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君の涙を持ち帰るのは、もう僕じゃない  作者: かざみはら まなか


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12/16

12.君の涙を持ち帰るのは、もう僕じゃない。

王太子様は、僕のティーカップに淹れられたお茶を見ている僕を見ている。

「デニスも喉を潤すか?」

「いえ。」

顔が引きつらないようにしたら、短くしか答えられなかった。

エレインがお茶を飲むところと、飲み終わったティーカップを皿に戻すまでを石像になりきって見ている。

動かず、何も音を立てず。


僕の目の前に置かれているお茶が入ったティーカップ。

このお茶も、きっと、飲んではだめなお茶。


「エレイン、乙女ゲームとエレインの関係を話しなさい。」

「アーレンドルフ様。運命の日に、運命の人に導かれて、学園の門をくぐり、あまたの運命と出会うというプロローグから始まる乙女ゲームのヒロインに、ゲームについて喋らせるなんて反則です。ズルはだめです。」

「エレイン、自分は乙女ゲームのヒロインだと思った理由を話しなさい。」

「乙女ゲームの中のヒロインに生まれ変わったと分かったのは、この乙女ゲームをしたことがあるからです。プロローグまでは村娘の設定だったから、運命の日に運命の人と出会うまで、乙女ゲームの要素がない中で村人暮らしでした。」


十年前、村娘の君は僕を頼りにしていた。君に嫌われるようなことをした覚えはなかったから、僕のことが嫌いじゃないなら、僕と一緒にいるうちに、僕を好きになると思っていた。君が、僕とのお出かけを楽しみにしていることは知っていたんだ。


「運命の日は、どうやって知った?」

「運命の日は、私が十二歳になる月の最初の新月の翌日です。早く運命の日がこないかと指折り数えていました。」

「十二歳は、乙女ゲームが始まる学園に入学する日より早いが、間違っていないか?」

「貴族の養女になってから学園に入学するんです。直前じゃ間に合いません。」

「入学に間に合わせるものが、何かあったか?」


エレイン。君が、僕を好きになったことはないということも、村娘の君が一緒にいる僕のことを男として見ていなかったと知った後も、君に不幸になってほしいなんて思ったことはないんだよ。君は僕のいないところで、僕は君のいないところで、それぞれの幸せを見つけたんだから、そのまま生きていけばいいと思っていた。今日、君が僕に会いにくるまでは。


「乙女ゲームでは、貴族の養女になって学園に入学するまでの数年間は淑女教育を受けて、子どものための社交に出たりしていました。」

「エレインには不要な時間だった。」

「アーレンドルフ様。私、子ども用のドレスを着てお茶会に参加したりダンスしたりするのを楽しみにしていたんです。全然ないなんて思わなかったです。」


僕は、僕が幸せだから、君もまた幸せだろうと、君の幸せを疑いもしなかった。僕は僕の夢を叶える途中にいて、僕の夢を一緒に叶えようとしている人と結婚して家族が増えた。僕は幸せだ。僕は、今の僕の暮らしに不満を持っていない。王太子妃様と王太子様の視察先に選ばれて家に押しかけられている現状以外に不服はない。


村娘であることに不服しかなかった君が村娘をやめてなった貴族の養女としての暮らしも、君が満足するものじゃなかった。エレイン、君のこれまでの人生で満足する時間はあった?


「やむをえまい。辺境伯領に不審な行動をする者が現れたせいで、警備体制をいくら整えても防げるか分からないという緊張状態が続いていた。子どもを集めての社交など、狙われるための催しなど開催できる状態ではなかった。」


エレイン、僕は、今の満足している暮らしを失いたくないんだ。ソロアと結婚してから、これ以上ない幸せの中にいると思っている。だから、僕は、君を助けるために今の幸せを投げ捨てることはしない。君は、どうにもならない崖っぷちにいる。早く戻っておいでよ。自分で。エレイン、自分の足で戻ってくるんだ。


「私が楽しみにしていた社交がなくなったのは、不審な行動をする人のせいなんですか?いい迷惑です。それで、その迷惑な人は捕まりました?」

何も分かっていないエレインが、王太子に確認している。


エレイン、何もかもを放り出して君を助けにいったことなんて、僕にはなかったね。

十年前、君に言われるまで考えたことなかったよ。君を助けるために、君の前で何かしたか、なんて。僕と君の生活は、基本的に村の中で完結していた。僕が事前に手を回して、町への道中、危ないことが起きないようにしていたことを僕に言われるまで考えたことがなかったと君の口から聞いたときの衝撃は強烈だったよ。エレイン、君は、君が見たいものだけを見ていた?


