108.小鬼討伐
廃墟の寒村を基にした拠点で一夜を過ごし、夜が明けてすぐにゴブリン討伐へと出発する。
その前に村の中をぐるりと見て回ってみたのだが、昨日からずっと感じていた違和感が更に増す結果にしかならなかった。やはりこの村は普通ではない。上手く言葉にはできないけれど、妙な引っ掛かりを感じてしまう。
「拠点になった村のこと、そんなに気になるんですか?」
「気になるというか……本当に村として成り立ってたのかなって思ってさ」
村を離れ、五人で列を成して道なき道を歩きながら、いまいちピンと来ていない様子のエステルに軽く説明をする。
「あそこの地形は村の拡張が難しいんだ。崖面や傾斜のきつい斜面に囲まれてるから、建物を増やせば過剰な過密度になってしまうし、畑も広げられないから食料も自給できなくなる。どうしてあそこに村を作ったのか不思議なくらいだ」
こういった知識は故郷での生活で培ったものだ。
アデル村は歴史の浅い発展途上の村なので、必要に応じて畑を広げたり新しく家を建てたりといった出来事がよくあった。親父は俺を将来の村長にしたかったらしく、読み書きだけでなくそういった知識を叩き込んでくれた。
村の建物と畑の面積を見比べる限り、あの村はぎりぎりだ。出産や移住で人口が少しでも増えれば、他所からの調達に頼らなければ毎日のパンすら焼けなくなるだろう。
「俺ならあそこに村は作らない。切り出した原木の加工場にするだろうな」
「つまり、あの村に住んでいた人達は『村を大きくするつもりなんて最初からなかった』ってことですか」
「隠遁でもしてたのかもしれねぇな」
そう口を挟んだのはルイソンだった。
「晴耕雨読って奴だ。テメェら自身が食っていけるだけのメシをテメェらで育てて、のんべんだらりと死ねりゃあいい。そう考える奴は珍しくもねぇ。俺に言わせりゃ反吐が出る生き方だがな」
ルイソンの拘りはともかく、納得のいく説明ではある。村を発展させようという視点では不適でも、必要最小限の土地さえあればいいと考えるなら最適だ。
ただ、晴耕雨読がしたいだけなら周囲の村でも充分な気はするが。
「……っと、無駄口は終わりだ。ゴブリン共の臭いが濃くなってきたぜ」
カナート山周辺の森は常緑樹林なので、冬になっても緑が生い茂っている。これが落葉樹林なら、高いところから見渡せばゴブリンの住処を目視できたかもしれないが、現状ではルイソンの嗅覚が一番の発見手段だ。
もうしばらく森の中を歩いたところで、ルイソンが立ち止まるように合図した。
斜面を下った先に大きな窪地があり、そこに葉っぱを付けたままの枝を組み合わせた小屋のようなものが幾つも並んでいた。人間の住居にしてはやけにシンプル過ぎる。
その周囲をうろついている生き物も人間ではない。背丈は人間よりもやや低く、全身がくすんだ色の分厚い表皮に覆われている。更に耳と鼻が尖っていて、ゴブリンと名付けられたのも納得の外見だ。
ただ、いわゆる小鬼のイメージとは違って、下半身には猿と同じ剛毛がびっしりと生えそろっている。まるで毛皮のズボンでも履いているかのようだ。
「ゴブリンって奴ぁ、猿から変異して数世代のうちは毛皮が残ってるもんだ。代を重ねるごとに毛皮が減って、耳と鼻が尖っていって、最終的には昔話の挿絵みてぇな見た目で固定される」
つまりあれは完全なゴブリンになりつつある途中の世代ということか。
ここから見える数は五体か六体。槍を握っているように見えたが、よく見るとあれは農具だ。鋤や鍬などの農作業に使う手持ちの道具を、まるで武器のように持って歩き回っている。
ゴブリンはある程度であれば人間の道具を扱えるという。察するに、村を襲ったときに農具を奪ったものの、本来の用途を理解できずに武器として使っているのだろう。
「所詮は猿真似だ。挟み撃ちにして一匹残らず仕留めるぞ。カイ・アデルは俺と一緒に裏へ回り込め。後の三人はここに残って、攻撃が始まったら思いっきり殴り込め」
「了解です。そっちの指揮はクリスに任せてもいいかな」
本当はBランクであるという点を差し引いても、三人の中ではクリスが一番冒険者としての経験を積んでいる。
レオナとエステルも俺の提案を承諾してくれたので、二手に別れてゴブリンの住処への襲撃準備を開始する。物音を立てないよう注意しながら、窪地の周囲を迂回して発見地点と正反対の位置まで移動する。
「ゴブリンって、襲撃を仕掛けたら迎え撃って来ますか? それとも戦わずに逃げ出すとか」
「連中の凶暴性に雌雄の違いはねぇ。オスだろうとメスだろうと襲撃に参加するし、外敵には牙を剥く。幼体はねぐらの中に引っ込んで出てこねぇ。まぁ、最前線で戦うのは魔石二個の兵隊アリみてぇな個体だがな」
「……それならいいんです」
少しだけホッとした。弱い個体を逃がす性質があったなら、挟み撃ちを担当する三人に戦えない奴らの処理を任せることになっていたところだ。流石にそれは気が引ける。
