25.ソロアは、いつから。
「エレインが村からいなくなった後の変化について聞きたいですわ。村や村人に変化はありましたか?」
辺境伯家の実子様の問いは、エレインが影響を与えているという前提に立っているもの。辺境伯家の実子様と僕は、同じものを見ても同じ認識にならないの?
誰かの頭を前から見る人と後ろから見る人とで、目に映るものがそれぞれ顔面だったり後頭部だったりするようなズレを感じている。
僕と辺境伯家の実子様ではお立場が違う。見えているものが違うのは、仕方のないこと?
それとも、エレインが僕に見せていた顔と辺境伯家の実子様に見せていた顔の差に、辺境伯家の実子様との考えの違いを埋めるだけのものがあるの?
エレイン。君はどんな風に貴族の養女をしていたの?辺境伯家の実子様は養女になった君に迷惑をこうむっていたという認識でいらっしゃる。
王太子様の婚約者がエレインに交代したことで、エレインへの感情がいいものにならないくらい想像していたけれど、婚約者交代の決定は、エレインと姉妹でいることに辺境伯家の実子様が耐えかねたんじゃないかと。
辺境伯家の実子様の僕への印象の悪さは、エレインが育った村でエレインと仲良くしていたから、が理由?
「エレインによる影響はありませんでした。」
マルク様の返答が、辺境伯の実子様の想定した答えじゃないことに不機嫌になることはなくても、納得はいっていないご様子がうかがえる。
「辺境伯家と貴族社会を引っかき回したエレインが、村にいるときは無害だったというのですか?」
「メザリヤ様。生まれ育った村と村人に何の影響も与えなかったのは、村人が養女様の同類だったからでもなければ、養女様の言いなりだったからでもありません。」
辺境伯家の実子様に答えたのは、ソロアだった。
「ソロア、王太子妃エレインは廃妃となることが決定していて、王家の歴史には名を残さない。私やソロアがエレインの名前と呼ぶことは不敬にあたらなくなった。」
マルク様が口を挟む。
「ソロアが村人の聞き取りをしたのですか?早く聞きたいですわ。」
どんな話題でも、ソロアが話しているだけで、辺境伯家の実子様の関心をひけるんじゃないかと思えてくるほどソワソワされている。
「村にいたときのエレインは、誰かに何かを働きかけるようなことをほとんどしなかったのです。」
ソロアの話し方は、冷静かつなだめるよう。
「ほとんどなら、少しはあったのでしょう?」
辺境伯家の実子様は、聞き分けのない子どもが大人の答えを期待して待っているかのような尋ねた方をなさり、ソロアは諭すような穏やかさで話している。
マルク様が会話に加わるときと、主従だけのときとで、辺境伯家の実子様は態度をガラリと変えてしまう。マルク様が見ていることも、頭を下げてひざまずいている僕が話を聞いていることも、気にはされていない?
「エレインが唯一、村人に影響を与える行動に出たのは、デニスと町に行く日を、運命の日に決めさせるよう示唆することだけです。」
辺境伯家の実子様のどんな話でも楽しいから聞かせて欲しいという願いを叶えたのは、マルク様だった。
「貴族には有害でも、村人には無害だったのですね。」
辺境伯家の実子様は、期待したようなエレインにまつわる話が一つも聞けなかったことを残念がられている。
「メザリヤ様。エレインは、村人の中にいても村人と馴れ合おうとしていませんでした。」
辺境伯家の実子様の会話相手は、ソロアからマルク様になっていた。
マルク様が話すかソロアが話すか、分けているの?マルク様とソロアは、今日より前から連絡を取り合っていたの?
僕といるときのソロアの口からマルク様の名前が出たことは、ない。ソロアが僕の村からマルク様に連絡をとる手段があるとしたら、ソロアの実家経由。
「エレインは、村娘として生まれていながら、村に馴染めなかったのですか?」
辺境伯家の実子様は、エレインがエレインになったのは村に原因があるとお考えになった?
エレインの性格は、乙女ゲームのヒロインに生まれたとエレインが自覚したときには既にできあがっていたよ。生まれた場所が僕の村じゃなかったら、多少性格は変わったかもしれないけれど、中身の部分が同じなら、どこに生まれても同じエレインになる。エレインのことはエレイン以外に分からない。エレイン以外がエレインについて考えても、エレインの理解には追いつかない。エレインと話して分かったことは、僕の暮らしている村はエレインの理想の地には程遠く、エレインが求めた王太子様は、別の運命の人を追いかけてエレインを拒絶したから、エレインが愛し愛される場所はここにはなかったということ。
正直なところ、今は、エレインよりもソロアのことで僕の頭はいっぱいだ。
ソロア、マルク様とはいつから連絡をとっていたの?ひょっとして、最初から今日まで?
