102.冒険者とは(1/2)
帝都の商店街で土産物を買い込んだ後で、俺はクリスに連れられてギデオンの家を訪ねた。
高級住宅街という立地に見合った立派な邸宅だ。ギデオンのイメージに合うかどうかはともかくとして、冒険者ギルドでトップクラスの地位に立つ人物の自宅としては相応しいように思える。
「中に入ったらびっくりすると思うよ。あの人の趣味が詰め込まれてるから」
「そんな大袈裟な」
しかし玄関に上がった直後、俺は驚きに言葉を失った。
豪華な玄関と廊下に、使い込まれた武器や防具がまるでインテリアのように飾られている。豪邸の典型的なイメージ像では鹿の頭の剥製が壁に掛けられていることが多いが、ここにあるのは魔獣と思しき正体不明の獣の剥製だ。
ガラス棚には手の平サイズで色々な形や色合いの鱗が飾られている。本体の大きさがどれくらいになるのか想像もつかない代物ばかりだ。
虎や白熊の毛皮をカーペットのように敷くのは聞いたことがあるが、この部屋の床に敷かれているのはそれより一回りも二回りも大きな見たこともない生物の毛皮だった。
「あの人は魔獣討伐で名を挙げた昔ながらの冒険者なんだ」
やはりこれらは魔物の体の一部らしい。俺にはどんな生き物の部位なのか想像もつかないが、魔物と言うからにはかつて戦ったナイトウルフのような化物揃いなんだろう。
部屋の内装を興味深く見て回っていると、隣の部屋から家主がひょっこりと顔を出した。
「なんだクリス、帰ってきてたのか」
「つい先程戻りました。一人泊めたいのですけど、よろしいですか?」
「おお、カイ・アデルか」
ギデオンは俺の姿を認めるとワイルドな笑みを浮かべた。
前に会ったときのような鎧姿でも、昼間の面談のときの装束とも違う、リラックスした雰囲気の服装だ。余計な飾りがない分、服の下の屈強な肉体がありありと見て取れた。
「お、おじゃましてます」
「ふむ、予想外の来客だな。いいだろう、今日の晩メシは俺が作ってやる」
そう言うなり、ギデオンはすぐにどこかへ行ってしまった。急すぎる展開に戸惑う俺に、クリスは軽く肩を竦めてみせた。
「来客に料理を振る舞うのはあの人の趣味なんだ。腕は悪くないと思うから付き合ってくれないかな」
「むしろありがたいくらいだけど……食事はいつもギデオンさんが?」
「普段は通いのお手伝いさんが用意してくれるよ。とはいえボクもあの人も留守にしがちなんだけどね」
職業柄、冒険者は長旅が多い。現役で活動している間は、自宅で過ごす時間よりも旅をしている期間の方がずっと長くなる。親子揃って冒険者となると、家に家族がいること自体が少ないのかもしれない。
何はともあれ、夕飯を食べさせてくれるというのはありがたい。このままリビングで待たせてもらおうと思ったところで、俺は廊下に繋がる扉のところから視線が送られてきていることに気が付いた。
「ん……?」
小奇麗な格好をした女の子がこちらを睨むように見ている。淡い金色の髪色に警戒心むき出しの表情……どこかで見たことがあるような気がするが、どうにも思い出せない。
「ただいま、ドロテア」
「ドロテア……あっ、そうか!」
思わず大きな声を上げてしまう。それに驚いたのか、少女はリスか何かのように扉の影に隠れてしまった。
「地下墓所の依頼のときの子か! あれからどうしたんだろうって思ってたけど、まさか帝都にいたとは……」
「まだ彼女の処遇が決まってなくてね。はっきりするまではここで預かることにしたんだ。戦後の混乱期ならともかく、今となっては未登録児童はレアケースだから役所も動きが鈍いんだ」
俺には無縁な話だが、だからといって無関心を決め込めるほど自分本位に考えられる性格でもない。ドロテアの境遇には同情心じみた感情が湧いてくる。
けれども、やはりそこ止まりだ。可哀想だと思っても、それ以上の行動に移そうと考えることはできなかった。担当の役人に引き渡せばそれでいいと思った俺と違い、クリスは自分自身の意思でここまで行動を起こしている。
どちらが正しいのかは分からない。きっと人によって評価が変わるはずだ。俺の考えを当然だと言う人もいるだろうし、クリスの行動を自己満足から来るお節介だと評する人もいるだろう。
