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君の涙を持ち帰るのは、もう僕じゃない  作者: かざみはら まなか


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17/29

17.乙女ゲームのヒロインだったという君を見送る。僕にとっての君は、幼馴染で、それから。

「デニスは、ヒロインがエレインという名前の乙女ゲームを知らない?」

エレインには、何か確認したいことがある?

「僕は知らない。エレイン。君は、僕以外にも同じ質問をした?」

僕は慎重に言葉を選ぶ。

「デニスが初めて。乙女ゲームのヒロインに生まれたことを話す気なんてなかったから。」

エレインの隠し事は、喋り薬でなくなった。

「今日初めて話したんだね?」

「聞かれるままに喋って、廃妃だとか言われて、最悪。」

エレインは、重たそうに腕を持ち上げ、頬杖をつく。


「エレイン。君は、自分が怪しまれていたと知らなかったの?」

エレインの確認したいことはまだ分からない。僕に確認できることは確認しておく。

「ヒロインを怪しむなんて誰が思いつく?攻略対象がヒロインを可愛いと思うんじゃくて、間者だと疑うなんて信じられない。」

悲嘆に暮れているようにも不貞腐れているようにも見える。


「乙女ゲームというものが分からない僕は、十年前、初対面の貴族の方の名前を呼んだ君を見て、帰るときに問い詰める決心をしたよ。」

「デニス。私がしたのは、そんなに悪いこと?」

エレインの確認したいことが一つ。

「君の未来を悪いものにした原因だから悪いことじゃなかったとは言えないよ。君の行動は突拍子のないどころでじゃなかった。乙女ゲームを知らない君以外の理解の域を超えていた。理解できない上に、君の行動の理由が分からない以上、君を見た人は警戒する。」


「デニスも警戒した?」

確認したいこと、二つ目。

「君が突然、初対面の貴族に馴れ馴れしくしだしたとき、僕の頭には二度と村に帰れない可能性がよぎったよ。」

「私は帰らなかったじゃない。」

「君に間者の疑いがかからなかったら、君は連行されていなかった。」

「私、連行されていた?」

エレインは、びっくりしている。


「君が、貴族に誘われただけだと思っていたのは君を見ていれば分かる。何も理由がなければ、尊い方々は平民を誘わないんだ。十年前だけじゃなく、その前からずっと。」

「何それ。そんなの知らない。」

僕の予想通り、二十二歳のエレインの感覚は、十年前、十二歳で村娘を辞めたときと変わっていなかった。

「君が町から連行されなかったら、運命の日に打首になっていてもおかしくなかった。僕も君も。」

「ごめん、デニス。そんなことになるなんて、私、知らなかった。」

エレインは、口ごもりながらも、本気で謝ってくる。

「僕も、君が、尊い方々との距離感を知らないなんて思っていなかった。」


「デニス。今日、私に来てほしくなかった?」

今日は、王太子様と王太子妃様の視察という名目がある。来てほしくなかったなんて、口が裂けても言えない。僕は村長だ。

「十年前からの君の行動は、君だけじゃなく、この村と村人は間者と通じていると王太子様に警戒させるものだった。今日、王太子殿下の御前で疑いは晴らせたけれど。疑いが晴れなかったら、今日のうちに村ごとなくなっていた。」


「村ごとなくなるなんて、ある?」

「エレイン。王太子妃として君が連れてきた人達や、王太子殿下のお連れになった方々に戦えない人はいるの?」


「デニス。戦えない人達って、非戦闘員という意味?」

「そうだよ。エレイン。エレインは非戦闘員だね。」

幸いなことに、エレインは、あまり考えずに僕の答えにたどり着いた。


「デニスが私とアーレンドルフ様と一緒に席についたのは、村にかかっていた疑いを村長として晴らすため?」

「僕の気持ちは、そうだよ。」

「私と話すためじゃなかったんだ。」


今さらだけど、伝えておこう。僕が言いたいから。

「王太子殿下と王太子妃殿下が僕の家に僕と行くとお決めになった以上、村長の僕が来ないでくださいとは言えない。」

「私、会いたいと思ったときに会いにいけば会えるのが幼馴染だと思っていたから。」

エレイン。君は、何も知らずに王太子妃になり、村娘だったときは僕の家に押しかけたりしなかったということさえも忘れてしまった状態で、僕に会いに来たんだね。村長の息子の僕から村娘だった君を誘うことはあっても、君から僕を誘うことはなかった。僕と君が、村長の息子と村娘という立場の違いを超えたことはなかったから、そのへんは安心していたんだけど、何も考えていなかっただけ?


