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君の涙を持ち帰るのは、もう僕じゃない  作者: かざみはら まなか


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5.新村長の仕事。王太子様と王太子妃様がお越しになる前に、僕からソロアにどうしても伝えたかったこと。

王太子様と王太子妃様の視察の日になった。きらびやかなお貴族様の行列を接待する準備は早々に止めている。

「主家の領地の端っこも端っこに向けてド派手な行列を出しては、領地にいるお嬢様派から反感を買う。自分の首を絞めるような派手な視察は、周りがさせない。安心して村の身の丈にあった出迎えをしたらいい。何か予定が変われば、視察団の通り道となる村々から連絡がくるので、どんと構えて心配するな。」

とソロアの実家からも助言をもらっている。

村の滅亡待ったなしのいちゃもんに負けないように、ああいえばこう言うの訓練はしてきた。

「僕は、口が達者な村長になった。」

貴族に相対するときに、貴族の無茶な要求を煙に巻いたりするやり方を伝授してもらっている。

貴族様相手に練習ができないから、本番一発勝負。


王太子様と王太子妃様の視察前の最終打ち合わせをした後の最終点検という名目で、僕はソロアと村中を回った。

村長が現場の士気を上げて回ることが団結のために大事だとソロアが強く主張したんだ。

王太子様と王太子妃様がお見えになる前に、村人の顔を見て話す時間を駆け足でひねり出した。

結果、やって良かったと思う。


村に来ることがないような身分の方をお迎えすることが、平民の村人だけで暮らしているような何もない村の村人の不安を掻き立てることや、したことのないお迎えの準備に疲弊しながら、お迎えすることを王太子様に説明して止めてほしかったと、僕は今でも思っている。

不満は腹の中で思うだけにして、村人を励まして回った。


特産で栄えているようなものも特にない領地の端っこの平民だけの村に、王太子様と王太子妃様をお迎えする名誉なんていらない、というのが村人の総意なんだ。

明日明後日、一週間後、一ヶ月後の自分達を守るために毎日の生活を維持することは、村人にとって絶対に譲れない。

十二歳まで村娘だったエレインは、村人の立場で困ることを知っていてもおかしくないのに、どうして村人と王太子様の間に入らなかったのかと、村人じゃなくなった幼馴染に対して勝手に失望してしまう。


僕のしていることやしていないことの意味を僕自身が言葉にして説明すればエレインなりの理解は示したものの、僕のしたことは自分には関係ないことだと僕を突き放して終わらせたエレインに。

エレインが僕の村人じゃなくなった運命の日にエレインが僕に放った言葉は忘れられない。

ただ、僕は、運命の日までのエレインと過ごした十二歳までの毎日も忘れていないだけ。


「村長は、村を守るのが仕事で、口が達者であることは私達の村長である証です。」

忙しく動き回りながらも僕を励ますソロア。

「ソロア、ありがとう。僕と結婚してくれて。」

僕は、家の中を再点検している妻の背中に声をかける。

僕も最終確認で、床の上に散らばっているものがないかを見ている。

入りたいと思ったら家主がどう思おうが、当然のように入るだけ、と、家の中に入ってくるお貴族様が王太子様と王太子妃様に同行している可能性があることをソロアから聞き、お貴族様が出入りしても困らないように家の中は整えた。


「まだ何も終わっていないから、安心はしないで。」

動作を止めて僕を見ているソロアは、初めて紹介されたときのように、ピッと背筋が伸びている。

ソロアの何気ないときに見える姿勢の良さは、ソロアが貴族社会で生きてきたことを意識せずにはいられない。

僕とエレインの道が分かたれた日からエレインが進んだ道は、僕じゃない何人かの人生を変えて、ソロアは僕の妻になった。

「うん。終わった後だと言えなかったら困るから、今言っておくことにしたんだ。」

僕は、強くなった。

今言わないと、の今を外さなくなった。

もう、僕は十二歳の村長の息子だった僕じゃない。


「相手は、王太子殿下と王太子妃殿下。玉砕はしたくないですけれど。」

ソロアは、言葉を濁す。

「ソロア、村を守りたい村長と、目に見える成果を出したいから目星をつけた村を悪党にして村ごと退治したいと考えている王太子様と王太子妃様に勝とうとするなんて無謀だと実家に叱られなかった?」

「叱られました。実家にも、主人にも。」

ソロアは、僕に顔を見せようとしない。ソロアの主人ということは?

