21.失いたくないものを失わないために。
僕は、はっきり、ゆっくり、大きな声で話をした。
「王太子殿下を村長の住まいに案内していた。王太子殿下に先に行くことは申し上げてきたから、王太子殿下に訪れていただく予定で準備していた建物を今から見に行く。」
監視役を刺激をしないように、村人を安心させるのが村長としての僕の務め。監視役は、実態は王太子殿下の偵察兵だけど、王太子妃エレインの護衛として入ってきている。エレインは、自分の同行者を非戦闘員だとは言わなかった。自分についてきた同行者に非戦闘員がいないと気づいていた、もしくは知っている状態で村へ視察に訪れている。
「建物を見に行ってから、王太子殿下と、文官をされていらっしゃるご領主の実子様にこれからのことをお聞きする。」
王太子様は、王太子妃エレイン一行の中に、遠距離でも話ができるスマホを持たせた人物を潜ませていた。
僕が僕の家を出てから、広場が見える場所まで走る間に、王太子様の伝令がとんでいるなら、僕の姿を見て呼び止めてこないことも頷ける。偵察兵から王太子様に伝令を飛ばして、僕の発言の真偽を確認するまでの時間もそうはかからない。
広場にいる村人は、予定外の対応に疲れてきていた。子ども達は、それぞれの親や家族、祖父母といる。先触れで聞かされていた予定と変わりすぎていることから、穏やかならざる状況だと全員が理解してはいても、何をしたら今より悪い状況になるのかが誰も分からないというのが今の村人の状態だ。
緊張感漂う局面で、分からないままでいさせられると体力と精神力を倍以上削られる。辺境伯領の端っこにある僕の村は、中央の情報なんてすぐに入ってこない。分からないなりに変わりゆく情勢の中で、今より沈ませないようにしながら生きてきた。
一触即発かもしれない緊張感は、初めてだ。エレインが王太子様に声をかけた運命の日の比じゃない緊張感。
今回の踏み越えてはいけない線引きは、僕にも分からない。僕達の村に起きたことは、あまりに特殊すぎる。前例だけで判断していいのか、迷いは尽きない。
それでも、僕は言うことを探す。僕がなりたいのは、村人が不安を感じているときに何も言わない村長じゃない。
先行きが分からないのは僕もだけど、村長の僕は、村人よりも情報を持っている。持っている情報を持っているだけにはしない。村人の置かれている状況が分からないのは同じ。でも、村人と同じで考えるのを止めたら、村長になった意味がない。現状が終わりに繋がる道を見つけて示すだけになってもいいから、何か言うことを探す。終わりが見えていること自体が、希望になり、希望は、村人の耐える時間を作る。
「王太子妃エレイン御一行様も承知していたと思うが、先触れで聞いていた視察とは別物になっているので、村人には今から休憩をとらせる。」
「は?休憩だ?」
王太子妃として立っていたときのエレインの一番近くにいた人が真っ先に反応した。
「視察はまだ終わっておらず、村人を待たせるにあたり、村人には休憩が必要だ。村長として、村人の休憩は、数人ずつの集団でとらせる。」
村長の判断として、譲る気がないことを言葉と態度に出す。
「監視されている状態だと見てわからないのか?勝手なことを言うな。」
エレインの一番近くにいた人に僕は堂々と言ってのける。
「こちらは先触れ通りに準備をしたのに、先触れ通りに動かなかったのは、そちらだ。王太子殿下に連絡する道具は持っていただろう?今、連絡をとって、確認したらいい。」
「この私に言っているのか!」
エレインの一番近くにいた人については、どれだけ偉い人なのかの情報がない。幸いなことに怖がりようがない。王太子様以外は、どれぐらい経緯を払うのがちょうどよいのかも分からないから、冷静になれる。
「王太子殿下の許しを得て、僕とソアラは、この広場にまだ戻ってこない。動画の判断に王太子殿下の許しが必要なら、とればいいだけだ。」
「我々は動かないが。」
広場の入り口から見ていた兵士の一人が声を上げる。配置についている兵士の指揮命令系統を偵察兵とは分けているんだ。
分ける意味があると考えた方がいいの?
