6.幼馴染だったエレインが王太子妃様として、到着。僕の妻との因縁が
僕とソロアは、村長と村長の妻として、予行練習をしたりしながら王太子様と王太子妃様を出迎える予定で段取りを組んでいた。
華々しい団体が、聞いていた人数よりもだいぶ少ないことに予定外のことが起きたと察したものの、僕がすることは詮索じゃない。
「ようこそお越しくださいました。」
僕が出迎えるのは、王太子妃様だ。僕がすることは、村を代表して、頭を垂れて歓迎の意を示すこと。
王太子様と王太子妃様を出迎える準備ができていた村に現れたのは王太子妃様とそのお供の人達だけだった。
人数は聞いていた人数の半分以下。
「王太子殿下は、後から合流される。」
王太子妃様のお供から口頭での下知を聞く。
王太子妃様が独断で予定外の行動に出られたのか、王太子様と打ち合わせの上で、先触れとは違う行動をとられたのか分からないと頭の中で考えつつ、先頭に立って、王太子妃様御一行を村の広場へと案内した。
王太子妃様御一行が広場に入り終わったところで、僕とソロアは並んで膝を折って頭を垂れる。僕とソロアの後ろには、整列した前村長と役付きの村人が、膝を折った姿勢で頭を下げて待つ。
「楽にしなさい。」
王太子妃様の一声で頭を上げる。
元から可愛かったエレインは、大人になって豪奢な生地の服がよく似合っていた。
村娘だった幼馴染は王太子妃様として磨かれたんだ、と思ったとき。
頭を垂れている状態から頭を上げていく僕の視界の端に、隣にいるソロアの着ている服が入り込んだとき、僕は、心臓がつかまれたような気になった。
僕の幼馴染が着ている服を着ている王太子妃様の豪奢な生地の服を着ていたのは、ソロアの主人だったかもしれなくて、主人の側に立つに相応しく整えられた服を着たソロアが、主人の後ろにいた未来があったかもしれなかったんだ。
村長の息子として生まれて、村長の息子として生きてきた僕は、村人が着る服を着て大人になった。
貴族の実子様と共にある娘時代を過ごしてきたソロアが目にしてきたものが、今、僕とソロアの前に並んでいる。
僕は、村長になる僕の未来のために、領主一族に仕える平民の娘を妻にほしいとマルク様に望んで、叶えられた。
でも、ソロアは?
領主一族に仕える家の娘で、ご領主様の実子様にお仕えしていたソロアは、マルク様の紹介がなければ、平民の村長の息子の僕の妻には。
ソロアの話を聞いて、エレインのしたことを分かっていたつもりだった。
だけど、分かっていなかった。
僕は、今、幼馴染のエレインを前にして初めて。
妻のソロアとソロアの主人が失うことになったものの大きさの一端を知った。
王太子妃様になった幼馴染は、僕を見て、満面の笑みを浮かべた後、僕の横にいるソロアを見て、ぎょっとした。
「あなた、ソロアじゃない?私の行き先に現れたのは、お姉様の指示?私の視察先で何をしているのか言いなさい。」
エレインの口ぶりからして、ソロアが一方的にエレインを天敵認定していたわけじゃない。
「王太子妃様をお迎えしています。」
「ここはあなたのいるところじゃない。お姉様の使用人が私の前に立ってどうするの。」
「私は今、この村の村長の妻として、ここにいます。」
「ソロアは、あなたの結婚が潰れた恨みを私に果たしにきたんじゃないのね?」
エレインのソロアへの問いかけに、ソロアの結婚を破談にした自覚がエレインにあることを知った。
エレインを題材にして、貴族と村人の物の見方の違いをソロアに話したのは、失敗だったかも。
僕が思っていたより、エレインには自覚があるんだ。どうしよう?
