7.乙女ゲームのヒロインは王太子妃様と幼馴染を使い分けてくる。王太子様御一行が到着された。
僕とエレインが話し終わったころを見計らってからなのかは分からない。
エレインとはもう話すこともないと僕が思っていたときに、王太子様が到着という知らせがきた。
王太子様の到着を知らせにきた人は、エレインの反応を待っている。
エレインに、すぐに迎えにいきますと言ってほしそうに待っている。
エレインに移動してほしそうにしていながら、王太子様を迎えにいきましょう、という積極的な提案も、ここで王太子様を迎えるのではあまり、というようなやんわりとした促しもない。王太子妃様に急いで支度をしてほしそうにしながら突っ立っている。
王太子妃様から話しかけないと話せない決まりがあるから、臣下からは話しかけられないとは聞いていたけれど。
仕方がない状況と説明されていても、王太子妃様に対して、事情を察してください、状況は分かっていますよね、と態度で見せる臣下と、それを見せられている王太子妃様という関係性を見せられるのは、はっきり言うと不愉快で、これ以上見ていたくなかった。
王太子妃様に臣下の思惑を悟らせて、臣下の思惑通りに動かそうとする臣下を王太子妃様につけるなんて、王太子様は何を思ってそんなことを?
王太子妃様になったエレインに王太子様と話し合うように勧めた手前、王太子様が手を回してそうなっていると思えるようなことが目につくとイラッとする。
平民の村長に王太子妃様とその臣下の事情を説明する貴族も臣下もいないから、全部僕の憶測だけど、憶測が捗るくらいに、目の前の光景が現実のものだとは思えなかった。
今日の王太子妃様の視察についてきた人達が、視察についてこさせるのに向いている人選だと王太子様は本気でお考えに?
妻の周りで思わせぶりな振る舞いをしてから、察してほしいなとチラチラと妻を見てくる村人がいたら、妻が何かをする前に、その村人を捕まえて、誰に何がしたいのか、それをすることでどんな成果を出そうとしているのか、自分の思いつく言葉で語れと、詰める。
何時間でも詰めて、僕が分からせる。
村長の妻を蔑ろにしてくる村人を村の一員だから守ってやろうとはならない。
村人として村の一員でいたいなら、村長の妻には、言葉で説明するか現物を見せる約束以上に村長の妻の時間を使わせない。妻が現物を見る場合は、村長を含めた何人かで確認するから、関係者全員の調整をしろ、提案することがあるなら、実行計画を両方作ってこいと言ってやらせる。
これをやらせるだけで、何かを言いたくてたまらないだけの人は静かになり、村長の僕がしたい流れに合わせるようになる。
村長が絶対的に強い体制が続いていた村では、村長に言われる前に村人が自主的にするらしい。
村長だけが強い村でなくなってから何代か代替わりした僕の村では、まだまだ、指示だけ出すからやっておいて、は通じない。
僕が理想の村長を目指して地道に村人との関わり方を変えていっているところだからこそ、王太子妃様に仕えている人達の王太子妃様に対する態度は、気になって仕方がない。
僕が王太子様に腹を立てているのは、王太子様が王太子妃様周りの人事を握っていると予想しているから。
王太子様の配置した部下におもねる気があるなら、王太子妃様も一緒にお迎えにいきましょうと僕からエレインに言うだろう、という臣下からの押しつけの期待が腹立たしい。
エレインは王太子妃様なのに、こんな臣下しかついていないなんて。
人間関係だけに限定すれば、僕の村の村娘だったときの方が、エレインはよっぽどいい暮らしをしていた。
いけない、これ以上考えてしまうと、僕の不満を周りに悟られてしまう。
王太子様が来ると聞かされた王太子妃様に、いそいそと飛び付く様子のない以上、まだお会いしたことがない王太子に一刻も早く王太子妃様を会わせるための骨を折ろうという気にはなれない僕は、貴族を怖がりながらも、反発する気持ちが抑えられていない。
エレインを村から連れ出して、村娘じゃなくしておいて、どうしてこんな、と。
「僕は村長として、王太子殿下をお迎えにあがりたいと思います。王太子妃殿下は広場の中で待たれますか?」
僕の問いかけに、王太子妃様は強く頷き、周りをうかがうように見てから頼み込んできた。
「デニスにお願いがあります。私にこの村について教えてください。」
王太子様に相談することじゃなくて、村のことをエレインが僕に聞いてきた?
