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113.呪詛の文様

 レオナとクリスは獣化したルイソンの背に乗り、俺とエステルは空中を滑空する三日月刀(シャムシール)をサーフボードのように操って木々の間を縫うように飛ぶ――目的地はレオナを矢で狙撃した人物がいた岩山。この速度なら十分と掛からず到着できるだろう。


 もちろん、場所を知っていてなおかつ三日月刀(シャムシール)を上手く操れる俺が先頭を飛んでいる。いわば後続のための誘導役だ。調子よく木々を避けて飛び続けていると、後方からエステルが追いついてきて横に並んだ。


「どうした?」

「ちょっと気になることがあるんです……レオナを射ったっていう人、どうしてそんなことをしたんでしょう」

「どうしてって……敵の偵察だと思ったからじゃないのか」

「『鳴いた雄鶏(おんどり)から狐に噛まれる』って言うじゃないですか。レオナを射たなかったらそこに人がいるってバレなかったはずなのに、どうして余計なことをしたのか気になって……」


 クリスが射たれたという衝撃が強くて意識から漏れていたが、言われてみれば確かに奇妙だ。


「そうだな……確実に仕留められると過信していたとか……いや、敵を過小評価するのはよくないか」

「わざと注意を引こうとしたっていう可能性は?」

「考慮した方がいいだろうな」


 敵が俺達を迎え撃つつもりだとしたら、あえて姿を晒して有利な場所へ誘導したがっている可能性も考えられる。


 仮にそうだとしても、俺達にはそれ以上の手がかりがない。諦めて帰るという選択肢を選ばないのであれば、罠かもしれないと理解した上で乗り込むより他にない。もちろんそれは最初から覚悟できている。


 そんなことを考えながら森の中を飛んでいると、やがて(くだん)の岩山が視界に飛び込んできた。


「あれだ。そろそろ準備を――」


 振り返って後続に声を掛けた瞬間、巨狼(ルイソン)の背中にまたがっていたレオナがぐらりと体勢を崩し、受け身も取れずに地面に転がり落ちた。


「レオナ!」

「ルイソン、止まって!」


 同乗していたクリスがすぐさま跳び降りてレオナに駆け寄る。俺は《滑空の三日月刀》を急ターンさせて二人のところまで飛んでいった。


 レオナは落下したときに打ち付けた箇所ではなく、矢を受けた左肩を押さえて苦痛に顔を歪めていた。


「まさか傷が開いて……いや、矢に毒が……!」

「失礼、服を切らせてもらうよ」


 クリスがレオナの服を切り開こうと短刀を取り出し、肩口に走らせる。レオナは注射を我慢する子供のような表情で目を閉じて顔を背けた。


 原因は聞いていないが、レオナは短剣や短刀の類が極端に苦手だ。恐怖症と言ってもいい。俺はそれを知っていたので、少しでも落ち着かせるために右手を強く握った。


 服の肩口が切り開かれて白い肌が露わになる。

 矢が刺さった箇所を中心に、ドス黒い(いばら)のような(あざ)がくっきりと浮かび上がっていた。


「なんだ、これ……!」

「呪詛の文様だ。カイ、レオナが受けた矢の現物はあるかい」


 クリスの表情が険しさを増す。俺はすぐに鞄から例の矢を取り出した。


「矢は普通の素材みたいだね。ということは弓だけの装備カードか使い手の肉体を基点に発動するスキルか。とにかくレオナはその矢で呪いを受けたんだ」

「呪いだって? ……くそっ、対処できそうなカードがストックにないぞ……これまで一度も見たことがないだなんて……!」

「《解呪》系のカードは教会が優先購入権を持つ特別指定カードの一種だ。ギルドショップには絶対に並ばないよ」


 クリスはレオナの素肌に触れながら文様をまじまじと観察し、やがて安堵の息を吐いた。


「この形状、呪いとしては弱い部類だ。条件を満たしたときに苦痛を与える程度の効果しかないと思う。ハイデン市まで戻らなくても、近場の教会で《解呪》を掛けてもらえば跡形もなく消えるはずだ」

「そうか……よかった」

「安心しました……!」


 やや遅れて追いついてきたエステルも、ほっと胸を撫で下ろしている。

 レオナは左肩を押さえながら立ち上がり、止まって待っていてくれた巨狼(ルイソン)の方へ歩き出した。


「お、おい。大丈夫か?」

「ええ……矢が刺さったときと変わらない痛みだから。急に痛みだしたから驚いて落ちちゃっただけ」

「痛覚反復系の呪詛だね。治ったはずの傷がいつまでも痛み続けるという類の嫌がらせだ」


 痛いことには痛いが戦線離脱するほどではないということか。本音を言えば大事を取って休んでもらいたいが、口には出さずに移動を再開することにした。


 出血もなくただ()()だけなら普通の負傷よりも遥かにマシだ。たったそれだけの理由で戦力から外すのはいくらなんでも過保護すぎるし、レオナのプライドも傷つけてしまうだろう。


