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君の涙を持ち帰るのは、もう僕じゃない  作者: かざみはら まなか


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19/28

19.知りすぎてしまうデニスは、王太子アーレンドルフの辺境伯家当主の実子メザリヤへの情熱と密約に反応して

悪あがきでも何でも、しないよりはしよう。

「僕がお聞きするのはよろしくないのではございませんか?」


尊いお方が直接こぼされる情報は、平民の人生を左右しかねないものばかり。知ってしまったからには生かしておけないと処されるか、どこぞへ連れて行かれるか。村人のための町を通過してから入ってくる情報は、村人が聞いてよいものとしてふるいにかけられた後のもの。知ってしまったからと貴族様の手にかかる心配はしなくていい。村長の息子だった僕が村で一番可愛いエレインと町に行って仕入れてくる情報は、村長の息子という平民の子どもの耳に入れても安心な内容だった。王太子様が直々に話されるようなお話が辺境伯領の端っこの村の村長の頭の中に残すためのものじゃないことが分からなくては、村長を名乗れない。


「デニス。メザリヤ嬢に話を通して連れて行く。今からする話は聞いておけ。」

薄めれば身体に良くても、原液が毒と変わりないのは薬も情報も同じ。扱いづらい原液と同じくらい、王太子様からもたらされる情報はもらいたくない。受け取った情報を管理することになるのは、僕なんだ。王太子様じゃない。


「いかな思惑がおありか先にお聞きしてから、改めてのおうかがいに移りたいものです。」

「今日の私は機嫌がよい。メザリヤ嬢の出してきた成婚の条件を達成したからな。」


「条件達成おめでとうございますと申し上げてよろしいのでしょうか?ご領主様の実子様との婚約は解消されていらっしゃったのではありませんでしたか?」

しまった。僕からお聞きしてしまった。


「エレインとの婚約交代は、メザリヤ嬢との婚約を決めたときに双方で決めてあった。了承済みだ。」

王太子様は、餌に食い付いてきた野生動物を見る目で僕をご覧になっている。僕は王太子様に餌付けなんてされていない。思わずお尋ねしてしまっただけなんだよ。

「相手が交代する婚約がまかり通るのでございますか。」

王太子様は、見目麗しいご容姿の上に策略家で地位もおありだ。仲良くできるなら、申し分ない方だけど、僕はお近づきにならずに済ませたい。


「メザリヤ嬢は、私との婚約に、見出すものがないと消極的だった。」

僕は、辺境伯家のご当主の実子様について、人となりなどの詳しいことはお聞きしていない。ソロアもソロアの実家も喋らないし、僕からも聞かない。

ソロアのお仕えしていた主人はご領主様の実子様。領内とはいえ、端っこの村の村長の息子の僕には遠いお方。知らないでいること、知りたがらないことが、僕の不利に働くことはなかった。


今までうまくやれてきたのに、今になって王太子様からお聞きすることになるなんて。ソロアの仕えていた主人からお言葉をいただくのならまだしも。王太子様から情報をいただくなんてありがたいどころか。後で何をお求めになられるのか、ただ、ただ恐ろしいのに、逃げ出すこともかなわない。

「ご当主様の実子様が婚約に消極的なのに、婚約に持ちこんだのでございますか?」


話したがっておられるので、失礼にならないようにお尋ねする。

「私との婚約をのみたがらないメザリヤ嬢に、辺境伯領の領民エレインが秘密にしていた私のお忍び計画を知って接触を図ってきたことを私から突きつけたら快諾した。」


「快諾の解釈が分かりかねます。」

脅迫では?


「辺境伯領の領民の中から王太子へ不忠を働いた者を出した責任をとるとメザリヤ嬢が言うから、これ幸いと婚約者にした。」

結婚したい相手の弱みを握って、こちらの要求は分かっているだろう?と承諾させたことを快諾させたとおっしゃっている?正面から申し込んで拒否されたら弱みを握って逃さなかったということでは?

