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101.カイの信条、クリスの素顔

「帝都にはどれくらい滞在するつもりなのかな」


 ギルド本部を出て大通りを歩いていると、クリスがそんなことを訊ねてきた。


「用件が済んだら帰るつもりだったけど、ギデオンさんから今日の結果を聞きたいし、一泊くらいはしていこうかな」


 この世界の旅に宿の予約やタイトなスケジュールといった概念はない。普通、宿屋は予約なんて受け付けてくれないし、仮に予約できたとしても、ちょっとした天候不順で到着日がズレて予約の意味がなくなってしまう。行き当たりばったりの出たとこ勝負が庶民の旅の基本スタイルである。


 どうしても予約を入れたければ、遅れを考慮して長めに予約を入れ、全額前払いしておく必要があるだろう。もちろん、到着が遅れて泊まれなかった分の宿泊費の払い戻しなどは一切ないのが当たり前だ。


 ちなみに、偉い人や役人が遠くに出向く場合は現地の役場や金持ちが宿泊場所を用意してくれるので、宿を予約する必要自体がそもそもない。


「それならボクの家に泊まっていくといい。もちろん友人を招くだけだから宿泊費は取らないよ」

「ありがたいけど、大丈夫なのか? 冒険者とはいえ男と女なわけで……」


 俺としては当たり前の心配事を言っただけだったのだが、クリスは何故かぽかんとして、そして腹を抱えて笑い出した。


「あはは! ごめんごめん……ボクの家っていう言い方が悪かった。泊めるのはボクの実家、要するにギデオン・シンフィールドの家だよ。客室がいくつか用意してあって、よく冒険者を泊めているんだ」

「……そういうことかよ」


 恥ずかしい早とちりに顔から火が出そうになる。異性の部屋に泊まるよう招かれたと思い込んで要らない心配をしていました、なんてとてもじゃないが他の知り合いには教えられない。


 それにしても、クリスがこんな風に笑ったのを見たのは初めてな気がする。不敵な微笑みなら何度も目にしたが、純粋に可笑(おか)しかったから大笑いしました、なんていう姿は正直言って意外だった。


「ところで、向こうではどこの宿に泊まってるんだっけ」

「メリダさんの山葡萄亭。そういえば宿に連れてきたことはなかったよな」

「価格の割に質が高いと評判の宿だね。食事も美味しいと聞くし、今度はボクもそこの部屋を借りようかな」


 宿の予約ができないとはいうがもちろん例外はある。山葡萄亭などの冒険者向けの宿が典型例だ。


 場合にもよるが、同じ街のギルドハウスを拠点としている冒険者なら『しばらく依頼で街を離れるので、今借りている部屋はそのままにしておいて欲しい』『いつ戻れるか分からないが部屋を借り続けたい』といった希望を()()()で受けてもらえることがある。


 こういう宿はギルド支部と提携していて、支払い遅延や踏み倒しがあればギルドに苦情が直行する仕組みになっている。悪質な場合はギルドが制裁に乗り出すことだってある。なので宿が安心して後払いに応じることができるのだ。


 俺もこのシステムを利用して、山葡萄亭の同じ部屋をずっと取っておいてもらっている。ギルドが保証人になってアパートを借りているような感覚だ。


「夜は(うち)に泊まるとして、それまではどうする? ボクも時間が空いてるから、観光したい場所があるなら案内するよ」

「そうだな……」


 せっかくなので、俺はある場所に案内してもらうことにした。

 しばらく歩いて目的地に到着したところで、クリスはその建物を見上げながら呆れたように肩をすくめた。


「帝都まで来て仕事だなんて、ほんと熱心だね」


 俺が希望した行き先は帝都のギルドハウスだった。冒険者ギルドの本部には依頼掲示板や受付カウンターがなかったので、一般冒険者向けの業務は本部の建物ではなく別の場所でやっているのだろうと思ったのだ。


「依頼を受けに来たんじゃなくて、一度見ておきたかっただけだよ。いつかは帝都で活動するようになるかもしれないし、それに帝都のギルドショップは品揃えが良さそうだからな」

「……! ああ、なるほどね」


 納得した様子のクリスと共にギルドハウスに入る。

 当然ながらハイデン市のギルドハウスよりもずっと大きく、より大勢の冒険者でごった返している。依頼掲示板の数も二倍や三倍では収まらない。Eランク向けの掲示板だけでもハイデン市の全ての依頼掲示板よりも多いように思える。