「エレイン。君は乙女ゲームというものは知っていて、乙女ゲームをする学園についても知っていた。」

エレイン。知らないことがありすぎる君に何と言えば伝わる?

「知らなかったら、乙女ゲームに転生したなんて考えないよ。」


「エレイン。貴族や国について、何か知っていることはある?村娘だったときと比べて知識は増えた?」

「政治も貴族も、アーレンドルフ様が全部してくれることになっていたから、特に増えていない。エレインは、そこにいるだけでいい、何もしなくていいとずっと言われていたから。」

エレイン。貴族様の言う、しなくていいよ、は罠なんだ。実態は、貴族様が口に出す前にやっておかなかったのか、という叱責だよ。


「王太子妃になるのに、国や貴族について知らないままでいいと思ってしまったのなら、エレインにとって甘やかされた時間は確かにあったんだね。」

「私が求めてたのとは違う。後からダメ出しするくらいなら、最初から学ぶようにと言ってほしかった。」

エレイン。貴族様のうまみだけを甘受して生きていける場所はないんだよ。


「エレインには間者の疑いがかかっていたから、国や貴族について、あえて何も教えなかったんじゃない?」

「ひどい誤解。私は間者じゃないのに。ヒロインなのに。」


「エレインのすることを手元で監視する都合上、全部任せることにさせられたとは考えなかったの?外でも聞いたけれど、エレインに人事権はないんだよね?」


「私がいるだけでアーレンドルフ様には癒しになって、私を愛することがアーレンドルフ様の幸せだから、アーレンドルフ様といるだけで私はいいんだと思っていた。」

エレインは、ただひたすら愛されたかったんだね。大きくて一方的で溺れそうな君への愛情なら、十年前、十二歳だった僕は持っていたよ。君に。


「エレイン。王太子妃教育は受けなかったの?」

「デニス。王太子妃教育が終わったから、私は王太子妃になっているんだって。」

頬杖をついた状態でエレインが顔を左右に揺らす。エレインの耳飾りは、ドレスと同じ豪奢な生地を使った布製だ。

「エレイン。国や貴族について知らないままで、王太子殿下と仕事を分け合うこともない王太子妃殿下の仕事は何だと思ったの?」


「アーレンドルフ様の愛され妻。」

頬杖をついているから、今までで一番、エレインとの距離が近い。

「エレイン。愛されるだけの妻でいたいなら、王太子妃殿下は難しかったね。」

エレインが身につけている宝飾品を近くで確認すると宝石じゃなかった。キラキラした糸で刺繍した玉飾りだ。

「先に知りたかった。ヒロインなんだから、愛されるために生まれてきたと思うじゃない。」

そうだね、エレイン。先に知りたかったのは君だけじゃないよ。君がヒロインでいることは、君以外知らなかったことを君は忘れていない?