「縄で縛ってはいないが、もう抵抗することはない。」

王太子様のお言葉の残酷さに胸が痛い。

目の前にいるエレインを見て、エレインは抵抗できなくなったと王太子様は判断されている。


「話をして分かってくれる人だったんですか?それなら、もっと早く話をしてくれていたら良かったのに。」

僕は、王太子様とエレインの会話を物悲しくなりながら聞いている。

エレインだけは、何も分かっていない。


僕は、もう、説明を聞かなくても分かった。


辺境伯領へお忍びにきた王太子様御一行の前で騒いで王太子様の気を引いたエレインは、自然にお忍び中の王太子様に近づいたけれど、エレインの行動を怪しんだ王太子様御一行は、エレインを連行し、辺境伯家に預けて監視させてきたんだ。


最初はエレイン自身が間諜なのだと怪しまれた。

エレインからは間諜としての証拠も証言もとれなかった。次は、別の間諜と連絡を取り合うのではないか、と疑われて辺境伯家での監視が続いた。


辺境伯家が子どものための社交を取り止めたのは、間諜の疑いがあるエレインを辺境伯家で監視している真っ最中だったから。


喋り薬を飲まされて、聞かれたことを際限なく喋るようになったエレインを見ながら、不審な者を辺境伯家が警戒する必要はもうなくなった、と王太子様は告げられた。


エレイン、君が飲まされた喋り薬の効果はいつまで続くんだろう?

エレイン、今の君は、聞かれたことを喋る以外に、何かできそう?


喋り薬の効果が切れたら、エレインはどうなるの?

喋るだけ喋ったら、その後は?

元のエレインに戻るの?


「エレインが十二歳まで育った村の暮らしはそんなに気に入らない暮らしだったのか?」

王太子様が村の暮らしについての尋問をお始めになったので、悲哀を振り払った。聞くことに集中する。


「気に入らないに決まっています。村人は村から出たらだめで、村長の息子のデニスに誘われないと町にもいけなかったんです。その町に行くのも、一月に一回あればいいほう。それも雨が降ったら中止。風が強かったら、延期。十二歳になるまで、町に行くくらいしか、気晴らしになることがないなんて聞いていませんでした。プロローグにはなかったんです。」


エレイン、君のしでかしたことはソロアから聞いていたよ。それでも、君には君の幸せがあれば、と僕は思っていた。君が破滅に向かって堕ちていく姿を目の前で見ているのに、君を助けようとしない僕の姿は、まだ、君の視界の端に入っている?


「貴族も天気が悪ければ、外出は避ける。」

「天気が悪くて出かけられないのは仕方がないにしても、子どもなのに毎日働いていたんです。信じられます?」

エレイン、君はどうすれば幸せを噛み締められた?

村娘の暮らしが不満だったと話しているけれど、王太子妃様になってからは、村長の息子だった僕にいてほしいと思うような暮らしだったんだよね。

僕は、君が結婚して幸せになれると思う結婚相手じゃなかった。

エレイン。こんなことを聞くのは野暮で不敬だから聞けないけれど、王太子様と結婚してから幸せだった?


「働かない子どもは生きていまい。」

王太子様の口調が、ややかたい。

「アーレンドルフ様。乙女ゲームに、子どものころから毎日働かないといけないとか、働いても何もいいことがないなんていうリアルはいらないんです。」

エレイン。働きたくなかったという強い思いは分かったよ。王太子様にも僕にも伝わった。


「エレインは、乙女ゲームの中で生きたかったのか?」

「アーレンドルフ様。生きたかったんじゃないんです。私達皆、乙女ゲームの中で生きているんです。」

エレインの朗らかな言葉の後、一瞬、静寂が訪れた。呼吸するのも憚られるような静けさに息をのむ。


王太子様と王太子様のお連れになった御一行のひりつきに気づかないのか、気づいていても口が止まらないのか、エレインのお喋りは止まらない。

「乙女ゲームに、村人同士で十代で結婚して子どもを産んで、毎日働くしかすることがない生活の中に十二年間もいたんです!食べて寝て働くだけ。アーレンドルフ様も、村に生まれていたら乙女ゲームが始まるまでの人生にげんなりしていましたよ。」


「エレイン。働くことに貴族も平民もないが?」

王太子様が呼んだエレインの名前には、尋問する前のような制止ではなく、非難の意思が感じ取れた。

「アーレンドルフ様。私は、乙女ゲームのヒロインに生まれていますから。」

お茶を何口も飲んだエレインの口は滑らかだ。王太子様とエレインの二人しか話していないのに、賑やかだと感じてしまうのは、エレインの口調が終始朗らかで聞かれたことを間をおかずに喋っているから。


「エレインの話している乙女ゲームのヒロインは、一切働かないのか?」

「アーレンドルフ様。乙女ゲームは貴族の養女になったヒロインが、大人になる一歩手前の年齢になったところから、貴族の学園での様々な出会いを経験し、恋愛未満を楽しむ学生が主役の学園物のゲームです。労働とは無縁です。」


エレイン、村で一番可愛い村娘だった君は、泣き顔も可愛かったし、流す涙も綺麗だったよ。


十年前まで、僕は、ハンカチを用意してから、一人で泣く君の元へ向かっていた。

君と出かけた町には、君の涙を拭くためのハンカチを買いにいっていたんだ。君の涙を拭くために買ったハンカチは洗って、仕舞っている。

十年、もう君の涙を拭くことはないと分かっていながら、他の目的に使う気にはなれなかった。


「学園を卒業したら、ヒロインの乙女ゲームは終わりか?」

「はい。エンディングが流れます。」

「乙女ゲームを終えた学園とヒロイン、攻略対象はどう変わる?」

「別に何も変わりません。学園は、新しく生徒が入学してきて、新しい一年が始まります。ヒロインと攻略対象は、人ですから、卒業してもそのままです。」


十年前まで買いためたハンカチは、全部仕舞い込んである。


王太子様に聞かれたことをスラスラと話す君の口に、頬と目は連動していないように見える。

君の目に浮かんでいる涙は、喋りたくないことを喋っているから?


