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107.討伐前日

 一週間の馬車移動を終え、たどり着いた先は人里離れた山の中。里山と呼ぶには自然が色濃く残り過ぎた環境だ。これならアデル村の方がまだ開けた土地だと言えるだろう。


 しかし、こんな土地にも人は住んでいるらしく、踏み固められた土の道が森の奥まで続いている。


「依頼主とはこの奥の集落で落ち合う予定だ」


 ルイソンの先導で森の中を歩き、山間の小さな集落に到着する。

 その村は一目で『普通じゃない』と理解できる有様(ありさま)だった。まず第一に集落全体が防柵で囲まれている。鋭く尖った丸太を立て、押し倒されないように斜めの支えも付けた本格的なものだ。


 害獣を防ぐため畑に柵を立てるのは珍しくないが、これは明らかに防衛用のものだ。戦争でも始めようかという気迫すら感じる。


 ルイソンは門番をしていた村人に近付くと、狼の姿と巨体に怯えられていることなど一切気に留めず、さっさと中に入れるよう要求した。


「冒険者ギルドから来たモンだ。ほら、こいつが契約証書だ。もたもたしてっと勝手にぶっ壊して入るぞ」

「お、お待ちしてました! どうぞ!」


 村の中に入ってみると、やはり違和感を覚えずにはいられなかった。


「妙だな……」

「何か気になるの?」


 ずっと感じていた疑問をレオナに説明する。


「集落が小さい割に守りが堅すぎる。ほら、民家なんて十軒あるかどうかだろ。それなのに防柵を立てて見張りを何人も……俺の生まれた村もそうだったけど、寒村にはここまでする余裕はないもんだ。普通はね」


 防柵も見張りも、それ自体には生産性が全くない。余裕のある村が作物を守るための投資としてやるならまだ分かるが、寒村ではその労力も生産に注ぎ込まなければ()()()()()()()はずだ。


 見張りの男が集落で一番大きな建物に案内する。アデル村でもそうだったが、ここが村長の家で村役場も兼ねているのだろう。


「邪魔するぜ」


 無遠慮に玄関を潜るルイソン。集会所を兼ねたリビングに集まっていた男達が心底驚いた様子でルイソンを見上げた。


「失礼します。ゴブリン退治の依頼を受けて冒険者ギルドから来ました」


 続いて入ってきた俺と、見た目華やかな女性陣を見て、男達は揃って安堵の表情を浮かべた。


「ああ、よかった。冒険者が来たならもう安心だ」

「一時はどうなることかと……」

「苦労話を聞いてやりに来たんじゃねぇんだ。まずは現状を説明しろ」


 ルイソンは空いていた椅子に勝手に腰掛けた。百キロを優に超える重みを受けて、ボロボロの木の椅子が悲鳴を上げる。


 男達は大慌てで近隣の地図を広げ、この地域が置かれている状況を説明し始めた。


 まず、この依頼は一箇所の村が単独で出した依頼ではない。カナート山周辺の十箇所の村落から資金を集めて出した共同依頼だという。費用だけでなく人員も各村からの持ち寄りで、見張りや集会場の男達はそれぞれの村から集められた代表者らしい。


 彼等が直面している問題は、カナート山に巣食ったゴブリンの群れだ。奴らは近隣の村々を餌場と見定め、冬のために貯め込んだ食料を奪いに来るという。


「……あれ……?」


 説明を聞きながら地図を眺めていた俺は、ふと奇妙なことに気が付いた。


「すいません。地図には集落が十一箇所描いてあるんですけど、協力しなかった村があるんですか?」


 そう尋ねた途端、男達の表情が露骨に曇った。何かがあったんだなと一目で分かる反応だった。


「この村は滅ぼされました。ゴブリンの襲撃に耐えられなかったのでしょう。突然連絡が途絶え、何かあったのかと様子を見に来たときにはもう……」

「それでいよいよ危機感を強め、合同で依頼をするという運びになりました」

「ゴブリンの生息地に最も近い集落でしたので、跡地をゴブリンに対抗するための拠点に改造したのです」


 村の様子に違和感を感じたのは間違いではなかった。ここは既に人が暮らす場所ではなく、戦いに備えた陣地に作り変えられていたわけだ。


「そういうことなら話は早えぇ。ここを拠点にさせてもらうぜ」


 ルイソンの要求に反対する人はいなかった。むしろ最初から冒険者に提供するために拠点化を進めていたのだろう。


 この世界では、性別や年齢の違いは戦闘能力の決定的な差にならない。生まれ持った体格といった基礎ステータスの差異は《ステータスアップ》などのカード一枚であっさり埋まってしまうし、戦闘向きのカードがあるか否かで強さが格段に変わってくる。


