01.プロローグ 新藤海(1/2)
「はい、はい……お世話になりました。では……いえ、もうお世話にはなりません! 絶対に!」
俺は通話を終えたスマホを放り投げて、朝から敷きっぱなしの布団に背中から倒れ込んだ。
「終わったぁ~……全額、返済っ!」
十年にも渡る苦労が報われた瞬間だった。
俺、新藤海は遂に何百万円もの借金を完済したのだ。
もちろん俺が作った借金じゃない。両親がタチの悪い詐欺に引っかかって作ってしまったものだ。その両親がどうなったのかは、本人達ではなく息子の俺が返済している時点で察して欲しい。
相続放棄という手段もあったのだが、そうすると真っ当なプラスの財産も放棄しなければならないので、悩みに悩んだ末に全て相続することにした。体一つで社会の荒波に放り出されるよりはずっとマシだ。
「ああ、やっと自由の身になれたんだな」
しみじみと呟く。
俺が高校生の頃に詐欺が発覚。そのせいで家業がダメになったので、卒業してすぐに就職。それから十年間、ずっと借金返済に全力を尽くしてきた。
数百万という額は、高校を卒業したばかりの俺にとっては膨大過ぎる数字だった。最初は利子の返済だけで精一杯で、元金を減らせるようになるまで一年以上かかってしまった。
周りからは不幸な奴だと同情されてきた。俺も不幸な人生だと思っている。
けれど、それも終わり。これからは自由なのだから!
「さて、軽く祝杯といきますか!」
喜々として冷蔵庫を開けてみたが、ちょうどいい飲み物が見当たらない。
そういえば返済のラストスパートだからと、嗜好品に使う金も徹底的に切り詰めていたんだった。
「……よし! 買ってくるか」
喜びに水を差された気はしない。今の俺は超上機嫌だ。むしろ何を飲むか選ぶ楽しみが増えたとすら思っている。
すっかり一人暮らしに慣れた自宅を後にして、近所のコンビニへ向かう。移動手段はいつも徒歩だ。
別に自転車を買う金がないわけじゃない。歩いて数分だから徒歩の方が手っ取り早いだけだ。
のんびりと道を歩きながら、今後のことについて考える。
この歳で燃え尽き症候群にはなりたくない。やはり借金返済に代わる新たな目標が必要だろう。
食べてみたい料理だとか、やってみたい金のかかる遊びだとか、そういう短絡的な欲求ではなく、もっと長期的で壮大な目標が欲しい。これからの生き甲斐になる目標が。
「やっぱりデッカイことしたいよなぁ。こう、歴史に名前が残るくらいの!」
外だというのについ声が大きくなってしまう。周りに誰もいないからセーフだ、うん。
歴史に残るようなことをしたい。そんな夢は前々から抱いていたが、具体的にどんなことがしたいのかは全くのノープラン。完全な白紙である。
偉業でなくてもいいのだ。美女を集めて大ハーレムを築くとか、日本で一番高いビルを建てるとかでも構わない。とにかく大きなことがしたかった。
なにせ、今日までの俺はコツコツ働いてコツコツ返済することしかしてこなかったのだから。
夢というか妄想を膨らませていると、コンビニの前でちょっとした騒ぎが起きていることに気が付いた。
「や、やめてくれぇ……!」
ニット帽とマスクで顔を隠した小柄な不審者が、コンビニのATMで年金を下ろしてきたと思しきお爺さんの鞄を奪おうとしている。ああいうのを何と言ったか。そう、確か……。
……ひったくりじゃねぇか!
鞄を奪い取った不審者がこっちに向かって走ってくる。
俺は咄嗟に不審者の前に立ちはだかった。
「逃がすかっ!」
「……!」
こういうのはダメだ。どうしても見過ごせない。詐欺という犯罪のせいで両親を失ったせいか、立場の弱い人間を狙った犯罪を許せないのが俺の性分だった。
しかも、相手は小柄で取り押さえやすそうに見えた。俺の体格なら簡単に押さえ込める。
結論から言うと、その慢心が失敗の元だった。
不審者が正面からぶつかってきた瞬間、腹が燃えるように熱くなった。
全身から嫌な汗が吹き出す。
よろよろと後ろに下がり、自分の腹に目を向ける。
真っ赤に染まったシャツからナイフの柄が生えていた。
「お、おい……」
体の力が抜けて道路にぶっ倒れる。デコボコなアスファルトに鮮血が広がっていくのが見えた。
「……嘘、だろ……」
ここで俺は死ぬんだと嫌でも理解できた。
せっかく自由の身になれたのに、その自由を満喫する暇すらなく。歴史に名を残すことをする野望の第一歩を踏み出すこともできず。
絶対に嫌だと念じてみても、腹の傷から溢れ出ていく血は止められない。
俺の意識は激痛と共に真っ暗な闇へと落ちていった……。
(2017/12/25追記) Gzゲーム小説コンテストに合わせた短期集中連載もやってます。こちらもよろしくお願いします。
https://ncode.syosetu.com/n7304el/