「そのようなことはしておりません。私がこちらの村へ嫁ぐ事になったのは、主人の家の領地を視察したいとお忍びでお尋ねになった王太子殿下御一行様のお一人から、主家とこの村の縁を繋ぐことをご提案されたからです。主家がそのご提案を検討して、私はこの村へまいりました。」
僕の隣にいる平民の村長の妻になったソロアの方が、落ち着き払っている。態度だけ見ると、ソロアの方が貴族社会に馴染んでいそう。ソロアが冷静なだけに、エレインが貴族社会で孤立した理由が、察されてしまう。
「分かっているけれど、これは確認だから。ソロアの結婚相手になるはずだったアーレンドルフ様の部下とあなたの縁が切れたのは、お姉様から私に主人を変えないとあなたが言ったからだもんね?」
「おっしゃる通りでございます。」
「あなたの結婚話がなくなったのは、私と一緒に行くのを嫌だと拒否したあなたとアーレンドルフ様の部下を結婚させるわけにはいかなくなったからということをあなたが分かっているならいい。」
僕が涙を拭いていた村娘だった幼馴染は、王太子様と結婚して人を傷付けても、傷付いた人が悪いというような王太子妃様になっていた。
今の僕は、何でもないような顔をしているけれど、エレインの話をソロアにするんじゃなかったという後悔の真っ最中。
同時に、エレインに結婚を断られて良かったとも思っている。
エレインとの結婚を考えていたときは、見たことがないような可愛いさがあれば、と思っていた。
けれど、有り余る可愛さがあっても、僕に振りまかれないのなら、その可愛さはなくていい。
王太子妃様だから、服も髪型も宝石も平民には無縁のもので輝いているエレインは、村で一番目立っている。
それなのに、どうしてだろう?
村で一番可愛いと思っていた花が咲いたような笑顔は見る影もなくなっている。
幼馴染を連れていった王太子様は、幼馴染の花が咲いたような笑顔はお好きじゃなかったのかと邪推してしまうほどだ。
喜びも悲しみも怒りも、真っ直ぐに向けてきて、嬉しそうにしているのを見れば、見ている方が笑顔になるようなエレインだったのに。
大人になったから?
平民をやめたから?
元々の性格が研がれた?
色々考えたけれど、僕が思いつく説明でおさまる変わりようじゃなくない?
僕と一緒に戦うと決めて、僕の隣で因縁の相手に立ち向かうソロアの、エレインに正面突破はさせないという心意気が、衝撃を受け止める強さを僕にくれている。
エレインとソロアのやり取りのせいで、僕の幼馴染と僕の妻との関係が良くないものだった、村中が知ることになった。
僕がエレインとのやり取りをするときは、ソロアの印象が悪いものにならないように言葉を選ばないと。
村長の妻が元村娘の王太子妃様と険悪な間柄だと知れ渡って、いったい誰が得をする?
