霧の中をさすらうことの不思議さよ
『全員、起きろ』
よどみのない太い声がするが、先ほどと同じように体が動かせなかった。
周りでは、ごそごそと立ち上がる音が聞こえた。
『おい、お前。3の935、早く起き上がれ』
誰のことを言っているのかわからないが、それは自分のことかもしれないと、漠然に感じた。
それでも、体は動かなかった。
『立てと言っている』
そう言い終わると同時に、バシンと鞭をたたきつけたような大きな音が聞こえてきた。
それが5、6発ほどつづく。
『チッ、もしかして年季明けか?』
強い舌打ちが聞こえてきた。
『おい、マルセを呼んで来い』
部屋の外に向かって大声がした。
『ほかのやつらは、外に出て待機だ。おらっ、はやくでろ』
ぞろぞろと部屋を出ていく気配がする。
見える限り、のそりと立ち上がっていくぼろぼろの服を着た人たちがゆっくりと部屋を出ていくのが見えた。
そんなことを漠然と見ていると、霧が晴れるように記憶がよみがえってきた。
アマンダまで帰ったあと、しばらくウィンストン家を待っていたが、結局何もなかったので、醬油や味噌を求めにエイドニアに向かった。
ちょうど、エイドニアに帰るという船があったので、海岸伝いであったけど、歩いていくよりはマシということで乗った。
その乗った船が襲われたのかどうかわからなかったけど、夜に寝ている間にとらわれて、有無を言わさず首輪をはめられた、ところまでは思い出した。
そこから先は、どうしてもはっきりとした記憶が出てこなかった。
会社で働いていた夢みたいな感じはあるのだけど。
それにしても、体のしびれが取れない。
そうしているうちに、一人の男がやってきた。
『やあ、935くん。年季明け、おめでとう。いきなり反抗されては困るのでね、いましばらくはしびれているけど、我慢してもらうよ』
どこかねっとりとした糸を引くような物言いをする。
『なので、この部屋から担ぎ出して、ちゃんとしたところにいくけど、心配しないでね』
どういう意味だろうか。
『あなたには、少し期待しているらしいんですよ、我が主がね』
あるじ?
『ほかの愚者よりは、よい条件で雇いなおしできるかもしれませんよ』
パラパラと紙をめくる音がする。
『935くん、いえキヨタカくん』