「村娘に婚約者を略奪されたという貴族のご令嬢とは連絡がとれていたんだ?」

「この村は主家の領地ですから。主人は今、この村をはじめとするいくつかの村の管理をされています。」

「王太子妃様になるはずだった貴族のご令嬢が、領地で村を治める文官仕事をすることもあるんだね。」

文官の仕事が、王太子妃様の業務に一番近いのかな?


「主人は王太子妃教育が進んでいたため、一介の令嬢として生きるには詳しく知りすぎた身であると、国に忠誠を示す一貫として、領地の文官に。」

「王太子妃になるかもしれなかったご令嬢には、領地の文官以外にも働き方があるの?」

「王太子様と王太子妃様からは、王太子様と王太子妃様の文官になることを勧められていました。」

僕なら、そんな職場に行きたくない。

「略奪に成功した女夫婦が、略奪された女に自分達夫婦の元で働いたらと誘うことは、尊いお方の暮らしの中ではよくあるの?」

「なくはない話ですが、その場合、略奪された側への保障がそうとう積まれないと成り立ちません。」

「貴族の実子だった主人が断ったということは、保障内容が貴族の実子に見合うものじゃなかったということだよね?」

「王太子妃様からは、保障する申し出自体がなかったのです。」

感情的にならないように話すソロアからは、どれだけ主人を大切にしていたのかが伝わってくる。


ご領主様一族に仕えてきた家の娘として生きてきた妻の中では、幼馴染の評価は下がるところがないくらいの底辺にあると思う。

ただ、平民だけが暮らす村の村娘として生きてきた幼馴染を知っている僕からすれば、幼馴染ばかりが原因とは言い切れないという気持ちがどうしても出てきて、ソロアの感情にまるっとは同意できない。


「ご自身の元婚約者に王太子妃様が保障の申し出をしなかったことを王太子様は知っていたの?」

「どうでしょう?王太子妃殿下が嫌な思いをしたり、余計な苦労して、王太子妃殿下のお顔が曇ることは、王太子殿下のお望みではありませんでしたから。」

ソロアの中では、王太子様に対する評価も底辺を這っていそうだ。

「王太子妃様に保障する気がない場合も、王太子様から王太子妃様に保障を促さないということ?」


僕の感覚では、嫁の不始末は夫の不始末。

村長の妻が失敗したときの責任は村長にあるし、後始末をするのは村長の僕だという共通理解が村人の中に浸透しているからこそ、僕が妻に任せていることも、村長の意思だとして、村人は動く。

「王太子妃殿下が保障していないということを王太子殿下は知らなかった、ということも考えられるのです。」

国は、村と違って治め方が複雑になるんだろうけれど、複雑にしているのは、間に挟まる人がそうさせているんじゃない?


「王太子妃様の失点になるようなことを王太子様に報告しない臣下と、王太子妃様にそれは改めなさいという注意をしない臣下しか、王家にはいないの?」

妻の実家に鍛えられた僕は、平民の村人しか知らない村長ではなくなった。

「主家が、王家に差し出すものが主人から養女に変わっただけだという姿勢を貫いておられたのを平民の養女は勘違いしたのです。」

「婚約者交代による保障は、婚約者を交代した個人間の問題になるんだね。」

「元平民の養女に家としての保障を主人に申し出るような家はありませんが、養女のために主家が用意していた養女個人の資産があるのですから、貴族の実子でいらっしゃる主人に対して保障を申し出られない理由は何もないのです。」

地に落ちた名誉は取り戻せくても、引き換えに手に入るものがあるなら、という慣習なのかな?

「地位を奪い名誉を毀損したことをお金で解決してしまえるなら、何もしないよりいいよね。」


「元平民の養女は何の申し出もしなかったばかりか、王太子妃教育を身に着けた努力を無駄にすることはないから、妹にあたる養女のために使ってほしいと主人に申し出ました。」

「エレイン、王太子妃様になるからって、そこまで言っちゃったんだ。」

隠していただけで、無茶苦茶なことを当然だという顔で言ってしまえる片鱗はずっと、エレインの中にあったの?