「くはっ! まずはこっちにゴブリンの群れが殺到するってのに『それならいい』と来たか。苦戦する方が嬉しいってんなら、オメェも大概物好きだな」
何やらルイソンは俺の反応を誤解しているようだ。しかしあえて訂正はしない。向こうの三人に無惨なことをさせずに済んで安心した、なんて言ったら呆れられてしまいそうだ。
懸念も消えたので戦闘準備を手早く済ませる。《始まりの双剣》に《エレクトロスタン》のスペルカードを重ね合わせ、波打つ刀身を持ち微弱な電流を帯びた双剣に変化させる。
ルイソンの筋肉が膨張し、四肢が獣人のモンスターじみた様相に変形する。前日のうちわせで聞いた話だが、これはデミウルフの身体機能ではなく、ルイソン個人が保有しているスキルカードの効果らしい。
グロウスター邸の戦いでも垣間見たが、ルイソンの戦闘スタイルは純然たる肉弾戦特化だ。ただでさえ高い身体能力をスキルカードでブーストし、肉体の形状を武器に変え、《ジャイアントグロウス》などの強化・変化スペルも活用する。
本人曰く、これらは生まれ持った十枚のカードではなく、冒険者になってから集めたカードによるものだという。肉弾戦が気質に合っていたので、カードショップで購入したり仲間内で未使用カードをトレードしたりして仕上げたそうだ。
「いくぜ、遅れんなよ!」
猛然と駆け出すルイソンの背中を追って、原始的な集落のようなゴブリンの住処に突入する。
手近にいた見張りのゴブリンがルイソンの爪に引き裂かれる。更にもう一体を叩きのめしたところで、異変に気付いたゴブリン達が一斉に騒ぎ出し、こちらに殺到した。
「数の暴力で押し切ろうってか。予想通りだ」
俺は双剣の片割れを投擲し、増援のゴブリン達の行く手に突き立てた。直後に双剣が帯びていた《エレクトロスタン》の効果が誘発して、二十体近いゴブリンの群れに電流を浴びせ、一時的に動きを停止させる。
その隙に《エレクトロスタン》との融合を解除しつつ、《ワイルドカード》のコピー対象を《オートマティック・クロスボウ》に切り替え、群れの側面に短矢の雨を容赦なく撃ち込む。
一般的なCランク冒険者が百パーセントの勝率で勝てるのは、獲得魔石数が三個分まで。この経験則に従うと、俺とルイソンが一度に相手取って確実に勝てるのはゴブリン六体までだ。
それ以降は一体ごとに数パーセント程度とはいえ、不覚を取る危険性が増えていき、二十体全てを正面から受け止めれば勝てる確率の方が低くなる。
だからこそ、目の前の二十体前後の群れは一度には相手取らない。《エレクトロスタン》で麻痺させて連携を崩し、広範囲攻撃で一気にダメージを与え、着実に敵戦力を削っていく。
これがもしも『二十個もの魔石を持つ強大な魔獣』なら俺達に勝ち目はなかったに違いない。たとえゴブリン二十体が相手でも、確殺できる一対一が二十回なら負けることはない――この理屈が通用する戦況だからこその圧倒だ。
「……っと。やっぱしぶとい奴がいるな」
俺は《オートマティック・クロスボウ》の連射を止めて《ワイルドカード》を別の装備カードに切り替えた。
ゴブリンの表皮は革鎧のように固くなっているらしく、人間と比べて短矢の効きが悪い。比較的小柄な個体――恐らくは魔石一個相当のゴブリンにはある程度のダメージを与えられているが、魔石二個相当の大柄な個体はさほど堪えていないようだ。
傷ついたゴブリンの群れが怒り狂って俺の方へ走り出す。直後、その横っ面を氷の散弾が殴り付けた。
「ナイスタイミング。作戦成功だな」
フレイムランスが巨体を焼き焦がし、目にも留まらぬ細剣が数体のゴブリンに刀傷を刻む。そこにルイソンが豪腕を振るい、ゴブリンの群れを確実に崩壊へと導いていく。
その猛攻を潜り抜けた兵隊ゴブリンの一体が、丸太をそのまま切り出したかのような棍棒をぶん回しながら、俺めがけて突っ込んできた。
「いい機会だから、色々試してみるか」
棍棒が振り下ろされたその瞬間、俺は軽やかに宙を舞った。
装備カード《滑空の三日月刀》。大錬金術師エノクとの戦いで、白い少女達のメガレーが使っていた特大サイズの三日月刀。俺はその柄を握り、刀身に足を置いて、風に乗ってサーフィンでもするかのように空中を上昇していた。
そしてゴブリンの真上で上昇を止め、柄を握ったまま一気に急降下。落下の勢いと下方向への飛翔の加速を足し合わせ、湾曲した刃でゴブリンを文字通り頭から真っ二つに斬り裂いた。
二つに分断されたゴブリンの死体がありったけの血液を噴き出して倒れる。完全に絶命した肉体から魔力の淡い光がにじみ出たかと思うと、空中で凝固して二つの魔石となって地面に転がった。
「魔石ってこんな風に出て来るんだな……」
俺はそれを拾い上げて感慨深く眺めた。これをギルドハウスに持ち帰れば祝福に変えられる。あらゆる人々が欲しがって止まない新たな才能に。