得をする人は誰もいない。
エレイン周りにいる人達が早くエレインを止めてくれないかと待ったけれど、誰も言葉を発さない。
王太子妃様になったのに、視察先の村長の妻との不仲が広まるようなことをしてはいけないと注意してくれる人はエレインにはいない。
王太子妃様はいずれ王妃様になるのに。
貴族社会での不評をばら撒いているのは、幼馴染自身の振る舞いが元になっていると聞いて納得してしまうところはある。
エレイン自身の振る舞いも目につくけれど、広場がエレインの独壇場になっていることの方が僕には不気味だった。
王太子妃のエレインと村人のソロアが直接話している間、エレインの周りにいる人達には、二人の間に入る素振りが全くなかった。
王太子妃様の伴も、僕の妻のソロアも僕の妻の実家から駆けつけた応援の人達も、王太子妃様となったエレインの振る舞いに平然としていることが、僕は何よりも恐ろしい。
元村娘を養女にした家が治めている領地の、村娘を輩出した村への王太子妃様になってからの視察は、村を含む領地を治めるご領主様の了承の元に行なわれており、その村を治めているのは、王太子妃になる予定だったご領主様の実子様という事実の中には不安にならない材料がない。
僕の村でのエレインとソロアとの会話が、二人の因縁を省いた形で、具体的には、元村娘が生まれ育った村の平民の村長の平民の妻が、元村娘の王太子妃様の挨拶を失敗しました、とご領主様や王太子様に報告されてしまったら、僕もソロアもひとたまりもない。
表情を変えずにいられるソロアが、僕には心強い。
ソロアが頑張っているなら、僕も。
ご領主様と王太子様に、村長の僕とその妻ソロアの報告がされた後、僕やソロア、父や役付きの村人の頭の上で、ご領主様と王太子様の綱引きが始まり両者の調整がなされることになる前に、今、僕がなんとかしないと。
目の前で幼馴染が初対面の貴族と去っていくのをみているだけだった十二歳だった僕には、貴族に逆らわないという基本だけが身にしみていた。
二十二歳の僕は、村長として、十年前よりも多くのことを知っている。
貴族様が話し合いをし、僕達平民に話の結果がおろされるころには、僕達にできることなんて何もないから。
今、僕が知りたいのは、今日起きることをソロアがどのように理解していたか。
ソロアは、貴族ではなく、貴族様の内側にも入り込んでいない。
貴族様の都合で利用されて捨てられる未来は、ソロアにも十分あり得たけれど、それが我が身に起こるとソロア自身が想像したことはあったかな?
僕は、正直、貴族は怖いと思いながら、今日を乗り越えることはできると思っていた。
今日、王太子妃様御一行を直接見る前の僕は、貴族様の権力の一部を経験しただけで、全部を知った気でいた。
貴族様は、僕の知っている話より怖いかもしれない。
妻の実家の人達は、妻の味方?
それとも、ご領主様の目として、僕の村に出入りしていた?
思い返してみても、分からない。
僕の心臓のバクバクする音が誰かに拾われてしまいそうだ。
横目で見るソロアの横顔からは、貴族様を恐れる感情が微塵も読み取れない。
内心の動揺を必死に取り繕っている僕とは大違い。
僕の幼馴染から優しくされないことも、実家が完全に味方になるとは限らないことも予想して、その上で、ソロアは、逃げも隠れもしないで、僕と並ぶためにいる。
横にソロアがいるだけで、途方もない権力に押し潰されそうな気配を感じながらも、負けない勇気をもらえている気がする。
エレインと並んで歩いていたときの僕の中には、一度も沸いてこなかった。
ソロアは一緒にいると勇気付けられる。
僕には、賢くて芯の強い勇気が出る、いい妻がいる。
お嫁さんと子どもと村人と一緒に村長として村を守るのが、僕の仕事だ。
「村長と結婚したというのなら、ソロアは村長と並ばないと変じゃない?村長はどこ?」
王太子妃様に村長はどこにいるかと聞かれた妻は、身ぶりはつけずに、言葉だけで王太子妃様に伝える。
「村長なら、私の隣に。」
僕は、頭を下げた。
「村長です。」
エレインは呆気にとられた後、慌てたように尋ねてきた。
「村長はあなたのお父さんだったでしょ?」
「代替わりしました。」
王太子妃様が、視察に選んだ村の村長の代替わりさえ知らないから、自分でそう説明した。
そんな状況になったことが悲しかった。
出身の村を視察先に選んだ王太子妃様は、顔見知りがいるはずの村の村長が代替わりしたことさえ、知る状態にいない。
エレインが現状に何を感じているかなんて、村長から王太子妃に聞くわけにもいかない。
ただ、村娘だったエレインが、王太子妃様としてどんな風に遇されているかを見せつけられているせいで、僕は気分が悪い。
元村娘が王太子妃になったことを歓迎している人が貴族社会におらず、王太子妃様は貴族社会での人気がないというソロアの説明を証明するような出来事が目の前で繰り広げられているのに、誰も何も気にしている様子がないことに、じわじわと怖さが増してくる。
そんなに、元村娘の幼馴染が憎いの?