僕は十二歳までのエレインしか知らない。

十二歳のエレインは、自分だけの理屈を大事にしていた。

僕の話すことを理解するのは無理とはっきり言う面はあったけれど、僕がどうしてそう振る舞ったかを聞く耳をエレインは持っていた。

エレインがおかしな方向に突き抜けていったのは不自然だという感覚が拭えなくて、気持ちが決まらない。

十年で僕が変わったように、エレインも変わったんだとしても、変わってほしくない方に変わっちゃったんだと思うと、胸にポッカリ穴があいたような気分になる。


「略奪して王太子妃殿下になった王太子妃殿下を誰も咎めないのは、咎める人がいないからです。」

「だめだと言われてもしたかったらするところはあったエレインだったけれど、してはだめと自分で理解しているときは自制できていたよ。エレインが十一歳までの話だけど。」

「貴族の中に王太子妃殿下になられたことを祝福している人が見当たらないということも、王太子妃様のお耳には入っていませんでした。」

「それは、最近の話?」

「王太子殿下と王太子妃殿下のご成婚を機に教育係から離れた人が戻らないということが相次いだため、王太子妃様は、ご自身の不人気ぶりをお知りになりました。」

ソロアは、終始、王太子妃様を突き放して話している。


「王太子妃様は、王太子妃様になりたくてなったのかな?」

ソロアから聞いた、ソロアの人生の変遷は疑っていない。けれど、エレインについては、どうしてもソロアとは違う見方になる。僕とソロアの育ち方の違いが原因で。


「王太子殿下を略奪されたのですから、王太子妃になることが視野に入っていないのはおかしなことです。」

主人と自身の人生をひっくり返されたソロアが、エレインに婚約者を略奪する意味が分かっていなかったとは言わせないと強く言いたくなるのも、僕は分かる。


僕が知っているエレインは村娘だった十二歳までで、ソロアが知っているエレインは十二歳以降だから、最近のエレインに近いエレインは、ソロアの知っているエレインだということも、重々承知している。

