3.貴族の後についていく君。君を見送った僕の結婚相手は。
綺麗な身なりの三人組の男達は、領主様の治める街にお忍びで来ていた貴族様だった。
「二人の名前は?」
お貴族様に聞かれて僕はためらった。お貴族様に名前を聞かれたらお答えしないわけにはいかないけれど、お答えしたい状況でもない。
「私の名前はエレインです。アーネン様。ダーデ様、マルク様。」
君の嬉々として答える姿が、僕には信じられなかった。
人さらいに名前を知られることを避けるため、村から出たら用心のために名前は呼び合わない、名前を聞かれても僕がいいと言うまで君からは名乗らないという約束は、今まで一度も破られたことがなかったのに。
お貴族様に名前を尋ねられてホイホイ教えるなんて、今日の君は本当にどうしてしまったの?
前回町に来たときまで持っていた危機意識は、どこへ?
偉い人に何か聞かれたときは要注意なんだ。
偉い人との会話は村長の息子の僕に任せること。
偉い人からの君への問いも僕が代わりに答えること。
偉い人からの問いかけに村長の息子の僕よりも先に君が口を開くのは絶対にだめだということ。
どれも、君は知っているはず。
十一歳まではできていたのに、十二歳になってからできなくなるなんて、そんなこと。
「私達の名前を知っている?」
銀髪で緑の目をした細身の貴族様が刺すような視線を向けてくる。
「有名ですもの、知らない人なんていません。ダーデ様、はじめまして。」
ニコッと笑う君だけが、屈託なく笑っていることに君は気付いていないの?
村長の息子の僕よりもお貴族様について知る機会なんてない村娘の君が、どうしてお貴族様の名前を三人も知っているの?
「へえ。私達は、有名なんだ?」
金髪碧眼の長身のお貴族様に尋ねられて、君は、キラキラと目を輝かせた。
お貴族様が立ち去ったら、喜ぶところじゃなかった、と真っ先に君に伝えないと、と僕は一人で冷や汗をかいている。
護衛を従えずに町歩きをしているご様子だから、明らかにお忍びでいらっしゃるお貴族様が、町の住人ですらない村娘から名前を呼ばれて警戒しないわけがないんだよ。
うちのご領主様は、辺境伯。
武装した騎士や兵士をたくさん抱えていらっしゃるから、僕には分からないような離れた場所から警戒しているに違いないと思うと。
「デニスです。」
僕は、君が次に何かを言うのを阻止しようと名乗った。
金髪碧眼の長身のお貴族の視線が君から外れる。
良かった。
不服そうにしている君には、後で説明するから、今は何も言わないでいて。これが今の正解なんだよ。
「デニス。私達の前で騒ぎを起こしたことをどう思う?」
金髪碧眼の長身のお貴族様に問われ、僕は跪いて、頭を垂れる。
「お耳を汚しまして、申し訳ありません。」
「話は分かりますね。うるさくした責任は取りなさい。」
僕は、銀髪で緑の目の細身のお貴族様のお言葉に慎重に頷いた。
貴族様の前で、僕は君に結婚を無理じいしないことを約束し、許しを得て立ち上がる。
君はお貴族様に夢中で、膝をつくどころか、頭を下げさえしていない。
どうにか、お貴族様のご機嫌を損ねないようにとしている僕とはうらはらに、君は飛び跳ねんばかりの上機嫌。
どうして、今日に限ってお忍びの貴族様が町に来たんだろう。
村人が買い物するのに困らないくらいの栄え方の町で、貴族様をお見かけしたのは初めて。
村人のための町に、貴族様が買う物は置いていない。
貴族様と村人が話すなんて起こるわけがないから、子どもだけで買い物に行かせてもらえていたんだ。
そんな辺鄙な町に、お忍びとはいえお貴族が三人もくる?
考えても分からないようなことが、この町で起きた?
もしくは起きようとしている最中に足を踏み入れてしまった?