それに、愛されるために生まれてきたのだとしても。

「エレイン。王太子妃殿下に限らず、与えられた愛を食べ尽くすだけではうまくいかなかったよ。」


宝石を送るだけが愛情ではなくても、視察に訪れる王太子妃の身を宝石で飾らないことがあるんだね。

「私が欲しがるばかりだったから、愛されることはなかったね、とデニスは言うんだ?」


エレイン。僕が君への恋慕を断ち切れたのは、どれほど思っていても、君からの愛情が返ってこないことを時間をかけて理解していったからだよ。


「エレイン。君は王太子妃教育で、視察先の村長や村長の妻には喧嘩をふっかけなさいと習ったの?」

「喧嘩の仕方なんて習っていない。毎日、意味が分からないことを山ほど詰め込まれたけれど、詰め込んだうちのどれが私の役に立っているのか、私も知らない。」

エレイン。君が時間をかけて習ったものは、誰のためのものだったんだろうね。


「エレイン。君は行動する前に理解者を作ろうとは思わなかったの?」

エレインの邪気のなさが、余計に僕の胸を締め付ける。

「私の理解者なら最初からいたから。ヒロインの幼馴染の村長の息子のデニスが、ヒロインの理解者だから。」


「運命の日に、初対面の貴族の方々に君がついていった乙女ゲームのプロローグなんだけど、本当は、君一人じゃなく、僕もついていくことになっていたんじゃない?」

村長の息子の平民の幼馴染というだけでは、エレインの理解者になれない。今の僕が、まさにそう。

「プロローグでは、ヒロインとデニスは一緒に学園に行く話になっていたけれど。運命の日のデニスは私とアーレンドルフ様の話を邪魔してきたし。デニスは私を好きだから、デニスとはいない方がいいと思って誘わなかった。行きたかったなら、ごめんね。」


「君に謝られてもどう答えたらいいか分からないから、謝らなくていいよ。学園に行きたいと考えたこともないから。」

「村とは全然違うのに?」

学園に行きたくないなんて信じられないと納得のいかない顔をしているけれど、僕は、村長になりたくてなっているんだよ。君と学園に行っていたら、断れない縁が貴族様とできてしまっただろうからね。

「僕が学園に行かなくても、学園でのエレインの立ち回りはうまくいったんだね?」

「乙女ゲームが始まった学園は、毎日楽しかった。」


「村を出たときから貴族の中で生きることを夢見ていたんだったら、攻略対象以外の人を君の理解者にしようとはしなかったの?」

楽しい毎日も卒業とともに終わると知っていたのに。

「デニス。乙女ゲームに転生してきたヒロインだとバラして乙女ゲームを始めても、何も楽しくないじゃない。」

「エレインは、楽しめたんだね。」

村娘を辞めて、僕の手の届かない場所に向かい、また戻ってきたけれど、不安だらけで僕にすがりにきた君の十年間に、君だけの楽しみがあって良かった。


「デニス。乙女ゲームが終わっているし、私は元の世界に戻れるかもしれない。私は元々、乙女ゲームをプレイしていた人で乙女ゲームの住人じゃないから。」

頬杖をつくのを止めたエレインは、真面目な顔をして話しだした。

「エレインには、これから帰るところがあるんだね?」


「乙女ゲームのエレインになるまでが分からないから、どこに戻れるかは分からない。でも、乙女ゲームが終わった後のヒロインが幸せになれない結末なんて誰も喜ばないから、私が元の世界に戻れないことはない。」

自分に言い聞かせるように僕に話しているのは、信じたいんだね。

「エレインは、今から元の世界というところへ帰るんだね?」


「戻れたらいいとは思うけれど。乙女ゲームの終わった後までは知らない。」

「エレインに分からないのなら、僕には、もっと分からない話だね。」

エレインは、腹をくくった表情になった。


「聞いて、デニス。元が乙女ゲームの住人じゃない私は元の世界に戻れても、乙女ゲームの住人のデニスが乙女ゲームの外に出て、私の元いた世界に行くのは、絶対に無理。」

僕は、僕の考えをエレインに話す。十年前、十二歳だった僕達は口喧嘩になった。二十二歳になった僕達は、喧嘩しないで話ができるようになったね。

「エレイン。僕は、今の暮らしが大事なんだ。村長として、村で家族と村人と生きる生活を止めたいと思ったことは一度もない。」


「乙女ゲームを知らないデニスには、元の世界に一緒に行こうと誘っても、ちっとも響かないんだ。」

エレインは、少しばかり悔しそう。

「エレイン。君に聞いてほしい。君の暮らしたい場所は僕の生きたい場所とは、最初から違っていたんだ。十年前の十二歳のときに、君が村娘を辞めたときに僕と君との道は完全に分かれた。今、ひととき、僕と君は隣あったけれど、僕と君の人生がもう交わることはないという僕の思いは、十年前から変わらないよ。」


エレイン、僕の答えを聞いているんだか聞いていないんだか、なところは、十年前と変わらないね。

「乙女ゲームを知らないデニスが、私の元いた世界に来ても、私みたいに楽しめるとは思えないし。」

僕も一回じゃ通じないと知っているから、何度でも言うよ。

「エレイン。ここではないどこかに行きたいという考えは、僕にはないんだ。僕はこの村の村長の息子として生まれたことを誇りに思っている。村長になった僕の人生は、これからだよ。」