だからこそ、僕が、ソロアの話を鵜呑みにしないのにはわけがある。


「この村から出ていくときに僕と結婚して村長の妻になりたくないとは言っていたけれど、村を出てなりたいものがあるという話をエレインからは一度も聞かなかったんだよ。」

「村娘ですから、村を出た先にあるお仕事を知らなかったら、その仕事に就きたいと考えることもないでしょうし。」

ソロアの口調の冷たさが掌の厚み分くらいには和らいだ。

ソロアが少し柔らかくなるときを僕は待っていた。

王太子様と王太子妃様がお越しになる当日になってしまったけれど、ギリギリ間に合った。


今なら、僕が持っている貴族に対する恐怖を僕の言葉でソロアに伝えられる。

平民の娘だけどご領主様の一族という権力者に仕えてきた一族の一人として娘時代を過ごしていたソロアは、貴族様と平民を見るときの見方が、完全に貴族側だ。

ソロア自身に、貴族側で見ている自覚があるかどうかさえ、僕はまだ分かっていない。

ソロアに指摘して、直すようにと今まで言わなかったのは、僕にとってもその方が良かったから。

ソロアが当たり前のようにしている貴族側の見方は、平民の村長として村人を導く僕が、王太子様や王太子妃様に負けないために必要だった。

でも、それも、今日までの話。


一生貴族の側に控えて生きていくなら、貴族社会の考え方に染まった平民として生きていられた。

けれど、ソロアの結婚した相手は、平民で村長の息子だった僕。

貴族の物の見方で動くソロア自身の言動が、今日まで問題になってこなかったのは、ソロアの実家の影響力が、ソロア自身よりも注目されてきたから。

今日を境に、村の危機を乗り越え、村長としての僕の手腕が認められるようになれば、村長の妻のソロアへの注目度は、今までの比じゃなくなってくる。


領主様の一族に仕えてきた平民の娘ではなく、やり手の村長の妻として平民の村人から注目されるようになる。

妻の実家の威光を使ったことも、貴族様に負けないだけの力のある平民の家の娘を嫁に迎えたことも、村長の僕が成し遂げた成果として、村人の中に根付くからだ。

隣接する他の村にも、町にも。

やり手の村長として、僕は一目置かれるようになる。

そうやって、僕は強い村長になる。


注目を浴びるようになってから、物の見方を変えるようにと言えば、ソロア自身が拒むかもしれない。

何より、村長の妻として注目されるようになった瞬間から、ソロアの一挙手一投足がまず批判にさらされるところから始まるため、村長の妻として注目を浴びてから物の見方を変えるのは遅すぎる。


やり手の村長の妻もやり手だと浸透するよりも先に、妻としての失点が広まってしまったら、平民のくせに平民より貴族様が大事かと非難されることは想像がつく。

ソロア自身を否定する材料をソロアが振りまくような事態は何としても阻止したい。

ソロアにエレインの話をするのは、僕もソロアもエレインを知っていて、平民と貴族をまたいでいったものの上手くいかなかった例だと僕が考えているから。


「貴族に出会って、貴族の養女になって、貴族社会に入った先で、養女になった家の実子の婚約者だった王太子様と再会したエレインが、婚約者の妹として貴族の実子様の婚約者と仲良くなり、実子と入れ替わる形で結婚して王太子妃になったのは、王家と貴族様の同意があったからだけど、恩知らずの裏切り者の元平民エレインを認めないということがまかり通るのが貴族なんだよ。」


貴族社会に身を置いてきたソロアの娘時代。僕と結婚してからは、貴族が身近な存在じゃない場所に身を置いているということをソロア自身に実感してもらいたい。

僕から見た貴族社会でのエレインの扱いに対する感想を伝えたのは、僕との貴族への感覚の違いが一番つかみやすいと思ったから。


ソロアのエレインに対する見方は、ソロアが説明してきた節々から伝わってきている。

察するに、ソロアにとってエレインは天敵だ。

天敵のエレインを題材にしている以上、ソロアが頭ごなしに反発しない自信なんてない。

有耶無耶で流すことだけはしない。

ソロアに村長の妻になることを求めた夫として、村長の妻になることを受け入れたソロアが変わるまで付き合うことが、僕のソロアへの誠意だから。

今日を乗り越えてからも、ソロアには、僕に期待を寄せてほしいし、理想の村長に向かって進む僕と一緒に進んでほしいんだ。


十年前、僕の話を聞いた幼馴染は、僕への拒絶を強めただけで終わり、その場でさようならをしたけれど。

今度は失敗しない。


「その存在を認める理由がどこにもありませんから。」

ソロアの口調はサラリとしていたけど、反応は早かった。

ソロアの感情が反発しないわけがないのは、分かる。

ソロアが、嫌な話題をサラリとかわそうとしているのも分かっている。

こうやってソロアに踏み込んだ話ができる時間は、今しかないから。

気まずくても、僕の発言をなかったことにはしない。


村で起きる変化はすぐに広まってしまう。

今なら、村長夫婦が二人で家の中で喋りながらバタバタと動き回っているようにしか見えない。

僕とソロアがどんな会話をしていてもいいんだ。

周囲は勝手に邪推する。


「村を出てからも生まれた村の悪口を言い続けたり、王太子妃になった自分を貴族社会で認めさせたいからと、生まれてから村を出るまで村娘として住んでいた平民の村を潰す予定で視察に来るのは、村の男との結婚を拒否して出ていって、両親とも会わない選択をしてまで、エレインがしたかったことなのかな、と僕は疑問に思っているんだよ。」

