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君の涙を持ち帰るのは、もう僕じゃない  作者: かざみはら まなか


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9.王太子様、村と村人の暮らしを知ってください。王太子妃様になったエレインの村娘としての言動の怪しさの原因は、村にも村人にもありません。

沈黙は、肯定にとられかねない。僕が沈黙している間にエレインが新たな火種を投げ込んできたら、消火が追いつかない。

今、僕は一人だ。

妻子も村人も村も守り抜けるのは、僕だけ。

取り調べでも、尋問でも、辺境伯の領地の村に住む平民の村長が、王太子様に直々にお話をする機会なんて、これっきり。

絶対に失敗しない。

僕は全部を背負っているんだ。


「おそれながら申し上げます。王太子妃殿下が十二歳で村娘をお辞めになった日に私とした口喧嘩と、今日お話させていただいた会話のうちの半分以上は、私に馴染みのない言葉を王太子妃様独自の考え方で語られていた関係で、大変難解に。」

「デニスは、幼馴染枠で私と繋がっているんだから、攻略対象じゃなくても堂々としていればいいよ。」

「エレイン。」

エレインのとんでもない発言を王太子様が止めに入る。

「もう、アーレンドルフ様も分かりますよね?デニスとは長い付き合いになるんです。アーレンドルフ様と私とデニスがいて、デニスだけ気さくに話さないなんてデニスがいる意味がなくなります。」

エレインを中心に並べたカードがあったとしたら、王太子様と僕は、エレインを挟んで横並びにいるの?

僕が真っ先に抹殺されそうな構図をなんの気なしに口に出すエレインには、悪気がない。自分勝手な欲望に素直に生きているから、今これを言ってはいけないという思考を働かさない。悪気のない発言を挟み込んで、僕の人生を縮めにきているという自覚もエレインにはない。


王太子様にお仕えしている人達の僕に向けている関心が、王太子様よりもトゲトゲしい。

エレインの恐ろしい提案に同調する意思はありません、と示すべく、丁寧に言葉を発することにした。

「十年前、町でエレインと私が口喧嘩をした日に起きたことのうち、私が覚えていることをお話します。村を出ると決めていたという主旨のエレインの発言を聞いたのは、その日が初めてです。村を出て村娘じゃなくなる意思があったことは初めて知りました。」

「その日まで知らなかったのか?」

「はい。私は、エレインに告げられた日に初めて知りました。」

「デニス以外は?」

「村に戻ってから、村に帰ったら村の男と結婚することになるから帰りたくない、村から出たいと貴族の方々に訴えたエレインの希望を叶える結果になったとエレインの両親に説明しましたが、エレインの両親も娘が村から出たがっていたなんて聞いたことがないと話していました。」


「娘の将来について、両親と娘で話さないのか?」

エレインが発言するのにぴったりの機会。なぜか、喋ろうとしないエレイン。

「村を出ていくまでは、村を出て行くことしか頭になかったと今日、王太子妃様からお聞きしました。王太子妃様は、両親だけでなく、村人全員に黙っていたのではと愚考します。」

「何のためだ?」

王太子様の疑問に一番に答えられそうなエレイン本人は口を開こうとしない。

余計なことを喋るのに肝心なことは話そうとしないのは、何かを隠しているから?


「村で生まれた村人は村から出ません。村人と結婚して村で暮らします。エレインのように、村から出たい、村の男とは結婚したくない言い切って、村から出ていく娘は滅多にいません。」

村に住む村人の人生について、僕からかいつまんで説明する。一般的な話だから、エレインの考えには当てはまらないけれど、エレインの行動の理由の類推には役立てられる。

「滅多に、ということは、皆無ではない、ということではないのか?」


滅多にない話の方に興味を示されるとは思わなかった。

「皆無ではない理由は、人さらいにさらわれていなくなっていることがあるからです。」

滅多にない話に良い話は少ない。

「人さらいなら、誘拐ではないか。娘を取り返しにいかないのか?」

十年前に辺境伯の町を視察されていた王太子様だけど、辺境伯領の村に住む村人の暮らしには疎くあられるようだ。

「人さらいは力技で娘を連れ去ることもありますが、世間知らずな娘に甘言を囁やいて、娘が村の外に行きたくなるよう仕向けてから連れ出すこともあるのです。」

辺境伯領の端っこにある村に住む村人に華やかさな暮らしはほど遠い。

人さらいは、人がいるところにやってくる。

人さらいの狩場は村に限らない。町にもいる。

僕の村のあたりでは、村娘を対象にしている人さらいの出没が多いだけで、男の子を対象にする人さらいもいる。いなくなった娘に気づき、追いかけても国境を越えられてしまい、半数くらいは手ぶらで引き返すことになる。

