14.王太子妃エレイン、マルク、ソロア、デニス。王太子殿下のいらないもの?
王太子様のおっしゃっている話が嘘だったらいいのに、そう思った。
ちょっと考えたならそんなことあるはずがないと分かりそうなものを、と後になって悔しがるくらい綿密に考えられた嘘だったら。嘘と分かったときに、嘘で良かった、絶対ありえないと信じていたんだと言えたら。そんな風に思ったけれど、騙されません、と主張できるような根拠もなく、嘘だと言い張るには、頭が痺れて動かない。
僕の口が動いたのは、僕が口達者な村長になっていたから。僕の口は、村長としての言葉を発していた。頭より先に。
ソロアとマルク様が婚約者?
「私の許可なくソロアとの婚約を解消してきたマルクは、ソロアに新しい婚約者を決めてきた、と清々しく報告してきたからな。私の友と部下として私の計画を実行するより、ソロアの行く末とソロアの主人の心境を優先するとは。実に気が利く。」
王太子様が上機嫌に見える。
「マルク様は、罰を受けたのでしょうか?」
「私の命令に背いた罰は勿論受けさせた。ソロアが働かない責任もマルクが負った。」
王太子様の言葉を読み解く。
「ソロアにさせる予定だった侍女の役目を侍従としてマルク様が果たされたのですか?」
「デニス。その理解の早さは、早く死なせるには惜しくなるな。」
惜しくなるとおっしゃってはいても、殺さないことにしたとはおっしゃらない。
王太子様の中で、僕の死はまだ決定事項。
「王太子妃殿下がお越しの際に、マルク様のお姿はお見かけしませんでした。視察には侍従をお連れにならなかったのでしょうか?」
会話を続ける。どうにかして突破口を見つけないと。
「マルクの禊は済んでいる。視察前には元の場所へ復帰させた。」
王太子様と王太子妃様と僕がテーブルについている僕の家の中に、一目で気づけるマルク様の赤毛は見当たらない。王太子様を目の前でお守りしない配置で復帰された?
「侍女ではなく侍従を王太子妃殿下におつけになられた経緯がおありだったからこそ、僕を村から連れてくるという王太子妃殿下のご意見が通ったのでしょうか?」
「デニス。エレインはマルクに興味を示さなかった。エレインは、エレインの味方のような顔をして、私よりも長い時間エレインの側に立っているマルクと私を比べはしなかった。」
エレインがマルク様に興味を示さなかったのは、エレインが王太子様の婚約者になった貴族の養女から王太子妃になることが確定していたからだ。一方、王太子様の友で部下だったとしても、マルク様は平民だった。
「マルクも侍従の立場以上にエレインに踏み込むことはなかった。」
王太子様が満足気に僕を見ているのは、ここまでが王太子様の想定通りの展開だから?
「王太子妃殿下とマルク様が主人と侍従にとどまり、男女の仲にならなかったことがマルク様の禊だったのですか?」
「いや。マルクをエレインの侍従につけたことは、あくまでソロアが抜けた穴埋めだ。マルクの禊は、別で済んでいる。」
王太子様は準備されてきたのだ。着々と。
「マルク様の復帰は、ソロアとの復縁を見込んでのことですか?」
「マルクは、ソロアを大事にしていたようだから、禊を終えた後にまた縁を結べば、ちょうどよい。」
ちょうどよいと言われて黙ってはいられない。
「ソロアには私との縁が既に結ばれています。マルク様には他の方をお探しいただきたく存じます。」
「デニス。ソロアとマルクは元々一緒になる予定だった。多少後ろに時間がズレたぐらいで、変わるものでもない。」
「ソロアと私は、村長の息子の妻と村長の息子から、村長の妻と村長になり、結びつきはいっそう強固になりました。」
「デニス。邪魔な結びつきは切ってしまえばよい。デニス、マルクがソロアの面倒をみる。」
「マルク様は、ソロアを手放されました。ご自身ではソロアを守れず、ソロアと幸せな結婚生活は送れないと判断されたマルク様には、今後も遠くからソロアの幸せを見守っていただきたく存じます。ソロアの隣には私がいますので。」
「マルクとデニスでは、話にならない。」
「マルク様の決断は、ソロアと離れることでしたが、私はソロアと離れません。」
僕と王太子様の応酬は、僕が退けば終わる。だから、僕は退かない。