僕と君の口喧嘩が目立っていたところで、あの場にお貴族様がいなかったら、問題にする人はいなかった。
村から買い物に出てきた成人前の男女が町中で口喧嘩をしていても、町の住人はいちいち介入してこない。
店の前で喧嘩したら、商売の邪魔になるから場所を変えろと追い払われはするけれど。
僕が君を無理やりにでも連れて帰ろうとせずに、町中で口喧嘩をしていたのは、君に流されていたわけじゃない。
町に買い物に来る人の機嫌なんて色々。買い物中に喧嘩している人だっていないことはない。
買い物中に口喧嘩をしてもそのまま買い物続けた後、なんだかんだと一緒に村に帰っていく人達を僕は何組も見てきた。
だから、町中で町歩きをしながら君と口喧嘩するくらい、平気だと思っていた。
君がずっと言いたくて言えなかったことを、今日のうちに聞いてしまおうという考えもあった。
村に戻って、他の人が聞いているところでは話せなくても、僕しか聞いている人がいなければ話せるんだったら、今日は絶好の機会だと思って。
だけど、君は。
「今日皆さんとお別れして村に帰ったら、私は結婚させられてしまいます。私、今日は、村には帰らないと決めて出てきたんです。アーレン様、ダーデ様、マルク様。どうか私を一緒に連れて帰ってください。」
僕は、ぎょっとして君を見る。
今、僕が君にお貴族様の前で約束した話をなかったことにした?
村人の約束は、お貴族様を三人も立ち会わせてするようなもんじゃないということも、君は分からなくなってしまったの?
「逃げるのは結婚させられそうになってからにしなよ。村娘でしょ?村の男と結婚するのは悪いことじゃない。」
君の訴えを聞いた貴族様の一人、赤毛のお貴族様が君を諭す。
赤毛のお貴族様は、他のお二人より少し年上に見える。物事をよく分かっていらっしゃる方がいることに僕は安心していた。
けれど、残りのお二人が君を連れていくと言い出したんだ。
「村に帰っても、逃げ出すくらい嫌な男しかいないんだよ、一人くらい連れて帰れるから連れて行こうよ。」
金髪碧眼の長身のお貴族様のお言葉を聞いたときに、もう覆らないと分かったよ。
今日買い物に行くことにしたのは、買い物するものがなくても、今日町に行くといいことがある、と君が言っていたから。
君の喜ぶ顔が見たくて。
何度も、君を喜ばせてきたから、君を喜ばすにはどうしたらいいか、僕は知っていた。
今日買い物に行くから一緒に行こうと誘ったときの君は、いつも以上に嬉しそうにしていた。
君の願いをさり気なく叶えた瞬間の、花のように笑う君が、僕は、ずっと。
「村から出たら、もっといい出会いがあるというのなら、正解だ。私達に出会えたんだから、先見の明があり、行動力と決断力もある。この娘は、ただの村娘じゃない。連れて行こう。」
貴族様しか目に入っていない君は、同じように立っている僕を見ようともしない。
「嬉しい、私、ずっとお会いしたかったんです。」
僕は、初対面の貴族の誘いに心底嬉しそうにしている君を見ていた。
「二人が連れていくというから、来たらいい。ただ、貴族と平民だから、行き先は同じでないし、ずっと一緒ではない。」
君が村を出て初対面の貴族についていくことに反対していた一人の赤毛の貴族様も、二人の貴族様が乗り気になっているのを見ると、あっさりと反対するのをやめた。
君を連れていくと話していた二人の貴族様は、もう立ち止まっていなかった。
結論が出たからだろう。
君は、二人に並ぶように歩いていく。
「どうしてもエレインを連れていくんですか?」
最初に反対していた一人、赤毛に茶色の瞳の貴族様は、まだ僕の腕を掴める位置にいる。
君を町に連れてきたのは僕。
君が村に戻らない責任を負うのは、君じゃない。
僕は村長の息子で、君は村長の息子についてきた村娘。
貴族様の機嫌を損ねたとて、僕は確認しないといけない。
「連れていきたい人がいるから、そうなるよ。」
最初に反対していた一人赤毛の貴族様は、先に歩き出した君といる二人の貴族様に視線を向ける。
僕の思いが通じたのか、君は、歩きながらくるりと振り返った。
戻ってくる?