王太子様のどこにエレインが惚れ込んだのかがさっぱり察せない。


「秘密にしていた王太子様のお忍び計画を村人に漏らした者が、辺境伯家の中にいたということの責任をご当主の実子様がおとりになったのでしょうか?」

辺境伯家令嬢のご当主の実子様と王太子様、エレイン、僕は同い年。


「私のお忍びの警備や警護の手配を手がけたのは、メザリヤ嬢だ。辺境伯領滞在中の警備や警護は、メザリヤ嬢にと私からお願いしたら、メザリヤ嬢は快く引き受けてくれた。」

王太子様からのお願いは命令。臣下としてお引き受けになられたのでは?


「警備、警護の手配をご領主様ではなく、ご領主様の実子様にご依頼されたのですか?」

十年前に十二歳だったご令嬢が、十二歳の王太子様のお忍びの警備と警護の手配を王太子様からの直々のご指名でお引き受けに。

「警備、警護の計画の進捗や予定の確認のため、辺境伯家の責任者になったメザリヤ嬢と私で連絡をとる機会が増える。計画通り、私とメザリヤ嬢は互いを知れた。」

仲良くなりたい貴族様には、よくあることなの?平民の村長の息子同士では、そんな話にならない。


「ご領主様の実子様と交流する名目を隠して、警備、警護をご領主様の実子様にお任せした後に、領内にいた領民のエレインを間者の疑いありとして王太子殿下は連行されていましたが、王太子殿下の仕込みとは疑われませんでしたか?」

「その疑いは最後までとけず、婚約者交代には何の未練もないとまで言われた。」

僕は、ソロアの主人のおっしゃりようにまるっと同意したい。


「辺境伯家での不手際は、辺境伯家令嬢メザリヤ嬢と私が共同で調査すると決めた。楽しい時間のはずだったが、エレインはメザリヤ嬢には興味を示さず、私にだけ近づいてくる。エレインが私に近づいてくると、メザリヤ嬢は共同調査だからと様子見に入った。」

「エレインも共同で調査するという名目がある以上、ご領主様の実子様が引き下がることは止められず、ご領主の実子様と過ごすおつもりでいた時間が、エレインとの時間に書き換えられてしまったから、エレインを邪魔者だとおっしゃられていたのでしょうか。」

エレインは、王太子様の分かりやすい熱意の先を知ろうとしなかったの?実る恋だと信じたかった?


「エレインの狙いが辺境伯家ではないと分かれば、辺境伯領に据え置いていても、黒幕まで辿り着かぬ。辺境伯の領民エレインを完全に私の監視下に置く目的で、エレインが学園に入学することを認めたが、予想に反し、学園では手軽な男遊び以上のことをせず、尻尾をつかめないまま卒業する日がきた。」


元から間者ではないエレインに間者の動きを期待していたから、空振りに終わったんだ。

「エレインは、学園を楽しみにしていて、学園は楽しかったと話していました。」

「楽しんではいたな。」

エレインを邪魔者だと言いながらも、監視させていたエレインが何をしていたかという事実だけじゃなく、楽しんでいたことまで把握されている。


「私としては、学園の中で決着をつけたかった。辺境伯領民で辺境伯家の養女というエレインの身分では、学園を卒業すると同時に辺境伯領に戻り、その後は出てくる機会などない。」

「生粋の貴族ではないから、学園を卒業した後は貴族社会に残れないということでしょうか。」


「ああ。エレインを辺境伯家から完全に切り離して管理下において調べ尽くすことを考えたときに、エレインとメザリヤ嬢で婚約者を交代し、エレインを王太子妃に就けることが最速で最善だった。」

ここまで、王太子様のご領主の実子様を確保しようとする並々ならぬ情熱と行動力をお聞きしてきた。


王太子様のエレインに対する感情や扱いは、王太子様の婚約がまとまりにくかったせい?


「ご領主の実子様との婚約がまとまらなかった理由がおありではないのですか?」

お尋ねすることに段々と慣れてきたせいか、聞かなくてもいい質問が口から出てしまう。


「私はメザリヤ嬢との結婚を早くから決めていたが、メザリヤ嬢が私との結婚に乗り気にならなかったのが理由だ。」

相手にされていらっしゃらなかったの?