そんな余計な一言が口から漏れてしまいそうになる。
幼馴染のエレインは村人とは違う集団に飛び込む意思を持っていた。村娘の意思が気に食わなかったにしても、迎え入れられたから今もその場ににいるエレインに、全身を覆うように憎悪を向けるの?
幼馴染のしたことが人に幾重にも憎しみを植え付けることだったとしても、気に入らないものは気に入らないからと常軌を逸した現状を変えないでいられる、恐ろしい人達。それが貴族様だ。
僕が内心恐怖で震えている間も、王太子妃になったエレインの調子は変わらない。
「え?村長は、交代するほど年寄りだった?」
幼馴染の口調からは、失礼な物言いが普段から身についているのか、僕の父の前村長に思うところがあって当て擦っているのかが分からない。
どちらであっても、目の前にいる息子の僕は、聞いていていい気分はしない。
王太子妃様になるための教育に口のきき方は入っていなかったのかと疑いたくなる。
幼馴染だった王太子妃様の視線が妻から僕へ、僕から僕の後ろへと移動した。
「結婚して妻子と村を守ろうと村長になる自覚が私に芽生えたときに、私に交代しました。」
王太子妃様の視線が僕の後ろあたりで止まった。
「僕の後ろにいるのが、前村長で僕の父です。」
僕は体を斜めにして、王太子妃様に尻を向けないようにしながら、手で父を示す。
頭を下げた父に、王太子妃様は何も言葉をかけなかった。
「デニス。私、あなたと話がしたい。」
僕は丁重にお断りする。
「今、話されています。」
幼馴染は、慌てた。
「違う。私はデニスとだけ別の場所で二人で話したいのよ。まどろっこしくしなくても、デニスなら私の言うことが分かると信じている。」
エレインの話し方が砕けすぎて怖い。王太子妃様の格好をして村娘だったときのように話す姿があまりにも合っていない。
エレインが僕の何を信じているのか、さっぱり心当たりがないと言いたいけど、何と言おう?
僕が悩んでいるうちに、エレインは一人で話を進めようとしていく。
「そういうことだから、他の人は下がって。ソロア、聞いている?」
エレインの話し方は、普段から失礼な話し方をしているわけではなく、元住んでいた村人に対しては、砕けた話し方でいいと思っているからこそかな?
「王太子妃殿下。僕は、王太子妃殿下と同性ではありません。」
「急に、何?」
「僕は、男性ですし、この村の村長で妻帯者でもありますから、王太子妃殿下とお話するなら、人目につくところで、二人きりにならないことをお約束していただけますか?」
王太子様に望まれた元村娘の王太子妃様と平民の村長の会話を聞いて、様子をつぶさに観察している目はたくさんある。
「あなた、私にそんな風な口のきき方をしたことなかったじゃない。いきなり嘘くさい話し方は止めてよ。」
四方八方からの視線で僕は理解した。
今、観察されているのは、元村娘だった王太子妃エレインじゃなくて、十二歳まで元村娘だった王太子妃様が気にし続け、わざわざ会いにきて直接話しかけている僕。
「王太子妃殿下が既婚者なられたように、私も結婚して親になり、村長になりました。」
「デニス、あなたは結婚して、もう子どもがいるってどういうこと?全部が早くない?」
視察先で幼馴染に会ったからと懐かしく話しかけているだけだったら、僕が所帯持ちになったことを知らなくても、変じゃない。
でも、王太子妃様の視察に来た目的が、僕に会うことだったら、十年の間に僕に妻子がいるようになったという報告が届いていない?