僕は君に期待した。
君の次の行動は、僕に駆け寄ってくることじゃないかと。
手を広げて待った。
だけど。
「じゃあ、そういうことだから。元気でね、デニス。一応、今までありがとう。」
僕の広げた両手を見て、まだ分からないの?と小さく呟いた後、君は、二人の貴族の間に挟まれにいく。
「アーレン様、ダーデ様、私が入れるように、間をあけてください。」
初対面なはずの貴族にも臆せず、君は朗らかに笑いながら、貴族と並んだ。
花のような君の笑顔は、貴族様に挟まれて見えなくなる。
「エレインは、変わった村娘だね。ただの村人にあの子の扱いは厳しいよ。あの子が村を出るのは、村にとって正解だったと思う日がくる。」
僕の腕を掴める距離にいる赤毛のお貴族様は、僕に言い聞かせるようにして話してくる。
二人の貴族様の声は聞こえないけれど、君の朗らかな笑い声だけはまだ僕に届いている。
君が振り返らないから、君の顔はもう、僕からは見えない。
僕から離れたがって村を飛び出すと決めてしまった君は、僕の知らない貴族に捕まりにいった。
君が僕と村に帰らないことは、嫌でも分かる。
僕では、もう、君と僕の昨日までの日々に引き戻せない。
「僕の村の娘を、エレインをよろしくお願いします。」
僕ができるのは、一人残った赤毛の貴族様に頭を下げて君のことを頼むこと。
「結婚する気だった女を手放した後も、その女の面倒を頼むか。」
「貴族様に出過ぎた真似をしました。」
僕はさらに頭を下げた。
「いや。頭を上げていい。フラレた男が最後に男をあげてきたと感心しただけだ。」
膝を折ろうとしたところを止められて、ぴしっと立つ。
「ありがとうございます。最後は喧嘩別れの物別れになりましたが、結婚したいと思って今日まで一緒にいたのは確かなので。」
今日まで結婚したいと思っていたのは僕だけで、君は途中で僕に愛想を尽かしている。
話を聞いていたのだから、貴族様には僕と君の事情なんてお見通し。
それでも、僕は、君と僕の関係を綺麗にまとめた。
貴族様に僕と君の弱みをさらすのは、誰のためにもならない。
この貴族様が僕といるのは、僕を警戒して、他の二人の貴族様に僕が近付かないための牽制。
「ひょっとして、デニスは結婚のための何かを買おうとしていた?」
「その下見にきていました。僕は。」
「結婚直前の喧嘩で、結婚が流れたのは後味が悪いな。婚約を潰したも同然で男の方を放ったらかしにするのは、同じ男として俺が悲しいから、その辺にいる女の子、誰か紹介していくか?」
一人残った赤毛のお貴族は、お貴族様らしくなく、俺に気を使ってくださった。
貴族様が介入して君を連れていくと決めなかったら、君が村の誰とも結婚することはなかった、とは言い切れなかった。
僕が君と結婚したがっていたことは、村中が知っている。
僕と君が結婚しないと貴族様に約束したとなると、僕以外の男が、君を放ってはおかない。
平民の事情に通じていらっしゃる貴族様がいるなんて思わなかったから、僕は心底びっくりした。
「僕の村の事情ですが、村一番の女の子との結婚が流れたのは、村長の息子として困る事態なので、ご紹介していただけるなら、領主一族にお仕えになっている方がいる一族の平民の娘さんを紹介いただきたいです。」
結婚相手を紹介しようかと赤毛の貴族様に言われたときに、僕の頭の中で、領主の娘と結婚したら、という君の言葉が蘇ってきた。
村長になって、村長として村での権威を取り戻すためには、役付きの村娘との結婚を繰り返さないだけじゃ失敗する。村で一番可愛い君と結婚できなくなった以上、可愛いよりも、もっと強く納得させられる要素がある妻を迎えないと、僕の計画はうまくいかない。君が言っていた領主一族の娘という言葉は、一筋の光のように、僕に閃きをくれた。
「なかなか、細かい注文をつけてきたな。村娘のエレインも変わっていたけれど、村長の息子のデニスも変わっている。デニスの村は、変わった村人が住む村か。」
一人残った赤毛の貴族様マルク様は、なんのかんの言いながら、僕の物言いを気に入ってくださったようで、ときどき買い物しに町に出てくる僕を話し相手に望んでくれた。
僕とマルク様の不定期でゆるい付き合いは、幼馴染エレインが村を出てから数年後の、僕が領主一族にお仕えしている平民の娘ソロアを嫁に迎えると決まるまで続いた。
僕は、結婚が決まった後、紹介してくれたマルク様にささやかなお礼を申し出ようとしたが、僕の嫁が決まった後は、全然お姿を見かけなくなってしまった。
ひょっとして、ひょっとすると、僕の嫁探しのために、遠くから通ってこられていたのかもしれない。