だけど俺は、クリスのことを凄いと思った。客観的に見て正しいかどうかは関係ない。思ったこと、感じたことを実行に移せる行動力に感心したのだ。
「今日の夕食は四人で食べようか。久し振りに賑やかな食卓になりそうだ」
ドロテアに対するクリスの表情は、まるで本当の妹に向けられたもののように見えた。
やがて、テーブルにギデオン手製の料理が並べられていく。
どれも見るからに『男の料理』といったものばかりだ。ナイフとフォークで上品に食べる品ではなく、骨付きの鶏肉の炙り焼きや蒸した大粒芋に加熱したチーズを大量に掛けたものなど、量と食べごたえを重視したメニューとなっている。
それらに添えられているパンもかなり大きく、食いちぎるだけでもかなり苦労しそうだった。
……と言いつつも、個人的には好みの食事だ。新堂海ではなくカイ・アデルとしての好みになるが、腹が膨れてカロリーを摂取できて味も濃厚というのはかなりのクリティカルヒットである。
この世界、田舎暮らしは未成年でもとにかく肉体労働の手伝いをさせられ、冒険者になってからはスタミナ第一。当たり前に労働を続けているだけでも尋常でないカロリーを消耗するのだ。こういう食事が好みになるのも致し方ない。
「しっかり食えよ。冒険者は身体が資本だからな」
「ボクはそんなに入らないって、いつも言ってるんですけどね」
ギデオンは俺以上に大胆に食べているのに対し、クリスはナイフで小さく切ってフォークで食べるというスタイルに拘っている。ちなみにドロテアはギデオンの真似をしてかぶり付いては口元を汚し、クリスにナプキンで拭われていた。
誰が見ても平穏な家族の風景だ。血の繋がりが一切ないとしても。
食事が終わり、何気なくベランダで夜風に当たっていると、ギデオンが木製のコップを二つ持ってやってきた。
「ありがとうございました。夕食、凄く美味しかったです」
「なに、むしろこちらが付き合わせたようなものだ。若い冒険者に飯を食わせるのは昔を思い出して心が弾む」
コップの中に入っていたのは麦酒だった。それも泡が多くスッキリしたラガービールではなく、泡が少なくまろやかな甘味と香りのあるエールビールだ。
生前の世界では前者が主流で後者は昔ながらの製法とされるが、こちらの世界ではまだまだエールビールが主流を占めている。というか、ラガービールがあるのかどうかも分からない。
「昔はああやって仲間内でテーブルを囲んで、お互い奪い合うように腹を満たしたものだ。いつの間にか仲間達は新しい道を見つけ、俺は大層な肩書を背負うようになって、冒険者よりもお偉方と堅苦しい飯を食うことが増えてしまったよ」
そう語るギデオンの横顔には、寂しげな笑みが浮かんでいた。
「ギデオンさんは冒険が心底好きなんですね」
「生き甲斐だと言ってもいいくらいだ。厳密には、一般的な意味での『冒険』というよりも、冒険者本来の役割である『魔獣との戦い』を愛しているわけだがな」
俺はギデオンに倣ってコップのエールを一気に呷った。
冒険者であることを好んでいる……その点において、クリスとギデオンは全く似ていない。クリスはギデオンを敬愛し、冒険者に関するギデオンの理想を重んじているが、冒険者であることに喜びや楽しみを感じてはいない。
どうしてもそこだけが理解できなかった。ならば何故ギデオンを尊敬しているのか。ならば何故冒険者になろうと思ったのか。クリスの考えが分からない。
「ずっと思ってたんですけど、魔物の討伐が冒険者の本来の役割だとか、魔物討伐の依頼を受けられるCランクからが一人前だとか、どうしてそうなったのかいまいちピンと来ないんですよね……何か理由があるんですか?」
思考回路が湿っぽくなりそうだったので、全く関係のない話題をギデオンに向けることにした。
「そうだな、いい機会だから教えておこう。少し長くなるが構わんか」
「構いませんけど、そんなに複雑な事情が?」
「複雑ではないが統一戦争の前から話すのが分かりやすい」
「……百年前からですね」
安易に話を振ったことを後悔する一割の思考回路を、この話を聞きたいという九割の思考回路で押さえ込む。
ギデオンはコップに残ったエールを飲み干して、冒険者にまつわる歴史を語り始めた。