2話「またお越しください」
金髪の美少女が店にやってきたあの日以来。
忠雪は店の掃除を今まで以上に念入りに行うようになった。
両親の分も甲斐甲斐しく働き、営業時間帯は極力店番に付くようになった。
そして一週間前に彼女が入店してきた時間帯が近づくと、どうにもそわそわ落ち着かなくなるのであった。
入り口の鈴がカランカランと鳴るその度に一喜一憂を繰り返す日々。
都会で働いていたときも毎日が変わり映えのしない生活を送っていたものだが、今はこの繰り返しの日々が少し楽しくもあった。
「席に案内してほしいんだけど」
一週間ぶりに聞いた懐かしいその声で、忠雪はドッと見えない力に押されたような感覚を受けた。
あのときの金髪の美少女が、またこの喫茶店に来てくれた。
「あっ、いいらっしゃいませ。どうぞこちらへ」
喜びを隠せない笑顔とキーの外れた声で答え、先週と同じ窓際の席に案内する。
以前着ていた見慣れない制服とは違い、今日はよくあるカッターシャツに白いカーディガンを羽織っている。
スカートも赤と黒のチェック模様が消えて藍色だ。
彼女は椅子に腰掛け、一週間前と同じアイスコーヒーを注文してきた。
忠雪は進展を望んでいた。
隔日で店を訪れるお客様ではなく、それ以上の存在に彼女を持って行きたいと一週間考え続けていた。
彼女が持つ不思議な魅力に、忠雪はこの時点で完全に惹かれていた。
アイスコーヒーを彼女が待つテーブルに置きながら、忠雪ははじめて勇気を振り絞って話しかけてみた。
「今日は良い天気ですね」
反応はなかった。
今度はストローを置きながら話しかけてみた。
「ここの所ずっと暑くてまいっちゃいますね」
彼女は無言で携帯を触り続けている。
この反応に忠雪はめげず、スティックシュガーを置きながら再三話しかけてみた。
「お客さま、この前もアイスコーヒーでしたね」
三回目でようやく反応があった。
珍しい物でも見るような顔で忠雪を見ている。
彼女のブラウンの瞳に見つめられて、忠雪も思わず目を奪われてしまっていて、気づいたときには彼女に年齢を尋ねてしまっていた。
「…中二だけど」と驚きと戸惑い、そして若干の不安げな態度が入り混じった回答が返ってくる。
初っ端から失礼なことを尋ねてしまった。
後にそのことをひどく後悔することになるのだがこの時ばかりはお構い無しに、彼女が質問に答えてくれたことがただただ喜ばしくてすっかり舞い上がってしまっていた。
結局のところ、忠雪がほとんど一人で喋って質問攻めにしていた形になるだろう。
その間、彼女は相槌を打ったり質問に答えたり。
ただ単に笑って見せたり。
彼女の手元に置かれたアイスコーヒーのグラスが渇いたのは時計の針が一回りしようとする頃になってからだった。
「店員さん、名前は?」
これが彼女から忠雪に対して発せられた初めての質問。
「ただゆき。中心の忠に、冬の雪」
そう言いながら指で空に書いてみせる。
忠雪は鼻の頭が熱いようなむず痒いような感じを味わいながら、彼女にも同じ質問を返した。
「私はみく。未来って書いてみく」
これが、今野忠雪と未来の二回目の出会いだった。
アイスコーヒー二百十円分の代金は、自分の話し相手に付き合わせたお礼として受け取らなかった。
帰り際の「また来てください」に、今日の未来は笑みを浮かべながら応えていた。