王太子妃様のご意向を受けての視察なのに、意図的に王太子妃様に情報が入らないようにしているとしか思えない。
僕は、怖い貴族の目に怯んでなるものか、と腹に力を入れる。
「僕は村人です。遅くも早くもありません。」
僕の結婚した時期も妻の出産の時期も、村人としては早くない。
僕が平然と返しても、王太子妃様は納得がいかなかったようで尋ね直してきた。
「デニスは、優しいから、結婚を焦ったソロアに、結婚を急かされたんじゃない?」
幼馴染が村娘のままだったら、僕の妻を目の前にして言うことじゃない、と僕は叱っていた。
平民だった幼馴染が、貴族様の紹介で貴族の養女になり、王太子妃様にふさわしくなるまで教育を受けてこられたのと同じように、僕の妻は、僕の村で村長になる僕と結婚して妻になるための準備を終わらせてから僕と結婚している。
でも、反論として考えたことを全部言葉にしてしまうと、王太子妃様への当てつけととられかねない。
この場には、王太子妃様を貶めることに意欲的な人達と王太子様の機嫌を取りたい人達と、ご領主様に有利になるような仕事をしたい人達が集まっているんだ。
僕の村を僕達の手で守りたいと考えているのは、平民の村人だけ。
分が悪い中での受け答えは慎重にいかないと。
「互いに結婚するのにいい時期に結婚に結婚しました。」
王太子妃様と妻との会話で、妻が元々結婚を予定していた男が王太子様に仕えている平民だったと聞いたとき、驚いたのは、僕だけじゃない。
僕と妻の後ろで話を聞いている前村長の父も役付きの村人も、妻の前の婚約者の話なんて知らないでいた。出迎えの賑やかしとして並んでいる村人が僕と妻を見る視線にも、感情がのっているのを感じる。
「結婚にいい時期って言うけど、十代で結婚は早いよ。」
村人が十代で結婚して家族が増えて村を支える人口が増えるという循環が途絶えたら、村は衰退するだけ。
僕の村ではうまくいっていること。
王太子妃様となった幼馴染は、僕の村で十代が結婚することの何が気に入らないんだろう。
「僕は、家族に恵まれて幸せな結婚生活を送っています。」
僕が幼馴染の本心を聞いたのは、僕と二人で出かけた先で喧嘩したときだけだ。
僕との口喧嘩の仲介に入った貴族についていくのを喜んだ幼馴染は、生まれた村と生まれた村での暮らしがどれだけ哀れなものかを貴族の間で話題にしたとは聞いている。
幼馴染が、僕や僕以外の村人に対して好意的な感情を持っていないことは、二人で口喧嘩したときに直接聞いた。
口喧嘩した日に、幼馴染は僕の村の村人でなくなったし、僕は幼馴染と結婚しない、村人と幼馴染を結婚させないという約束を貴族の前でしたんだから、もう僕の村と幼馴染は無関係になったと僕は思っていた。
「この村は、私がいたころから変わっていない。大人になっても結婚するしかすることがない。大人になる前に記憶を取り戻して、村を出ておいて本当に良かった。」
王太子妃様の結論がそれなら、僕が僕として配慮することは何もない。
王太子妃様になった幼馴染は、僕が守るべき僕の村人じゃない。
僕は、僕の中にある認識を再確認する。
「王太子妃様となられたそうで、御結婚おめでとうございます。」
村人じゃなくなった幼馴染には、村長として、王太子妃様に対する礼を尽くすと僕は決めた。
「デニスは私と結婚する気だったのに、そんなに他人行儀になるなんて、いったいどうしたの?何かあった?二人になって話を聞く?」
エレインは豪奢な生地のドレスのまま僕の方へ近寄ろうとするから、エレインが立っている側にしか赤絨毯が敷かれていないことを目線で示す。
豪奢な生地のドレスが村の土で汚すのは気が咎めたらしい。
エレインは、僕へと踏み出しかけた足をその場に縫いとどめた。
僕との結婚が嫌がったのは君なのに、私と結婚したかったんでしょ、なんて。
どうして、どういうつもりで、君は僕に聞いてくるの?
