もつれる糸の解き方
朝の配給でおなかを満たしたあと、斡旋組合の窓口に向かうと、いつものリゲルがいなかった。
代わりに、最初のころに顔を突き合わせていた古参、ホッシュが座っていた。
「あれ、リゲルさんは?」
「嫁さんが夕べから唸っててな、それの看病らしい」
「なんかの病気ですか?」
「いや、ガキができるらしい」
「それは、大変ですね」
子供を産むとき、子供が産まれてからすぐに亡くなる人が多いと聞く。
だから心配で付き添っているんだろう。
「まあな、それで仕事をうけるのか?」
「はい、できれば街の外がいいんですが」
「んー、よさげな仕事は残ってないなぁ」
「そうですか」
「街中の、ひとりずつでやるのがあるが、どうだ?」
振り返ってサランをみる。
いつもならすぐ後ろにいるのに、今日は少しはなれたところで外の様子を見ている。
「サラン、街中のひとり仕事、請けるかい?」
「……いいわよ」
「そうかい」
「じゃあホッシュさん、見せてください」
「ほらよ」
依頼書を見せてもらうと、4枚あった。
お屋敷の清掃が2枚に、道の普請、内壁の普請だった。
「サラン、2枚あるんだ。選んでくれ」
「うん」
「僕はこっちにいきますよ」
ホッシュに内壁の普請を差し出した。
「どっちがいい?」
サランが聞いてくる。
「ん?」
1枚は領主付の武官の屋敷、もう1枚は通商組合の建物のだった。
「通商組合でいいんじゃない」
「うん、わかった。いってくる」
サランはホッシュに依頼書を差し出していた。
「じゃあ、いっといで」
「いってきます」
「ユーリ、気を付けてね」
「サランこそ、仕事は最後までやりきるんだぞ」
「わかってるわよ、それくらい」
依頼書を持って組合を出ようとすると、サランに呼び止められる。
「ユーリ」
「どうした?」
「ううん、なんでもない。いってくるね」
「そうか。がんばれよ」
「うん」
はにかんだような笑顔を返してきた。
手抜きしないでほしいな、二度手間になる。
そう思いつつ二手に分かれた。
依頼書のよると領主の建物の周りにある内壁の修理とのことだった。
まず依頼元の領主のところへいく。
道具一式を預かり、傷んでいるところがあれば直していく。
日が沈むまでというのが期限だったのだが、半周りくらいをこなすことができた。
今日一日ということだったので、道具を返却して依頼書に完了の署名をもらう。
そしてなんとか夜の配給前に組合にもどることができた。
「まだ帰ってないんですか?」
ホッシュに、サランがまだ戻ってないと聞かされた。
「帰ってきてないな」
「そうですか。迎えにいってきます」
「心配か?」
「なんかやらかしたんじゃないですかね」
組合を出ると街の外側、倉庫が並んでいるあたりに向かう。
確か通商組合だったか。
なにか物を壊したとかでなければいいんだけど。
「もう帰りました」
「え、いつごろですか」
通商組合の応対に出た女性が、何をいまさらというような顔をしていた。
「空が赤くなる前に、でしたかね」
「そうですか」
「いないんですか?」
「ええ。仕事は終わってるんですね」
「ちゃんと終わってますよ」
「そうですか、失礼します」
通商組合を出ると、大通りではなく裏道を通りながら斡旋組合まで戻る。
ホッシュがまだいた。
「なんだ、見つからないのか」
「ええ、そうなんですよ」
「ふむ」
「依頼のほうは終わってることは聞いてきたんで、あとは提出だけなんですが」
「そうだな…。まあ、依頼が終わっているんなら、明日までは待ってみるよ」
「すいません」
組合の宿泊所にいっても、サランの姿は見えなかった。
さすがに気持ちが悪くなってくる。
少し探しに行こうかと思い始めていたときだった。
「ユーリってのおまえだったな」
よく見かけるが、あまり付き合いがない男が声をかけてきた。
たしか護衛の仕事を請けているので、あまりここにいないやつだった。
「外におまえさんの相棒がいたが、大丈夫かあれ?」
「どういうこと?」
「いまにも死にそうな顔をしていたぞ」
「え?」
宿泊所の外に出ると、壁にもたれかけて座り込んでいるサランがいた。
「サラン」
声をかけても反応がなかった。
強く声をかける。
「サラン」
肩を揺さぶってみても反応がない。
体に大きな傷はないようだったが、こちらを見えてないようだった。
「こんなところにいないで中に入ろう」
「……いや」
「え?」
「…かまわないで、ひとりにしておいて」
「何があったんだ?いままで、どこにいたんだ?仕事はどうしたんだ?」
サランは、今まで見たことがない眼を向けた。
「なによ!あたしの心配もしないで、仕事の心配?いやよ、きらいよ、ユーリのばか!」
そう言い放つと、僕を押しのけて街のほうへと駆け出していった。
「おい、待て」
出遅れてしまったせいか、サランの姿はすぐに見えなくなってしまった。
「朝になったら、戻るよな」
宿泊所に戻ると他の請負人にいろいろといわれた。
兄弟げんかだと返したが、そもそも兄弟だったと思ってなかったヤツもいてひとしきり話しが盛り上がった。
でも、すっかり夜が更けても、サランは帰ってこなかった。
気持ちがざわつく感じがしながらも、なかなか寝付けない夜を過ごすことになった。
朝方、いつもよりはやくに目が覚めた。
いつもそばで寝ているのに、サランの姿は見えなかった。
「もしかして、帰ってこなかった?」
そう、口から言葉がもれた。
次回、3月5日ごろになります。
もしかしたら、23日までに1話アップできるかもしれません。