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119.《解呪》

 しばらくして腕に包帯を巻いた少女が処置室から出てきて、入れ替わりにレオナが《解呪》を受けに入る。待ち時間の長さの割に処置自体は十分と掛からずに終了し、レオナはすぐに待合スペースに戻ってきた。


「もう済んだのか。早かったな」

「《解呪》は癒し手の仕事と比べてすぐに終わるんだって。症状を見たり薬を調合したりしないから」


 レオナはおもむろに俺の眼前にやってくると、他の来院者にさり気なく背を向けて、服の襟元を大きく開いて肩を露出させた。


「うわっ!?」

「ほら、ちゃんと消えてるでしょ」


 確かに呪詛の文様は跡形もなく消え、汚れ一つない白い肌に戻っている。だがこの見せ方は少しまずい。隠さないといけない部分まで見えてしまいそうだ。


「……ったく」


 襟元を掴んで胸元の露出を強引に戻す。


「こんなこと人前でするなっての」

「二人きりならよかった?」

「そういう意味じゃなくて」

「ふふ……冗談冗談。それじゃあ礼拝堂で待ってるから」


 思いっきりからかわれてしまった。レオナはさっき「普段はそういうこと言わないくせに」なんて言っていたが、今度は俺がその言葉を送りたい気分だ。


 ともかく俺の順番が回ってきたので、《解呪》を掛けてもらうために処置室に入る。田舎の小さな診療所を思わせる一室に質素な机と椅子が置かれ、大人びた雰囲気の女性神官が書類に何事かを書き込んでいた。


 その後ろには見習い神官らしき少女が一人。この神殿の神官の男女比はおおよそ半々といったところだ。


 神官装束が白色なので、パッと見だと診療所の女医と看護師のようにも思えるが、やはり神官の服は生前(まえ)の世界の医者が着ていた白衣とは別物だ。そんな格好でカルテに処方を書き込む医者のようなことをしているものだから、何とも言えないミスマッチ感を(かも)し出している。


「解呪をお望みの方ですね。文様を見せてください」


 促されるままに椅子に腰を下ろし、呪詛の文様を隠していた手袋と顔の包帯を取り払う。見習い神官が息を呑んだ気配がした。失礼な反応だとは思わない。我ながらいくらなんでも()()()()()である。


「左肩にも一箇所あるんですけど、脱いだ方がいいですか?」

「はい。はだける程度でも構いませんよ」


 肩に受けた呪詛を見るためには服を脱ぐ必要があると聞いて、担当が女性神官であることに安心感を覚えた。異性に肌を見せることが楽しいというわけじゃない。同じく肩に呪詛を受けたレオナも同じことを要求されたはずだからだ。


 言われたとおりに服を脱いで上体を露出する。着ていた服の構造的に半脱ぎで肩を出すのは難しかったので、潔く上半身裸になることにした。相手は癒し手なのだから別に気にすることもない。


 ……と思ったのだが、見習い神官の少女が妙に恥じらったような反応をしているせいで、こちらまで気恥ずかしくなってきてしまった。


「なるほど、痛覚を刺激する類の呪詛ですか。痛覚反復に偽装されているあたり実に悪質ですね。グレンダ、あなたもよく見て覚えておきなさい。呪詛は必ず悪意を込めて掛けるもの。判断を誤らせる偽装は珍しくありません」

「はっ、はい!」


 見習い神官が食い入るように文様を睨みつける。あまりに真剣過ぎて、見られているこちらの方が気後れしてしまう。


「どうやら冒険者の方のようですが、何年ほど続けられているのですか?」


 女性神官の手が顔にかざされ、淡い光が顔の半分に染み込んでいく。その間、何故かとりとめのない雑談をする流れになった。


「まだ二ヶ月くらいですけど」

「たったの! 驚きました……次は右手をどうぞ」


 淡々としたペースで解呪が進められていく。一箇所につき一分か二分程度で、全ての文様を《解呪》しても十分と掛からないだろう。


「それにしては古傷だらけなので驚きました」

「え、傷跡なんて残ってます?」

「私は《ヒーリング》で塞がった傷も()()ことができるスキルを持っているんです。あくまで副次的な能力であって、本来の用途は別にあるのですが」


 右手、左手と順に《解呪》していく間に、女性神官の興味は呪詛の文様ではなく俺がこれまでに負ってきた傷の方に移っていたらしかった。


「癒し手として大勢の冒険者の傷を診てきました。その経験から言わせてもらいますが、あなたの受けてきた傷は、普通の冒険者が駆け出しから数年掛けて蓄積した古傷にも匹敵する数と深さです」