「エレインは、乙女ゲームのヒロインの役割を果たすために、乙女ゲームの知識を持って生まれてきた?」

王太子様の尋問の内容が核心に迫っていく。


エレイン。僕は君のために動かない。声も出さない。それでも、君が破滅してほしいなんて、これっぽっちも思っていないんだ。


「アーレンドルフ様。役割を果たすためなんて言い方はしないでください。乙女ゲームのヒロインは、ヒロイン以外の何者でもないんです。」


十年ぶりに再会した君は、僕をフッたことなんて爪の先ほども気にしていなかったけれど、十年前の僕は、ただ君にフラレただけの男として終わりたくないと思った。


エレイン、僕が君との未来を考えるのを止めてから十年なんだよ。再会した君は、村娘のときよりも綺麗に着飾って、村娘だったときよりも不安そうにしていた。エレイン、学園を卒業してからは、村娘だったときの思い出を頼りに、好きにならなかった僕を思い出さないといけないほどの暮らしをしていたんだね。

エレイン、君の言う乙女ゲームの舞台だった学園には、ヒロインとして幸せに通えたの?


「これまでのエレインの言動と本日のエレインの証言に整合性はとれている。エレインが十年前からしていたことは、エレインが一人で画策してきたことだ。エレインと間諜とが通じている疑いは消えた。」


エレインの様子をじっと見た後、エレインは間諜と通じていないという判断を王太子様は下された。


喋り薬を飲まされたけれど、エレインは無罪だ。


エレインは泣いている。

「アーレンドルフ様。私がヒロインとしてしていたことを画策だとか、間諜だとか言うのはひどいです。私、デニスに王太子殿下と二人で話し合うように言われているんです。帰ったら覚悟してください。」

喋るだけ喋ったからか、エレインの口と頬と目の動きに一体感が戻ってきた。

十年前、村娘だったエレインが見せていた泣き顔と見比べても違和感がない。


「エレインは帰らない。エレインが眠る場所はここだ。」

僕は、思わず呼吸を忘れそうになった。

「アーレンドルフ様。私の家はこの村にありません。私は王太子妃になったんです。私はデニスを連れて行くんです。」

「エレインが、デニスを連れていきたいのなら止めはしないが、デニスに聞いてからにしよう。デニス。」


「エレイン。君の涙を持ち帰るのは、もう僕じゃない。」


僕には、もう守りたいものと、守り抜くものがある。

エレイン。君は、もう、僕の守り抜くものに入っていないんだ。

僕が、もっと何でもできて、幼馴染のよしみで君を助けてあげるくらいわけがないと言えるようなひとかどの人物になれていたら、君を助けるためにどうすればいいかを一生懸命考えたけれど。

ごめん、エレイン。僕は君を助けない。


僕の好きだった君が、僕の家で、君と結婚して君の夫になった王太子様に騙されて飲まされた喋り薬のせいで君が秘めてきたことをあけすけに喋り出す姿を見ても、もう、僕は君を助けるために何ができるかじゃなく、僕と僕の守り抜きたいものを失わないために何をしたらいいかを考えている。


王太子様と君と僕。

王太子様に謀られた君に助けの手を伸ばせるのは、君の幼馴染の僕しかいないことも、僕は分かっている。


「エレイン、聞いたか?デニスは一緒にいかないと言っている。」


この表面上だけは賑やかなやりとり。あとどれくらい続くの?

王太子様に何も聞かれなくなったら、エレインは?

王太子妃エレインが一服盛られてペラペラと喋るところに同席してしまっている僕は?


エレインが僕を連れて行くことを止めはしないというのが王太子様の本心なら?


嵐は去ったと思っていた。まだだった。僕はまだ嵐の中にいる。王太子様はエレインが始めた災禍の断罪を終わらせただけ。


王太子妃エレインが僕に会いに僕の村に来た日を断罪の日に決め、僕の家で僕を同席させ、エレインの断罪を始めた王太子様のお考えを想像すると、歯の根が合わなくなりそう。


エレインの断罪現場に居合わせたことも、周りに僕の味方がいない状態で僕の家に王太子様と王太子妃様をお招きしている状況も、僕にとっては何一つ安心できないことばかり。自分の家にいるのに不安でたまらなくなる。


「デニスも喉が渇いただろう?飲みやすくなっているはずだ、飲んでみるといい。」

「遠慮いたします。」

ここで取り乱してなるものか。

「どうした?遠慮することはない。デニスの口に合うように淹れた茶だ。」

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