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117.戦いの後始末

 結局、名前も知らない細剣の青年との戦いが、その日最後の戦闘になった。

 クリスとルイソンはそれから三分と経たずに追いついてきたので、すぐに現場の事後処理を引き継いでもらった。後になって思えば、一人で無理に倒しきろうとせずに、しばらく時間を稼いで二人の到着を待てば良かったのかもしれない。


 一夜明けて、呪詛の文様が未だに消えていないことにがっくりしながらも、例の岩山の工場跡地に足を運ぶことにした。


 最初に岩山を発見するまでに二日も掛かったが、一度場所が分かってしまえば楽なもので、寄り道をしなければ二時間と掛からずに到着できた。


「やぁ、体調はどうかな」


 工場のあった洞窟では、クリスが現場の見張りをしてくれていた。


 タルボットはここから撤退すると言っていたが、本当に手を引いたという保証はどこにもない。俺達が油断した隙に手下を送り込んで証拠隠滅を図る可能性もあるということで、クリスとルイソンが交代で現場を見回りすることになっていた。


 俺は危険だと反対したのだが、当の本人達に問題ないと言い切られたうえ、ルイソンの判断で押し切られてしまった。クリス曰く「面倒事はボクとルイソンに任せてくれ。肝心なところに間に合わなかった埋め合わせさ」とのことだった。


 ちなみに、今のところおかしなことは何も起こっていなかったりする。見回りが必要だと考えた二人も、それを危険視した俺も、どちらも考え過ぎだったのかもしれない。


「模様が取れないのは気になるけど、それ以外は特に何も」

「それはよかった。やっぱり呪詛の仕組みは複雑だから、素人考えは危険だったね。猛省するよ」


 レオナと俺が受けた呪詛は、あらゆる点において想像以上の代物だった。それを思うと、文様が消えないことについても楽観視は禁物だ。


「役人が到着して引き継ぎが終わったら、一足先にレオナと山を降りて神殿に行こうと思うんだけど、構わないか?」

「いや、今日のうちにでも下山して《解呪》を掛けてもらった方がいい。また予想外の事態が起きたら大変だ」


 クリスはあっさりとそう言った。


「でもなぁ、戦った張本人は残った方がいいと思うんだ。具体的には俺のことだから、クリスは先に降ろしても良さそうだけど」

「大丈夫、君から聞いた内容をそのまま伝えれば済む話さ。それに、どうしても本人から話を聞きたいなら神殿に行けば解決だ」


 確かにクリスの言うとおりではあるのだが、せっかく登った山をすぐに降りるはめになる役人のことを考えると可哀想になってくる。


 とはいえ厚意と心配を無下(むげ)にするのも問題だ。今回はクリスの提案を聞き入れて、なるべく早く山を降りることにしよう。もちろんレオナが下山に同意したらの話だが。


「ただ、その前に幾つか報告しておきたいことがあるんだ。ちょっとついて来てくれるかな」


 クリスに先導されて洞窟の奥へ向かう。工場になっていた広めの空間を出て、木製の扉を潜って、坑道のように狭い道を歩いていく。ちょうどタルボットが姿を消したのと同じルートだ。


 あくまで予想だが、ここを抜けると俺達が入ってきた入り口とは違う場所から外に出るはずだ。さもなければ、未だにタルボットが洞窟の奥に隠れていることになってしまう。


 肩をぶつけずにすれ違えるかどうかといった幅の洞窟を、クリスが持っているランタンの光を頼りに歩き続ける。暗くて分かりづらいが、地表には車輪の跡がくっきりと残されている。荷車か何かが頻繁に通っていたのだろう。


「今朝ようやく聞き出した話なんだけどね。何年か前、周辺の村落に帝国への抵抗を訴える集団が訪れたそうなんだ」

「反帝国主義者って奴か」

「しかも過激派だ。もちろん村人達は彼らをすぐに追い出した。帝国の転覆を目論むなんていう、資金援助だけでも死罪になる厄介事の塊だからね」


 帝国が大陸を統一してから百年近く経つが、世の中には未だに帝国の支配を良しとしない連中もいるらしい。いわゆる反帝国主義と呼ばれる思想だ。


 国の制度を内側から時間を掛けて作り変えようとする穏健派。国民に与えられるあらゆる恩恵とあらゆる義務を拒み、世捨て人になって放浪する拒絶派。そして帝国を軍事的に打倒しようと目論む過激派――以前、クリスから聞いた説明の受け売りである。


 かつて俺達が地下墓所(カタコンベ)で戦い、今はクリスが帝都の自宅で保護しているドロテアという少女は、拒絶派の両親から生まれたせいで帝国の国民として登録されることすらなく、十年以上も()()()()()()()として生きることを余儀なくされていた。


 個人の自由の範疇に思える拒絶派ですら、これほどの不利益を周囲に与えてしまうわけだ。過激派の迷惑度がどれほどか想像するだけで頭が痛くなる。


「ところが、ごく少数ながら彼等の主義に()()()()者が現れてしまった。割合としてはそれぞれの村に一人か二人程度だったらしいけど、それだけでも大問題だった」

「マジかよ……協力するだけでも死罪モノなんだろ?」

「バレたらね。でも、村の責任者達は役人への通報を躊躇(ちゅうちょ)したそうだ。大部分は()()()()程度だったから、どこかに隔離して頭を冷やさせれば丸く収まると安易に考えてしまったらしい。もちろん客観的に見ればただの愚策さ」