「マルクと結婚すれば、ソロアの人生の負担はマルクが背負える。デニスとの結婚を続けても、デニスにソロアの代わりは務まらぬ。ソロアの負担が減らないデニスと結婚して、ソロアは幸せと言えるのか?」
「ソロアの幸せは、ソロアに聞いてみないと分かりませんが、ソロアと生きられることに、私は幸せを噛み締めております。」
「ソロアのためと身を引いたマルクには聞かせられぬな。」
「私が身を引かないのは、私がソロアと一緒に生きたいからでございます。」
「マルクがデニスにソロアを預けたのは、マルクとは異なるその気性を見込んでか。」
「マルク様の信頼は受け取りましたが、マルク様に返すためにソロアを預かったことはございません。」
「デニスと暮らしている間、ソロアは多忙のあまりマルクを思い出す暇もなかっただろう。」
僕とソロアのこれまでを、マルク様にソロアが会えなかった時間のように話さないでほしい。
「エレイン。マルクがエレインの侍従をしていた間、マルクはソロアについて話していたか?」
「元気にしているとは聞いていました。アーレンドルフ様は、マルクが独身なのはソロアとの別れを引きずっているからだと思っているんですか?」
「エレイン。マルクとソロアが元の関係に戻れば、デニスにソロアはいなくなる。」
勝手なことを言わないでほしい。
「アーレンドルフ様。私、デニスがソロアと結婚していたなんと知りませんでした。私が連れて帰るのはデニスだけです。他はいりません。」
王太子様もエレインも自分勝手だ。
「エレイン。ソロアは、デニスと結婚している。ソロアをデニスと一緒に連れて帰らないのか?」
「ソロアのことまで、私は知りません。マルクとソロアが結婚したら、ソロアはマルクについてくるんじゃないんですか?」
王太子様と王太子妃エレインとの会話を聞いて、王太子様がエレインのお願いを聞き入れた理由が分かった。
マルク様とソロアの復縁を考えている王太子様は、ソロアの結婚相手が邪魔なんだ。
エレインが僕を連れて帰りたいと言い出して、僕の村まで僕に会いにきたていをとっていれば、王太子様がエレインの言いなりになっているという噂通りなだけだから、王太子様は痛くも痒くもない。
エレインだけが評判を落とし、ソロアと結婚している僕をエレインに押し付けることで、僕とソロアを引き離せば、王太子様がマルク様にソロアとの結婚を仄めかすまでもなく、いまだ独身で禊を終えたマルク様とソロアの関係が再燃するとお考えになっている。
マルク様とソロアを結婚させるには僕が邪魔だから、エレインと僕を再会させ、エレインと僕が仲良しのような言い回しをされて、僕とソロアの仲を引っかき回す気でいらっしゃる。
「デニス。よく喋ったな。喉が渇かないか?」
王太子様が、僕にお茶を飲ませることを諦めていらっしゃらないこともよく分かった。僕は負けない。
「王太子様は、マルク様がソロアとの婚約を解消することに消極的であられたのですか?」
「よりによって、マルクは、友で主人の私よりも先に、私の婚約者だった辺境伯家の令嬢メザリヤ嬢に、メザリヤ嬢の侍女ソロアと自分の婚約解消の申し入れ、ソロアにはデニスとの縁談を良縁だと伝えてメザリヤ嬢の許可をもぎ取ってきた。ソロアとマルクの婚約は解消する必要などなかったにもかかわらず、だ。」
「ソロアの主人で王太子様の婚約者ではなくなったから、マルク様とソロアの婚約が解消されたのではないのですか?」
僕に不勉強だとおっしゃってから、王太子様はご説明くださった。
「マルクとソロアの結婚は、王太子の部下と辺境伯家の侍女とを娶せて、王太子と辺境伯家の令嬢の婚姻後の生活を円滑にするための婚姻の一つだった。王太子の婚約者が辺境伯家のメザリヤ嬢から辺境伯家のエレインに交代するだけだ。私の婚約者の交代がマルクとソロアの婚約を解消する理由にはならない。」
「ソロアは、辺境伯家ご当主のメザリヤ様の侍女でした。王太子妃を交代しても王太子妃に仕える侍女は変えないご予定でいらしたのですか?主人に仕える時間の方が夫と暮らす時間よりも長くなる侍女と主人の相性は大事なのではありませんか?」
エレインとソロアは一緒にいてもいなくても、どちらから見ても天敵にしか見えない。天敵が主従になってなんとかなるもの?