「エレインを辺境伯家の養女にして妹にさせ、婚約者の交代を計画しておられたら、さすがに愛想を尽かされるのではありませんか?」


「エレインは、メザリヤ嬢との交流を深める口実になっていたが、メザリヤ嬢は、私がエレインに構わざるを得ない状況になったと察するとすぐに立ち去った。エレインがいても、私の期待通りにはいくことは少なかったな。」

王太子様のお言葉に、僕は理解を改めた。エレインは、エレインと王太子様との出会いを運命の日だと喜んでいたけれど、王太子様の中では、ご領主様の実子様との出会いが先にあり、王太子様の心の中には、ご領主様の実子様しかいなかった。


王太子様になびかなかったご領主様の実子様は、ソロアの主人だけはある。きっと男を見る目がおありだ。

「身近にいる女が夢中な男に近づかない方の妹になったから、エレインは怪我なくすごせたんですね。」

ご領主様の実子様が王太子様に惚れ込んでおられなかったから、エレインは辺境伯家の養女として学園を楽しめた。


王太子様とご領主様の実子様が両思いでいらしたら、エレインは貴族の養女になっていない。エレインが王太子様にお声をかけた運命の日に、僕とエレインは姿を消すことになっていた。


「メザリヤ嬢との結婚は、エレインの問題をより良い形で解決した側の意見を優先することを条件とした結婚だ。」

辺境伯家がエレインについて解決できずに、王太子様が単独で解決された。王太子様の条件をのむことは、王太子様との結婚。王太子様とご領主様の実子様の結婚は必ず実現する。


「王太子殿下とご領主様の実子様の婚約が先にあり、王太子殿下の婚約者の座をエレインが略奪したと聞いていました。王太子殿下が乗り気であられたのなら、王家と辺境伯家で、家同志の婚約の話として出ることはなかったのでしょうか?」

知らなくていいことを知りすぎてしまったからには、中途半端にならないところまで知っておきたい。


「辺境伯家は、王家との縁を欲していない。私がメザリヤ嬢に会いに来ると、ただの接待で終わっていた。」

「結婚したい相手に接待されているとお分かりになっていたのですか。」

好意を示してくる王太子様に対して接待に徹しておられた実子様も、接待だと気づかれた王太子様も、手強い。


「メザリヤ嬢に首を縦にふらせるために手をこまねいていたところに、ふってわいたように現れたのがエレインだ。」

王太子様は、エレインの出現によって手詰まりを解消され、希望を叶えられているとお認めになった。

「王太子殿下がエレインをいいようにできたのは、エレインに困らされていなかったからでしょうか。」

「困らされたことはない。」


「エレインの扱いに苦慮した辺境伯家さ、王太子殿下に預けると決めたられたのでしょうか?」


「デニス。甘いな。エレインがいるだけなら、辺境伯家も困りはしなかった。辺境伯家が困ったのは、私がエレインに注目したからだ。私とメザリヤ嬢の共同調査の名目で、メザリヤ嬢に会いに来るときに私が様子を見ると決めたから、エレインは生きていた。さもなくば、私が王都に帰る日にエレインの首は落ちている。」

王太子様の僕を見る目が、名前を出したのはエレインだけにしたが、と語っておられる。


王太子様がエレインだけを連行する選択をなされたことで、僕は生き永らえた。王太子様は、誰が助けた命なのかを知った上で口を開くようにとおおせだ。エレインについて言及する上で、越えてはならない一線を越えたら首を落とすと。


「辺境伯領に現れたエレインの存在を都合よく使って希望通りの相手との結婚にこぎつけられたのなら、エレインがいて助かったのではありませんか?」

僕と王太子様は同い年だけど、僕が王太子様相手に腹芸ができるかを突き詰めるてみれば、出てくる答えは一つだけ。


「私に都合が良かったのは事実だ。」


口達者な村長になったけれど、服毒させられたエレインを見て、帯剣している護衛に囲まれ、目の前には毒入りのお茶。僕と一緒にいないソロアが元婚約者のマルク様と二人っきりだと聞かされた状態で、王太子様からの足止めを食らって、身動きが取れずにいるのが、僕。