 クリスが言うには、俺達が滞在していたあの村こそ、そういった人物を隔離し頭を冷やさせるための場所だったらしい。道理で不便な立地にあったわけである。快適な場所なら何の罰にもならないのだから当然だ。


「バレたら自分達まで処罰されるとでも思って、秘密裏に解決しようとでも思ったのか」

「そうかもしれないね。そしてやはりと言うべきか、隔離された人達の一部は先鋭化してしまった。周囲に同じ考えの持ち主しかいないんだから、軌道修正のしようがなかったんだろう」


 結局、隔離された村は先鋭化した一部の人間に牛耳られ、そうでない者達も反発することができなくなってしまったそうだ。周辺の村の消極策が完全に裏目に出てしまったわけだ。


「彼らは人知れず外部の犯罪者集団と接触し、従属に近い協力関係を結んだらしい。君が戦った連中が()()だ。スキルで制御されたゴブリンを貸し与え、この工場で作った『製品』を買い上げて資金源にさせてやるという契約だね。相手にとっては『製品』の製造を外注したようなものだ」


 村がゴブリンに襲われて消滅――これは偽装工作だった。自分達に疑いが掛からないようにするため、皆殺しにされた振りをして工場のある岩山に移住したのだろう。


 食料や貴金属だけでなく、ゴブリンが興味を示さない銅貨まで根こそぎなくなっていたのがその証拠だ。本能的に興味を惹く金貨や銀貨(ひかりもの)はともかく、新品でない銅貨は全く輝かないので、人間以外はまず価値を見出さない。


「どんな組織なのかも分かったのか?」

「残念だけど、何も」


 クリスは肩を(すく)めて首を振った。


「『製品』の製造は、いわば試験のようなものだったらしい。貸し与えたゴブリンを使いこなし、きちんと『製品』を納入し続けられるなら、正式に仲間として認められる予定だった……ってところかな」

「そのはずだったのに、報復のつもりか村の連中にゴブリンをけしかけて、冒険者を雇われてご破産か。因果応報というか何というか」


 同情は全く湧き上がってこないが、哀れみは不思議と浮かんできた。自業自得でどんどん駄目な方向に転がっていく奴を見たときの気分だ。


「だけど、その『製品』が何かというのは、もうハッキリしているんだ」


 洞窟を抜けた途端、眩しい太陽の光が視界を埋め尽くす。

 晴れ渡る冬の空の下、森と岩山に囲まれた開けた土地に裸の畑が広がっていた。作物を根こそぎ刈り取られた丸裸の農地だ。それ自体は収穫期の後には珍しくもないが、こんな場所で目の当たりにするとは思わなかった。


「この畑では鎮痛作用のある薬草が育てられていた。単に痛みを和らげるのではなく、意識を朦朧とさせるから睡眠薬としても処方される。正しく使えば役に立つ植物なんだけど……」

「……要するに麻薬じゃねぇか!」


 生前(まえ)の世界では阿片(アヘン)なんかがまさしくその類だ。鎮痛効果と鎮静効果があり、精製して鎮痛剤のモルヒネを作ったりするが、麻薬として広まれば社会が悲惨な状況に陥る。モルヒネから更に精製されたヘロインに至っては、現代においても麻薬の王様と称されるとんでもない代物だ。


 もちろん、ここで作られていたこの世界の麻薬が、阿片やヘロインほどの問題を抱えているかどうかは、カイ(おれ)の知識にはない。だが、それに関わった奴がどうなるのかは知っている。


「無許可で売買しただけでも間違いなく死罪ってくらいの代物だろ。普通ならDランクとかには回ってこないような大事(おおごと)じゃないか」

「麻薬として使うつもりだったのかは分からないけどね。鎮痛剤としても取引制限が掛かっているから、そちらの用途が目当てだったのかもしれない。あの工場で作られていたのは、麻薬でも麻酔でも使える状態だったからね」


 一体何の違いがあるんだと言いたくなるが、麻酔として使いたかったと言われても納得はできる。


 タルボットも細剣の男もいわば改造人間のようなものだった。その施術のために麻酔が必要になるので大量に確保しておきたい――そんな理由も充分にありうるだろう。


「……俺もひとつ疑問が解けたよ。居場所がバレるリスクを負ってまで、どうしてレオナを撃ち落としたのかずっと不思議だったんだけど……」


 透き通るような空を見上げる。森と岩山の間に広がる開けた土地は、空から見ればきっと目立つに違いない。


「あのまま空からの探索を続けていたら、俺達は間違いなくこの畑を見つけていたはずだ。それを防ぎたくて一か八かの賭けに出たんだろうな」


 俺達の知らないうちに、目と鼻の先で世界の闇とでも呼ぶべきモノがうごめいていた。そう考えると少し怖気(おぞけ)がする。


 正式なCランク昇格、そしてBランクへの昇格と進むにつれて、受諾可能な依頼の重要性がどんどん増していく。俺達もいずれはこの手の大規模な事件に自分から首を突っ込んでいくことになるのだろう。


 だからこそ、今のうちに覚悟は固めておくべきだ。俺はそう心に誓った。

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