村娘だったエレインの中に、貴族様と同じ生き方をして、貴族の女性として頂点を目指すほどの野心や志を見出したことは一度もない。

成り上がりたいという欲望があれば、僕と町に出かけているときに、分かりやすく表れていたと思うんだけど、エレインにはなかった。


「旦那様は、旦那様が村長になることに何か思うところはありましたか?」

ソロアは会話を変え、僕自身について聞いてきた。


ソロアに、僕とソロア自身のための考える時間を作ってほしいというのが僕の本音。

今の僕の話に納得がいっていないのは、話を変えたときのソロアの様子で一目瞭然。

納得できなくても表には出さないということも、娘時代を貴族社会の中で過ごしたソロアにはできると思う。


でも、僕のした話は、一生ついてまわることだから。

ソロアには、エレインは天敵だから、で考えることを諦めて欲しくない。


僕の話を全部拒絶して僕の前からいなくなった幼馴染は、貴族の養女になって、大人になった。

僕は村長の息子のまま結婚して村長になった。

十二歳からの十年という過ぎ去った歳月は同じでも、同じ道を歩かなかった僕と僕の幼馴染。

結婚して王太子妃様になってからも、僕が村長の息子として語ったことを理解することはなかったんだと思うと、理解してほしい一心で一生懸命話していた僕の気持ちや熱意が、十年前に取り残された気になって胸が痛い。


「僕、ソロアには、僕の妻になったことを後悔してほしくないんだよ。」

「旦那様。私、後悔はしていません。」

ソロアはきっぱりと言ってくれた。

ソロア、嬉しいけど、それだけじゃ足りないんだ。

「これから先も後悔してほしくないんだ。」

ソロアは、体ごと僕を向いて微笑む。

「旦那様。誰も、先のことまでは分かりません。」

僕は、ソロア自身を否定したいわけじゃない。

ソロアとエレインと比べたいわけでもない。

伝えたいことを伝えたいだけなのに、うまく伝わった気がしない。

ソロア、僕はどう言えばいい?

君の微笑む姿は綺麗だ。

でも、君の微笑が、発言者への賛成を意味しないことを僕はもう理解しているよ。


「貴族社会でのソロアの経験は、貴族様と関わりを持ったこの村の危機を乗り越えるためにとても役に立っている。けれど、本来の僕の村は、貴族様との問題がそう何度も起きるほど何かがある村じゃないんだよ。ソロアには、村に住む平民の村長の妻としての立ち位置を確認して、長く気分良く過ごしてほしいんだ。」

僕の言葉の半分でも、僕の思いの何分の一かでも、妻が変わるきっかけになればいいという僕の心がそのまま伝わったらいいのに。

「その話は、またにしませんか。今は、旦那様のことを聞かせてください。」

ソロアは、僕の説明と説得を柔らかく打ち切った。


僕自身について、誰かに話したことはなかったと思いながら、僕は言葉を探す。

「村長の息子に生まれたときから村長になると決まっていたから、僕はそれをどうとも思っていなかった。村長になるために生きてきて、来たるべきときがきて、村長になったんだと思っているよ。」

「それでこそ、私の旦那様です。」

「そう?」

ソロアの機嫌が良くなった。


「ヒロインが二度と私達を煩わせたくならないような作戦を立てて戦いましょう。」

「ヒロインというのは、何かの暗号?」

「王太子妃殿下が養女になられたとき、ご自身は乙女ゲームのヒロインだから、世界はヒロインを中心に回ります、ヒロインの願う通りに動いてくれたら、皆さんが困ることは最低限で済みます、だから、お互いのために私がヒロインとして生きることに協力してください、と挨拶されたのです。」

幼馴染が、自分らしさを売り込もうとした結果が、ヒロインという単語に集約された?


貴族様相手に新しい試みに果敢に挑戦するエレインの姿勢が結果的に王太子様に気に入られたのだとしても、僕には怖くてできない。

僕はこの村で、村人と暮らす村長でいる。

「エレインが困らせることを最低限にする対象に、僕の村が入っていたら良かったのに。」

「旦那様には、私がついています。」

「ソロアは、誰にも困らせられないために僕と一緒に戦ってくれるの?」

「私は旦那様の妻ですもの。」


幼馴染のためを思って僕がしてこなかった事情を僕自身が後から説明しても、僕と結婚するためなら頑張りたくないと僕に言った幼馴染。

王太子妃となった幼馴染は、僕と僕の家族が住む僕が村長になった村を貶めて人気取りに利用しようと僕に会いに来る人になってしまった。トゲが指の中に入って抜けないときみたいな気分だ。


「ソロアが僕と一緒に戦うと言ってくれて嬉しい。」

「私は逃げません。旦那様の戦いですが、私の戦いでもあるんです。」

ソロア、その強い決意は何の決意?