「平民の村長としてお教えできることをお伝えして、王太子妃様のお望みにかないますでしょうか?」
村長としては、王太子妃様にお答えすることは名誉なこと。
「十分です。私が村を出て行った日、デニスは、村長の息子として、私に懸命に伝えようとしてくれていました。」
共有する思い出を急いで取り出してきたように話し出すエレイン。
「覚えておられたんですね。」
「そのときの私は、村を出る運命の日が来たことが嬉しくて、デニスが懸命に話していることを聞いても真剣になれませんでした。」
エレイン、君、王太子妃様でなかったら聞き流さないようなことを言っている自覚はある?
「町以外の村の外に出られて、村をもっと知りたいと思い出していただけたのなら、あの日の青かった村長の息子の熱意は微笑ましい思い出にしておきます。」
「十年前の運命の日の私はデニスをうるさがったけれど、うるさがるくらい、私に諭してくれたのは、後にも先にもデニスしかいませんでした。」
エレインの熱意を僕はやんわりと押し返す。
「当時の僕は十二歳でしたが、村で一番可愛い同い年の幼馴染の村娘を村の外に連れ出した側でしたから。」
「デニス。私は、村から連れて出てくれたことばかりに目がいっていた私が考えていないことをデニスは一人で考えていてくれていたんだと、デニスの一生懸命さを思い出すようになりました。」
「王太子妃殿下の人生の足しになった時間がこの村にあることを光栄に思います。」
「デニス、村は重要じゃありません。重要なのはデニスだって、私、分かったんです。」
「王太子妃殿下になられた方の村を出ている時間に楽しい思い出が作れたのなら、光栄です。」
「デニス。村娘だった私は、運命の日に村を出ていく前から、運命の日とその後の日々を想像して頭がいっぱいで、生まれ育った村に詳しくなろうとは全く考えていませんでした。だから、デニスの話していた内容はあまり。でも、デニスが私に向き合ってくれていたことだけは忘れられません。」
「十年前の十二歳が十二歳の幼馴染に話していたことです。」
「デニス。私が帰るときに、私と来てください。私に真剣に向き合って、私に教えたり諭そうとしてくれるのは、あなたしかいません。」
エレインは真剣だ。
エレインは、幼馴染として僕に頼むのを止めて、王太子妃様としてお願いしてきている。
そうか。
よく分かっていないエレインを使って、僕が試されている。
「王太子妃殿下は、平民の村長に王太子妃殿下の教育係としてのお役目を求めているのですか?」
「役付きでもない両親から生まれたただの村娘の私が村娘から王太子妃になれています。心配しなくても、村長の息子から村長になったデニスはできます。お願い、デニス、私と一緒に来てください。」
王太子妃様は、笑顔で僕を見つめようとしてくる。
「村娘から王太子妃殿下になられたのは、王太子殿下がそれを望まれたから、でしたか?」
「アーレンドルフ様は、私が良かったんですって。」
「王太子殿下は、王太子妃殿下を選ばれた後、王太子妃殿下の臣下も選ばれたのですか?」
「デニス。心配しないでください。私はデニスを臣下にして連れていきたいなんて思っていません。デニスには意見を言ってくれる幼馴染としてきてほしいのです。」
「王太子妃殿下は、ご自身の人事権がどこまで及ぶかをご自身で確認されたことはありますか?」
「アーレンドルフ様とアーレンドルフ様に言われた人達は知っています。」
王太子妃エレインが、この人達と指し示したのは、バラけて、王太子妃様の周りにいる人達。王太子妃様が指し示した先にいた人達は、王太子様が王太子妃様に関する指示を直接出している臣下なんだと思う。