僕の村には、あまり人さらいが来ない。美人が多く生まれる村などの噂が人さらいの間で立ったことがないからと教えられている。

代々の大人が、人さらいを呼ぶような噂が立たないようにしてきたからだ。

僕の村では、エレインだけが飛び抜けて可愛かった。それ以前も以降も、エレイン並みに容姿が際立つ子どもは生まれていない。


「後者の場合はどうする?」

「どれだけ注意していても、娘がいなくなっているのが現状です。」

「注意しているだけでは足りないのではないか?娘が出ていかないように部屋に閉じ込めて監視を立てればよい。」

王太子様のように伴の者、仕えている人達がたくさんいることが暮らしの中で根付いている方は、ギリギリの人数でジリジリと体力を削られないように仕事を回すことが前提で生きる計画を立てる暮らしをご存知ない。


「村は、村人全員が働くことで、全員が食べていけるのです。出て行きたがっている娘も含めて、その娘が村を出ていくまでは村の労働力の一人です。毎日の生活のために、今日の労働を疎かにしては生きていけません。」

人さらいや盗賊に覚えられるような特色を出さず、自分一人くらいなら何をしても問題ないと考えて行動に移す人を寄せ付けない村。細々とやっていると言っても疑われない僕の村。

「娘と監視以外が補えばよい。」

十二歳まで村で暮らしていた王太子妃様エレインが、村娘としての経験を何も話そうとしないのは、エレインの関心がない話題だから?

エレインが出身地の村の悪口を言っていたとソロアから聞いたときに、王太子妃様になったから悪口言ったことを謝りに来てくれるのかと思った僕の見当違いのはなはだしさよ。


「働けるのに働かない者を食べさせるような体制を良しとしてしまえば、村は成り立たなくなります。」

娘を人さらいに捕まえさせないために作った制度が、村でもどこでも、働きたくないから、村を出ると言ってただ飯を食らおうという悪知恵を働かせた者に利用され、立ちいかなくなったという話はある。その村は、最終的に人売りと直接交渉した。監視していた娘達を人売りに売らなければ誰も生きていけない状態になってやっと、村として見直すことができた。人売りに売ると決めてからも、誰をどこにいくらで売るかで村内が揉め、人売りに足元を見られて安く買い叩かれた結果、売る予定がなかった若者も売ることになった。今、その村は名前しか残っていない。


「デニス、年端のいかない娘の監視に多くはいるまい。」

村娘から王太子妃様になったエレインに、村人の生活がどういうものかを王太子様にお伝えして、村人の生活の足りないところに王家から手を回すようお願いしてくれることどこかで期待していたけれど、今日話してみて嫌でも分かった。自分の快適さしか興味がないエレインには難しい。


「娘を閉じ込めた期間中、閉じ込めた娘の生活は閉じ込められている娘が労働して自分で担保しなくては、食べ物も水もその娘のものにはなりません。それが、村で生まれた村人の暮らしです。閉じ込められている娘の監視をする者は、監視中の自分の食事を自分で用意したとしても、監視中に割り当てのあった労働をしなければ、翌日から生活できなくなります。」

「監視中に放棄した労働分を翌日に持ち越せばいいのではないか?」

「労働は持ち越せません。今日の分を明日に持ち越した場合、明日の労働分が今日の労働分を追加しただけでは済みません。」

「今日する分と明日以降に回してもよい分の仕分けをしていないからだろう?」

「おそれながら、村に住む村人の仕事に明日でもいい区分はございません。」


「デニスは、村長になりたくてなったのではなかったか?デニスが村長にならなくてはできなかったことをするためではないのか?」

「強い村長と強い村は一朝一夕にはかないません。」

「ならば、手を付けられることから始めればよい。」

「手を付けてすぐに変化を実感することの繰り返しでは、揺り戻しに耐えられません。強い村長と強い村には、手を付けてはならないことを温存しながら変化を変化と感じないくらいで進めております。」