「村長の息子と結婚し、村長の妻として、私と一緒に村を守りたいと考えてくれる妻と出会うご縁があり、私は理想の結婚をしました。」
僕の隣にいるソロアは、エレインと僕が話す間、整えた表情を変えていない。
「私達は、私が村娘じゃなくなるまでずっと一緒にいた。デニス、私はあなたの一番近くにいる女の子だったんだから、急に他人行儀になるのは止めてよ。」
十二歳からの十年は、僕にとって短くなかった。迷わず他人行儀になるほど、君は遠くなったと話したら、君に通じるかな?
「直答をお許し願えますか?」
「許す。ねえ、あなたは、そんなキャラじゃないじゃない。いつからそんな風に?ソロアと結婚して尻に敷かれたから?」
王太子妃様になった幼馴染の、王太子妃としての振る舞いには疑問しかない。
けれど、僕は、答えたいことを言葉にした。
「僕は、僕の村人じゃなくなった君に何かを直接尋ねることは、もうしないんだ。」
「私が貴族の養女になって王太子妃になって畏れ多いから?」
「畏れ多いからじゃない。君の考えや振る舞いについて、君に一つ一つ確かめていくのは、もう僕の役目じゃないからだ。」
僕は、君が僕に会いにきた理由を察した。僕には簡単だったよ、エレイン。
僕と君の瞳がお互いの姿を映し合う。
僕と君は、手を伸ばせば繋げる距離にいる。
僕と君の装いを比べてみれば一目瞭然。
僕と君はもう並ばない。
「あなたは、私の一つ一つを確かめる役目の人に心当たりがある?」
「君が結婚して夫にした王太子様。」
「アーレンドルフ様は、素敵な人。私のためを考えて、私と結婚するために私に歩み寄ってくれた。」
「エレイン、君は?君からは歩み寄らなかったの?」
「私は、アーレンドルフ様が私に歩み寄ってくれるのが嬉しかった。私が求めていたのは、そういうことだもん。アーレンドルフ様が私のために心を砕いて手を回してくれる時間は幸せだった。」
「エレイン。君の口ぶりだと幸せな時間は終わったように聞こえるよ。」
「平民から貴族の養女になった私を好きになってくれた人と私が結婚するには、私がその人に追いつかないといけなかった。」
「僕は、結婚してからも妻の実家や妻に勉強させてもらっているし、僕の妻は、今も村の暮らしも村人も知ろうとしてくれている。暮らしてきた環境が違う二人が結婚しても、互いに相手に近付く努力をし続けないと夫婦として続けるのは難しかったというのが、君より先に結婚した僕の結婚についての実感だよ。」
エレインの視線からは強さが消えた。表情も自信なさげになる。
「デニス、あなた、本当に、私のこと、何とも思っていない?少しも?全然?」
僕は、柔らかく笑うように心がけた。
誰かを安心させる代わりに誰かを不安にさせるようなやり方はしたくない。
今、僕の言葉で安心したい人は目の前にいる不安気な幼馴染と、僕と幼馴染が話している間も顔色を変えずにいる妻。
僕の言葉を利用したい人達はたくさんいるから、たくさんの人達は、今どっかにおいておく。
僕が今、一番大切にしていて、これからも大切にしていきたいものを僕は選ぶ。
「エレイン。君は、村で一番可愛かったけれど、君の家族にも親戚にも役付きはいなかった。村長の息子の僕が君と一番仲が良かったのは、村の治安のためだと言えば、今の君は理解できそう?」
僕の人生最大の大嘘を君は見抜ける?
十二歳の僕を論破したように、また、今から口喧嘩を始める?