「そちらも仕事だろう。数人ずつの分け方は、私の父の判断に委ねる。」
「父親もお前も勝手に動くな。」
「私が広場を見て指示を出したことも、指示を出した私が広場から立ち去ることも、村長として王太子殿下のお越しの妨げになるものだと王太子殿下がお考えであったなら、私は王太子殿下の前を辞してこの場にきていない。」
エレインの一番近くにいた人には、王太子殿下におうかがいをたててみろ、と返す。
「デニス。俺か?」
父が短く問うてきた。
「父は、前村長だ。役付きと相談してくれていい。兵士の監視があってもなくても、休憩は休憩としてとるように。」
声を上げた兵士に、兵士の仕事に対する理解を示し、広場での村人の采配を父に委ねる。
これで、当分は大丈夫。時間は稼げた。
村中にある兵士の姿は、村人より多い。王太子殿下は、警戒をとく指示をまだ出されていないんだ。
エレインは旅立ち、僕への疑いは晴れても、村自体への疑いはまだ、完全に晴れていない。
今、村人の中の一人でも、叛意を疑われるような行動をとれば、村は終わる。
村人も叛意を疑われるような行動はとらない。ただ、何が叛意にあたるかの判断が難しい。
村に疑いをもたらしたエレインは、もういない。この世界は乙女ゲームで、自分はヒロインだと言い出したエレインの語った話は、筋が通っていて、エレインの行動と比べても矛盾していなかった。エレインが引っかき回した人間関係は、エレインの単独犯だったと片付けられたけれど、村と村人が潔白だという証明は、まだだ。
今日、初めて打ち明けたとエレインは僕に話していたけれど、単独犯とされたエレインがそう喋っていただけで、本当にそうかは分からない。
エレインは、乙女ゲームのヒロインだから、十年前の運命の日に王太子様に会えたと喜んでいた。
今日の王太子様の兵士の動員具合を見れば、十年前に、王太子様が辺境伯領の端っこの村人が利用する町をお忍びで視察されていたのは、お戯れだったわけじゃないと推測できてしまう。
辺境伯領内に視察にお越しになられた十二歳の王太子様の警備と警護が、同じく十二歳の辺境伯家の実子様の担当になったのは、辺境伯領内で間者の動きが確認されていたからだ。
辺境伯家の実子様が十二歳のご令嬢の身で、王太子様の警備と警護を担当されたのは、秘密を守れて身軽に動け、責任がとれるお立場にあったから。
王太子様と辺境伯家が辺境伯領内での間者を警戒している最中に、エレインが王太子様に突撃していった。突撃した理由を、乙女ゲームのヒロインは運命の日に運命の人に会うと乙女ゲームで決まっていたとエレインは語ったが、エレインの説明だけで整理がつかない事例があった。だから、今日、兵士が派遣されてきている。
王太子様の辺境伯家の実子様への執着ぶりは、好きだからで、僕とソロアを別れさせたいのは、王太子様より先に幸せな結婚をした僕とソロアへの八つ当たりですよね、と申しあげた僕に、王太子様は、密約を聞いてその理解になったのか、と呆れていらっしゃった。
ソロアとマルク様を二人きりにさせるために、なんでいつまでも引き止められているんだろうと僕は不満で不安で。ソロアのところに駆けつけないと、という思いが先に立っていたから、王太子様が呆れているのを軽く流してしまっていた。
村中の兵士を見て、いやでも理解する。
マルク様と二人っきりで会っているソロアは、王太子様の指示で、マルク様に報告しているんだ。僕の村のこと。村人のこと。僕の両親や役付きがどのように村を回してきたか。それと、村長になった僕のこと。エレインのこと。
ソロア、僕との間に生まれた息子の話もした?僕とソロアの息子は、僕の両親と一緒に広場で待っていたよ。偵察兵と兵士の監視の中で、僕とソロアが戻ってくるのをただただ待っている。僕達の自慢の息子。村長の息子だよ。
ソロアが、どんな目的で僕と結婚して、僕の妻になったんだとしても、僕はもうソロアがいない暮らしなんか受け入れない。僕の妻は、ソロアしかいない。
始まりが、僕や村を監視するためだったのかもしれないけれど、僕が逃げ腰にならないように向き合って、村がなくなったりしなくて済むように、僕と一緒になって今日まで。
僕は、もう十分なくらい、ソロアが好きなのに、村長の妻としてありがたいとかそんな風にしか言っていなかった。好きだよ、ともっと早く言っていなかったことを今、凄く後悔している。たった四文字なのに。どうして、僕はもっと早く言わなかったの?
エレインには、好きな人に好きと言えない意地っ張りだとか、王太子様には、好きの気持を伝えないと伝わらないとか分かったような口をきいていたけれど、僕が一番分かっていなかった。
一刻も早く、好きだと言わないと。手遅れになんてしたくない。ソロアがどこかに行ってしまうなんて、僕は絶対にいやだ。ソロアには、どこにも行かないと言ってほしい。
マルク様がソロアにとってどんな存在だったって、僕はマルク様に負けないよ。僕の方がソロアと一緒にいた。
マルク様とは婚約も解消しているんだから、マルク様とソロアが会う用事なんて、仕事以外にはない。僕とは仕事だから一緒にいるんじゃない。僕とソロアは夫婦だから。好きだから一緒にいるんだ。
広場を離れた僕は、また走り出した。
伝えたい。伝えないと。好きだよって。
好きな人に好きになってほしかったら、好きと言わずに待つのはなしだ。言うんだ、先に、僕から。
ソロア、好きだよ。
後悔と焦りが僕の体を動かしている。
王太子様と王太子妃エレインを迎えるはずだった建物の前に着くまで、僕は誰の妨害も受けずに走り続けた。王太子様から、僕の行き先と僕の通行の妨げとなるような真似はするなという指示が出ている?
