第五話
実家から一通の封書が転送されてきた。
『市立うつか中学校――年度卒業生 同窓会のご案内』と書かれていた。
ものすごく分かりやすい。封を切らずとも内容が分かった。
とは言っても、中を改めなければ開催日時も場所もなにも不明なままなので、同封されているだろう案内用紙を破かないように気を付けながら、封筒の端を手で破った。
拝啓 早春の候 皆様いかがお過ごしですか? と、定例文からはじまるそれは、やっぱり同窓会の案内だった。
日時、場所、地図、会費と目をすべらせていく。
出欠の返信の〆切が明後日。開催日は再来週の土曜日。なんだ? こういうのって普通一ヶ月前には知らせるんじゃないのか?
「……ボケオヤジ。届いた時にすぐ送れよ」
切手に押された消印は三週間前の日付だった。オヤジ、せめて電話を寄越せ。
「どうしたの?」
かけられた声に、僕は驚き肩をビクンとはねあげた。
「死んだ魚みたいな目してるわよ?」
続いた言葉に僕はたぶん間の抜けた顔をして、怪訝に眉を寄せている嫁さんを見た。
えらい言われように言葉も出ない。
嫁さんはテーブルにコーヒーを置いて、置いてあった封筒を見つけて目をぱちくりさせた。
「おとうさんから?」
「あ、あー。実家に届いたのが転送されてきた。あー。同窓会、の案内」
焦ることも隠すことも無いのだけど、どもってしまった。
「へぇ。中学? 高校?」
「中学、来週の金曜にある」
「金曜ね。じゃあ夕飯要らないの?」
「いや、場所遠いし」
仕事終わりにそのまま行くにしても、電車を乗り継いで一時間半はかかる。
19時スタートの会には間に合わない。――― 遅れていくことに、何の問題も無いのはわかっているけど。
「…………」
もし、参加していたら何年ぶりになるんだろう。 十年……いや、十一年か?
もうお互い三十五だ。結婚して子供がいてもおかしくない。昔のこと。終わったこと。終わらせたこと。
今、僕が好きな人は麻紗子だ。他はどうでもいい。だからコレは、馬鹿げた男の感傷なのだと思う。
「…………。元カノくるの?」
不意に言われギョッとした。
「もう、まったく何の連絡もとってないよ」
中学から付き合いのあるやつもいるけれど、彼女の話は聞こえてこない。興味もない。実際、今まで忘れていた。
「気になるなら行かないよ」
そう言った僕の顔を嫁さんが見返してくる。普段通りの表情で。
「疑う要素ないもの。久しぶり会うクラスメートもいるんでしょ? 先生も。そうそうない機会なんだから行ってきたら?」
僕は考えることを放棄して「そうだな」とだけ返した。
***
どうとでもない事だ。同級生のカップルなんて、あの時の僕ら以外にも何組かいたし、学年が上がるごとに、クラスメイトが変わるように彼氏彼女を変えてた奴らだっていた。いちいちくっ付いて別れてする度に同情したり悲しんだりと、センチメンタルになったりしない。それにもう、そんなものに浸る歳でもない。
ふと思い出してはイライラしたり、認めたくはないが落ち込んだりしていたら、同窓会当日になってしまった。
服は普段通り嫁さんがハンガーにかけてくれているものを着た。くつ下まで出てるのは珍しいなと思うが、ありがたく履く。
黒のテーラードジャケットにインナーは白のVネックカットソー、黒のボトムス。レザーシューズとベルトは同色のグレー。通勤するにはカジュアルすぎる気もするが、基本黒なので変ではないだろう。
仕事終わりに行くのだから、スーツでいいと思っていたのだが、女……嫁さんからすれば何かが駄目なんだろうな。
それが二十代と三十代の違いだったら浮きそうだけど。
いつも通り玄関まで見送りにきた嫁さんに「今日は先に寝てて」と伝えて出勤した。
***
定時ぴったりに仕事を上がらせてもらい、電車を乗り継ぎ一時間半かけて同窓会会場であるホテルへ向かう。
開始の19時に十数分遅れた程度で到着出来た。 受付を済ませ会費を渡しながら、キョロキョロと回りを見渡す。すると、僕と同じような動きをしている人が何人かいた。生憎、誰なのかはさっぱり分からなかった。
会場に入り、三年六組と書かれたプレートを見つけて、僕はちょっとドキドキしながらそこへ足を運んだ。
クラス毎に別れたテーブル。八組あったので結構な大所帯だ。
一組とは、はなれてる。始まったばかりだから、みんな席の移動はまだしていない。
「広瀬! 久しぶり」
「うお! 河やん!」
テーブルに近づくと懐かしい顔ぶれが、遅れてきた来た僕を迎えた。
「きゃ~。広瀬くんだあ。おひさ~」
「相田? あれ? お腹入ってる?」
「そ~三人目なの」 うっわ~うわ~。相田が子持ちになってる!
僕はしばらくは再会の驚きと挨拶とに追われた。
独身に子持ち、すでに部長にまでなっているやつ。起業したやつに玉の輿のセレブ、オバさん化したやつに頭髪が寂しいやつ。
「はあ。さすがに卒業して二十年経つとみんなそれぞれだな」
「中坊ん時はこんなオッサンになるとは思ってなかったよな」
「考えたこともなかったよ」
「なぁなぁ修学旅行ん時にさ、バスに置いていかれて探された奴いたの覚えてる?」
「知らねぇ」
「五組の山中じゃなかったっけ?」
等々。懐かしい話で盛り上がる。
小一時間もすればクラスメートたちは思い思いに席を立ち、他のクラスの席へと中学時代の友人に会いに行きだした。
僕も懐かしい顔を探そうかと思いはしたけれど、ちょうど一年の時に同じクラスだった奴等が来たので、僕は移動せずにその場で今日数回目の乾杯を交わした。
昼休みに塀から抜けだして買い食いにいった思い出やらを語らう。
そういや、と一人が話を切り出した。
「二組の有坂と五組の田辺、結婚したんだとよ」
誰だっけ? ありさか、たなべ……。あ!