「自覚はあります。早くランクアップするために無茶もしてきましたから」


 左手も解呪され、最後に顔の半分を覆う最も目立つ文様に取り掛かられる。

 《解呪》の光が眩しいので目を瞑って待ちながら雑談を続ける。不思議と会話を続けたくなるような声色だ。


「冒険者ランクはおいくつ?」

「仮昇格中のCランクです」

「……驚いた。二ヶ月でそこまで昇格できる人もいるのね」


 本当にびっくりしたのか、素の言葉遣いが出てしまっている。


 それから、どこを拠点に活動しているかだとか、さっきの少女――レオナもパーティの仲間なのかとか、あれこれと雑談を交わしているうちに《解呪》は全て完了した。


 神官見習いの少女が持ってきた鏡でチェックしてみても、呪詛の文様はもうどこにも見当たらない。禍々しい模様が消え失せてくれて心からスッキリする。


「ありがとうございます、助かりました」

「くれぐれも無理はしないように。《ヒーリング》の治癒力にも限界はあるんですからね。さっきの子も大切にしてあげなさい」


 忠告を聞きながらいそいそと服を着直す。

 《ヒーリング》も万能ではないのはよく理解しているつもりだ。出血で失った血液は補充できないし、肉を失いすぎれば不完全な修復しかできない。今回のように呪詛の類にも無力だ。


 なるべく負傷を避けるべきなのはもちろんだが、《ヒーリング》ではカバーできない分野のカードを得ることも有効な対策だろう。幸いにも《ワイルドカード》なら容易にそれができる。


「……そうだ。良ければ《解呪》のカードを見せてもらえませんか」


 突然の思いつきを深く考えずに口にしてしまった。いきなりこんなことを言われて即座に了承してくれる人なんているわけがない。


「あら、どうして?」

「それは、その……《解呪》ってギルドのショップには並ばないカードだから、一度見ておきたくって」


 女性神官はくすりと笑った。俺が何か目論んでいることはとっくにお見通しのようだ。流石に見ただけでコピーできることまでは気付いていないはずだが。


「私からのお願いも聞いてくれるならいいですよ。今夜は町の宿に泊まるつもりですか?」

「そのつもりですけど、それが何か」

「明日の朝、ギルドハウスに私名義の依頼が掲示される予定です。この依頼を受けてくれるなら、私が持っているカードを見せてあげます」


 曰く、依頼は早朝に掲示されて当日中に完了する内容らしい。具体的な依頼内容と報酬は掲示板を見て確認してほしいとのことで、割に合わないと思ったら断りを入れずに帰っても構わない。別の誰かが先に受けていたら、残念ながら縁がなかったということで話は終わり――という条件の提案だ。


「グレーゾーンですね、それ……」


 特定の冒険者を指定して依頼を申し込むのは、指名依頼ということで追加料金が必要になる。なので、こんな風に「依頼が掲示される日時を事前に伝え、特定の冒険者に自分の依頼を受けてもらいやすくする」というのは褒められた行為ではない。


 規定違反ではないのですぐに処罰されるわけではないが、バレたら間違いなく説教を食らうことになる。日時を聞いていなければセーフで聞いていたらグレー、というのが大まかな基準らしい。


「……分かりました。とりあえず明日の依頼掲示板を見てみます」


 少しだけ考えてから、俺は了承の意志を伝えた。

次のシーンも収める予定だったけど、長くなりすぎるので次回更新にまわしています。

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