発言を許されていない僕の口に出せない問いが、頭の中でぐるぐる回る。確かめたい。確かめたいよ。ソロアの気持ちがどこにあるのか、誰を見ているのか、僕と結婚して、息子が生まれて、一緒に今日まで暮らしてきたことをどう思っているのか、全部。
「エレインは、不憫だと思われるような扱いをされていません。村長の息子だったデニスが同世代をうまくまとめていましたから。」
ソロアが返した辺境伯家の実子様の問いへの答えを聞いて、僕は喜びに打ち震えた。
ソロアへの口に出せない問いを口に出さないで良かった。ソロアが僕のしてきたことを認めて、主人に伝えている。
僕が何をしてきたかを理解されて認められている。僕のしてきたことを認めて褒めるのが、ソロアだから、よりいっそう嬉しい。
ひざまずいて頭を垂れていなくても良かったのなら、今すぐソロアを抱きしめにいくのに。僕のしてきたことをうまくやっていると言ったのは、ソロアが初めてだよ。
村人はそんなものだと思い、エレインは僕が何を考えて動いているかに関心を持たなかった。村の外から僕と結婚するために来たソロアだけだ。
僕のしてきたことは、村長の息子がすることだ。村長の息子は、息子のうちに村長になったときの土台を村の中で完成させておくようにと言われながら大きくなる。
夢や希望を見せながら村人を引っ張る未来がない村長の仕事は、今より悪くなる環境と待遇を不満を爆発させないようにのみ込ませて働かせること、に尽きるから。
誰にも言わず、何も言われないうちにしてきたことを僕の成果だと言うのはソロアだけ。僕、絶対に、ソロアをとられないようにする。
「メザリヤ様。エレインが不憫な娘だったことはありません。」
ソロアに続いてマルク様も口添えした。
「村にいたエレインが、避けられていた様子はありませんでした。むしろ人気者でした。」
「エレインが村で何をしていたか、というと、可愛いエレインと話がしたいと思って話しかける村人の話を聞いているだけでした。」
ソロアが話しているのは、村人から聞いた話を要約したもの。
「養女に来ても喋らず何もしなければ、エレインも可愛かったのでしょうか。」
エレインと同い年の辺境伯家の実子様が、つい、こぼされたようなお言葉に、エレインの扱いに困り果てていらっしゃったことがうかがえる。悩んでおいでだけど、養女になった同い年の平民を可愛い妹として扱うお貴族様はそもそもいるの?
「メザリヤ様。積極的に話しかけたり、輪に加わりにいくことはなくても、一人になることがないくらい、誰かしらがエレインに話しかけているのが、エレインがいたときの村の日常だったようです。」
村娘でなくなったエレインについてソロアが興味を持っているとは思わなかった。僕の知らないところで調べていたなんて、今日初めて知った。
「エレインは、村人との相性が良かったのですね。」
辺境伯家の実子様は、またズレたお答えを導き出されている。
「エレインは、村人には本性を見せることなく、村を出ています。」
マルク様の発した本性という言葉に、ピリッと会話が引き締まった。
「誰もエレインに影響されていなかったのですか?」
辺境伯家の実子様は繰り返し確認されている。
「エレインとの接触が段違いに多かったのが、当時村長の息子で今は村長になっているデニスですが、デニスは今も哀れみ以上の気持ちは向けていません。」
僕がエレインに会ってどう返したかについての連絡は、王太子様の元からマルク様へ届いていて、マルク様のところで止まっているんだ。辺境伯家の実子様には届いていない。僕、辺境伯領の領民なんだけど。先に辺境伯家の実子様に、辺境伯領の領民の情報を出さないのは、王太子様の指示?
王太子様は、辺境伯家の実子様と僕の処遇の話をする気でいらっしゃった。エレインの幼馴染でソロアの夫という時点で、辺境伯家の実子様の中に僕を生かしたいという思いが芽生える期待ができない。
得た情報の出しどころを見極め、適量ずつ放出しているマルク様は、王太子様に成果をもたらすために動いているんだろうけれど、王太子様は何をお命じになられたの?
「メザリヤ様。デニスは、エレインに同情する姿勢は見せても、それだけです。」
ソロアがはっきりと僕とエレインの親密な関係性を否定している。エレインと僕が仲良く過ごしていた時間がソロアの気に病む過去にならなくて一安心。
「エレインに同情の余地なんてあったでしょうか?」
辺境伯家の実子様のエレインへの心象の悪さにエレインが村娘じゃなくなった後のことは、村には関係がない因縁ですと言ってしまえたらすっきりするんだけど、発言の許可もないままじゃそういうわけにもいかない。マルク様やソロアは何と言って、話を続ける?