今の君に必要なのは、過去に君を求めた男じゃない。
かつて、人生を共にと君に望んだ男は、もう別の人と別の人生を歩んでいる。
この嘘は、君のため。
十二歳まで君と結婚したいと考えていた僕が君に与える最後の試練だ。
かつては、君に試練を与えたことを怒られて、試練を乗り越えてほしいと君に言って酷く嫌われたことを思い出す。
エレイン、もう試練とは伝えない。
君が自分で乗り越えないと乗り越えられないものなんだと、君には自分で気付いてほしい。
君が自分から乗り越えないと、君の閉塞感も、ドツボにはまる感じも終わらないんだ。
だから。
僕のかつての思いを僕は君になかったかのように話した。
さようなら、僕の初恋。
可愛い君が好きだった。
可愛から好きだった。
可愛いから結婚したいなんて、と君は不満気に切り捨てたけど、君の可愛いさが僕の胸の扉を叩いたんだ。
どんな君でも、君がどれだけ僕を悪く言っていたかと聞いた後でも、僕は君のことを考えたよ。
僕の考えたことは全部、伏せたままにしておこう。
僕と君とは、違う場所で違う人と生きるんだ。
僕は、僕の何年間分の思いと君との思い出を全部嘘にしてみせる。
「君が好いていなかった村の在り方は、君が村娘として過ごしていた間も、その前もその後も、村長や他の村人が、村全体が飢えないために協力し合って形になってきたものなんだ。」
「ええ?」
「子どもだった僕は、村長の息子を名乗っていても、まだ村の統治の全容を分かっていなかった。大人になって、結婚して、子どもができて、妻も子も村人も飢えさせてなるものかと思ったときに、僕は大人として一人前になったよ、エレイン。大人として、村長として、子どもを飢えでなくさなかった前村長の村の統治は、僕を子どもでいさせてくれた。前村長や役付きをはじめとする村人達、村に住み始めた僕達の先祖が試行錯誤してきた恩恵を受けて、子どもだった君も大きくなったんだ。」
僕は、君が村娘だった村の村長になった。
君は、王太子妃様になった。
僕達が、この先同じ場所で同じ高さで同じように話す日は二度と来ない。
「王太子妃様になった君がいつ王妃様になるのか、僕は知らない。」
「私だって分からない。」
「だから、今、僕は一人の村長として、王太子妃様になった君が王妃様になったときに覚えていてほしいことをまとめて伝えることにする。」
「今?今、聞いても。」
「村長の息子から村長になった僕が、村娘で幼馴染だった君に贈る、村人だったよしみの最後の贈り物として受け取って帰ってほしい。」
僕は、君のことを可愛いと思っていた。
僕だけでなく、村中が君を可愛いと思っていた。
君が僕の村の村人でなくなった十二歳の夏まで。
僕は君と二人で出かける日を毎回楽しみにしていた。
可愛い君と二人で出かけることに心が弾まないわけがないとは口に出さない。
「いいけど、何?」
「町を行き来するための治安の良い道を二人で歩いていたことに、君は疑問を持ったことがある?」
「町中に出かけたときの思い出の話がしたいってこと?」
「まだ子どもだった君と僕が二人だけで安全に出かけられたのは、僕が村長の息子として通り過ぎる村々に挨拶して、通るたびに手土産を渡し、道中の警戒をお願いしていたからだよ。」
「そうなんだ、知らなかった。」
僕は、君と出かけるための出費を毎回覚悟していた。
出費がかさんだとしても、僕は君と二人で街へ行きたかった。
誰のちょっかいも妬みもない二人だけのお買い物は、前日に雨が振って地面がぬかるんだりすると延期だから、買い物に行く前日までの毎夜、晴れてほしいと天に祈っていた。
村の外まで、可愛い君と二人だけでのお出かけ。
僕が村長の息子だからできたこと。
村の男達には、君と出かけられる優越感を悟られていたよ。
帰ってきたとき、君は村の男の子から引っ張りだこになっていた。
村に帰ってから君は男の子の輪の中心にいて、僕は君ばかりじゃなくて、私も連れて行ってよという女の子に囲まれていた。