「メザリヤ嬢の侍女として、エレインの扱いにも慣れているソロアは、エレインの侍女として適任だった。」
「王太子妃殿下をお迎えした際にご挨拶申し上げましたが、王太子妃殿下のお振る舞いが、ソロアに好意的であるようには見えませんでした。」
「デニス、ソロアは仕事のためなら、相性なんてものを乗り越えられる。賢いからな。」
「王太子殿下は、ソロアにエレインの相手をさせておきたいとお考えだったのですか?」
王太子妃にしたエレインの相手を、エレインが婚約者の座を交代させた辺境伯家ご当主様の実子様の侍女をしていたソロアに押しつけようとされていた?
王太子様が好んでエレインを王太子妃にとお望みなったようには聞こえない。妻にしておきながら、妻にしたエレインを煩わしがっていらっしゃる?
王太子様の王太子妃様選びは、エレインが可愛いからじゃなかったの?
王太子様は何をお考えになってエレインを?
「アーレンドルフ様。私、ソロアに私と来たらいいのにと言ったら断られたんです。婚約も仕事もだめになるよりも、マルクと結婚して、王太子妃の侍女になる方がずっといいと考えてあげたのに、断って、デニスと結婚して村長の妻になっているなんて、見る影もなかったです。」
エレイン、村長の息子の僕と町へ行くことをただの遊びだと考えていたのは、村人の中では君だけだったんだよ。子どもも大人も、村長の息子が村から町へ行くことを村長の息子の仕事だと知っていた。
エレイン、君と町に行くようになってから間をおかないくらいに、なぜ村に君を連れていくのかを君が尋ねていたら、僕は理由を教えていたよ。君が知らないなんて思ってもみなかったから話してこなかっただけなんだ。君との結婚を考えていた僕は、君に隠し事をしなかった。
町には気晴らしに遊びに行っているだけだと思っていたなんて、エレイン自身が言わなかったら知らないままだった。
村長の息子の僕と結婚したエレインが村長の妻になって、僕とエレインの子どもが僕達と同じように町へ行く未来を見越していた、つもりになっていた。
「ソロアには、マルクと協力し合える賢さがある。私とメザリヤ嬢とエレイン、それとデニスは同い年だが、ソロアは、私より二つ上、マルクは私の六つ上だ。ソロアとマルクは、四歳差。王太子の部下と王太子妃の侍女をする上で、夫婦としての年齢差もちょうどよい。幸い、性格の不一致もなかった。」
「王太子様の了承を得る前にソロアとの婚約を解消することを選ばれた理由がマルク様にはあり、ソロアにも、マルク様との婚約解消に同意する理由があったのではありませんか?」
「ソロアとマルクの婚約解消とソロアとデニスの婚約の早さは、二人の婚約解消を認めたメザリヤ嬢が、自分の侍女であるソロアの幸せではない結婚など認めないと譲らなかったからだ。」
「マルク様と結婚したら、ソロアは幸せじゃなくなっていたのでしょうか?」
「マルクはソロアの幸せのために身をひこうとするような男だ。ソロアが不幸になるとしたらマルクが原因ではない。」
王太子様は、浅慮だと僕を笑う。
「ソロアの主人から見れば、その相手と結婚すると王太子妃様の侍女になると決まっている相手とご自身の侍女の仲が悪くなくても、王太子妃になられる方と侍女の相性が天敵くらいに悪いとご存知だったなら、そんな結婚は止めさせたいとお考えになっても無理のない話ではありませんか。」
「メザリヤ嬢はエレインとの相性が悪いくらいで、ソロアとマルクの結婚を反対などしない。」
「他に理由がおありだったのですか?」
「エレインの侍女になれば、ソロアは帰ってこなくなるとマルクがメザリヤ嬢に余計なことを話したからだな。」
「王太子妃様の侍女は故郷に帰れなくなるのですか?」
「いや。ソロアの場合は、エレインの侍女として、エレインの連座でいなくなっていた。」
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