エレインの服毒とソロアとマルク様の復縁話に気を取られていて、兵士が村の中に配置されているほどの事態になっているとは考えもしなかった。
廃妃用の死装束を着せて、王太子妃になって一ヶ月のエレインを生まれ育った村に視察に行かせて、村の広場で幼馴染だった村長の息子と旧交を温めさせてから、幼馴染の村長の息子の家に行って服毒させ、死体を家の外まで運んだ後、用意してあった棺に入れて運び出させた。
村の中の兵士を見た後では、王太子様のなさった事前準備についての理解が変わってくる。
廃妃用の死装束を身につけたエレインを人目にさらしたのは、まもなく殺す予定だと見せつけるため。死装束を着たエレインに反応する人が村人の中にいなかったことで、仕切り直して、僕の家へ。僕の家に来たのは、家の中に武装した護衛を引き連れた王太子様といる僕とエレインの様子を周りから見えなくした状態を作り出すことで、襲撃が起きないか、偵察が来ないかと待たれていたんだ。
喋り薬のせいで、自分は乙女ゲームのヒロインだと話してしまったエレインは喋ってしまったことに嘆き悲しんでいたけれど、喋り薬を盛られたエレインが喋ることを期待されていた内容は、乙女ゲームのヒロインというエレイン自身の秘密の暴露じゃない。
狙いは、エレインと繋がりのある間者を喋り薬でエレインが告白すること。
じゃなければ、村の中にいる兵士の数が、多すぎる。
村を焼き払うためや、村人を皆殺しにするためだけなら、村中に散らばるように兵士を配置しなくてもいい。村中に兵士がいるのは、村人が隠れる場所を先回りしてつぶすためと、逃げ出した村人を村から逃さないための包囲網。喋り薬を使われたエレインの口から名前が出た村人を捕まえて、村の中で取り調べるために揃えられている人数。
王太子様は、僕を引き止めるときに、マルク様とソロアを逢引させるためと話しておられた。王太子様がそのように振る舞ったから、村長の僕は王太子様のお相手をしていた。王太子様と僕が、僕の家から出てこない間に、マルク様とソロアが話し合いをして、兵士が村の中を調べ尽くしたんだ。
僕が、王太子様の前から退席を許されたのは、マルク様とソロアの逢引という名の報告が無事に終わって、マルク様が何らかの判断をしたことと、村の中を調査していた兵士からあがってきた報告が怪しいものも人もいないというものであったことと、王太子様が聞いていたエレインの告白に矛盾がなかったからだ。
僕は、泳がされている。おそらく、マルク様に。
エレインに同行していた偵察兵と村の広場にいた兵士達の指揮命令系統を担っていた人物が別だったのは、二つが別々の作戦の元で動いているから。
僕も僕の村も村人も、警戒はされたままだけど、疑いを裏付けるものは何も出ていない。疑いを持たれるような心当たりも僕にはない。
ただ、徹底的に調べ尽くすだけの兵士を王太子様が動員されている以上、平民の村人の僕達全員が無傷でいられるかどうかは、際どい。
心当たりがなく、証拠どころか元から何もなかったと村人は知っているけれど、それをお認めになるのは、村人じゃない。尊いお方が、村と村人は無罪だとおっしゃらなかったら、村人の中から怪しい者探しが始まる。
尊いお方による怪しい者探しが始まれば、村人には止められない。全部を阻止するなら、怪しい者探しが始まる前。
つまり、今。
僕は、僕の村の村長の息子に生まれて、村長になるべく生きてきた。僕の村も村人も、村の在り方も、ずっと僕の守りたいもので。村長になった今、僕は守る側になった。
王太子様と王太子妃エレインを迎えるはずだった建物の周囲を兵士が囲み、出入り口にも兵士が詰めている。
村人以外を使った案内をする予定は、僕にはなかった。
村長の僕が村人に何かを言う前に、兵士を配置した人が村の中にいる。兵士を連れてきて、僕の前には姿を現さなかった人。建物の外にいないということは、建物の周りから一次的に離れているか、建物の中に、その人はいる。
探しても、建物の外にソロアの姿はない。
ソロアが建物に着いたとき、兵士はどうしていた?
建物の周囲の兵士の配置具合と、出入り口に立っている兵士の人数から、兵士を指揮して配置につかせた人が建物の中にいると予想できる。
王太子様と王太子妃エレインが視察の合間に休む場所として建てられた建物は、村で一番新しく、掃除をよくしてきたから、壁も床も天井も汚れが少ない。
土埃にさらされず、風の音で声を消されず、人目を気にしないで報告を受け、汚れていない格好で王太子様へ報告に向かうことを考慮するなら、王太子様と王太子妃エレインを向かえるための建物の中は、この村で一番最適な待ち合わせ場所だ。男にも女にも。
道中、マルク様の赤毛は見なかった。村には一人しかいないソロアの青緑色の髪も見ていない。
「ソロア。遅くなってごめん。王太子殿下は、まだうちにいらっしゃる。先にソロアを迎えに来たよ。」
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