「メザリヤ様。デニスは、エレインを貴族の恩寵と寵愛で成り上がったなんて思っていないのです。」
ソロアはさらりと言ってのけた。僕がソロアに話したことをソロアはなかったことにしなかった。僕の意見として主人に奏上したんだ。主人の意向にそぐわない意見なのは明白なのに。
「ソロアの夫は、貴族に取り入ろうした村娘が、王太子殿下に近づくことに成功して王太子妃にまでのぼりつめている事実を理解しないのですか?エレインを成り上がったと考えていないとはどういうことです?」
僕はソロアのしたことを賞賛するだけだったけれど、辺境伯家の実子様は、ソロアの発言内容に機嫌を損ねているご様子。
「メザリヤ様。ソロアは、主人に事実を曲げて伝えたり、隠したりしません。」
「知っています。わたくしのソロアのことをわたくしが知らないかのように話すのを聞く気はありません。」
ソロアが答える前にマルク様が言葉を添えたら、辺境伯家の実子様は明らかにムッとされた。
ソロアが何を話そうと、辺境伯の実子様はソロアを悪者になさらない。代わりに、ソロアの関係者を悪く言いたくなる気持ちに引きずられがちになられているの?
今僕が居合わせた辺境伯の実子様の言動が王太子様の前でも繰り返されていたものなら、王太子妃となられたときに、王太子妃様ご自身の振る舞いが周りを乱すことを避けるために、辺境伯家の実子様からソロアを遠ざける計画を思いつかれたのなら、真っ当な思いつきだと思えてしまう。
王太子様の最初の計画は、ソロアが辺境伯家の実子様の後ろ立たないように、死という形でソロアの排除を試みたもの。最初の計画はマルク様に止められたために、ソロアを死なせない形で再度練り直しがなされ、僕がエレインと亡くなり、未亡人になったソロアはマルク様と再婚するという予定に書き換えられたのを僕が拒否して、ソロアに会いにきた。
王太子様の側におらず、兵士を連れて、辺境伯家の実子様とソロアと話をする場にマルク様がいたことや、マルク様とソロアの辺境伯領内への理解に差がないことから、導き出される予想は一つ。
辺境伯家の実子様を辺境伯領から引き離し、マルク様と結婚したソロアが、辺境伯領の文官となるマルク様の支えとして領地に残る計画が王太子様の頭の中にはおありだ。
綿密に練られた王太子様の計画には、ソロアの隣にいる僕の入り込むすきがない。
マルク様とソロアの再婚を王太子様にすっぱり諦めていただこうにも、マルク様自身がどうお考えかが、分からない。マルク様は、王太子様のためにならないことをしない。ご自身の思いや利よりも、王太子様の利やお気持ちにそう結果を求めて動かれているのなら、僕とソロアが別れないことが王太子様の利になることやお気持ちにそう結果になるとマルク様に納得してもらうのがいいんだろうけれど、どうやって?
「メザリヤ様。私は、ソロアとの婚約解消の禊として、辺境伯領各地を回りました。」
「とばされたのですよね。ソロアとの婚約解消で。王太子殿下に。」
辺境伯家の実子様は、マルク様がとばされた原因もご存知なんだ。
「メザリヤ様。辺境伯領を巡っている中で、初めて知ったことがあります。」
「マルク、話してみてください。」
「メザリヤ様。貴族の近くにいる私のような平民と、生まれてから死ぬまで貴族から縁遠い場所にいる辺境伯領に住む平民とでは、貴族に召されることの意味が違いました。」
僕がソロアに言葉で伝えただけで終わってしまっていた話をマルク様は、身をもって理解されているの?
王太子様の近くにいるマルク様の理解を得たという驚きと、理解者を得た嬉しさとともに、ソロアに説明しただけに終わった僕自身の不甲斐なさがやるせない。
「マルク。私は、この件についてデニスに説明させたいですわ。せっかくこの場にいるのです。」
ついに、僕にお声がかかるときがきた。
「デニスが直接口を利くことをメザリヤ様はお許しになられるのですか?」
「許します。」
「デニス。メザリヤ様のお言葉に誠実に返事をしてください。」
ソロアの注意に返事をして、僕は頭を下げたまま口を開いた。
「はい。おそれながら申し上げます。村人全員で働いて、村の中での日々の暮らしを営んでいるような村から村人が召されることは、当座の労働力を一人、失うことと、その者が成人したときに他の村人と家族になる機会が失われることを意味しております。」
「貴族に期待しないのですか?」
辺境伯家の実子様は、僕の答えは理解に苦しむと言いたげだ。
「何を期待したらよいのでございますか?」
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