第三話
街に出掛ければ、どこもかしこもバレンタイン一色だ。
仕事的にはピークはとっくに過ぎているから、二月になったばかりだというのに、もうすでに食傷しまくっている。
「飽きる。というか、飽きたな」
「あはは。職業柄しかたないわね」
うんざりと呟いた僕に、嫁さんがクスクス笑いながら言った。
今日は休日。ちょっと遠出して大型のショッピングモールや映画館などが集まっている複合商業施設(こう言うとオシャレさゼロだよな)に遊びに来ている。
朝から手をつないであっちこっちプラプラして、レストラン街で昼飯食って(嫁さんは「ランチ」と言っていた)最近始めたジョギング用のランニングシューズを、夫婦色違いで買って、またプラプラしている。
「あ、ここにあったんだ。デザートバイキングのお店」
うれしそうな嫁さんの視線の先には、これでもか! というほどバレンタイン仕様に飾られたカフェが一軒。
デザートバイキングの専門店らしい。ピザやパスタも置いているのでランチタイムにもよく人が入っているらしい。
嫁さんは「ここにあるのが分かってたらランチここにしたのに」と残念がっていた。
今は二時前。店先には何組か列をなしている。
「結構歩いたし、休憩がてら寄ってく?」
言うと、物凄く悩み出された。たぶん値段で悩んでいるんだと思う。
バイキング全品二,九八〇円。デザートのみ二,一八〇円。おやつの値段としてみたら、確かに高めだけど。
「たまにはいいんじゃない? 家の近所にこんな店ないんだし」
「……うん」
と、いうわけでデザートバイキングを楽しんで(甘いもの別腹ってスッゲーよな)腹ごなしにウィンドーショッピングして、夕飯の買い物して帰りました。
家に帰ったら午後六時を回っていて、嫁さんは家に入るなりエプロンをつけて洗濯物を取り込み始めた。
僕は買い物袋を台所に置いて、腕まくりをして風呂場に向う。入るんじゃなくて掃除ね。嫁さんはそのまま洗濯物畳んでるから、夕飯の支度担当は僕。まあ、そんなに二人とも腹空いてないから簡単に湯豆腐するだけだから、材料洗って切るだけなんだけどね。
もろもろの支度と片付けが終わったら、テレビで無人島の開拓を見ながらビール(という名の発泡酒)をプシュっと開けて、カセットコンロの上でくつくつ煮えてきた湯豆腐をつつく。
「まだあんまりお腹すいてないな」
煮えた白菜をポン酢で食べながら嫁さんが言う。
「ケーキにマカロン、プリン、クッキーにチョコレートタワー?」
「あははは。結構食べたね……」
「麻紗子、ケーキ全種類食べたんだっけ?」
「さすがに制覇はしてないわよ。次はお昼抜いて堪能しなきゃね」
我が妻はクッキーをおかずに、ケーキを食べる気なんだろうか……?
そういえば去年だったか、部長が夫婦喧嘩したとかで、弁当の中身が白米じゃなくてマシュマロつめられてた事あったな。
「ああ、パートが休みの日に友達と行くから」
セーフ。正直ほっとしました。
「うん。楽しんできて」
その後は嫁さんと一緒に風呂に入って、寝室でまったりして夫婦生活を楽しんで……。
うん。良い感じの休日の終わり方だと思う。
***
何日か過ぎて、バレンタイン当日。自社製品のチョコレート菓子をいくつかの押し付けられて帰宅した。業務用を持って帰るのは毎年のことなので嫁さんも一々驚かない。
そして毎年、嫁さんからはチョコレートはない。代わりに―――。
その日の夕食はチキンライスの目玉焼きのせだった。ライスも目玉焼きもハート型をしていて、野菜スープの人参もハート型だった。
素直に嬉しい。ハート、かなり照れるが満足だ。いいね! 嫁さんからのハート。
僕は上機嫌に、ご飯を食べる前に嫁さんの頬っぺたと唇を食べた。ついでにおしりもひと揉みしておく。怒られた……。
ハートづくしの夕飯を食べて、入浴を済ませたら、夫婦でまったりタイムだ。
通勤電車で見かけたら面白い人の話や、ちょっとした仕事の愚痴、スーパーで売っていた珍しい物。とりとめのないお互いの日常を話す。
ふいに嫁さんが僕の腰に腕をまわし、頬を胸に擦り寄せてきた。
甘えたそのしぐさに可愛らしさと、なぜか安堵をおぼえる。
僕はかわいい人の背中をやさしく撫でた。
一年前は、と嫁さんが吐息まじりに話し出した。
僕はわずかに身構える。
「一年前は、こんな時間が来るとはおもわなかった」
「……。うん」
一年前、僕らはまだ夫婦じゃなかった。ただ入籍してただけの同居人だった。少なくとも、僕にとってはそうだった。
――― 麻紗子は、違ったんだろうか?
この一年で変わった関係の分、お似合いになれてたら良いな。
「好きだよ麻紗子」 僕は嫁さんをギュッと抱きしめた。