「君が村を出て、村の男とは僕を含めて結婚しないと言って貴族についていった日、一人で帰ってきた僕が君は貴族に連れていかれて、この村の男の誰とも結婚しないと貴族の前で約束することになったと説明したら、貴族の目にとまったら連れて行かれる可愛さだったんだと、皆、君が帰ってこないことを納得していたんだ。」
「デニス、あなたが村長の息子の責任感で私といたのなら、私は随分と頓珍漢なことをあなたに言っていたんじゃない?」
君の方がフラレたみたいな顔をしている。僕は君にそんな顔をさせようとしたわけじゃない。
君の王太子様に直接文句を言うのは僕の役目じゃないから言わないけれど、君の王太子様と話し合うんだよ。
「君は、僕が村長の息子だったから一緒に出かけてくれていた?」
僕は、そっと言葉を重ねた。
「村はつまらなかったから、あなたに誘われて街に出かけるのは毎回楽しかった。」
花が咲いたような笑顔が君に蘇る。
「君が喜んでくれているのは、知っていた。」
君の満開の花のような笑顔がまた見られた。
「私は分かりやすかった?」
「僕も楽しかったから、君も楽しんでいると思ったんだよ。」
僕はお茶目なフリをした。
「あなたが、村長の息子としてのお役目を早いうちから果たしていたなんて知らなかった。」
僕と君は幼馴染。
僕と君の間に、恋はなかった。
今日、僕は、宣言した。
証人は山程いる。
君は、これから、僕が言い切った言葉を信じて帰って。
「言わなかったから。」
本当は村長の息子の立場を利用して君と出かけていたんだよ。
僕から君に伝えることはもうない。
僕の初恋は封印した。
本当は、可愛い君の可愛さを独占したくて、村長の息子の立場を駆使していたんだ。
可愛い君を見て、君の可愛さを思って幸せになっていた十二歳までの僕。
村長の息子として少し優遇される立場にいたけれど可愛い君と一緒にいるのが楽しくて、もっとずっと、大人になっても一緒にいられるようになりたいという思いは、君に直接打ち砕かれた。
僕の女の子の基準は今でも君だという話を君が知る日はこないね。
僕は口をつぐむから。
誰を見ても、どんな会い方をしても、君ならどうした、とか、君のしたことや、君の姿と比較してしまうことは。
大人になる前に僕の前からいなくなった君を、女の子を考えるときのの基準にして生きてきた。
僕だけじゃなく、僕の村の男は皆そうだ。
僕から他の男に確認することはしないし、誰かが話題にしたら僕は止める。
君が僕の前から去ってからの十年は、君の中の僕を君に溺れなかった男に変えるには十分な十年だと思わせられた?
僕の最後の送りが、君の拒絶を招きませんように、と君の目の前で僕は祈る。
十二歳までの君しか僕は知らない。
可愛い君は、僕の人生の特別だった。
可愛いは、君を好きになる十分な理由になった。
気を引くために話しかけたり優しさを見せたくて、新品のハンカチを用意したりしていた僕の初恋。
村を出たがった君が、僕の気持ちに応える気がなかったことを僕は知っている。
僕は君に恋をしなかった。
そういう風にしないと駄目なんだ。
駄目になるんだ。
君じゃない人と結婚し、村から出ることなく、村を守る僕は、村長だ。
十年前より駄目にしたくないものが僕には増えた。
僕が今も独り身だったら、君の欲しい答えを言おうとしていたかもしれない。
今日、誰かが画策した通りに。
君との結婚を考えていたという全部に、今日、僕と君は永遠のさようならをしよう。
君と僕は、幼馴染だった。
村で一番可愛い村娘と村長の息子が、子ども時代によく遊んでいただけ。別におかしなことはない。
可愛い君が可愛くて結婚を考えるくらい好きだった過去は、僕自身がなかったことにするから。
君は、君の出会った人と幸せになれるように、再会したときに話をするんだ。
もうすぐ、来てくれるらしいから。
君の言葉で伝えるんだ。
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