王太子妃様御一行は王太子妃様以外、村に入ってきてからずっと雰囲気からして無口だと感じていた理由が分かった。
王太子妃様御一行は、御一行の大半が護衛を占めている。護衛が仕事中喋らないことは不思議じゃない。護衛は武装しているので、一目で分かる。
王太子妃様御一行は、護衛が七割を占めている。
護衛が七割いることは、王太子妃様の視察に多いのか少ないのか、僕には分からない。
でも、残りの三割が、エレインの侍女らしい人を含めて、全員、王太子様の任命と聞くと。
「王太子妃殿下が十二歳まで幼馴染として過ごしていた村で村長をしている異性を幼馴染として、王太子妃殿下を叱るために王太子妃殿下が呼び寄せ、臣下にはしないとおっしゃられることは、王太子妃殿下の悩まれている問題を解決することから遠ざかるのではないかと愚考します。」
王太子様のエレインへの信用のなさととらえるか、独占欲の強さと解釈するかによって、エレインの置かれている状況への受け取り方は変わる。
「デニスは、私には幼馴染として話す方が話しやすかったんじゃない?デニスだけは私の特別だから、無理しないで。」
エレインの話し方が、王太子妃様から幼馴染に戻ってきた。
「仮に、王太子妃殿下が、王太子妃殿下の現在の臣下とは会話にならないと感じておいででしたら、王太子妃殿下が困ったと思ったときに起きていた事実と困った理由をまず、王太子殿下にお伝えしてみてください。例えば、臣下との人間関係の不自由さをどのように変えていきたいかを王太子妃殿下自身で考えることはされていますか?」
「デニス。もう、そういう話しはいいんだって。早く私の幼馴染のデニスに戻ってよ。」
エレインには、もう、王太子妃様らしい振る舞いをする気はない。
エレインの周りにいる人は誰も、王太子妃らしくしないエレインをどうしようともしていない。
「王太子妃殿下。十年前、村長の息子が十二歳のときに、十二歳の幼馴染の村娘に伝えていた、村を出たときの約束は、町と村の往復しただけで村の外の全部を知ったつもりになる村人に起きる悲劇を防ぐための村人の知恵でした。王太子妃殿下が十一歳までは守れていた村の外に出るときの約束を心の中だけで、どうにか思い出してください。」
僕が置かれている状況を悪くすることがあるとしたら、僕のことを幼馴染として一緒に連れていきたいというエレインだ。
「待って。約束した?私とデニスが?ええ、それは絶対に覚えていないとだめなやつじゃない。」
王太子妃エレインは、自分が何を言ったらだめなのか、本気で分かっていない。
「村長の息子と幼馴染だけの約束だったわけではありません。村の大人が一人で歩き出すようになった子ども全員にする注意のようなお約束です。」
僕に必要なものは、エレインが勝手に解釈したことがまかり通らないような立ち居振る舞い。
僕がエレインにいつも確認していた約束事は、村の子どもが村人にもどうにもならない問題に巻き込まれないための知恵。
今のエレインの暮らしの中には、エレインが我を出せるほど親身になって一緒にエレインの未来を考えてくれる人がいない。王太子様はエレインを甘やかしてエレインのために何でもしてくれる人。王太子様が夫になっても、何かが足りていないと考えたエレインは、王太子様と向き合って夫婦として話し込むことや、王太子様と王太子妃についての話をするという僕からの提案をそれはそれ、として聞いておくという姿勢だ。