「デニスは、成功への道筋に自信があるのか。」

「賜りました良きご縁に助けられております。」

王太子様は、ソロアを取り調べに同席させなかった。貴族の事情に精通し、王太子様の婚約者の侍女として辺境伯家の実子様の侍女をしていたソロアを外したのは、僕にだけ喋らせたかったからだ。


「今日の労働をしなかった監視の分の負担を請け負った他の村人は、自分の分担以上の労働による疲弊により、明日の労働分の時間がかかりすぎたり、仕事の精度が下がったりしてしまうことが避けられません。」

「たった一日のことではないか。堪え性のない。」

「村人の労働は毎日です。働きすぎて疲労が回復し切る前に翌日の労働の繰り返しになると、誰でも健康ではいられません。」

「では、どうする?」

「娘を閉じ込めて監視することはしません。働かない人の労働量を働いている人に追加する形で補い村人を疲弊させた村は長くありません。」

「どうなる?」

「一ヶ月後、三ヶ月後、半年後、一年後、今年よりも悪くなった生活環境の中で不健康な体をおして働かざるをえなくなった村人の労働量は変わらないのに、生産量が去年の半分以下になったり、村全体の活気がなくなったり。長い目で見てうまくいっていることを変えると、途端に村全体が転げ落ちていきます。」

「デニスには村長としての持論があるのか。」


「村人と村に住み、村人の日々の暮らしが子や孫の代までなくならないようにするのが、村長の仕事です。」

「デニスは目新しさを求めないのか。」

「はい。辺境伯領の端に位置するこの村では求めていません。」


王太子様の村人や村についての認識があまりに僕と違いすぎるのは、十二歳まで村娘だったエレインが王太子様の村人の基準になっているから?

エレイン流に生きているエレインは、標準的な平民とはかけ離れている。貴族様の養女になって、王太子妃様になったエレインは、貴族様としても、何かが決定的におかしくて相容れない。

王太子様に、王太子妃様の考え方も言動も独特ですから、と言えたらどんなに。


「人さらいの甘言に乗るなと言っても、今よりも楽しい暮らし、マシな待遇という言葉に躍らせてしまった娘のうち、冷静さを取り戻したり、直前で怖気づいて人さらいについていくのをやめなかった娘を止めるには、娘を制止するだけでは足りないのです。」

「娘を甘やかしているからか?」

エレインがエレインになったのは、甘やかされた結果かと聞かれている。

「聞き分けがなく村から出ていきたがっている娘を村に残すのと引き換えに、村と村人の暮らしを困窮させることはしません。」

生まれたときのエレインの性格までは分からないけれど、村を出ていくと決めたときから、性格や考え方、行動指針が変わらなかったからこそ、エレインは初志貫徹し、村から出ることに成功した。

「それは、デニスの考えか?」


僕がエレインをどうこうしたことはないと話そう。


「村を出ていくと決めた王太子妃殿下とは今日までお会いすることもなく、今日は十年ぶりに話をいたしましたが、王太子妃殿下が村を出ると決められたのがいつなのかさえ、当時も今も私は知らないままです。」

「ほう。」

「十年前の町の中で、村を出るのは村娘では終わらないからだと私がお聞きしているところに、明らかに貴族でいらっしゃる方々との出会いがありました。」

「デニスは、そう言うのか。」

王太子様と王太子様周辺が、僕と僕の村が怪しいから村長になった僕を尋問しようとお考えになっているところに、僕と僕の村が怪しいわけないじゃないですかと楯突くのだから、誰もいい気がしない。


「王太子妃殿下が村から出ていくと決めていたということも、村の男とは結婚する気がないということも、町の中に入って口喧嘩が始まるまで、王太子妃殿下からお聞きしたことはありません。」

僕だって好きで楯突いているわけじゃないけれど、怯んではいられない。僕が村長だから。

「知らなかったのは、誰だ?」

「僕だけじゃなく、王太子妃殿下の両親も他の村人も、王太子妃殿下が村から出たがっていたことを知りませんでした。」

「デニス、村人を庇うか?」

王太子様から不穏さが隠れていない。


「村の中で喋ってれば、その内容が村人の誰かの耳に入るくらいに、王太子妃殿下は村の中で注目されていました。村で一番可愛い女の子でしたから。」

「生まれたときから可愛くなくて注目されていないヒロインなんていない。」

黙っていたエレインが、突然口を開いた。何を言い出すにしても、エレイン続けられたら困る。僕は間を置かなかった。

「十年前に村を出ていくまで、王太子殿下は絶え間なく誰かしらに声をかけられていました。お一人でいるところは、あまり見たことがありません。村人以外が入ってくることは滅多にない村です。村娘として生きてこられた王太子妃殿下が、会ったばかりの貴族の方についていくことを迷わずに決断をした理由も、十年前の僕には理解できませんでした。」


