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第二話

 僕、広瀬太一の一日は目覚ましに起こされることから始まる。

 ピピピピ……という無慈悲な電子音を発する物体に、僕は掌底を喰らわせて黙らせる。

 まだ一月の朝、ぬくぬくの布団からは出たくない。けれど、時間がなくて朝からバタバタするのは嫌だから、気合いを入れて上掛けをめくって起き上がる。寒い。

 パジャマの上にカーディガンを引っかけてリビングへ行く。ファンヒーターで温められている室内にホッとした。

 キッチンではすでに嫁さんが朝食を作り終えていて、炊きたてごはんのいい匂いがしている。

「おはよう」

「おはよう。今日はすんなり布団から出れた?」

「がんばった」

 話しながら嫁さんの腰に腕をまわして、ぎゅっとしてから離れる。

 洗面所へ行って髭を剃って顔を洗ってうがいをする。歯磨きは食べてからだ。リビングへ戻るとテーブルに朝食がセットされていた。

 艶のある白米に大根の味噌汁、サラダに出汁巻き玉子と。うん、十分。三十五にもなると朝からガッツリは食べれなくなるし、和食が恋しくなる(とくに胃が)朝っぱらから肉が食べたかった頃が懐かしいよ……。まあ、それはともかく。

「いただきます」

 ぱんと手を合わせて箸を持つ。せっかくの飯が冷めてしまうのは勿体ない。まずは味噌汁をすすって白米を一口。

 そうやっていたら嫁さんも向かいの席について朝食を食べ始める。

 朝のニュースをBGMにもくもくと食べる。沈黙が苦痛じゃないのって良いよな。

「ごちそうさまでした」

「おそまつさまでした」

 朝食が済んだら、朝刊を読みながらのコーヒータイム。出勤前のリラックスタイムがあるのとないのとじゃ精神的に違うんだよな。

 あ、そうだ。

「麻紗子今日銀行行く時間ある?」

「ん? あるわよ」

「五千円新札で用意しててくんない?」

「わかった。新札ってことはお祝いよね? ご祝儀袋もいる?」

「無かったっけ?」

「ご祝儀袋は買い置きしてないよ。香典袋はいつ要るか分からないから用意あるけど」

 そりゃそうか。祝いは前もってわかってるもんな。

 高校時代からの友人に二人目の赤ちゃんが産まれたと連絡が来たから、そのお祝いだ。そう嫁さんに説明すると、おめでたいねと笑った。

「かわいい袋を探しておくね」

「うん。たのむよ」


 コーヒータイムが終わったら歯を磨いて着替えて、いよいよ出勤だ。

 朝刊のスポーツのページだけ持って行く。これがとても大事なんだ。

 嫁さんは毎日玄関まで見送りに来てくれる。僕は行ってきますの挨拶に嫁さんのおしりを触っておく。

 一応言っておくけど、僕が特別スケベなんじゃなくて、夫が妻の身体を触るのはコミュニケーションだから。そこんとこ間違えないでくれ重要だから。


 自宅マンションから最寄り駅まで徒歩十五分弱の距離を、運動の為に歩いている。もちろん駅では階段を使っている。ジムに通っているわけじゃないからそのくらいはやってないと、運動不足に拍車がかかってしまう。

 電車に乗り込んだら自宅から持参した、コンパクトに畳んだ新聞を片手にしっかり持ち、もう片手はつり革を握る。つり革を掴めないときは、両手で新聞を顔の少し上くらいに持ち上げておく。

 読むのが目的じゃない。

 両手を分かりやすく上にあげておくことで痴漢の冤罪予防をしているのだ。

 満員電車は男も嫌な思いしてるってことを女性にも知ってもらいたいよ。

 あれだ、女性専用車両だけじゃなくて、男性専用車両もあればいいんだよ。

「…………」

 むさ苦しそうだな…………。乗りたくないな…………。


***


 食品会社の商品開発部に所属している僕の今の仕事は、夏向けの新作ビスケットの開発だ。

 プチプレミアシリーズとして従来品より大人向けで、味に深みを持たせた物を作るために、日々あーだこーだと頭を悩ませている。

 味はキャラメルと塩はほぼ決まり。まだまだ改良していくけどね。あと薔薇味、シナモン、きな粉、小豆、抹茶等々、色々な味に形に大きさを施行していく。

 舌触りしかり、風味しかり、口に入れやすい大きさに厚み。菓子ひとつ作るにも何ヶ月となくかかるのだ。


 試作品の試食後、口直しの緑茶を飲んでいるときに、去年入社した田中くんが血糖値が心配だと、もっともなことをぼやきだした。

「運動とかやってるのか?」

 と、こるは開発部部長の里田さん。

「週一、二回ジムで泳いでます。高校までやってたんすよ競泳」

 なるほど、よく見ると中々いい肩幅をしている。

 前山は草野球チームに入っているし、部長は犬の散歩でジョギングをしているそうだ。

 僕も通勤時以外で運動の時間を取ったほうがいいだろうか?


 取りあえずその日の帰りは駅の階段を駆けあがることにした。


***


「じゃあ、休みの日の朝、一緒にジョギングする?」

 その日の夕食後、運動不足の話を嫁さんにしたらそんなお誘いが来た。

「そうだな。やってみるか」

 休日に嫁さんと二人で公園を走るのは気持ちが良さそうだ。

 嫌がる理由もないので了承する。

 けど、甘く見ていた。

 

 体力も持久力も、男の僕のほうが確かにあったけど、二十代半ばの嫁さんと三十半ばの僕とでは、回復力がまったく違った。

 久々にまともに運動した僕は、ちょっと昼寝を、と思っていたら夕方になっていた。

 休みの日に放っておかれた嫁さんはちょっと拗ねていた。

 や、もう、ホントごめん。



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