今の生活に満足していないエレインが自分に足りていないものを考え、村長の息子とその幼馴染として暮らしていたときを思い出す。今のエレインの生活に村長の息子だった僕が一緒にいるようになれば、過ごしやすくなるとエレインは考えた。
だから、エレインと結婚したがっていた僕に会いにきて、僕が今もエレインと結婚したがっていることをエレインは自分で確かめにきたんだ。
村まで僕を誘いにきたエレインは、僕といる予想外の人物に再会する。
エレインを見送った十年の間に、僕は独身の村長の息子じゃなく、妻子持ちの村長になっていて、エレインとは天敵の関係にあるソロアが僕の妻になっていた。
僕を欲しがり、僕を連れて行きたがっているエレインには、ソロアが僕の妻でも、僕がソロアの夫で、娘を持つ父親で、村長として村をまとめている最中であることも、果てしなくどうでもいい。
村を出て村娘でなくなったエレインには、村人になったソロアなんて関係がなく、出ていった村については、エレインには興味がない。
エレインが一緒に来てと言えば、過去にエレインと結婚したがっていた僕ならすぐにうんと言うと考えていたエレインは、幼馴染として二人きりで砕けた会話をするのが僕には有効だと考えたからこそ、砕けた話し方をしてきた。
だけど、エレインが欲しがっている僕は、エレインが幼馴染として迫っても、エレインの生活に追加されることにうんと言わない。
幼馴染作戦は失敗したと考えたエレインは、王太子妃として振る舞うことで僕にうんと言わせようとしている。
村長の息子と村娘として村で過ごしてきたような快適さは、僕を連れて行っても行かなくても、どの場所でも、もう再現はできない。
僕はもう村長の息子だった十二歳の子どもじゃなく、エレインも村長の息子が結婚したがっている村で一番可愛い女の子じゃなくなった。
今の暮らしに僕を欲しがってもエレインの懐かしんだ村娘のような暮らしは、村とは違い、エレインが頼れそうな人が今のエレインの生活の中にいないから、という今の人間関係をどうにかしない限りどうしようもない。
エレインの今の人間関係をどうにかしたいなら、平民の村長の僕がエレインの面倒を見ても悪化するだけ。王太子妃になったエレイン自身が王太子様に協力してと頼むこと以外、解決策はない。
王太子妃様と王太子様とその周りの関係を外から見ている僕には、エレインの生活に僕が関わることの悪手具合がよく分かる。
そもそも、村長になって間もない僕が、村長を辞めてエレインについていくつもりは全くない。
気になるのは、エレインの周りの人が誰も止めていないこと。
王太子様の命令の範囲でエレインといる人達は、エレインの幼馴染として気長にエレインの話を聞く役割を果たすために、エレインと一緒に僕が村を出ていくことに反対していない?
事前に聞いて予想していたこととは違ったけれど、僕に分が悪いのは変わりがない。
僕は村一番の可愛い娘じゃない、大人の男で妻子持ちの村長だけど、貴族様から僕に王太子妃様と一緒に行けという命令があれば、僕には手も足も出なくなる。
僕は、僕の村で村長をしていたい。家族と村人と僕の村で暮らしたい。
エレインの行動の理由と周りの思惑が分かれば、僕がエレインと行かない解決策を提案するだけだ。子どものときの村人の約束事を思い出して、今の生活での行動に取り入れていったら、貴族としては変化が分からないかもしれないけれど、僕でも目につく今のエレインの悪目立ちはだいぶ減らせられる。
僕には、エレインが貴族社会で嫌われている状況をなんとかする知恵はない。僕からできる助言は、王太子妃様になったエレインの視察が今日の僕の村で終わるはずもないから、初見の村人に嫌われるやり方を止めることから始めていくこと。
