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3話「こんにちは」

 金髪の美少女、未来は週二日のペースで『イマノコーヒー』を利用する常連になった。

曜日はまちまちだが時間帯は昼過ぎと決まっていたので、忠雪もその時間帯を狙って店番に付いていた。


 未来の苗字は吉田というのだそうだ。

忠雪はこの店が実家であることを告げて、『イマノコーヒー』の看板を指差しながらあの時に言いそびれた苗字を伝えることに成功した。

すると彼女からもすんなり苗字を聞きだすことが出来たのであった。


 こうして喫茶店を訪れた未来にアイスコーヒーを奢り、エアコンの効いた一室で暑さを避けて何気ない話をする。

これだけでも十分幸せで、都会での生活とはまた違った意味での充実した日々であったが、ここから更なる進展を忠雪は望んでいた…。




 忠雪と両親が暮らす喫茶店『イマノコーヒー』の左隣に『田中生花店』はある。

そこに、中学二年生になる田中佳子という女の子が住んでいる。

忠雪がまだ学生だった頃、暇な店番を任されているときに喫茶店を訪れては忠雪にべったりくっついていた少女。

かつては他愛の無いこどもの結婚の口約束まで交わした二人であったが、離れ離れで暮らしていた十年の疎遠期間を経て、日々挨拶を交わす仲にまで修復していった。


 奇しくも吉田未来と田中佳子は同い年だった。

そこに目をつけた忠雪。

今時の女子中学生の感覚が全くわからない彼は、佳子を店に呼び出して色々と話を聞いてみることにした。

「佳子ちゃんは男からどんなプレゼントをされたら嬉しい?」


 未来を美人系とするなら、佳子は正統派の美少女系に当てはまる顔つきをしている。

短く切り揃えた黒髪にぷくっとふくらんだ丸っこい輪郭の顔がなんとも愛らしい。

忠雪の母校である中学校でも男子の評判は高いらしいが、佳子自身がおっとりしていて人見知りをする子だから、その部分を男子にからかわれては半泣きになっているらしい。


 そんな引っ込み思案の佳子にとって忠雪は、女友達や家族と同様に接することが出来る数少ない男。

すると赤いヘアピンで留めた髪の毛をいじりながら話を聞いていた佳子から質問が飛んできた。


「忠雪お兄ちゃん、その子のこと好きなの?」

「うん」


 これに忠雪は素直に答えた。

いわゆる一目惚れというやつなのだろうと忠雪は思っていたので抵抗も無く好きであると公言できた。

するとあの無垢でいじらしかった佳子の口からは決して聞きたくはなかった単語が飛び出してきた。


「お兄ちゃん、ロリコンなんだ…」

「ちがーう!」


 これには必死で反逆した。

「大人びた風貌だったから最初は高校生かと思ったんだ」と、しどろもどろになりながらも懇切丁寧に弁明する。

しかし、やがて忠雪は反論するのをやめた。

中学生だろうと高校生だろうとどのみち自分より二桁も歳の離れた相手、どっちみちロリコンだという事実に気付いてしまったから。


 ゴホンと軽い咳払いをした後、忠雪は話題を変えた。

「未来って書くんだ、その子の名前。佳子を別の読み方にしたらカコちゃんだろ。過去と未来が知り合いにいるなんて凄い偶然だよなー」


 我ながら実に無理やりでこじつけ甚だしく且つ意味不明な話題の変え方だと思ったものだ。

それでも目の前にいる、小さい頃から面倒を見てきた実の妹のような存在であるこの子に『ロリコン』だなんて言われ続けるくらいならば強引にでも話題を変えてしまった方が遥かにマシというものだ。


 本人とは面識が無い。

二人のこれまでの経緯を忠雪の視点からしか聞かされていない状況ながら、佳子はなんとか情景を整理してアドバイスを送る。


「仲良しの人から素敵な贈り物をもらったら確かに嬉しいんだけど、それが『付き合い始めるために用意されたアイテム』だって分かったらちょっと怖い人って思っちゃうかも…」

「ヴッ!」

 胸にグサリと突き刺さる強烈な御言葉。

「あとね。今はただの店員さんに過ぎない忠雪お兄ちゃんに飲み物を奢ってもらって、その上高価なものまで贈られたら私なら気を使っちゃう…」

「気を使う? 気を使っちゃった結果どういうことになるのかな?」

「うーんとね。気を使っちゃった結果、店に近づきにくくなっちゃうとか、かな?」


 女子中学生からの全くもって容赦の無いアドバイスの数々に、忠雪は前を向くことが出来なくなってしまった。

うつむいて、どんよりと湿った空気を纏いながら誰に話しかけるでもない独り言をブツブツとつぶやく。

「やっぱ中学生はマズイよなぁ、色々な意味で。分かってたんだよ、叶わない恋だってことは~」

そう言って投げやりな態度を見せる忠雪を、「だからね」と懸命に繋ぎ止める佳子。

「まずは今までどおり世間話をしつつ、そこから学校で何か悩み事がないかとか聞いてあげたりするといいんじゃない、かなぁ?」


 少女からの精一杯の助言。

その中のある一文が忠雪の心の琴線を激しく爪弾かせる結果となった。

「そうか!」と頷き、忠雪はビョンと飛び上がる。

「それだ!」と叫び、人差し指の先端を佳子に向けながら彼は語り出す。

「未来ちゃんっていっつも学校がある時間に来店するんだよ。そうだよ。学校でなにか悩みがあるのかもしれない。それを取り除く協力をすれば一気に信頼を得られるじゃないか!」


 こうして忠雪のすべきことは決まった。

あとは未来が次に来店するまでの間、悩みを聞いてからそれを解決に導くためのシナリオを何十も何百でもシミュレートしてみることだけだ。

「佳子ちゃんありがとう。相談してよかった」




 ぎゅっと握り締められた両手。

メモとペンを取りに部屋に引き返していった忠雪を見送りながら佳子は小さなため息をついてみる。

影が伸びる床に落とした彼女の視線の先には、髪から抜き取った赤いヘアピンが夕日に照らされて光っていた。

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