「都合よく使ったエレインに対して、エレインを助けるように貴族の方々に手を回されるのではなく、妻としたエレインの悪評が広がることを下支えされませんでしたか?」


うまくやろうと考えても、僕の考えたうまくやろうじゃ、結局はうまくいきそうもない。王太子様にどこまで踏み込んだらいいのかを考えたら、無難にいかないと、という言葉が頭をよぎってしまう。


王太子様は僕のことを調べてこられた。一方、僕は王太子様をお調べすることなど畏れ多くてできなかった。僕が存じ上げている王太子様についての話は、全て伝聞。その伝聞も部分的には正しいと言えたけれど、伝聞全体で見ると、話し手の私見がだいぶ入っていたんだと思わされた。


僕の元に入ってきた話は、誰かが僕に聞かせたかった話でもある。真実であったり、真実に見せかけた何かであったり、真実だと思い込まされていた話であったりしていたのは、話したい人と僕との関係、それに入手した情報との距離感がバラバラだったからだ。


「やはり、デニスはエレインが気になるか?」

僕が気になることは、エレインではありません。


僕は、腹芸なしで勝負をかける。

「私は、ソロアと結婚して夫婦となるときに、力を合わせて安心する家庭を築いていけるように働くことを決めました。」


「ソロアの話は聞いていない。」

僕がソロアの話をしたいんだ。王太子様のお話をふんふんと聞いていては、丸め込まれておしまいだから。


「王太子殿下が妻を持つ夫でいらっしゃる間、エレインが妻に向いていなかっただけでなく、王太子殿下もエレインの夫には向いていらっしゃらなかった。」

「デニス、廃妃だ。エレインはいなかった。」


エレインを看取ることは僕じゃないとだめだったから、僕が立ち会ったのは分かる。

でも、王太子殿下とご領主の実子様の密、それにまつわる王太子様のご領主の実子様にかける情熱を僕が聞く必要はあった?


ソロアとマルク様を二人っきりにする時間をなんで僕が作らないといけないの?


マルク様にソロアと話をさせたいとお考えになったのなら、僕を引き止めるよりも先にすることがあると僕は声を大にして言いたい。


王太子様と結婚したエレインが僕に会いに来たことも、エレインが僕の家に入ってきたことも、王太子様のご都合であって、僕の希望じゃない。


僕にはもうソロアがいる。十年前に道が分かれたエレインと僕の間に、僕の家の中で話し込むような話題はなかった。いくらマルク様だとはいえ、僕じゃない男とソロアを二人っきりにするのを良しとされるのは、絶対におかしい。


王太子様が、僕にとくとくと聞かせたいというそのお心を解き明かして、僕はソロアのところへ行く。絶対に。もうこれ以上引き止められてたまるか。


「王太子殿下。ご自身の結婚が希望通りじゃなかったからと、結婚がうまくいって幸せの絶頂にいる村人の幸せをやっかんで引き裂こうとするのは、お止めください。」


「デニス?」

王太子様は、ちょっとだけ、呆気にとられた顔になった。何度でも言うよ、僕は。

「王太子殿下のまだ知らない幸せな結婚生活を僕は既に何年も続けておりますから、幸せな結婚に対する憧れは理解しております。幸せな結婚を夢見ることができるようになられたのですから、既に幸せな結婚をしている夫婦の仲を引き裂くようなことはお控えください。」

僕は大真面目に言った。僕とソロアの仲を引き裂くようなお考えは、馬に蹴られて捨ててきてください、とまでは言わないけれど、好きな方と結婚すると決まったんだから、幸せの潮流に乗って、幸せな夫婦を引き裂く発想は丸ごと全部、お捨ていただきたい。

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