 二ヶ月前の俺のような若い冒険者達が、緊張した面持(おもも)ちでEランク向けの依頼掲示板とにらめっこをしている。時節柄、本格的な冬を前にして初めての出稼ぎに都へ出てきた連中だろう。


 もしもアデル村が盗賊に襲撃されなかったら、俺もあいつらと同じように普通に村を出て普通に冒険者になっていたのかもしれない。


「ショップはこっちだよ」


 メインホールに隣接したカードショップに足を踏み入れた瞬間、身体にセットしている《ワイルドカード》が反応したのが分かった。初めて目にしたカードがコピーのストックに加えられるときの感覚だ。


 ハイデン市のギルドハウスのメインホールと比較しておおよそ半分。大規模な店舗に整然と並べられたショーケースには、数え切れないほどのカードが並べられていた。SR以上の金色のカードも大量に陳列されている。


「流石は帝都……地方都市のショップとは品揃えが全然違うな」


 SRスキル《戦術家》

 SR+スペル《ドラゴンシフト》

 SR装備《戦狂いの剣》


 これらはほんの一例だ。一生かけても使い切れるかどうか分からないほどのストックが瞬く間に溜まっていく。こんなにストックが増えてくると、もはや使いこなす方が大変になってくる。


 サブマスター・エメトは《ワイルドカード》のことを「柔軟な発想があってこそ使いこなせるカード」と評していたが、まさにその通りだ。例え何百何千とストックを溜め込んでも、有効に使えず不良在庫(デッドストック)にしていたら何の意味もない。


 今後はそういった方向性の鍛錬も積極的に重ねて、戦闘経験を積んでいく必要がある。敵を知り己を知れば百戦危うからず、だ。


「せっかくだから何かカードでも買っていくかい?」

「金欠だから止めとく。前回の報酬、まだ受け取れてないんだよ」

「ギルドカードを見せれば現金がなくても買えるんだよ。請求書は東方支部に回されて、今後の報酬から天引きっていう形になるけど」

「あー……いや、でもなぁ……」


 要するにクレジットカード払いのようなものだ。クレジットカード会社に立て替えてもらう代わりにギルドに立て替えてもらって、手持ちの現金以上の買い物ができるというシステムだ。


 他の店では使えないギルドショップ専用サービスで、Dランク以降から使用可能になるのだが、俺は一度もこれに頼ったことはなかった。必要がなかっただけではなく、頼りたいという気持ちにならなかったのだ。


「やっぱり止めとくよ。それって実質的に借金みたいなもんだろ」


 カイ・アデルとして四十万ソリドの返済に取り掛かっているだけでなく、新堂海として何百万もの借金に十年も苦しめられた経験上、借金と呼べるものにはどうしようもない抵抗感があった。


 この立て替えサービスも同じだ。後々の報酬から天引きされるというのは、借りた金を報酬から返済していっているのと何も変わらない。ギルドから借金をしているのも同然だ。


「なるほど、それなら仕方ない。借金自体を嫌ってるということは、仮にボクが立て替えてあげようかと提案しても駄目なんだろうね」

「むしろ一番ダメだな。友達に金を借りるときは友情を失うつもりでやれっていうのが信条(ポリシー)なんだ。人間関係が一発でぶっ壊れかねないからな」

「……友達か。真面目な人なんだね、君は」

「嫌な思い出が魂にまでこびりついてるだけだ」


 クリスは俺の隣でくすくすと笑っている。この一、二日でこれまで見たことのない色々な表情のクリスを目にしてきた。そのどれもがクリスに対するイメージをより親しみやすいものに変えていた。


「さて、ギルドハウスに来た目的は達成できたけど、次はどうしようか」

「そうだな……レオナとエステルにお土産でも買って帰らないと」

「金欠じゃなかったのかい?」

「カードを買えるほどの金はないって意味だよ」


 正直に言うと、クリスのことはとっつきにくい奴だと思っていた。何事にも一線を引いている感じがするというか、常に傍観者のような立ち位置にいるというか。


 実際、特務調査員として正体を隠したままパーティに加わっていたわけだから、俺達と接するときに余所余所しさがあったのも仕方がないのかもしれない。


 だとしたら、今のクリスはどうなのだろう。


 依頼も任務も関係なく、サブマスター達から与えられた役割も完了した。ならば今こうして微笑んでいる姿こそが、クリスの素顔なのだろうか。そんなことを考えながら、俺はギルドハウスを後にした。

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