ソロアの戦いって何?

話す気があるなら話しているソロアが、僕に話さない決意は、いつになったら僕に話したくなる?


「僕、他所から嫁にきてもらった妻に求めすぎている自覚はあるよ。ソロアは求めたことを成し遂げていく人だと思っている。でも、成し遂げるのが厳しくて苦しいと感じたら、何もかもが嫌になって逃げ出したくなる前に僕に一番に話してほしい。」

ソロアの実家じゃなくて、夫の僕に一番に話して、と思いを込めながらソロアに話す。


「王太子妃殿下に負けないように奮闘するのは、あなたと私だけじゃありません。王太子妃殿下は、村娘として住んでいた村には、嫌な思い出しかないといたるところでお話されていました。王太子妃殿下になられた今、嫌な思い出しかない村を簡単にどうにかできるだけの権力が王太子妃様にはあります。」

僕は短く同意する。

「怖いね。」

貴族社会の権力も、貴族社会の物の見方を当然だとしてしまう平民の村長の妻の言葉も、僕は向き合うことを止めてはいけない。


「旦那様。権力が何かを知らぬまま権力を持ってしまい、誰からも咎められない立場になった王太子妃殿下が、あなたと話をしにこられるのです。」

「僕、責任重大。」

おちゃらけてみた。

「村長の旦那様が一人で戦うことにはなりません。村長一人で戦えば、村人全員がいなくなる結末になります。」

僕とソロアの会話の空気がフッと軽くなる。


「村全体で戦うの?」

「今日という日のために、村長を村の柱とする体制を整えてました。」

「僕、ソロアのその働きは知らなかったよ。」

「妻の働きというものは夫には見えにくいのですが、内助の功と呼ばれているもので、夫以外にはよく見えていますから大丈夫です。」

ソロアはニコッとした。


「ソロア。僕が気付かないところの立ち回りを結婚してからずっとしてくれていた?」

「私の性分ですので。」

「僕が気付かない色々を、今までもこれからも、ありがとう。」

ソロアのニコッが、もう作り物じゃなくなっている。

ソロアがちゃんと僕を見て笑っている。ソロアの作り物じゃない笑顔を見ていたら、僕の力も湧いてくる。

一人より二人。結婚はいいものだね。


「旦那様、気づいていましたか?領主一族に仕える平民の娘を村長の妻に求め、村長の息子から村長になった旦那様は、お義父さんや役付きの村人の協力をもぎ取り、私の実家の力も借りて、役はなくても住んでいる村人達も一丸となって守りたいと思える村へと、村長が村の統治を牽引していく形を無事に作ってきました。」

僕は目を丸くする。僕のしたかったことは、はっきりと目に見えるものじゃないけれど、妻が認めるほどのものになっていたんだ。


「本当だ、僕がずっと目指していた村の在り方になっている。僕の理想だ、ありがとう。」

一緒に目指して応援してくれていたソロアから、夢を形にできていた、と言われたのが嬉しい。

「ありがとうは、まだ早いです。これからは総仕上げの始まりです」

「何の総仕上げ?」


「私達は、あなたの目指したものが軌道にのるところをこの目で確かめましょう。」

ソロアは、フフと笑う。

「いきなり、そこまでできる?」

「王太子妃殿下が、この村を利用するというのなら、旦那様はこの村の村長として、王太子殿下と王太子妃殿下の視察を利用します。旦那様の目指した村の統治がうまくいくことを確かめるために。」

「互いに利用し合うってこと?」

王家と平民の村長が騙し合いをする?