僕の村の村娘だったエレインは、可愛かったから注目されていたし、村長の息子の僕がエレインと結婚したがっていたことを皆知っていたから、村長の妻になる女の子として周りから見られていた。
周りから何かを言われるたびに一人で泣くエレインの元へハンカチを持った僕が涙を拭きにいっていたのも、エレインは村長の妻になる女の子としての扱いを受けていたんだ。
十年前、十二歳のエレインは、僕に試練を与えられたという不快さに気を取られて、僕以外の子どもの行動や、僕とエレインと他の子ども達の間にあった線引に気付こうともしなかったけれど。
快適な暮らしの前提は、時間の経過とエレインの選択でもう戻らない。
「なあんだ、そういうのなら、別にいいじゃない、誰に聞かれても。誰にでも言っていることなんだから、誰も気にしないって。デニス、生きているだけで意外と何でも大丈夫なんだよ?私が保証する。」
エレイン。一人一人が生きていくことが、君の考えているよりも大変なんだ。
村娘から王太子妃様になった君は、村娘として生きてきた時間のうち僕が幼馴染として隣にいたこと以外、大したことだと思っていないようだから、口を酸っぱくして言っておく。
「王太子妃様。村人には王太子妃様のように城の中に住んで、護衛がたくさんついているような暮らしはしていません。王太子妃様の今のお暮らしでは問題ないことでも、村人の暮らしにはそぐわないということはございます。例えば、村人は、王太子妃様のような豪奢な生地の服を着ることはございません。」
「私だって、いつもはこんなに重い服を着ない。」
エレインは豪奢な生地の服をゆっくりと持ち上げて見せてきた。
一枚でも重たそうな生地が何重構造にもなっている。
「このドレスって、見ている分にはすごくいいけど、それだけ。生地からして重いし、デザイン重視だから見栄えはするけど動きにくい。デザイン重視で、軽くて可愛いドレスが良かったのに、王太子妃にはこっちと言われたから着ているだけ。」
王太子妃様が視察に行くときの服も王太子妃様の判断を仰ぐことはないほど、決まっていたと初めて知った。
「村人と私の服の違いなんて話題にするくらい、私と何を話そうか悩んでいる?デニス、その悩みは、私の暮らしを知らないせい。デニスが私の生活をよく知ってくれたら、私との話題に困ることはなくなる。村にいるより私ときた方が絶対にいい。というか、デニスは私と来て。」
どうしたものか、エレインの歯止めが効かなくなっていく。
村娘でなくなってからの十年を王太子様に可愛がられて、欲しいものを欲しいときに欲しがり、叶えてほしい希望を全て叶えてもらうようにして生きてきたせいで、我慢することが分からなくなった?
「私は王太子妃殿下と幼馴染だった時間があるだけの平民の村長です。王太子妃殿下と一緒に行くことはしません。」
「デニスは、何を気にしている?さっきも服について話していたから、デニスの服が気になっている?お城に綺麗なものが揃っているのは、平民の暮らす村と比べたら当たり前。デニスは、何を着てもいい。何でも着たら?デニスの行かない貴族の子どもが通う学校は制服が一応あったけれど、デニスは今さら行く必要ないし。」
「貴族の子どもが通う学校では何を学ばれましたか?」
「学校に入学したときから乙女ゲームが開始するから、そっちの対応に忙しくて。」
学校では、特に学ばなかったんだ。
貴族の子どもの学校は、学ぶための場所じゃないということ?
