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100.四人のサブマスター

 冒険者ギルド本部は内装もまた宮殿のように豪華だった。

 今の俺(カイ・アデル)はこんなにも豪勢な建物の存在を、見たこともなければ聞いたこともなかった。グロウスター邸ですら目が回りそうだったのに、冒険者ギルドは更にその上を行く。


 前の俺(新堂海)の知識と記憶がなければとっくにキャパシティオーバーで引っくり返っていたかもしれない。それくらいに桁外れで規格外だ。


「これは……ちょっと凄いな……」

「元は正真正銘の宮殿だからね。何十年か前に宮殿を新築したときに、古い方を拝領(はいりょう)したそうだ。この建物は戦争中に総司令部のための城として建てられたものだから、皇帝の居城としては優美さが足りない思われたらしいよ」

「いや、移転の理由は別にいいんだけど……使い古しとはいえ宮殿を貰えるなんて、冒険者ギルドの影響力って思ってた以上に凄いのか……?」


 そう考えると、冒険者を何でも屋や便利屋に毛が生えたようなものだと考えていた過去の俺の認識は、やはり清々しいくらいに間違っていたわけだ。


 もちろん俺にだって言い分はある。アデル村は辺境一歩手前の片田舎の寒村だ。冒険者なんて滅多に来ないし、来たとしても仕事の手伝いや害獣駆除が関の山なので、便利屋以上の評価を期待する方に無理がある。


 そもそも、この世界は生前(まえ)の世界と違って情報の伝達が遅く、広まる範囲も限られている。消滅寸前の限界集落でも地球の裏側のニュースを調べられるような環境ではないのだ。都会の常識が片田舎では眉唾(まゆつば)モノの風の噂にまで劣化していることも珍しくない。


「さて、ここだ。少し待っててくれ」


 クリスが会議室の前で警備についていた冒険者に一言二言話しかける。


「サブマスター達はもう来ているそうだ。緊張しすぎないで、尋ねられたことに正直に答えればいい」

「分かってる。それじゃあ、行ってくる」


 重厚な扉を開けて会議室に入り、事前にクリスと話し合った口上をそのまま口にする。


「東方支部登録冒険者カイ・アデル、ただいま参りました」


 会議室では三人の男女が席について俺の到着を待っていた。

 一人はよく見知ったサブマスターのギデオン・シンフィールド。相変わらずの長身とスカーフェイスだが、鎧姿ではなく至って普通の服を着込んでいる。


 もう一人は赤毛で長髪の女性。年齢はギデオンより一回り下に見える。美少女が美少女のまま歳を取って美人になったといった感じの外見だが、淑女という雰囲気は全くない。むしろ勇ましさすら感じてしまう。


 最後の一人は普通の人間ではなくデミバードだった。猛禽(もうきん)類の頭をを備え、ゆったりとした衣装に身を包み、露出している手首から先は羽毛に包まれていて、指先には鉤爪が生えている。それでいて不思議と知的な雰囲気を漂わせている人物だ。


 ここで俺はふと違和感を覚えた。サブマスターは四人いると聞いていたが、ここにいるのは三人だけだ。


 四人目は欠席なのだろうかと思っていると、閉めたばかりの扉が音もなく開いて、奇妙な風体の人物が俺の横をすり抜けていった。


『失礼』


 妙に籠もった聞き取りづらい声だった。男の声なのか女の声なのかもよく分からない。


 その人物は頭頂部から足先まですっぽりとローブに包み、顔は金属質の仮面で覆い隠している。椅子を引いて座るときに手が見えたのだが、それすらも長手袋に包まれていて肌の露出は一切ない。


「よし、全員揃ったな。さっそく本題に入ろう」


 仮面の男の――性別は分からないが――格好に関してはギデオンも他の二人も全く気に留めていない。きっと普段からこの姿をしているのだろう。


『その前に僕らの紹介くらいはしてもらえないかな。他所の地方のサブマスターは名前も知らないっていう子、かなり多いじゃないか』

「ふむ、では手短に紹介しよう」


 ギデオンは三人の名前と肩書を説明し始めた。右端に座るギデオンの隣から順に、赤髪の女性、猛禽頭のデミバード、仮面の男の順番だ。


「彼女が南方地域担当のイグニカだ。そして彼が西方地域担当兼エルブルズ領の領主、シームルグ。さっき遅れて来たのが北方地域担当のエメト。それに私を加えた四人が冒険者ギルドのサブマスターを勤めている」