「十年経って理解できるようになったというのか?」

「憶測を混じえながらになりますが、いくつか。本日、十年ぶりにお話させていただいたときに理解しました。十年前の村娘としての生活と比較して、王太子妃殿下におなりになってからの快適な生活のためには足りないもの、失ってしまったものを足せばよいとお考えになられ、村長の息子だったときの、村長の息子として村人に接していた十年前の私が必要とお考えになり、幼馴染として連れていくことを思いつかれたのではないかと愚考します。」

「私の幼馴染が、私といるのは当然じゃない。絶対に連れていくから。」

「エレイン。」

王太子様がエレインを制止するも、エレインは無視。

「アーレンドルフ様。私に王太子様と話し合えばいいと言ったのは、デニスですから。」

話し合えとは確かに言ったけれど、今のが話し合い?


「王太子妃殿下には王太子殿下との話し合いをご提案いたしましたが、お勧めしたのは王太子殿下と王太子妃殿下のお二方でのお話し合いでございます。王太子妃殿下のお問い合わせには王太子殿下がご相談に応じられるのが、お立場としても、ご夫婦としても、平民の村長にお尋ねになるより頼りにされたら、と。」

「デニスは幼馴染なんだから、堅苦しくしなくていいって言っているのに。デニスの分からず屋。」

エレインは、分からず屋と言いながら楽しそう。エレインは、エレインが気軽に喋りかけられる話題で、構ってもらえそうと思ったときに話しかけてきている。


「王太子妃殿下の存在や王太子妃殿下の言い分をうるさがらずに聞いて、王太子妃殿下に何かをしてくれる人や王太子妃殿下のために奔走してくれる人、当たり前のように王太子妃殿下に尽くしてくれる人を王太子妃殿下は欲していらっしゃいます。」

「それがデニスの見立てか。」

「デニス。私を分析するのは、今じゃない。」

エレインは、僕の憶測を否定しなかった。

「村長の息子として王太子妃殿下の面倒も見ていた私なら、うるさいことを言わない幼馴染として王太子妃殿下に接すると期待されているようですが、ご期待には添えません。」

「ご期待に添えないとか、真面目に悩みすぎ。デニスは自分でハードル上げていかなくてもいいんだって。気楽に来て。」

「今のでデニスの釈明は終わりか?」


「私が異性であり、所帯持ちであることを説明しても、王太子妃殿下の私を連れて行くという結論は変わりません。」

「そうだな。」

「どうだっていいじゃない?私に関係ある?」

「エレインに関係するかどうかは、後回しにする。」


「私と口喧嘩をしていた十二歳の村娘が王太子妃殿下になられてからも変わらない点は、ご自身がご自身のために考えたことを間違っているなどと思うことが露ほども考えないので、王太子妃殿下独自の視点と思考で、王太子妃殿下の中だけで話が進んだということです。」

「デニス。それは、エレインが突拍子のないことを当然のことのように言い出したり、予期せぬ行動を始めたりすることか?」

あまりはっきり肯定すると、不敬罪が怖い。

「王太子妃殿下の独自の視点と思考による言動は、私の日常生活と噛み合いませんでしたが、十年前の王太子様がお出かけされた際には偶然噛み合ってしまったと愚考します。」


「噛み合ったのは偶然か?」

「王太子妃殿下が王太子殿下の行動に合わせにいったとお考えですか?」

「エレインが運命の日だという日にデニスが町にエレインを連れてきたのは、偶然か?」

「別の日に行こうと考えていましたが、町に行く前に王太子妃殿下のおっしゃる運命の日に町へ行くといいことがあると王太子妃殿下からお聞きしたことが頭に残っていたので、町に行っていけばいいことがあると期待されているなら、その日に町に行く方がいいのではないかと、日にちを決めました。」

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