので参拝客はあまりいないが、神殿で暮らしている神官や神官見習い達は突然の来襲者に右往左往しているようだった。
「おいおいどうした? カール様が来てやったっていうのに歓迎もなしか」
礼拝堂に耳障りな声が響き渡る。背が高いわりに貧弱な体型の男が、礼拝堂を我が物顔で歩き周り、神官達を威嚇して回っていた。
カールとかいう男の後ろには数人の付き人が付き従っているが、そのうち二、三人は明らかに雰囲気が尋常ではない。鎧や剣を身に着けているわけではないが、近付く者を躊躇いなく殺せるという意志を露骨に漂わせている。
しばらく様子を窺っていると、神官の一人が俺に気付き、声を潜めて手招きをしてきた。
「こちらです。神官長がお待ちになっています」
「あいつがそうなのか?」
「はい……イースタンフォート卿の御三男、カール・ハーディング氏です」