「あのレディースと地味地味が?」
「会社で偶然再開してデキ婚」
「二人とも来てんの?」
「田辺だけ。有坂悪阻ひどくて来てないってさ」
「へぇ」
「五人目だとよ。田辺にニヤつきながら聞かされた」
リアル少子化対策だな。
「広瀬は? 間宮と高校でも付き合ってただろ?」
話題にされるかも、と思っていたことだから動揺することはなかった
「とっくに別れてるよ。平成元年生まれの嫁さん貰ってます」
昭和生まれがざわついた。こういう時ちょっと優越感を感じる。
「嫁さんかー。そういや広瀬、妹いたよな?」
ビールを吹きそうになった。
触れたくない話題から、触れられたくない話題になった。
「まだ独身なら紹介してよ。同窓会で淡い出会いなさそうだし」
「り、離婚して母方に行ったから」
あの頃家に遊びに来たことがあったなら、会ったことくらいあるだろうな。遊んで遊んでと付いてまわられてたし。
「そうなんだ……?」
「再婚で兄妹出来たとか言ってたやつ、別のやつか」
要らんこと覚えてるな、こいつ。
まあわざわざ父親が趣味のように離婚再婚してるとは言わなくていいだろう。
僕は適当に笑って流した。
当たり前だけれど特に何もなく時間は過ぎていく。そんな中で僕は、一組のテーブルには、その付近には顔すら向けずにいた。
だというのに。
「ひさしぶり。元気だった?」
遠慮がちに声をかけてきた女を、僕はスマートフォンをいじる手を止めて見やる。
トイレから出てすぐにある喫煙コーナーの入口の前で、フォーマルドレスを着た女が立っていた。
いくらか老けて、いくらかふっくらして、髪が短くなっていた。右目の下にある泣きボクロに、どうしてだか一番懐かしさを感じた。
「…………ひとみ」
このタイミングで声をかけてきたという事は、僕が席を立ち手洗いに行くところを見ていたのだろう。
僕は開いていた受診メールを閉じて、ジャケットのポケットにスマートフォンを仕舞う。
「久しぶり。元気にやってるよ。そっちは?」
会ってみると本当にどうという事はなかったな。
なんの感慨も無いわけでは無いけれど。ざわつきは一つもない。
さっき届いたメールのお陰かも知れない。
わざわざ待ち構えていたはずなのに、彼女は話し出そうとしなかった。その事に僕は少しうんざりした。
今さら何を蒸し返したいのか……。
「服の趣味、変わったね」
「嫁さんが買ってるからな」
「そ、う。結婚してるんだ」
そうよね、と彼女は一人ごちた。
「間宮も結婚してんだろ?」
左薬指に指輪が見えている。
あの時の、男となんだろうか?
間宮ひとみは言いにくそうに視線をさ迷わせ、僕を見上げてきた。
「うん。三年になる。息子が一人居るわ」
「三年?」
十一年は経っている。のに?
「…………。あれから何人かと付き合ったけど、上手くいかなくて。今の旦那にあったのは三十になってからなの」
何人も付き合えたのかよ。つか、別れてたのか。てか、そんな情報僕に聞かせてどうする気だ?
たしか昔『思い出、冒険、どっちにする?』てCMあったよな。
誘われてるのか? ありえないだろ。
「ふぅん。で、なにか用?」
素っ気ない声と態度で僕は彼女と向かい合う。
彼女は口ごもりつつ、最低な事を口にした。
「ちゃんと謝れてない事が忘れられなくて、あの時は話もまともに聞いてくれないまま別れ」
「もう俺が間宮の話聞く必要ないよな? ぶり返して誤ることないよ」
無性に家に帰りたくなった。
「私の気がすまないの」
「俺の気はとっくにすんでるよ」
「でも、ねえ? このあと」
「旦那と子供、要るんだろ?」
やばい。顔が歪む。
「やましい気持ちはないわ。ただ、話が」
「お前が言うな」
息を飲む彼女を見下ろして、僕は深く息を吸い込んだ。
「間宮との十年はもう思い出だから。じゃ、元気で」
引き留める言葉は聞こえなかった。
僕は足早にクラス席に戻った。
話を聴いたほうが良かっただろうか? 旦那と上手くいっていなくて、なにか相談したかったんだろうか? ただ、謝りたかったんだろうか……。
僕はほぅと溜め息をつき、温くなったビールを煽った。
***
低迷感と身体に伝わる電車の揺れに、どうしようもない眠気に襲われる。
同窓会の二次会は行く気になれず辞退した。
車窓からライトアップされた桜が見えた。
桜。
入学式の日にも咲いていただろうか? 散っていただろうか? もう、忘れてしまっている。
覚えているのは、可愛いと、目に焼き付いた、ひとみの姿だった。
真新しい制服に身を包んだ、十二歳の僕は、名前も知らない女の子に一目惚れしたんだ。
中学の入学式の日に―――。
次から過去編です。




