第二話
気が付くと、僕はまっさらな空間にいた。
辺りを見回してもただ只管に白い空間が広がっているだけである。
さっきまでの喧騒とうって変って物音ひとつしない、いや、それどころかおよそ生きているモノの気配がしない。
なんだここは?
僕はさっきまでパレードの観衆の真っただ中にいたはずだ。
知らぬ間に拉致されてこの後いい具合に調教されて娼館に売り飛ばされて偶々そこを訪れた金持ち淫乱美人お姉さんに買われ酒池肉林の日々が始まるのか――?
それならバッチコイなのだが。
前後左右上下白い世界。
そういえば下を見ればこれはどうしたことか、地面がない。
ただ白い空間が足元には広がっているだけなのに僕は両足で立っている。
なんだこれは……これではまるで……おとぎ話でいうところの
「その通り、君はいま死後の世界にいるんだよ」
「だれ!? 奴隷調教師!?」
と叫びながらぐるりと見回すもなにも視界には入らない、しかし声は続けて聞こえてくる。
「どれっ……!? 違う違う!
君はたった今死んでしまったんだ
ここは死後の世界
残念とは思うよ
かわいそうだとも思う
同情はしないけどね
え~、なになに? 死因は……っと、脳が処理能力を上回る興奮を得たことによる機能停止だね
じゃあ脳死ってやつか……ふむふむ納得
君も納得してくれたかな?」
……いや全然わからない。
姿は見えないが聞こえてくる、男女もわからない声は僕を不安にさせるし、どこかで聞いたことのあるようなしゃべり方はひどく間抜けだ。
せめて女と断定できれば顔がわからずとも口説いてやるのだが。
「あ~、そうか
君のいる世界には脳死、という概念がまだなかったね
人間っていうのは、すっごくすごく怒ったり喜んだりするとたま~に死んでしまうことがあるのさ~
これは完全に設計ミスだね
ごめ~ん、代表して僕が謝るよ」
そうか、その間延びしたしゃべりをやめてくれ。
「ひどいこと言うね~キミ
今の僕は生前のキミをもとにした意識体なんだ
つまりこの間延びしたのは君自身のしゃべり方の写しなのさ~
普段から君が喋ってるのを周りから聞いたらこんな感じってことなんだよ~?
ま、いまのキミは脳のリミッターも壊れちゃったから、そんなに小賢しく落ち着いて考えられるんだろうけど
死ぬ前と別人じゃん?
20歳くらいのスペックはあるんじゃないかな?
まったく、かわいくない10歳児だよ~
普通に死んだ10歳児なら転生まですっごい楽なのにこれじゃとんだはずれくじだ
それでね~、そのキミの脳が過剰な興奮をってやつなんだけど~~」
バカな……僕は普段こんなアホみたいなしゃべりをしていたのか。
言われてみれば、このしゃべり方、僕もそうらしいが母さんにそっくりなのだ!
たしかにボーっとしているとは言われるが、しゃべり方までそうだったとはしらなかった。
なんだろう、もしかして他人より舌が長いとかなのかな?
だとしたら色々と使えそうではないか、色々と。
「ちょっ、ねぇ~ちゃあんと聞いてよ~」
聞いてはいる。
しかしいくら20歳並みと言われた頭で考えても理解ができないだけだ。
身体は無事だが脳だけ活動停止というのがさっぱりわからん。
口ではイヤといいつつも身体は正直ではないかグハハみたいな感じか?
そもそも僕の国では、
人間の血には魔力が宿りヒトはみな大なれ小なれの差異はあれど、その身に魔力を持っている
生き物はみな魔力によって生かされているのであり、なればこそ魔力の多いものほど強いのである
血を大量に失ったり血が駄目になったりすると、身体から魔力が枯渇してしまう
魔力が全くない人間というのは動かない
これが死である
というのが通説だった。
「じゃあそれは前提が間違っているんだね~、人間は魔力がすべてって訳じゃないのさ~
そうだな、てっとり早くキミに脳死というものがどんなものか理解してもらうために、理解できるまでの知識を与えようじゃあないか
どうせこの後は転生診断だけだし、枷の外れたキミの脳なら耐えられるだろう~
えぇと……脳死脳死、と、このくらいの文明の知識がちょうどいいかな~
≪複写≫」
姿を見せない何者かがブツブツと何やら呟いた次の瞬間、夥しい量の知識の流れが僕の脳にたたきつけられた。
頭が割れそうなほど痛むがそれも一瞬。
一瞬で僕の脳には全く違う世界、違う文明の知識が刻まれていた。
脳死という概念を僕が理解するのに十分な、脳についての研究が盛んで、医術科学が発達した――そして何よりもこの国では誰も聞いたことのないような文化。
萌え、アニメ、エロゲギャルゲetc……
「っっ……!?