 簡潔に言ってしまえば、そういったカードを持たない寒村の男よりも、戦闘向きのカードを持つ冒険者の少女の方が遥かに強い。冒険者ギルドに依頼を出した以上、どう転んでも自分達よりも強い連中がやって来るのは確実だ。


 それなのに、わざわざ自分達が拠点に陣取って戦おうとする馬鹿なんているわけがない。


「んで、被害状況はどうなってる。持って行かれたのは命と食い物だけか?」

「何もかもです。我々が調べに来たときには何も残されていませんでした」

「死体や金目のものは?」

「ありませんでした。建物のあちこちが壊されて、そこら中に血が飛び散っていただけで……」


 文字通りの()()()()か。大金を用意してまで冒険者を雇った理由がよく分かる。言葉の通じない盗賊に狙われているようなものだ。


「分かってんのはそれだけか。まぁいい、討伐は明日の朝からだ」


 まだ降雪がないとはいえ、季節は冬。日没が早く気温も低いので、今から山を歩き回るのは難しい。


 幸いにも、この拠点は元々村として機能していた場所。建物はこの辺りの寒さを(しの)げる造りになっていて、破損部分も既に修復されている。野宿よりもずっと快適に夜を明かすことができるだろう。









「さて、と」


 討伐が明日からなら、今夜はその準備期間だ。腹ごしらえくらいはきちんとしておいた方がいい。


 討伐の拠点として改修されただけあって食料もきちんと用意されている。せっかくなので《ワイルドカード》で《料理》スキルをコピーして、保存食を使った夕食を作ることにした。


  材料は干し肉と干し野菜。調味料はあまり置かれていないが干し肉の塩気と旨味で多少は味が整うだろう。


 大鍋で材料を煮込んでいると、拠点の外を見て回ると言っていたルイソンが肉の塊を持って戻ってきた。


「下見のついでに狩ってきた鳥肉だ。こいつも飯にしてくれ」

「随分と気合の入った『ついで』ですね。解体はもう済んでるんですか」

「とっ捕まえてすぐにな。スキルがあるなら作れるだろ」


 コピーした《料理》スキルがあるので調理自体は余裕だが、ここの設備と手持ちの素材ではそれなり程度の仕上がりが精一杯だ。


 しかしそれでも、干し肉ではない普通の肉を食べられるのは心が躍る。


「ところで、さっきの村人連中の話、何か違和感がなかったか」


 食卓の椅子に腰掛けたルイソンが、不意にそんな質問を投げかけてきた。

 声の調子からすると、別に相談を持ちかけているわけではなく、自分と同じことに気付けているかを確認しようとしているようだ。


「違和感ですか。あえて言うなら……金目の物も奪われたっていう辺りですね。ゴブリンって現金まで持っていくものなんですか?」

「そう、そこだ」


 ルイソンは強い口調で肯定した。


「ゴブリンってのは金銭の価値を理解しねぇ。金貨や銀貨なら『光っててキレイだ』とか考えて拾っていくかもしれねぇが、銅貨まで根こそぎ持ち去っていくのは不自然だ。村の連中はそういうモンだと思い込んで疑問を覚えなかったようだがな」

「だとしたら、この村を襲ったのはゴブリンじゃなくて人間ってことですか」


 考えてみれば充分にありうる可能性だ。そもそも、この村をゴブリンが滅ぼした根拠は状況証拠しかない。


「ゴブリンの被害を受けていた村が山賊の類に襲われる。泣きっ面に蜂だがなくもない話だ。明日は予定外の敵と殺り合うハメになるかもしれねぇが、そこんとこ覚悟はできてるか」

「もちろん。ありうるとしたら山賊や盗賊なんでしょう? だったら……」


 鳥肉の硬い部分に包丁を勢い良く叩き下ろす。まな板と包丁が激しくぶつかる音が居間に響いた。熟成が進んでいないせいか、肉を切り離すのにやたらと力が必要だ。


「頼まれなくても叩き潰してやりますよ」

「お、おう……」


 なぜか少し引かれてしまった気がする。別におかしなことはしていないはずなのだけれど。

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