「分かっている。デニスは来なくていいよ。私、一人で大丈夫。」

強がっている君に僕は、言葉をかけるだけ。

「エレイン。君は、君が幸せに生きられる場所へ戻るんだよ。」


「ありがとう、デニス。ごめんね。押しかけてきて。」

エレインは、頬杖を止めた手でまなじりを押さえた。

「同郷の僕を頼りにしに来てくれたけど、君の力になることは僕には難しかった。」


「今日、デニスに再会するまでは、デニスが私の希望だった。乙女ゲームの世界を楽しみに村を出たのに、村を出てからなぜか暮らしにくかったけれど、何が原因で暮らしにくいのか、ずっと分からなくて。デニスがいないことしか考えられないと思って、デニスに会いにきたのに。私、遅すぎた。」

「君の生まれてからの十二年間が、思い出したくなるほど色づいた時間だったなら、君の村娘としての十二年間を村長の息子として良いものにできたことは、村長をしている僕の自信になったよ。」

僕は、僕の今言える言葉を全部、君に言うよ。


「この世界で、デニスだけが私に良くしてくれた。」

「僕以外にも君を気遣っていた人はいたよ。名前は出さない方がいいから、もう誰とは言わないけれど。」

エレインを伏兵だとまで言っていた王太子様の前で、廃妃にされた平民の村娘と仲良くしていた村人を名指しで言うわけにはいかない。


「お父さんお母さんにも、子どもらしく甘えていたら良かったって最近になって思っていた。子どもの特権なのに。幸せになれないなら、急いで大人にならなくても良かった。」

「エレイン。君は、君が甘えて暮らせる場所へ行くんだよ。幸せになりに。」


「アーレンドルフ様。決行はいつですか?」

エレインは、王太子様に向き直った。

「エレイン。デニスは連れて行かないのか。」

「私は、一人で十分です。ヒロインになるときも、私は一人でした。」

木箱を持つ二人の執事の服装を見て悲鳴をあげていたエレインは、二人の執事の顔を見ている。

「デニスとの別れは済んだか?」

「はい。」

王太子様の合図で、王太子妃エレインの前に毒々しい赤い液体の入ったグラスが置かれる。大きい木箱から取り出されたボトルに入っていた液体は、小さい木箱から出されたグラスに注がれた。エレインの前に置かれたグラスは、毒々しい赤い液体で満たされていく。甘さを濃縮した匂いがした。

お茶係の執事が、エレインの前からティーカップを下げる。

「味の調整はしてある。飲みにくいことはない。エレイン、一息にあおれ。」


「アーレンドルフ様。最後に言っておきます。」

「今さら聞く気はない。」

廃妃にしたエレインに慈悲も情けもお見せにならない。


エレインは、僕を振り返った。

「じゃあ、デニスに。私は乙女ゲームのヒロインを辞めて元の世界に絶対戻る。乙女ゲームの外からデニスを助けてあげる。」


「エレイン。気負わなくてもいいんだよ。」

僕は、苦笑してみせた。

「デニス。私のことを気にしてくれてありがとう。最後まで優しくしてくれてありがとう。」

エレインのありがとうを聞くのは、久しぶりだ。僕と町へ出かけようと誘うと花が咲いたような笑顔で言う、子どものエレインのありがとうは、何回も見たくなるくらい可愛かった。