「王太子妃殿下とやり合うには紳士らしさや、村人らしさではなく、強かさが最大の武器になります。」

「僕、今より強かになれるかな?」

もう、今日が本番だけど。

「強かさは、強調するものではありません。友好的に振る舞いながら潜ませて引き下がらせるのが、強かさの使い方です。」

「今まで、強かで生きていないから僕には難しいかも。」

「前村長として村を統率していたお義父様も、お義父様と一緒に村を支えてきた役付きの村人もいます。貴族のやり方とは違う平民の強かさを学ぶ相手は、旦那様の周りに揃っています。役付きの村人が、強かさを発揮せずに、村長相手に強気にやれてきたと旦那様は思いますか?」


「僕がやり辛いと感じたときは、役付きに強かさを発揮されていたから?」

「そうです。旦那様は、強かさを身に着け、上位の人の意向に沿わずに自分の意見を押し通すだけの強かさを使いこなしましょう。」

「直前になって、僕がしてこなかった訓練だね。」

「村長として疑うことなくご自身のお仕事に取り組まれてきた旦那様は、私の誇りです。」

僕と妻は顔を合わせてニコッとする。

「直前訓練しに行くから、ソロアも一緒にきて。」

僕はソロアに手を差し出す。

ソロアは、僕の差し出した手を見てから、肘を掴むのではなく、掌を握ってきた。


「息子が結婚したのがあなたのような娘さんで良かった、息子の幼馴染のあの子じゃなくて、と俺はずっと感謝している。」

ふらっと出くわした父が、ソロアに頭を下げている。

「俺の代で停滞していた村が活気付いたのも、村長の息子という立場で呑気にしている息子に喝を入れられるあなたが妻としてきてくれて、息子と一緒に、村をよくしたいと試行錯誤を重ねてくれたからだ。」

「お義父さん、ありがとうございます。旦那様、お義父さんが初めて私を認めてくれました。」

ソロアが頬を上気させて、父から褒められ喜びを僕に報告してくれる。

あれ?僕のありがとうじゃ、父の褒め言葉に足りていない?

「デニスの嫁にきてくれたときから認めてはいた。認めていることを告げる機会がなかっただけだ。」

僕の妻を褒めた父が、照れくさそうにしている。

僕も一言言っておきたい。夫として、息子として。僕が先に父から聞いて、父が認めていた、とソロアに伝えても良かったんじゃないかな。

「結婚したときから認めてもらっていたのは、僕も知らなかった。」


「今、伝えないともう伝える機会がないかもしれないだろう?」

前村長だった父の方が、僕よりも貴族の権力について知っている。

幼馴染が初対面の貴族に連れて行かれる状況に指をくわえて見ているしかなかった僕を、エレインの家族も含めて責めなかったのは、貴族の権力が可愛い村娘を村から連れ去ることが容易いということを村人が知っていたから。

貴族様についていった幼馴染の消息が、十年後、問題ありだとしても、生まれ故郷まで伝わることがどれだけ稀有なことか。


「王太子妃に、何も取られないで済ませたいが、権力を行使されたら取られてしまう。」

父は、難しそうな顔で眉をひそめている。

「うちの村には金銀財宝なんてない。人と土地、家屋と土地を耕す道具。わしらはどれをとられても生きていけない。」

父と僕とソロアのいるところに役付きの村人達が集まってきた。

「取らせないように進めたいので、皆が発揮してきた強かさを身につけたい、教えて。」

ふーむ、と役付きの村人達は、わざとらしく考える仕草をした。

「わしらの生活を守る前に、命の危機が今まさに迫っているとわしらは知っている。わしらの強かさというものを新村長に授けよう。」


「ありがとう。皆が村で生きていく知恵なのに。」

僕は感謝の気持ちでいっぱいになった。

「授けた後には、また新しい知恵が生み出されるものだ。デニス、心配はいらない。」

父は、一瞬で僕の感動を台無しにした。

「お義父さんも、そうやって、強かさに誤魔化されてきたのですか?」

妻の問いかけに、父は笑顔で答える。

「誤魔化し、誤魔化され、騙し、騙されても折れない心を持てるようになった。」

「当たり前だ、村長を続けるには、綺麗事や一面だけを見ているだけでは足りんだろう。」

役付きの村人の父への軽口を目の前で聞いたとき。

僕は村長として認められたんだ、と分かった。

嬉しくなって、ソロアと握っている手をぎゅっとする。

一拍おいて、ソロアはそっと握り返してきた。

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