 消去法で言うとギデオンが東方地域のサブマスターということになる。東方地域に属するアデル村に顔を出していたのだから、改めて確かめるまでもないことかもしれないが。


「これから幾つかの質問をする。既に何度となく尋ねられた問いもあるかもしれないが、改めて答えてもらいたい」


 俺が首肯(しゅこう)すると、ギデオンは最初の質問を投げかけてきた。


「まずは冒険者として何を目指しているのかを説明してもらおう。短期的な目的でも長期的な目標でも構わない。今現在、何を活動指針としているのかを自分の言葉で説明して欲しい」


 ギデオンはこの答えを既に知っているはずだ。きっと他のサブマスターに俺自身の口から語らせることに意味があるんだろう。


 クリスの《真偽判定》は直接相手から話を聞いたときに最大の性能を発揮する。サブマスターの誰かが同じようなスキルを持っているのなら、俺自身が直接話すことが信頼を得る近道になる。


「第一の目的は借入金の返済です。故郷の村の復興資金として借りた四十万ソリドを、冒険者の活動で得た収入で速やかに返済すること……それが冒険者になった最大の理由です。そのためには冒険者ランクを上げることが必要不可欠と考えています」


 サブマスター達は表情一つ変えずに話を聞いている。

 想像だが、既にギデオンからある程度の事情を説明されていて、その上で改めて本人を呼び付けたといったところか。それほどまでに注目、あるいは警戒されている……というのは過剰な自己評価だろうか。


「第二の目的は――」


 一旦発言を切って少し言葉を選ぶ。ストレートに言えば「デッカイことがしたい」となるが、流石にそれは雑すぎる気がする。かといって成り上がりたいというだけでは不正確だ。間違ってはいないのだが言葉が足りない。


 もっと根本的な、転生するよりも更に前の記憶を掘り起こす。あの頃は今と違う語彙(ごい)で夢を語っていたはずだ。そう――


「――歴史に名を残すことです」


 ほう、と誰かが興味深そうに声を漏らしたのが聞こえた。


「こちらは具体性のない曖昧(あいまい)な目標です。どのような形で名を残したいのかすら定まってはいません。ですから、冒険者としての活動を通じて見出していければと考えています」


 歴史に名を残したい。新堂海として死んだあの日、確かにそう考えていた。その理由すら明確に思い出せる。


「子供じみてるねぇ。どうしてそんな目標を掲げたのか、説明できるかい? 子供の頃からの夢だったとかはナシだ。一人前らしい答えを言いな」


 今度は赤髪のサブマスターのイグニカが声を上げた。第一印象そのままの豪快な口調だ。


「借金を完済した後の長期的な目標が必要だと思ったからです。返済を終えて()()()()()まま残りの人生を過ごすことはしたくありません」


 この機会を貰えてよかった――説明を続けながら、俺は内心でギデオンに感謝した。こうやって他人に説明するために自分の考えを整理していると、見失いかけていた重要なことを思い出すことができる。


「ですが、村が壊滅してからまだ二ヶ月程度しか経っていないので、具体的な目標を見いだせていないのです。あまりに突然のことでしたから」

「ちゃんと考えた上での選択ってわけか。確かに燃え尽きちまったら元も子もないね。若い時の苦労は買ってでもしろっていうけど、度が過ぎるのも考え物だ」


 タルボットの襲撃を受けた後に、安全な依頼ばかりを選んでクリスに忠告されたときもそうだったが、俺は油断すると正しい方向性から逸れていってしまう傾向にあるらしい。だからこそ、こうやって自分を見つめ直す機会を用意してもらえたのはありがたい。


 イグニカの次はデミバードのシームルグが口を開いた。


「返済及びその後の目標については()()()()()()()覚悟があるということかね」

「いえ、手段は可能な限り選びます」


 シームルグが猛禽の目を細めた。人相が俺達と違い過ぎるので、どんな感想を抱いたのかは分からないが、俺の返答に何かしらの関心を抱いたのは間違いなさそうだ。


「善良な人に不利益を与える手段は決して選ばないと決めています。儲けるためなら他人に犠牲を強いることも(いと)わない……そんな類の連中と同類にはなりたくありません。もちろん、間接的な波及効果までは考慮しきれませんが」


 風が吹けば桶屋が儲かるという言葉の逆で、俺の取った行動が巡り巡って誰かに不利益を与えることもあるだろう。それは流石にどうしようもない。そこまで考えたら普通の生活を送ることすら不可能だ。


 例えば、泥棒を捕まえて賞金を得ることは善行だが、その泥棒から盗品と知らずに商品を買って仕入れにしていた善良な店があったとしたら、その店は泥棒が捕まったことで仕入れが減って苦労することになるだろう。


