開拓村
新章開始です。
その日、王宮にある宰相執務室にいた。
「平民エリン、王命により王領開拓村の村長を任じる」
王宮の重鎮には珍しくヒゲを蓄えていない、宰相であるエーマス・ウォルトから申し渡される。
「謹んでお受けいたします」
「すまんなエリン、王命といっても直接下していただくことができなくてな。それに、このことは貴殿にしか頼めなんだ」
「いえ、いきさつはわかっているつもりです」
本来なら王が直接命を下すところだが、平民であるため宰相を通しての王命となる。
王命ならば従うしかない、とはいったもの、事前に伝えられた話しは不安でしかない。
普通の開拓村ならば、作物を育て定着させれば名前がつけられて地方領として編入されて終わる。
王領であっても、それは変わらない。
「聖七草の栽培などという面倒を引き受けてくれるのは、貴殿しかいないと考えている」
「そんなことはないです。その方向に慣れているにすぎません」
王領の代官として出仕した先で、農地拡張を主に行っただけのことだ。
それにしても、気がかりだったのはウィンストン家が今回の開拓村に加わっていることだった。
他にも3家も貴族が加わることになっているらしい。
たしかに王家直轄領だから、貴族が相乗りしやすいが。
「もちろん、その手腕に期待するところだが、実のところはな」
「そのことは聞きたくなかったですよ」
「お館様もそのことで気がかりでな。貴殿ならやれると見込んでのことだ」
「少しばかり、いえ、はるかに重い王命ですね」
エーマスが少しうつむくと、こちらを伺うように見た。
「それでだ、サマー家が応諾したのだ」
「また、それは…」
ウィンストン家とサマー家は権益をめぐっていつも対立している間柄だった。
王家の元では貴族間に差はないのが表向きだが、それぞれが水と火の雄としてみなされていた。
それが、同じ開拓村で聖七草を育てる。
ため息をつくしかなかった。
「陛下も無理をいいますね」
「おや、貴殿も王家に連なるものとして、「お館様」と呼んでも差し支えないのだぞ」
「いえ、一応は平民ですし」
「そもそもロング家を名乗ってもかまわないのでなかったか」
「それは、妻とも結論を出したことですし」
「そうだったな」
ロング家は、先代王の妹の降嫁先だ。
つまり、妻のマーサは王のいとこにあたる。
「マーサ殿によろしくな」
「はい、伝えておきます」
ウォルト家もロング家とは少なからずつながりがあるという。
そういった貴族のつながりがいやで家名を捨てたかったのも、理由のひとつだった。
「さて、開拓民の募集は、ある程度はこちらで行っている。誰も彼もというわけにいかないのでな」
「それは、そうですね」
「それでだな、こちらの手つきを20人ほど先に送り出している。とりあえずの住居などを建ててもらっている」
「それは助かりますね」
「住民簿は後ほど送らせよう」
「そういえば、追加してほしい人物をお願いしていましたが」
「加えている。たしかサリバンといったか」
「はい、エレドアの開拓地で知り合いましてね、秘密の守れる男です」
「そうだな」
身元確認はすませている、といった感じだ。
そして、あらためてこちらを見つめなおされた。
「で、貴殿は年越し前には、あちらに入ってもらいたいが、どうかね」
「準備はしています」
「そうか、よろしく頼む」
そして妻とふたり、開拓村へと向かうのだった。
なお、スタンスは変えていないつもりです。