11.冒険者ギルド(3/3)
ホールの壁には何枚もの掲示板がずらりと並び、依頼内容を記した紙が適正ランクごとに張り出されている。
Eランクの掲示板に向かおうとした矢先、俺は受付カウンターの横に店のようなものがあったことに気が付いた。
「何の店だろ」
深く考えずに店の中を覗き込む。
店舗内には陳列台いっぱいのカードが並んでいた。
《料理》《双剣術》《軽業》《鍵開け》《乗馬》《多重詠唱》《槍術》……
《アイスボール》《ダークミスト》《ファイアウォール》《パラライズ》……
《巌の大盾》《制式直剣》《ハンドレッドダガーズ》《死神の鎌》……
スキル、スペル、装備。大量のカードの情報が俺の中に――正確に表現するなら俺の中の《ワイルドカード》に流れ込んでくる。
「まさか……!」
俺は慌てて物陰に駆け込んだ。そして《捕縛》をコピーしていた《ワイルドカード》を呼び出し、表面を撫でるようにして別のカードに切り替える。
現れる金色のカード。SRスペル《多重詠唱》。
《ワイルドカード》は一度でも目にしたことのあるカードをコピーできる。さっきの一瞬で、俺は店中のカードをコピーのストックに加えてしまったのだ。
「はは……まさかここまでチートだなんて」
想像以上の効果に興奮が収まらない。
俺は弱い奴を食い物にする犯罪者は大嫌いだが、別にズルいことを全否定しているわけじゃない。弱い相手から搾取するのでないのなら、積極的にギリギリを攻めていくべきだと思っている。
そういう覚悟で稼がなければ、借金返済なんて夢のまた夢なのだから。
「……気を取り直して。俺にもできそうな依頼を探さないと」
改めて、Eランク用の依頼掲示板をチェックする。
薬草の採取。指定の動物の狩猟。店の手伝いとしか思えないお使い。街の清掃。喧嘩の代行。収穫の手伝い。薪集め。その他アルバイト同然の仕事の数々。
「やっぱりこれだけ見たら何でも屋だよな」
ギデオンは何でも屋呼ばわりされてヘコんでいたが、Eランクの依頼はみんなこの調子だ。
冒険者全体におけるEランクの割合が高いなら、世間一般の冒険者のイメージが何でも屋でも仕方がないのではないだろうか。
「最初の仕事は……小手調べにこれでいこうか」
薬草採取。どこからどう見てもお手軽な仕事だ。依頼主が違う似たような依頼もたくさん張り出されているあたり、需要の多い仕事に違いない。
俺は数ある薬草収集系依頼の中でも、要求量と報酬額を比べて最も効率のいい依頼を選択した。
報酬は採集した量によって上下し、最大で二百ソリド。夜までかけて一万円なら悪い収入じゃない。
そのうち三割はギデオンへの返済に回るから、実際に貰える金額は七千円相当の百四十ソリド。今夜と翌朝の食事と一晩の宿を確保するには充分だ。借金の方は六十ソリドしか減らないので焼け石に水だが。
こんな依頼だけで借金を返そうと思ったら、一日二回依頼を受けても十年くらい掛かってしまう。一日一回しかありつけなければその倍だ。低ランクの仕事はランクアップのための下積みと割り切ろう。
「依頼を受けられるんですね。こちらへどうぞ!」
掲示されていた紙を取って受付カウンターに戻ると、パティとは違う係員が受付をしていた。
俺とさほど変わらない年頃の少女だ。髪を後頭部で括った髪型からは快活そうな印象を受けるが、ほんわかとした顔立ちはむしろおっとり系だ。
「初めてなんだけど、ここで紙を渡せばいいのかな」
「新人さんですか。私マリーって言います。よろしくお願いしますね」
「よ、よろしく……」
マリーと話していると何だか気持ちが落ち着く気がする。そういうスキルカードでもセットしているのだろうか。
「依頼を受けるときは、掲示してある受付用紙とご自分のギルドカードを係員に渡してください」
「ギルドカードか。さっき貰った奴だよね」
セットしていたギルドカードを身体から取り出し、受付用紙と合わせてマリーに渡す。マリーは受付用紙に手早く記入すると、カウンターの上に置いてあったミニ祭壇のような装置にギルドカードを乗せた。
「……はいっ、記入完了です! 進行中の依頼はステータスで確認できるので、いつでも内容を確認できますよ」
「それじゃあ試しに……ステータス、っと」
空中に出現したステータス画面の右下の数字が、1/2から1/3に変わっている。何となく仕様を察し、画面を3/3までスライドさせる。
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【進行中の依頼】
[満月草の収集] ランクE
依頼主:ホワイト調薬店
期限:本日中
報酬:一株四ソルド(最大二百ソルド)
内容:
ハイデン市近郊の森で満月草を収集する。
見た目の似た毒草を誤収集した場合、
その株は報酬額に反映しない。
3/3
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報酬は薬草一株四ソルド、つまり二百円相当だ。他の薬草収集依頼が一株あたり一ソルドや二ソルドなのと比べるとずいぶん効率がいい。
「満月草の収集ですか。報酬は高いけど大変ですよ? 群生地は見つけにくいし、よく似た毒草も生えてますから。一生懸命集めたのに全部毒草だったって人もいるくらいです。カイさんはこの依頼に適したスキルを持っていないようですけど……本当に大丈夫ですか?」
マリーはミニ祭壇のような装置から出てきた紙片を見て首を傾げた。
どうやらあの装置には、ギルドカードへの書き込みと同時にセット中のカードの内容を記録する効果もあるらしい。
「ああ、やっぱり高いだけの理由はあるのか。専門のカードがないと無理かな」
「無理じゃないですけど……《探索》や《採集》のスキルがないと探すだけでも一苦労ですし、《鑑定》スキルや専門知識系のスキルがなかったら、本物かどうか判断することもできませんから」
まるで俺が薬草集めすら満足に出来ないような言い方だが、マリーに悪意があるわけではない。至って当たり前の反応だ。
才能の有無はこの世界ではとても重要な要素だ。仮にカードがなくても海の生きた世界の素人と同じくらいのことはできるのだが、その程度ではカードを得たばかりの子供の足元にも及ばない。
そういう連中を想定して依頼が出されているわけだから、カードを持たない奴が依頼を受ければ苦労して当然。マリーはそれを心配してくれているのだ。
「大丈夫、秘策があるんだ」
《鑑定》や《探索》のカードがなくても問題ない。俺には強い味方がいるのだから。