この何年かで、町中にいる赤毛のお貴族様を見つけるのが特技になっていた。
他で使い道のない特技だから、今後、使う機会はなさそうだ。
貴族様なのに、平民で村長でもなく、村長の息子にすぎない僕のことをよく気をつけてくださる方はなかなかいない。
僕とご領主様な一族に仕えている平民の娘との間を取り持ってくださったぐらいだから、ご領主様に口利きができるような貴族様だ。
僕にはもったいないくらいの巡り合いだったんだと思うことにした。
僕の妻ソロアは、僕の村で最強だった。妻の青緑色の髪と瞳は僕の村の村人に一人もいなかったから、どこにいても、すぐに見つけられる。貴族に仕えている家の娘というだけあって、立ち姿だけでもソロアは目立った。
妻を迎えてややもすると、村長の僕よりも、僕の妻と妻の実家の意向を探ろうとする村人が増えた。
妻の兄弟姉妹だけでなく、従姉妹や再従兄弟が義理の関係も含めて、ちょくちょく村に足を運んでくるようになった。
来るたびにお土産を渡されるけれど、来られるたびに気が重くなる。
村の統治がうまくいっているか、僕と結婚した妻が村の中で苦労していないか、と妻の親戚は、全員、目を皿のようにして調べてから帰っていく。
あまりに間をおかずに何度も続くので、そんなに信用がない僕とよく結婚を決めたものだとソロアに皮肉ってしまった。
「私は、私の主人の婚約がなくなったことで、私の婚約もないものとなりました。」
僕は、目をぱちくりしてしまった。僕が想定していなかった話が始まろうとしていた。
「ソロアの元の婚約者も村長の息子だった?」
「いいえ。私は平民でしたが、私の主人は貴族のご令嬢で、主人の婚約者は、尊いお方でした。婚約者の家にも私と同じように平民でありながら、ご子息に仕えていた方がいたので、私はその方と婚約していたのです。」
僕は、妻の実家が妻に対して過保護になる理由にあっさりと納得してしまった。
「ソロアの実家は、貴族に仕えていた平民と結婚するはずの娘の結婚相手が平民の村長の息子に変わって、結婚後の生活の質が下がりすぎたことを心配している?」
だけど、ここから妻の語った話は、予想もしなていないことだった。
「私の主人の元婚約者に向かって、この村にはよい思い出がないと語った村娘がいました。私の婚約者もその娘から話は聞いています。私の周りではこの村に良い印象を持っている人はいません。」
「僕の村の悪口を貴族に言ったのは、どこの誰?」
僕は思わず身を乗り出していた。
「この村によい思い出がない村娘と聞いて、思い出しませんでしたか?」
妻は冷静に問い返してくる。
「まさか。」
「そのまさかです。」
「エレインが、村の悪口を貴族に言いふらすなんて。」
エレインのしたことは、ただの村娘だった平民がやっていいことじゃない。
僕の村の領主は貴族様だ。
平民の村長のずっと上には、ご領主様がいる。
ご領主様の治世に村娘が噛み付くなんて。
「その村娘がしたことは、村の悪口を言いふらしただけではありません。」
ソロアの言葉に僕は青ざめた。
「エレインは他に何を?」
「私の主人の婚約がなくなったのは、元はあなたの婚約者だったこの村の村娘が、主人の婚約者と親密な間柄になったためです。」
「村娘が貴族様の婚約者を略奪するのは、驚いたけれど、アーレン様、ダーデ様、マルク様について村を出ていったエレインは、その時点で僕の村の村人じゃなくなっている。エレインの略奪に、僕の村は関係ないということは僕が断言できる。」
「村娘なんですから、村から出さずに村の男と結婚させていれば、略奪なんてしようがなかった。みすみす機会を作ったせいで、という見方が大勢です。」
ソロアが手厳しい。
「僕が町に連れてきたせいで、アーレン様、ダーデ様、マルク様に見つかった、と僕が恨まれているの?」
貴族様相手に、屁理屈を言わないでください、と抗議するわけにはいかないけれど、どう考えても屁理屈だ。
「旦那様は、ご自分を被害者の立ち位置で話していますけれど、村長の息子が村娘にやり込められてしまったのでしょう?」
妻の口ぶりで僕は察した。
「領主様にお仕えしている妻の実家から僕の村への視察が多いのは、僕の村長の息子としての手腕を疑問視されているから?」
妻は、僕が妻に隠してきた不満を探り当て、はい、どうぞ、と掌に乗せて、僕に差し出してきた。
「そうですよ。妻の実家の力を求めていながら、妻の実家の権力に嫌気をさして不満を抱えている旦那様?」
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