エレイン、君の笑顔が好きだったよ。君の笑顔を見るために、僕は色々していたよ。十年前までは。


「エレイン、君が感謝しているのは、最後に君の助けにならなかった幼馴染だよ。」

僕はもう、君と言葉を交わすだけの幼馴染だ。

「デニスが私のことを私として見て、私を助けてくれたことへの恩返しだから。」


「エレイン、喋りすぎだ。」

王太子様の制止が入る。亡くなった後も僕の味方になるという廃妃の発言は、王太子様の許容できる範囲を踏み越えたものだったよう。

「アーレンドルフ様。私にしたみたいなことをデニスにしたら、私、許さないから。」

エレインは、王太子様に遠慮しなくなった。


「エレイン。君がされたことは、許すの?」

「デニス。私は許さないし、許していない。なんなら怒っている。私と結婚したのは、お姉様が好きだったからなんて言われたんだよ。」


僕は、旅立つエレインに餞をと思った。せめて最後くらいは。

「エレイン。君は、王太子殿下が好きだったんだよね?」

エレインは、僕に言い返したり、誤魔化したりしなかった。

「そうよ。好きだった。好きじゃなかったら、好きになっていなかったら、プロローグが始まるからって、ついて行っていない。言われるままに貴族の養女になって、会いに来てくれるのを待っていたりしない。アーレンドルフ様が私に会うのはいつも、お姉様に会いに来たついでだったけれど。」


「エレイン。君は、ついででも王太子殿下が会いにきてくれたことや、婚約者に選んでくれたのが嬉しかったんだよね?」

「嬉しかった。婚約者になれば私から会いに行けるとも思った。婚約者になっても、いつでも会いにいける感は全然なかったけれど。それでも、婚約者の妹でいるよりは良かった。」

王太子様は何もおっしゃらない。制止されないのなら、まだ平気だ。


「エレイン。君、王太子殿下に、素直な気持ちを伝えたことはある?」

「私はいつも素直よ。」


「エレイン。君は君が分かっていない。僕が見てきた君は意地っ張りだ。十年前、僕と君が口喧嘩したときみたいに、自分の気持ちを王太子殿下にお伝えしたことはある?」

「アーレンドルフ様は、いつだって、私の言いなりになる王太子殿下と言われているのよ。デニスが知らないだけで。」

エレインの口は震えている。


「エレイン。王太子殿下は、言いなりになっている風に見せていらっしゃるけれど、ご自身の意思を曲げてまでエレインの言いなりになってはいらっしゃらなかった。」

今日、僕が見る限りでは。

「私が、そう思わされていただけ?」

エレインが目を見開く。


「王太子殿下が、君の言いなりになっているように装うことを得策だとお考えになったのは、君の気持ちをご存知なかったからじゃないの?」

「アーレンドルフ様が、私の気持ちを知らないなんてそんなことある?ヒロインの私の気持ちを。」


「エレイン。君は、君から好きと言ったことある?」

「デニスは知らないから仕方ないけれど、ヒロインは、好きって言わないものだから。好きって言われるのがヒロインだから。」


「エレイン。乙女ゲームは終わったんだよね?ヒロインの役も終わったんじゃないの?」

エレインは、王太子様を真っ直ぐに見つめた。


「アーレンドルフ様。アーレンドルフ様は私を好きじゃないと言うけれど、私は好きでした。好きじゃなかったら、私、アーレンドルフ様と結婚していません。乙女ゲームのヒロインは好きでもない攻略対象を攻略しません。」


「エレイン。君、もっと素直に言いなよ。好きです、だけでいいんだよ。」

最後なんだから。

「デニス。分かっている。でも、アーレンドルフ様は私に死んでほしいと思っていて。私は、もうアーレンドルフ様の考えを知っている。」


エレイン、君が動けないのは、答えを知ってしまったから?

「エレイン。君は、好きになってはいけない方を好きになったんだね。」

君の胸でつっかえているものをとっていくよ。

「デニス。それじゃあ、結局、私が悪いみたいじゃない。」


「今、君を一番苦しめているのは、愛を返してくれることがない夫?それとも君の話を聞くだけの幼馴染?」

「デニスは悪くない。むしろ、迷惑をかけたことぐらいは、私も分かってきた。」

「君のこれまで振る舞いが場にそぐわないということを君が知らなかったのは、間者の疑いを持たれていた君に余計な知恵や知識を与えないためだったということも、君はもう知ったよね。」


「私が生きにくかったのは、私が生きやすいようにしてもらえなかったから。」

エレインは、君はどこまでも君だ。

「エレイン。君がヒロインだということは、君にしか分からなかった。ヒロインが何かを説明されても、そういうものがあるのか、というところまでしか、乙女ゲームを知らない人には理解が難しい。」