なるほど……アンタのいってたことは嘘じゃなった……みたいだな……」
「理解できたかな~?
できたはずだよね~
態々キミの平行な存在――西暦2013年日本に存在する別のキミが持つ知識を与えたんだ~
この時代の日本が脳死について丁度いい具合に円熟した知識をもっていたからね
キミが自分の死を理解するのには十分すぎるほどの知識は転写されただろう?
転写元は平行世界日本のキミだから、拒否反応もないだろう~?」
……少々時間をおいて後理解はできた。
たったいま得た知識のおかげさまで。
無数に存在する平行世界の一つ日本に住むもう一人の僕とでも云うべき存在が持つ知識を、まるごとコピーアンドペーストした、ってとこか。
脳が云々関連はほんの一部で、その大半は18禁だったが。
さすが僕。
平行世界でも逆賢者っぷりは健在のようだな。
不思議な気分だ。
現世には存在しなかったモノ、言葉、概念、エロスばかりを一瞬でインプットされたというのに、どうにも手に、あ、いや失礼脳に馴染む。
平行世界の僕同士だから、というのはこのことだろうか?
――まぁいい。
しかしなぜここまでこいつが僕に死因を理解させようとさせるのかは日本の知識にもない。
こいつ……平行世界とか死後の世界をどうこうする想像もつかない力からして、きっとカミサマという存在なのだろうが――だいたい日本で語られるカミサマってやつは美少女だったり美熟女だったりで攻略対象の一人のはずなんだがなぁ
キミは僕という言葉も、老若男女の判断のつかない声色も悔しいことにそれで全部説明がつく。
畜生、それで説明はつくのだが、日本の知識には――カミサマはあなたが死んだときあらわれて、なぜ死んでしまったのかしっかりと分かるまで教えてくれるの――などといったモノはなかった。
出会って○秒で合体するカミサマの知識ならあるのだが。
「ふふふ~、それであってるよ
僕はカミサマなのさ~
なんかキミただでさえ可愛くなかったのに、日本の知識を得てから考えることがますます可愛くなくなっちゃったね
いや~、これは失敗失敗」
日本の知識は今のこいつを表すのにとても便利な言葉をもっていた。
ウザったい、だ。
とはいえ、カミサマはこの死後の世界で僕になにがしたいのだろう?
まさかカミサマはショタコンか?
でも僕は別にとりたてて可愛いといった顔をしていないが……
日本ではここから成仏、転生、天国地獄、霊となって現世にとどまるetc
結構な選択肢があるようだが果たして僕はどうなるのか。
仮に転生なら男は僕一人にたいして女1072人くらいの所へ送ってくれ。
「ちょっとちょっと~、勝手に話をすすめないでよ~
カミサマの話は最後まで聞くように!
いいかい?
死を理解させるために異世界の知識を与えるなんて無茶苦茶やってるようだろうけど、これはなにも特別なことじゃあない
この世界の死んだヒト全員に同じようにやっていることなんだよ~
人間が自分の死に納得できないというのは僕たちにとって結構な迷惑なんだ~
死に納得していない魂というのはいつまでもいつまでもこの死後の世界にとどまり続けて転生を拒否するからね~
だから僕は死んだヒトにはこうやってちゃ~んとその死を教えて理解させ納得させて、転生がスムーズに行われるようにしているのさ~
それが僕のお仕事というわけ~」
ふ~むなるほど、続けて?
「うわ、ほんとかわいくないな~
自分の死に納得がいったら今度は転生診断だよ~
次にどの世界にどんな形で生まれるか診断しようね~
まぁ、納得しないのはその人の勝手なんだけど、だからって生き返るでもなし、そうするとこの死後の世界にいつまでも囚われるだけだから、なるだけ早く納得をしようね~?
……とはいってもパンツを見てショック死、なんて早々納得できる死じゃないよね~。
やれやれこれは時間がかかりそうだな~」
といってカミサマはくすくすと笑う。
非常に癇に障るのだが……
なにがクスクスだよセ○クスさせろおらあああああ!