貴族の子どもを集めるのなら、学校では顔見せや顔つなぎを目的にしているのかも。
助言はしたから、後は手をひくのみ、でこの後は乗り切る。
「村人の知恵が漏れると村人が生きていくのに難儀しますから、思い出しても頭の中で復唱するにとどめていてください。」
人さらいを見つけたり、怪しい人がきたときの逃げ方だったり、悪い人に目をつけられないような振る舞い方は、存在感を出さないようにして貴族から目をつけられないこと。
どれも、村人が村で生きていくための大切な知恵。
エレインには王太子妃様から王妃様になる前に、村の在り方や村人の暮らしには興味がないと言わないようになってほしい。
エレインを盾にして、僕の村で何かをしようとしている人がいるのに、エレインも自分で考えてみないと、と王太子妃のエレインに直接、言葉で伝えることはできない。
不敬罪で僕が捕まってしまう。
仮に、エレインに伝えても、エレインは僕の言葉を曲解する。
エレインが僕を連れていくとしか言わないのなら、今と変わらない。
僕は、妻も子どももいる村長だ。
村長の僕が優先するのは、もう村娘でなくなったエレインじゃない。
だけど、エレインが困っているのは確かで。
目の前に助けを求めてやってきたエレインを見て見ぬふりなんて、僕はしたくない。
十年前に希望だけを胸に村を出ていったエレインが頼ろうとした人が、十年前にエレインがフッた思い出の中の僕だけだというのだから。
エレインを見送ったとき、エレインとは永遠に会えないと思ったんだ。
エレインのいない村への帰り道は、エレインを失った喪失感と、むざむざと理由をつけさせて、村人を貴族に連れていかせた村長の息子としての責任に押し潰されそうになっていたよ。
エレイン、村を出ていったきりの君には分からない、君の知らない僕の話だよ。
今日、会わなかったら。
直接、顔を見て話さなかったら。
デニス、とエレインに名前を呼ばれなかったら。
僕は、こんなに頭と気を使いながら、まかり間違っても処刑される口実に使われないよう、言葉を選んで話をしていない。
もし、先触れで知らされただけだったら、僕は悩まなかった。
目の前で困っているエレインを見ていなかったら、ギリギリで立ち回ろうなんて考えなかった。
明らかに僕への罠が仕掛けられていると分かるから警戒しているというのに。罠にされている当人のエレインだけは、自分が罠だと気付いていないから、グイグイくる。
エレインと話していて分かったことがある。
エレインは、僕が知っているときから、付き合いやすい方へは全く変わっていない。
エレインは、僕が知っている村娘として生きてきた十二歳のままの感覚と考え方で体だけ大きくなり、王太子妃様になっている。
王太子妃として、エレインにはうまくやれないはずだ。
貴族の養女になってから、貴族の生き方や考え方、貴族として必要な知識、臣下との接し方なんかをエレインは学んだのか?
学んでも身につかなかったなら、エレインは王太子妃様に向いていない。
王太子様に求められたから王太子妃様になります、じゃなくて、職業としての王太子妃をエレイン自身がやりたいかどうかを自分で考えて、自分自身を見つめ直す機会を一度挟んでおかないといけなかった。
王太子妃として、王太子様に求められたから、だけでエレインは人生を決めてしまった。
王太子妃様が、王太子様という面倒をみてくれる人に求められたからなっただけで、王太子様に何でもお任せすればいいという考えで生きていける場所にはいられるはずもない。
王太子妃様になる前に、王太子様になる大変さにエレインが気付いていたら、王太子妃を辞退できていたかもしれないし、王太子妃になるための努力に気付けていたかもしれない。
エレインが王太子妃様になって、もう一ヶ月。
いや、まだ一ヶ月と考えれば、巻き返せる?