「デニス。私、乙女ゲームのヒロインに転生したことに一人で浮かれすぎて、周りが見えていなかった?」

エレインは、己をかえりみた。反省しているのは、まつ毛から鼻の先分くらいだけど。


「エレイン。乙女ゲームを楽しみにするあまり、恋に恋する生活になっていなかった?」

十年前までの僕が君に持っていた気持ちがそうだったよ、なんて、僕は言わない。これからも僕の中にしまっておくけれど、君は僕の初恋だった。


「デニス。言っとくけど、私の気持ちは恋に恋するなんてものじゃない。」

「認めるの?」

「デニス。好きになってはいけない人に恋をしたから、私の恋はだめになった?」

エレインは、困り顔になっている。

「エレイン。君はまだ、好きな人に好きと言っていない。君の恋の決着はまだついていないよ。」


「デニス。アーレンドルフ様は、私のことが好きじゃないって、私、もう知っちゃった。」

エレイン、君の恋の悩みを僕が聞くことになるなんてね。

「君はまだ、知っているだけなんだ。失恋しようよ。」


「デニス。私、アーレンドルフ様に嫌いって言われるのはいや。」

エレイン、僕も好きな相手に嫌いと言われるのは嫌だよ。

「嫌われていると知った上でも、好きだと言ったときに、君の恋は失恋で終われない?」


エレインは、ぷっと吹き出した。

「デニスは、残酷。優しかったデニスはどこ?」

「それはね。僕が村長になったからだよ。」


「デニスは、いい村長さんになったよね。デニスが村長をしている村の村娘に生まれたら、私、ヒロインに目覚めなかったかも。」

エレインは、懐かしむように目を細める。

「エレインが子どものときは、僕も今みたいじゃなかったよ。父や役付きや村人、ソロア、ソロアの実家の人達が、ソロアを紹介してくれたマルク様が助けてくれて、ソロアと僕の間には息子もいる。エレイン、十年前と比べて、僕も成長したんだ。」


「攻略対象じゃないデニスが、一番かっこよくなっているなんて。」

「君にフラレて十年だよ。成長もするよ。」


「デニスが立派な村長さんなのは、私にフラレたおかげ?」

エレイン、僕は村長だ。

「僕が自分自身を見直すきっかけにはなったけれど、君のおかげとまでは言わない。」

僕は、言葉選びを間違わない。いっときの情に流されない。


「アーレンドルフ様。私、アーレンドルフ様が好きでした。かっこよくて私にだけ優しくしてくれるアーレンドルフ様を好きになりました。」

エレインは、今までで一番綺麗な顔をしている。

「エレイン。時間だ。飲みなさい。」

王太子様は、エレインに返事をしなかった。


「でも、もう好きじゃありません。私、アーレンドルフ様が困っていても助けません。デニスだけです。私がいなくなったからといって、デニスをいじめたら私が仕返ししますから。忘れないでください。」

エレインは、得意気に笑う。

「エレイン。君、最後までそれでいいの?」

王太子様は、渋い顔になっている。


「うん。デニス、見た?アーレンドルフ様の顔。アーレンドルフ様、私にフラレるとは思っていなかったんだゆな。私、アーレンドルフ様をフッたんだ。ありがとう、最高の失恋になった。」

君は、今日、意地を張って、強がってばかりだね。

「エレイン。君がそれでいいなら、いいよ。」


「デニス。本当は、いいけど、良くない。」

意地を張るのも、強がっているのも、君がそうしないといられなかったからだと僕は分かる。

「エレイン、君は泣かないの?」

エレインが素直になれるのは、僕の前だけだ。

「泣きたくない。もう好きじゃなくなったから、絶対にアーレンドルフ様のことを思っては泣かない。泣いたりしない。」

目を大きく開いて見せてくるエレインの瞳は、二つともうるんでいる。


「エレイン。君は最後まで意地っ張りなんだね。」

エレインは、泣かないように笑っている。

「デニス、バイバイ。元気でね。呼んでくれたら、必ず助けるから。」

僕に横顔を見せたエレインは、両手でグッとガラスを持ち上げると、一瞬だけ中身を凝視して、一気にあおる。


エレインがごくごくと飲み干すと、すぐにグラスは空になった。エレインがグラスを机に置いたとき、まだ、エレインの意識はあった。

「デニスは、ここで幸せになって。私の分も。」

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