いや待て、それよりもコイツは今なにかとんでもなく大事なことを言わなかっただろうか?
「ちょっと待って!!!」
「うわぁ、びっくりした~
急に大きな声出さないでよ~
というかキミ、ホントに変わっちゃったね~?
そうなると僕もしゃべり方を変え、」
「ふえぇとかはわわとか言わないカミサマのしゃべり方などどうでもいい!
それより、いま・・・パンツ、と言ったのか?
僕の死因は脳の処理能力を超えた云々、といってなかったか……?」
なぜだろう、真っ白な空間、日本の知識によって隅に追いやられ、なにかとても大切なものを忘れてしまっている気がする。
そう、僕という人間の根幹に突き刺さった大事ななにかを――
「キミはほんとに話を最後まで聞こうとしないね~
でも、そうだよ?
キミの死因はあの子のおパンツを偶然見てしまったことによる極度の興奮からのショック死
だからキミの死の納得は長くかかりそうだけど、いずれは転生を、」
……………………そうだ、これだ。
これだ!
おパンツ!!
なぜだ。
なぜこんな大事なことを忘れていたのであろうか?
あの純白の布は、平凡な僕の人生という道上に突然現れた新しい世界への扉そのものであったのに――
それを死んでしまったくらいで忘れるとはなんとも情けない。
死の直前に見た芸術的映像がフラッシュバックし、気づけば両の眼からは涙がハラハラとあふれていた。
「ううぅ……ぐすっ……僕の得た日本の知識によれば、脳死というのは本当に死んだと判断するかいまだ微妙なラインだ、ということになっているが……
これは僕が万が一生き返る可能性がある、ということにはならないのか?
どこぞの人生のように町が奇跡を起こして僕が復活するとか――」
「それはねぇ~、日本では脳が止まっても生命活動を維持するだけの技術力があるからだよ~?
キミのいた世界、国にそんな高度な技術があると思うのかい~?」
……たしかにそうだ。
だがそうなるとパンツが僕に見せてくれた夢は、旅路はいったいどうなるというのか。
志半ばどころではない。
志をもった直後に死んでしまうとはなんとも間の抜けた話ではないか。
くそぅ、誰か白目剥いている僕を殴ってくれはしないだろうか?
もしかしたらそれで復活するかも。
「いやいや、そんな人間の脳は電化製品じゃないんだから~
あれ?
でも電気信号で動いてるならひょっとして電化製品と言えなくもないのかな~?」
知るか。
そこらへんはカミサマの領分だろうに。
アンドロイドは電気羊の夢をみるか?
そんなことよりも……思い出したからには一秒も我慢できない。
そうさ、夢を夢で終わらせるわけにはいかない!
なんとしても生き返らなければ!
これ以上こんななにもないところでグズグズしている暇はない。
涙を袖でグシグシと拭った。
転生なんてしてたまるか―――夢を叶えるまで僕は死ねないっ!!
「夢ってなにを、」
「んんんんンよくぞ聞いてくれたっ!」
さすがはカミサマ、と言ってやりたいところだ。
日本の知識をありがとう。
そしてパンツを思い出させてくれてありがとう。
だがこのまま僕が転生するなどとはおもうなよ。
一丁、僕の覚悟を、夢をみせてやろうではないか。
「だから急に大声ださないでって~
声に出さなくてもやり取りできるってわかってるでしょう~?」
カミサマの姿は見えないが反応から鑑みるに、普段からコヤツ脳内に……!?をやっているため、大声に慣れていないのであろう。
カミサマにも弱点ってあるんだな。
この調子で大声で恫喝すれば意外とすんなり僕を生き返らせてくれないだろうか?
いいぜ、ならば大声で言ってやろう。
僕の崇高なるドリームを!
「さっきから聞いているとあれこれ悩んだり、分からないことがあったりと、どうやらカミサマとはいっても全知全能とはいかないらしいな
いや、ひょっとして貴様がたいした神ではないだけか?
だろうなぁ?
僕にパンツを、あの天使のことを思い出させたのはどう考えても貴様の失策だ!
いいかよく聞け!
僕の夢は……
僕の夢は……!
僕の夢はなぁ!!
あのお姫様に僕の子どもを産んでもらうことだああぁっっっっっ!!!!!」
ウォッケン王国のウォッケン王族様たちは、孝謙天皇からとりました。
kouken→uokken
これもまんまですね……