王太子妃としての教育係側の悪評は、ソロアから聞いた。王太子妃教育をする土台となるものがないままで学ばせて身についたものがあるなら、エレインは王太子妃様になる素質を持って生まれてきた娘だと言っていい。
「王太子妃様。村長の息子として生まれた私が、村長の息子としての自覚を持ちながら生きてきた時間で身につけた全部をもってしてもまだ、私が目指す村長像には追いついていません。ですが、私はまだ二十二歳です。前村長や役付きの村人のやり方を学び、私自身の理想を追い求めて妻と相談もし、次の村長となる我が子を慈しみながら、村長として腕を磨き、村人と村を守って生きていきます。」
僕が責任を持ち、守るものを僕は絶対に間違えないし、ソロアが応援してくれて叶おうとしている僕の理想、強い村長は、あともうちょっとのところまできている。
エレイン、僕に勇気をくれるのは、君じゃないんだ。僕の隣にいる妻のソロアなんだよ。
僕が一緒にいて、これからも一緒にいたいのは、一人だけ。
青緑の髪と目をした、姿勢が綺麗な僕の妻。
「デニスだな。そなたの言い分は良く分かった。」
「「王太子殿下。」」
王太子妃様の周りにいた臣下が一斉に頭を下げる。王太子殿下がお通りになるための人の生け垣ができで、道になり、王太子殿下は、広場の中に入ってこられた。
僕もソロアも再び、頭を垂れて王太子様のおいでを待つ。
「アーレンドルフ様。今までお姿が見えませんでしたが、どこで今の話を聞いていらっしゃったのですか?」
王太子妃様が尋ねると、王太子様はにこやかに答えた。
「エレインが、以前、離れている人との会話を可能にする道具について話していたのを実用化して、試しに一つをこの村まで持たせていた。」
王太子様は、何でもないように話されている。
「どこからどこまで聞いていらっしゃいました?」
王太子妃様は、王太子様を責めるような声を出した。
エレイン、今じゃない!
許されるものなら、今すぐ幼馴染の口を両手で塞ぎたい。
「私とエレインが離れてから、エレインが話していることは全部聞いている。」
王太子様は、王太子妃様の不機嫌さをさして気にとめていない。
王太子様と王太子妃様について聞いていた前情報と違うのでは?
僕の疑問はむくむくと大きくなった。
王太子様が望んで、エレインを王太子妃にしたと聞いたけれど、エレインが何をしても可愛くて仕方がないほど惚れ込んでいるようには見えない。
「アーレンドルフ様。私。そういうことはしてほしくな。」
エレインは、ここがどこだか分かっているけれど、今、王太子様に文句を言う意味を分かっていない。
色んな人達が大集合している村の広場で、王太子妃様が王太子様に文句を言う姿を見せたら、その後が危うくなることも考えられないほどエレインが追い詰められているのか、エレインが考えないから今ほど追い詰められた暮らしになったのかを心配している場合じゃない。
「王太子殿下をお迎えしておきながら、挨拶もまだでございました。私が村長のデニスでございます。」
十年前と同じように。
僕は、幼馴染の会話を止めるため、金髪碧眼で長身の王太子様の前に出て、名前を名乗り、跪いて頭を垂れる。
「顔を上げよ。デニス、十年で村長か。」
「さようでございます。」
「王太子妃がデニスにしていた話は、私も聞こう。」
「お迎えを予定しておりました建物へご案内します。お話はそちらで。」
僕は、急ごしらえでも真新しく綺麗にしてある建物を示した。
王太子様は、チラッと目を向ける。
「手間をかけさせたが、後でいい。村長の家を見てみたい。」
王太子様が仰せになった。
「我が家にお越しください。」
王太子様が村長の家に王太子妃様と訪ねるのは、僕の予定にはなかったけれど、王太子様と王太子妃様の訪問の予定を組んだ人達にとっては、全て予定通りなんだと思うと、これから何が始まるのかが分からなくておそろしい。
「ソロア、後で私とエレインが、村長の案内でむかうときのために、ソロアは予定していた建物で待て。」
王太子様に言われ、ソロアは、先に離れますと王太子様、王太子妃様、僕に頭を下げると、新築の建物へ向かった。
ご領主さまでさえお越しにならないような、辺境の村の村長の家に王太子様と王太子妃様が立ち寄りを希望される理由が僕には思い当たらない。
今ごろ、子どもは両親といて、ソロアは村長の妻の役目を果たしてくれている。
王太子様と王太子様の視察に合わせて、両親も妻子も家の外に出ているから、うるさいと咎められたり、うっかり恐ろしい話を聞いてしまう心配をしなくてもいいことを喜ぼう。
王太子妃様の予定外の単独行動を装った不穏さが王太子様の来訪で塗り替わるか、恐ろしい計画があらわになるのか、分かったときが僕の勝負どころだ。
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