 だが、そこまで考えて行動するというのは、いくらなんでも無理がある。


「それを聞いて安心した。どんな手段も取るつもりだというなら、こちらも相応の態度で臨まなければならないからな」


 俺の言葉をあっさりと信じた……わけではないだろう。発言を鵜呑みにしたのではなく何かしらの根拠があるはずだ。


 もしかしたら、クリスが言っていた「ボク以上に目敏(めざと)く偽りを見抜ける人」とはシームルグのことなのかもしれない。知的な雰囲気から感じる先入観が大きいのは否定できないけれど。


『それじゃあ、次は僕から』


 仮面の男――エメトがすっと手を挙げた。


『君、エノクとの戦いでゴーレムを使ったそうだね』

「ええ、影武者が使っていたものをコピーしました」

『どうだった?』


 エメトは仮面の下でくぐもった声や一切の露出がない不審な格好とは裏腹に、やたらと友好的(フレンドリー)な態度で身を乗り出してきている。性別どころか年齢すらよく分からなくなりそうだ。


「……どうだった、と言いますと?」

『感想だよ。実際にゴーレムを使ってみた感想。SRバージョンの《クリエイト・ゴーレム》に触れてみた新人(ルーキー)なんて滅多にいないからさ』

「ええっと……」


 予想外にも程がある質問だった。ギデオンは苦笑を浮かべ、イグニカは露骨に呆れた表情を浮かべている。


「強力……だと思いました。力も凄かったし、材料がある限り再生させられるっていうのも厄介だなと。でもそれ以上に……」


 実際にゴーレムと戦い、自分でも使ってみて思い浮かんだことを正直に口にする。あのときは()()()()使い方をする機会がなかったが、きっとこれこそが最も有効な運用だろうと思った活用方法がある。


「人よりも街や城と戦うことに向いていると思いました。城壁もゴーレムの素材にしてしまえば一瞬で穴を開けられますし、石材を材料にしたゴーレムなら核を壊されない限り建物を素材にして再生し続けられますから」


 その瞬間、空気が変わったのが肌で感じ取れた。エメトの言動に呆れ返っていた雰囲気は即座に消え失せ、息が止まりそうなほどの圧力が会議室を満たしていく。


 理由も分からないプレッシャーを打ち消したのは、さっきの空気を作ったエメト本人だった。


『実にいい着眼点だ!』


 エメトは席を立ち、俺の目の前まで歩いてきて光沢のある金属の仮面を顔に近付けてきた。


『生み出したゴーレムではなく、生み出す過程で生じる周辺への影響に着目したわけだね。技術屋が忘れがちな視点だ、実にいい』

「は、はぁ……」

『君のレジェンドレアについての情報は既に受け取ってあるが、こうした柔軟な発想があってこそ使いこなせるカードなんだろう。神々は貴重な才能を相応しい者に振り分けると言われるが、まさにそのとおりだ』


 エメトは一方的にさんざんまくし立てたかと思うと、ローブを(ひるがえ)して勢い良く振り返った。


『ギデオン! 気に入ったよ、君のお気に入りに僕も相乗りさせてもらう!』


 再びローブを翻し、エメトは会議室から立ち去ってしまった。

 扉が閉まり、静寂が戻ってくる。人相すらも謎のままなのにとんでもなく濃厚な印象を残されてしまった。見た目のインパクトも合わさって、当分は忘れることができなさそうだ。


「……何だったんだろう……」


 そう呟くことしかできなかった。他所のサブマスターの名前も知らない奴が多いと言っていたが、当の本人は間違いなく例外だ。あの見た目と言動を目の当たりにすれば、否応なしに名前も記憶に刻み込まれてしまう。


「あー……すまんな、エメトはああいう奴だ。もう少し質問をしてもいいか」

「え、あ、はい」


 ギデオンに促されて本題に戻る。張り詰めた空気もいつの間にかぶち壊されてしまっていた。


 結局、それ以降は何も引っかかるようなことはなく、無難な受け答えを幾つか済ませてから解放された。所要時間はおおよそ一時間。一介のDランク冒険者にサブマスターがこれほどの時間を割いてくれるのは、きっと異例だろう。


 部屋を出ると、外で待っていたクリスが(ねぎら)いの言葉をかけてくれた。


「お疲れ様。途中でサブマスター・エメトが上機嫌に出ていったけど、何かあったのかい?」

「いや、何と言うか……歩きながら説明するよ」


 なにはともあれ、面談は成功したと言っていいはずだ。俺達は冒険者ギルド本部を後にすることにした。

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