「迎撃は……今のところ来ないな」


 森を抜けて岩山の(ふもと)に到着する。それなりの高度を飛んでいたレオナに矢を当てられたのだから、視界さえ通れば俺達を狙撃できるはずだ。


 岩山を登る道を前に《滑空の三日月刀》を解除し、一旦みんなと合流する。ルイソンも《ジャイアントグロウス》の効果を解いて人狼の姿に戻っている。


 この岩山をどう攻め上がるか――戦術について相談している最中(さなか)、俺はレオナの様子がおかしいことに気が付いた。苦痛を我慢するように小刻みに息をして、額には汗が滲んでいる。


「どうした、痛むのか」

「ううん……平気……」

「待ってろだの戻ってろだの言わないから。本当のことを言ってくれ」

「……痛みが強くなってる。あの山に近付くにつれて……かな」


 それを聞いた瞬間、クリスが「まさか」と声を上げ、左肩を押さえていたレオナの右手を引き離した。左肩の痣がさっきよりも広がっている。まるで茨が伸び広がって地面を覆っていくかのように。


「呪詛の発動条件が使い手への接近なのかもしれない。近付けば近付くほどに痛みが強くなるのだとしたら、これ以上の接近は危険かも……」

「だが裏を返せば」


 ルイソンがにわかに牙を剥いて笑う。


「痛みが激しくなる方向に敵がいるってことだ。ちょうどいいじゃねぇか。向こうが勝手に居場所を教えてくれるようなもんだ」

「けど、そのためにレオナを……!」


 思わず声を荒げた俺を、ルイソンは更に強い語調で制した。


「そっちのパーティのリーダーはお前かもしれねぇが、俺を含めた臨時パーティの責任者は俺だ。その立場から言わせてもらうぜ。呪詛を逆手に取って追い詰めるか、それともここで待機するか……まずは呪いを受けた本人が考えろ」

「私が……?」

「ああそうだ。冒険者として上を目指すなら、テメェ自身の命運を他人に委ねるもんじゃねぇ。それが許されるのは兵隊くらいだ。奴らは戦って死ねと命令されたら死んでくるのが仕事だからな」


 口調が荒くドスの利いた声色だが、発言の内容自体は至って理性的だ。沸騰仕掛けた頭を落ち着かせるには充分過ぎるくらいに冷静な助言だった。


「だが俺達は冒険者だ。リーダーの判断を待つんじゃなくてガンガン意見をぶつけ合え。自分がどうしたいのかをハッキリ伝えろ。話はそれからだ」


 レオナはルイソンの助言を受け、数秒だけ考え込んでから、まっすぐ俺を見据えて口を開いた。


「私は、戦いに参加したい。呪いを受けたところは凄く痛いけど、左手はちゃんと動かせるから。この前みたいに途中で離れ離れになって役に立てなくなるのは嫌なの」


 グロウスター領における戦いのことを言っているのだろう。あのとき、俺とレオナはタルボットとの交戦で地下通路が崩落したことで分断され、結局そのまま合流することなく事件の解決を迎えてしまった。


 俺にとっては『自分に降り掛かった最難』という認識だったが、レオナにとっては戦いから締め出されたことが心残りになっていたのだろう。


 レオナがそんな風に感じていたなんて初めて知った。ルイソンの言うとおり、お互いの意見をぶつけ合わなければ見えてこないものもあるということだ。


「……分かった、このまま五人で行こう。ルイソンもそれでいいですか」

「当然だ。ついでに一つ言っておくが……」


 ルイソンは立てた親指で肩越しに俺を指しながら、レオナに向き直った。


「体調不良は真っ先にリーダーに伝えてやれ。そうしねぇと、リーダーは仲間全員のコンディションが万全だって前提で計画を練っちまう。隠してもろくなことにならねぇ。最悪、そのせいで死人が出るぜ」

「……ごめんなさい」


 レオナは素直に謝り、俺に向けても頭を下げた。


「ごめん……変な意地張って、大事なこと隠したままにするところだった」

「いいよ、次からはお互いに気をつけような」


 なんだろう、物凄く懐かしい感覚がする。

 ふと俺は遠い昔の記憶を思い出していた。カイ・アデル(今の俺)が生まれるよりも更に前、新堂海(前の俺)の死よりも十年以上遡る。そう、両親が借金を背負うより前の、(おれ)がまだ高校生だった頃。


 クラスの女子がちょっとした報告不備で軽いトラブルを起こし、俺がそれに巻き込まれたときに、見た目と名字からクマ山と呼ばれていた体育教師が、ルイソンと同じようなことを言って女子を叱っていた。


 こんなに昔のことを思い出したのは久し振りだ。現代日本と神聖帝国、高校生と職業冒険者という違いはあるが、本質的に大事なことはあまり変わらないのだろう。もちろん、冒険者の方は命に関わる問題なわけだが。


「んじゃ――改めて行くとするか」


 ルイソンを先頭に岩山の登山道へ踏み込む。道なき道ではなく、雑とはいえ()が整備されている時点で、少なくない人間がここを利用しているのは確定だ。


 山肌に沿った岩の道を駆け上がる。百メートルほど先を木製のバリケードが塞いでいるのが目に映った。それだけならいい。人間がいて防陣を敷いているならバリケードくらいあって当然だ。


 しかし、その後ろから顔を出してこちらを伺っているのは、まぎれもなくゴブリンの群れだった。

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